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第0話後編 門前払いの少年〈レオン・ブレイスフォード〉

◆◇◆◇◆◇◆



 ぐぅー。

 かわいらしい腹の音が響き渡る。お腹と背中がくっついてしまったかと思うほどの空腹感に襲われて、レオンは目を覚ました。


「うぅ、ひもじい」


 石畳の上で気絶していたためか、身体中が痛い。仕方なく起き上がろうとするが、あまりの飢えに力が出なかった。

 緩やかなスピードで雲が流れていく空の下、建ち並ぶ石造りと木造の建物の間を人々はせっせと歩いていく。その目にはレオンの姿は映っていない。

 代わりに遠目でレオンを見つけたおばさん達が、少し面倒臭そうな顔をして言葉を交わしていた。


「ねぇ、あれってもしかして冒険者志望?」

「でしょうね。大方どのギルドからも門前払いを受けたのでしょう」

「もぉー、あんなのが来るから野蛮人が増えるのよ。早く片付けてくれないかしら?」


 連中もレオンを助ける気がないようだった。

 厄介者として扱われるレオン。行き交う人々も助ける気がないのか、レオンは思わず死を覚悟してしまった。


「なぁ、生きているか?」


 だがその瞬間、誰かが声をかけてきた。目を向けるとそこには、一人の少女が立っている。

 雪のように白い髪をツーサイドにし、黒いドレスのようなワンピースと赤いカーディガンで肌を隠していた。大きな青い目はサファイアのように輝いており、背中にある蝶のような黒い羽が特徴的だった。

 レオンは顔を上げる。すると妖精と呼ばれる種族の少女は、一安心したかのように顔を綻ばせてレオンへと声をかけた。


「ひどいやつれようだな。しばらく何も食べてないんじゃないか?」

「あ、ぅあ……」

「無理に喋ろうとしなくていい。少し待っていろ」


 妖精少女はそう言って近くにある青果店の奥へ入っていった。

 待つこと数分、妖精少女はタルの中に積まれていた一つのリンゴを手に取り、レオンに差し出した。レオンはつい顔を上げると、妖精少女はニッコリと微笑んだ。


「話をつけてきた。こいつを食べてもいいそうだ」


 レオンは腕を震わせながらリンゴを掴み取る。どうにか口に運び、大きな音を立ててかじりついた。

 バリバリと、バリバリと音が響く。レオンは久しぶりのまともな食べ物に感動を覚え、同時に妖精少女がかけてくれた優しさに涙を流していた。


「コラコラ、そんなに慌てて食べると身体によくないぞ?」

「うぅ、ひっぐ。俺、生きていてよかった」

「そ、そんなに美味しかったのか?」


 妖精少女は困惑したかのような表情を浮かべていた。レオンはそんな顔をする妖精少女なんて気にせずに、タルの中に積まれているリンゴを手に取って口へと運んだ。


 バリバリと、バリバリと。


 ただその味を噛みしめるように果肉を噛み砕き、飲み込んでいく。

 泣きながら、鼻水を垂らしながら、ただひたすらに食べる。

 あまりにも異様な光景に人々は、目を外すほどだ。だが妖精少女だけは、ずっとレオンを見つめていた。


「ホント、ありがとうございます!」


 リンゴをたらふく食べたレオンは、妖精少女に頭を下げていた。

 満足げな顔で妖精少女はレオンを微笑ましく見つめる。だからなのか、レオンはいつまでも「ありがとう」という言葉を口にしていた。


「ハハハ、そんなに感謝されるとはな」

「ホント、ホントありがとうございます! 感謝してもしきれませんよ!」

「よせよせ、褒めてもこれ以上何も出ないぞ」


 なぜかデレデレの顔をする妖精少女。ひとまずレオンは立ち上がり、もう一度頭を下げた。

 妖精少女は立ち上がったレオンを見上げ、とあることを訪ね始める。


「えーっと、君は何という名前なんだい?」

「レオンです。レオン・ブレイスフォードと言います」

「レオン君か。私はティナ・グラノフという。よかったらティナと呼んでくれ」

「はい、ティナさん!」


「ところで君は、何をしに〈自由の平野〉に来たんだい?」

「冒険者になるためです!」


 冒険者。それを聞いたティナはどこか納得したかのような顔をした。

 ここ〈自由の平野〉は大小問わず様々なギルドが存在する。当然ギルドごとに得意不得意なるものが存在するが、どれもがこの地に出現する〈夢幻のダンジョン〉に入ることが目的だ。


