第16話 似ているようで違う二人〈ケケルとメメル〉
ダンジョン〈セフィロト〉フロア4。ここは中級冒険者と呼ばれる者達が多く訪れる場所だ。
下層にはないアイテムとなる植物や、ランダムに出現する宝箱がわんさか溢れている。代わりにモンスターのレベルも一段と上がるため、通常ならば駆け出しが訪れる場所ではない。
しかし、レオンは襲いかかってくるスライムや吸血バットを物ともせずに突き進んでいた。
「ティナさん、そっちにスライムが行きました!」
レオンの注意が飛び、ティナはすぐさま回避行動を取る。スライムが飛びかかってくるのをしっかりと見て躱すと、すぐさま魔法名を口にした。
「クリムゾン・ランス」
魔法陣から飛び出す真っ赤な槍は、スライムの身体を貫く。途端に燃え上がると、スライムはもがくように暴れてから動かなくなった。
ティナはレオンへ目を向ける。襲いかかってくる吸血バットの牙を、僅かな動きで軽々と避けていた。
まるで踊っているかのような動きだ。どこか余裕を感じられるレオンを見て、ティナは見守ることにした。
「ぎぃ」
「ぎぎぃ」
レオンが飛びかかってくる吸血バットに合わせて、タクティクスを振る。途端に翼が切り飛ばされ、吸血バットは地へと落ちた。
飛びかかってきた三体の吸血バットを見やることなく、レオンは刃についた血を払う。その姿はさながら駆け出し冒険者とは言い難いものだった。
「お疲れ様」
光となっていく吸血バット。その中心に立つレオンに、ティナは声をかけた。
基本は身についた。ただそれだけだ。だが、この短時間で身につけたことにティナは驚いていた。
「ありがとうございます。でも、魔法が使えないと不便ですよ」
「先ほどの戦いで、君は使い切ったからな。今度は魔力管理もしっかりするようにな」
「はい」
レオンは破格の強さを持っている。それに加え、柔軟であり成長の幅があった。
まだまだ荒削りとはいえ、ティナはレオンの才能に惚れ惚れとしていた。
「けっ」
「チッ」
レオンに指導をしようとした寸前、ケケルとラフィルは大きく舌打ちをした。
互いが互いに共感しているのか、レオンとティナを忌々しく睨みつけている。
「今後は懇談の場を設けよう」
「大きなお世話です、ベイス!」
「しかし――」
「必要ありません!」
ラフィルは大きな声で断言する。
しかしベイスは知っている。あのキツい性格がゆえに、心優しい義弟ヴァンですら手を焼いていたということを。
「ま、駆け出しにしてはいい線なんじゃないですか。ここのモンスターを軽々とあしらえるようですし」
話を変えるようにラフィルは声を放った。
途端にレオンはムッとした顔となり、ラフィルに食ってかかる。
「なんだよ。そういうお前はどうなんだ?」
「言葉を選びなさい、ヒヨッコ。でもまあ、答えてあげましょう」
ラフィルがそういうと途端にレイピアへ手をかけた。
レオンが反射的にタクティクスを抜こうとする寸前、鋭い刃が左頬を掠めていった。
「一匹、残っていましたよ?」
傷口から血が溢れると共に、レオンは視線をレイピアへ向ける。刃の先には胴体を貫かれ、光となっていく吸血バットがいた。
もしあの時、ラフィルが本気だったら。背筋に寒気が走ると共に、レオンは言葉が出せなくなった。
「さて、戯れるのもこのぐらいにしておきましょうか」
ラフィルは血を払い、レイピアを収めるとわざとらしく会話を切り替えた。
その背中は小さいはずなのに、あまりにも大きくて届かないもの。だからこそレオンは意識をする。
超えなければならない存在が、すぐ目の前にいることを。
「あまり気張るな」
ベイスがレオンの肩を叩く。レオンはそれに、つい笑みを溢した。
「ありがとうございます」
すぐに追いつくことなんてできない。だからこそ、レオンにとってラフィルは大きな目標となった。
◆◇◆◇◆◇◆
草木がボーボーと生えた薄暗い通り道。飛び交う〈ミズタマホタル〉が美しい青を淡く輝かせると、レオンは思わず目を奪われた。
