第13話 謎多きクエストと違法ギルド〈叡智の開拓〉
「全く、なぜそんなに無茶をするんだ」
まだ優しい光の雪が舞う中、レオンは説教されながらティナの簡易的な治療を受けていた。清潔なガーゼに買っておいたポーションを染み込ませ、塗りたくるように身体中の傷へつけていく。
全身が痛みで染みる中、レオンは嬉しそうに笑っていた。
「でも、どうにかなりました」
「どうにかした、の間違いだ。ったく、何が大丈夫だ。今度は信じないからな」
「ええっ、そんな!」
せっかく頑張ったのに、と絶叫する。ティナはそんなレオンに怒りつつも、丁寧に包帯を巻いていった。
そんな二人を眺める青髪少女は、どこかつまらなさそうな顔をしていた。
「ちっ」
なぜか舌打ちをする。若干気になって視線を向けると、ものすごい剣幕で睨み返されてしまった。
「ね、ねぇ。なんでそんな顔をするの?」
「目の前でイチャコラされたらつまんないだろ」
「イチャコラ?」
「なんだ、イチャコラって?」
「無自覚かよ」
青髪少女は苛ついているのか、右足で貧乏揺すりをしていた。レオンとティナはどうしてそんなことをするのかわからず、ついつい青髪少女を見つめてしまった。
明らかに不機嫌。しかしそれでも、レオン達は青髪少女からいろいろと聞かないとならないことがあった。
「いろいろと訊ねたいが、いいか?」
「どうぞ」
「まずは君の名前と所属ギルドを教えてくれ」
「それを聞くなら、そっちが先でしょ? 常識ってものがないの、胸なし妖精」
丁寧に聞いているはずのティナの顔が、一気に歪んだ。ワナワナと肩を震わせているティナを見て、レオンは思わずハラハラとしてしまう。
「む、胸なしは余計だ。いいだろう、これも情報交換の一環としよう。
私の名前はティナ・グラノフ。こっちは相棒のレオン・ブレイスフォードだ。私達が所属しているギルドは〈銀翼の旅鴉〉という」
「聞いたことないギルドだね。新設?」
「そんなところだ。それで、君の名前と所属ギルドは?」
「名前はケケル。ケケル・ティアルっていうよ。所属ギルドは〈叡智の開拓〉って名前」
ケケルと名乗った青髪少女は、どこかつまらなさそうな顔をしていた。
しかしティナは違った。どこか困ったようなしかめっ面をして、ケケルを見つめている。
「もしや君は、違法ギルドに所属しているのかい?」
違法ギルド。これを聞いたレオンはすぐさまその存在について思い出す。
まだ〈自由の平野〉へ来たばかりの頃、つまり門前払いばかり受けていた時期に声をかけてきたギルドがあった。それは新設したばかりのギルドだった。
特殊な魔力は大歓迎。入団テストも必要ない。さらに頑張ればその分のボーナスがもらえるというレオンには魅力的な条件が並べられた。
だが、レオンは怪しいと思って誘いは断った。その後、気になって調べてみると勧誘してきたギルドは何もかも真っ黒だということがわかったのだ。
俗に言う冒険者志望を〈消耗品〉としか見ていないギルド。評議会から公認は当然もらっておらず、さらに犯罪に手を染めさせる恐ろしい組織だった。
それが違法ギルドであり、基本的に冒険者志望を食い物にする組織でもある。
「聞き捨てならない言葉だね。言っとくけど、〈叡智の開拓〉はもう生まれ変わったんだよ」
「生まれ変わった? まさか評議会から公認をもらったのか?」
「そのまさかさ。その証拠に、冒険者ライセンスもちゃんとあるから!」
そういってケケルは懐から冒険者ライセンスを取り出した。
覗き込むレオンとティナ。そこに記されている文字と結われたリボンのシンボルは確かに本物のように見えた。
「本物っぽいですね」
「確かにそう見えなくはないが……」
「これを見てもまだ疑うの? ったく、〈銀翼の旅鴉〉はよっぽど人を疑うのが好きなんだね」
勝ち誇るケケル。しかしレオンとティナは、どうしても信じることができない。
そもそも犯罪まで手を染めているかもしれないギルドを、評議会が公認するのかという疑問があった。
「ティナさん。違法なことをしているギルドを公認にするってこと、普通あります?」
「普通はない。それに〈叡智の開拓〉は違法ギルドでもなかなかに有名なところだ。そこを公認にしたとなると、メディアは黙っていないはずだ」
「でも、ライセンスは本物っぽかったですが……」
ティナは黙り込んだ。まるで何かを考えているかのようにして、顔をしかめていた。
「なぁ、何しているんだよ。もしかしてひれ伏す気になったのか!?」
ケケルが顔を輝かせる。レオンは口にされた言葉にツッコミたくなったが、敢えてガマンした。