 だが、ダンジョンには危険がつきもの。一個人で突入してもいいが、モンスターに襲われて瀕死になり、ひっそりと死に絶える可能性が高い場所だ。

 だからこそダンジョンに挑むものはギルドに所属し、サポートを受ける。そうしなければ満足できる冒険はできないのだ。


「なるほど。どんな目的があるかわからないが、事情はわかった。ギルドの入団試験は受けたのかい?」

「はい! でもどのギルドに行っても、魔力判定までしか受けられなかったんですよ」

「それはどうしてだい?」


「俺の魔力、どうやら特殊すぎるらしいんです。そのせいか誰も〈魔力同調〉ができなくて、それで不合格に……。ニ週間ほど前も受けたんですけどダメで、その帰りにスリにあって」

「なるほど、だから行き倒れていたのか」


 レオンはため息を吐いた。

 せっかく〈自由の平野〉へ夢も抱いてやってきたのに、明日を生きるのに精一杯だ。このまま夢は夢で終わってしまうかもしれない。

 しかし、そう感じ始めた時にティナが思いもしない言葉をかけた。


「君は運がいい」

「はい?」


 言葉の意味が理解できなかった。一体なぜ運がいいのか、と訊ねようとしてしまう。

 だがその前に、ティナが一つの問いを出した。


「なぜ、冒険は〈魔力同調〉をしないといけないと思う?」

「なぜって。確か生存力を高めるためですよ。〈魔力同調〉は人によって違いますが、能力の底上げをしてくれますからね。能力が高くなれば、死ぬ可能性も少なくなります」


「ああ、そうだ。ではなぜ生存力を高める必要がある?」

「ええと……、死ぬと大変だから?」


「その通りだが、十分な答えじゃない。そうだな、ヒントを出そう。

 もし冒険者が死ぬと、困るのは誰だい?」


「えっと、仲間ですか?」

「完全ではないが、まあいいとしよう。ダンジョンでは基本、チームで行動する。互いに互いを補い、待ち受ける困難や試練を乗り越えるためにパーティーを組むんだ。だが、それは諸刃の剣とも言える。

 チーム行動で、もし一人の足並みがそろわなかったらどうなる? それは何を意味する?」


「お互いがお互い補っているから、それができなくなる。もしかするとパーティーが全滅するかもしれない」


 その答えを聞いたティナは、満足げな笑顔を浮かべた。

 それはどこか嬉しそうでもあり、レオンを認めたような笑顔でもあった。


「その通り。下手をすると芋づる式に冒険者は死んでしまう可能性がある。そうなるとその冒険者をサポートしていたギルドが困るだろ?」

「あっ! 確かに冒険者が死ぬと貴重なアイテムとか手に入りませんからね」


「ギルド次第でもあるが、冒険者にかけていたサポートが無駄になる。生きていても引退しなければならないほどのケガだったら意味がない。

 だからこそギルドは、少しでも損失を減らすために人を選び、資格があるかどうかを推し量る。資格なきものは当然ながらギルドメンバーにさせない。それがギルドを運営するお偉いさん達の基本方針なんだ。

 そしてその資格があるかどうかを決めるのが、〈魔力同調〉だ」


 少しでも死を避けるためにも。少しでも生き延びる可能性を高めるためにも。

 だからこそ〈魔力同調〉ができるかどうかが重要となってくるのだ。


「そんな。じゃあ俺は、一生冒険者には――」

「安心したまえ。どんなに変わった魔力でも、相性がいい存在はいる。私のようにな」

「え?」


 一瞬、どういう意味なのかわからなかった。だが、ティナはレオンの顔を包み込むように頬を抑えた。そのままグイッと引っ張れ、一気にティナの顔が近づいた。


――チュ。


 唇に柔らかい感触が伝わってくる。気がつくと自分の唇とティナの唇が重なっていた。

 レオンが意識をすると同時に、身体から暖かな光がこぼれた。光はどんどんと大きくなり、いつしかレオン達の身体を包み込んでいた。


「やはり見立て通りだな」

「あの、これは――」

「〈魔力同調〉さ。これで完了だ」


 レオンは言葉を失う。何が起きたのか全くわからず、朗らかに笑っているティナを見つめることしかできなかった。


「さて、行こうか」


 レオンが呆けていると、ティナは手を掴み引っ張った。レオンは思わず「どこにですか!?」と訊ねると、ティナは力強く笑った。


「私の、いや私達の〈ギルド〉にだよ」


 その言葉は何を意味しているのか。

 始めは実感がなかったものの、段々とレオンの中で嬉しさがこみ上げてくる。腕を引っ張るティナは、そんなレオンに微笑みかけながら駆けていった。


「さあ、行くぞレオン君!」

「はい!」


 レオンもまた駆け抜けていく。その小さくも大きな背中を追いかけるように。




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