太陽の光があまり届いていないこともあってか、夜みたいに暗い。だが〈ミズタマホタル〉による幻想的な青が、ほぼ真っ暗な通り道に彩りを加えていた。
「今日は一段といるな」
「後で捕まえましょうか。貴重な素材アイテムです」
だが、一流冒険者ラフィルとベイスは見慣れているのか、そんな感動は覚えていないようだった。
一体どんなアイテムを作るのに使われるのか。若干気になったが、レオンは敢えて聞かないでおいた。
「それにしても、こんなところに道があったとは」
「道って言っても、獣道みたいなものだけどな。だから今まで見つかってなかったとも言えるけど」
「ケケル、そういえば遺跡ってどんな感じなの?」
「それは到着してからのお楽しみ」
ニッヒッヒッ、と笑うケケル。レオンはその笑顔にどんな意味があるのか考えながら、まっすぐと進んでいった。
ふと、光が溢れてくる。久しぶりの光に、つい目が細くなってしまう。
だんだんと目が慣れてくると、ケケルは「ここさ」と声をかけた。
「ここに〈神聖魔法〉が眠っているんだ」
目の前に広がっていたもの。それはまさに遺跡と呼べる存在だった。
円を描くように置かれた黒い石碑。その中心に立つ銀の石碑が、厳かで神秘的な輝きを放っていた。
所々に生えているコケが年代物であることを示しており、まさに忘れられた神聖な場所と表現できた。
「綺麗だ……」
「だろう? こんな人気のないところに、遺跡があったってのも驚きだし」
「全部が綺麗だ」
レオンの心は目の前にある景色に奪われていた。まさかこんなにも綺麗な場所があるとは思ってもいなかった。あまり期待なんてしていなかったこともあってか、いい意味で裏切られたのだ。
「ティナさん、俺ここの絵が描きたいです! この景色をずっと見られるように、絵が描きたいんです!」
「別にいいが、君は絵が描けるのかい?」
「ああ、そうだ。俺ってものすごく下手なんだった!」
レオンは慌てる。しかし、どうしてもこの景色を何かで残したいと思った。
ふと、ケケルの姿が目に入る。ケケルが妙な寒気を覚えると、レオンは迫った。
「ケケル、絵って描ける?」
「描けるけど、上手くないぞ」
「そんなぁぁ!」
レオンのテンションはダダ下がりした。ふと思い出したかのようにラフィルへ目を向ける。しかしラフィルは「描くか、ヒヨッコ」と冷たい言葉と共に笑い返したのだった。
「ティナさん」
「悪い。私も上手くない」
「そんな。そこをどうにか!!!」
「技術的なことをどうにかと言われてもな」
さすがのティナもお手上げだった。
レオンは悔しがった。あまりの悔しさに、めり込む勢いで地に伏せた。
全員が全員、レオンに戸惑う。ラフィルはというと、なぜこんな奴に負けたのかと考えていた。
「あ、そうだ」
レオンがシクシクと泣いていると、ケケルが思い出したかのように言葉を口にした。
「一人だけものすごく上手い奴がいるぞ」
「ホントっ」
「でもまあ、お前の頼みを聞いてくれるかな?」
「お金、ないけどどうにかする! だから、だから――」
「いや、お金で動く奴じゃあないんだけど……」
ケケルが困り顔を見せる。どうしてそんな顔をするのかレオン達が気になった。
訊ねようとした瞬間、「ケケルぅぅ」と元気よく名前を呼ぶ声が響いた。
「のぼぉっ」
突然、ケケルが右へと飛んでいく。
レオン達がゆっくりと視線を移動させると、倒れているケケルを抱き起こしている少女がいた。
青い髪に、白いローブ。見た目の姿もケケルと瓜二つであり、違うのはタレ目であることだった。
「もぉ、心配したよ! 今度は絶対に私から離れないでね!」
「メ、メメル。おまっ、飛び込んでくるなって何度言えば……」
「ケケルってかわいいから、つい。とにかく約束だよ!」
ケケルは瀕死になった。そんなケケルの身体をぎゅーっと力強く抱きしめるメメルは、とても幸せそうである。
「だ、だずげでぇぇ」
ケケルは誰かに助けを求める。しかし全員が全員、見て見ぬふりをした。
幸せそうなメメルは、満足するまでケケルに抱きついているのだった。