「えーっと、ケケルだっけ? 一応正規のギルドになったんだよね?」
「一応じゃない! ちゃんとだ!」
「わかった。ちゃんと正規のギルドになったんだね。っで、ここに何しにやってきたの? クエストとか?」
「それは――」
ケケルが口籠る。レオンが思わず不思議そうに頭を傾げると、追撃するようにティナが問いかけを被せた。
「相棒はどうしたんだ? 普通なら最低もう一人と行動しているだろ?」
「ええと、その、はぐれて……」
「なぜはぐれた?」
「なぜって、そんなの――」
ケケルが何かを言いかけた瞬間、ティナの目が鋭くなった。慌てて黙り込むケケルは、あまりにも鋭い眼光に後退りしてしまう。
「答えられないのか?」
「いや、その……」
「なぜ答えられない?」
「だから、その――」
「答えろ。君はここで何をしていた?」
迫るティナ。それはすさまじい形相だった。
そんな顔に恐ろしさを感じたのか、ケケルは今にも泣き出しそうだった。
だが、ティナがもう一歩踏み込もうとした瞬間に一つの忌々しい声が響いた。
「そこまでにしたらどうですか?」
レオンは咄嗟に振り返る。するとすぐそこには、ラフィルの姿があった。
ティナはラフィルに視線を送る。しかし前と違って動揺はしていなかった。
「なぜ、〈金色の剣閃〉が出てくる?」
「理由は二つ。一つはその子達の邪魔をさせないこと。二つは邪魔が入った場合の対処をしなければならないため」
「まさか、評議会は本気でこのギルドを公認にするつもりか?」
「そのまさかですよ。ベイス、あれを出してください」
ラフィルの後ろにいつの間にかベイスの姿が現れる。やれやれと頭を振りながら、大きな手を器用に使って懐から一つの紙切れを取り出した。
ティナはベイスから受け取った紙切れに目を通す。途中で何かに驚いたのか、何かをジッと見つめていた。
「本気なのか?」
「でなければ私達にクエストとして依頼しませんよ」
「しかし、こいつらは――」
「だからなんですか? ギルド〈銀翼の旅鴉〉」
ラフィルはティナに明確な敵意を向けた。それは悪意が籠もっているものではない。純粋にケケルを守るための意志だった。
レオンはそんな目をするラフィルをつい見つめてしまう。あの時と違って、どこか気高さを感じてしまった。
「異論は認めません。それにあなた達は、言葉を発する力もない」
「だから黙っていろと? できるかそんなこと!」
「一応言っておきますよ。これは忠告であり、命令。聞けなければ――」
ラフィルは音も立てずにレイピアの柄を握る。
ティナもまた魔力を高め、臨戦態勢を取った。
緊張が高まる中、レオンはティナを守るためにタクティクスを握る。
張り詰めた雰囲気。それを見かねたベイスは、落ち着かせるようにラフィルの肩を叩いた。
「ケンカする目的ではないだろ」
ベイスの横槍が、高まっていた緊張感を壊す。
興が冷めたかのようにラフィルはつまらなさそうな顔をした。握っていた柄から手を離し、視線をベイスへと向ける。
「わかっていますよ」
その姿は出会った時のラフィルとは印象が違った。だからだろうか、レオンもティナも拍子抜けした顔になる。
思わず見合っていると、ラフィルは丁寧に頭を下げて一つの言葉を口にした。
「忠告が行き過ぎました。ですが、このクエストは極秘。ランクはSです。もしよろしければ、口外しないようにお願いします」
そこに立っているのは、レオンもティナも知らないラフィルの姿だった。
なぜ、頭を下げるのか。
それほど重要なものなのか。
そう考えながら、レオンはティナに目を向けた。
「…………」
どこか納得していない顔だった。しかしここまでされると、食い下がる訳にもいかない。
だからなのか、ティナは諦めたように息を吐き出した。
「わかった。何も言わないよ」
ラフィルは頭を上げる。その作り笑顔は、ひどく冷たいものだった。
「ありがとうございます」
ラフィルは踵を返して、どこかへ行こうとする。ベイスもその背中を追いかけ、歩き始める。
レオン達もまた、終わったこととして二人を見送ろうとした。
だが、思いもしない人物が声を上げる。
「あの!」
全員がケケルへ一斉に振り返る。ケケルはというと、とても緊張した顔で全員を見つめ返していた。
「えっとさ、もしよかったらなんだけど、その二人にも協力してもらえないかな?」
それは、思いもしない言葉だった。
途端にベイスは頭を抱えると、冷静に装っていたラフィルがものすごく呆れた顔で叫んだ。
「ハァァァァァ!!?」
状況がいまいち掴めないレオンとティナ。
しかし、ラフィルの苦労が一瞬にして無駄になったことだけはわかった。




