第15話 ダンジョンに巣食う闇〈マッドプラント〉
『おかしいね』
『何か変だね』
『ボウケンシャが来ないよ』
『おなかすいたー』
ダンジョンの最深部、フロア6。そこには巨大なモンスターが蠢いていた。
鳴り響く空腹感を知らせる音。早く餌が来ないかと待ち続けるものの、一向にその気配はなかった。
『むぅー』
『場所を移そうかな?』
この先には〈世界樹の果実〉がある。だから冒険者がわんさかと来るはずだ、と考えて網を張っていたのだが、思っていたよりも少ない。
ならばここにいる意味がないのでは。そう考え始めた時、最も嫌いな奴が声をかけてきた。
「おやぁ? こんな所で何をしているのですかぁ?」
道化師の仮面、といえばいいだろうか。嘲笑うような不気味なものを見せつけるかのように男は見下していた。
途端にモンスターの頭に咲き誇る花は威嚇する。
『あ、ピエール!』
『何の用だっ』
『あっちいけ、シッシッ』
『さもないと食べちゃうぞ!』
ピエールと呼ばれた男は、モンスターの姿を見てお腹を抑えた。次第に溢れ出す笑い声に、モンスターは大きな不快感を出していた。
「いやー、これは失礼。しかし、相変わらず面白い頭ですねぇ」
『うるさい、黙れ!』
『変な仮面を被ってるお前に言われたくない!』
『こっちに来い。食べてやる!』
『おなかペコペコなんだよ!』
「まあまあ。それよりも、仕事をしなくていいのですか?」
仕事、と言われてモンスターは頭を捻った。
はてさて、と互いの顔を見つめているとピエールが呆れたように息を吐き出す。
「忘れてしまったのですねぇ。まあいいでしょう」
ピエールは説き聞かせるように口を開く。
モンスターに与えられた仕事とは何だったのか。そもそもどうしてモンスターはこの場所にいるのかを教える。
するとモンスターは思い出したのか、『あ、そうだった』と言葉を漏らした。
『すっかり忘れてた!』
『でも仕事ヤダァッ』
『おなか膨らまないしー』
『むしろペコペコになるしー』
「あのですねぇ。あなた方がサボっているせいで、とんでもないことになりつつあるのですよ?」
『とんでもないこと?』
『何それー?』
『美味しいの?』
『不味いにきまっているよー』
ピエールは頭を抱える。モンスターとはいえ、知能は低くない存在。そもそもこのダンジョンのボスとして君臨するはずだが、今は本能が勝っているのか全く危機感を覚えてくれない。
このままでは大きなトラブルが起きるのは目に見えた。
「そうですねぇ。もし仕事をしなければ、狩りすらできませんよ?」
だからこそ、その本能に訴えかける。ピエールは喉の奥を震わせ、嘲る仕草をしながらモンスターに語りかける。
「いうなれば、あなた方は食べることができなくなります。いえ、その権利を失うといえばいいでしょうね。なんせここは元々――」
『ソれ以上口にスるナ!』
ドスの聞いた声が怒鳴った。
途端にピエールの額へ鋭利な何かが迫る。だが、それは身体に触れる寸前で弾け飛び、光となって消えていった。
ピエールは楽しげに、見下しながら笑う。
豹変した四つの赤い花に楽しげで恐ろしい殺気を放ちつつ、ゆっくりと足を踏み出した。
「やる気になってくれたようですね。では改めてお教えしましょう。
あなた方が遊んでいる間にも、冒険者達が〈封印の石碑〉を発見してしまったのですよ。そして当然のように調べ始め、沸き立っている。
まあ、できるだけ対策はしましたが、それも時間の問題。私ではもう手出しできません。だからこそ、あなた方〈マッドプラント〉に足を運んだのですよ」
『オノれが! たダの食い物ふぜイが浅まシいことヲ!』
マッドプラントは怒り狂う。何に怒っているのか何となく理解しつつも、ピエールはさらに掻き立てるために決定的となる言葉を放った。
「ああ、ちなみにですが〈幻想神〉は復活しましたよ。もうじき、ここでの狩りもできないかもしれませんねぇ」
マッドプラントの中で何かが切れた。
途端におぞましい声を上げて駆けていく。ピエールはその後ろ姿を見て、楽しげに笑みを溢していた。
「さて、やる気になってくれたことですし、次に行きましょうか」
やることはたくさんある。いつものように消化し、ブレイクタイムを楽しむためにもピエールは動く。
「本日は、〈弱虫勇者と伝説になった剣〉でも読みましょうかね」
マッドプラントがしっかりと働いてくれることを願い、ブレイクタイムを謳歌できることも祈りつつ、ピエールはその場から消える。
やり取りを見ていた〈世界樹の果実〉は何もすることなく、ただ太陽の光を反射して吹き抜ける風になびいていた。




