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第12話 限界を迎えても立つ者〈相棒としての責務〉

 頭に花を咲かせているゴブリンは全部で四体。うち一体には頭がない代わりに、真っ赤で大きな花を咲き誇らせている。

 それぞれのゴブリンが奇声を上げる中、レオンは警戒しながら倒れている青髪の少女へと寄った。


「大丈夫?」


 おかしいゴブリンを睨みつけつつ、声をかけてみる。すると少女は「うん」と弱々しく返事をした。

 レオンは一度確認するようにティナへ視線を送る。しかしティナは、ただ首を振るだけだった。


「詳しいことは後にしよう。まずは、目の前に集中だ」


 レオンは息を大きく吸う。二度三度と深呼吸をした後、一つの詩を口にした。


「〈幻想は魔法〉〈魔法は幻想〉〈我、幻を持って現を制する〉――フォルティ・ウェポン!」


 左手に一つの剣が生まれた。レオンは生み出した剣を強く握り、対峙しているゴブリンへ鋭い視線を刺すように向けた。

 その後ろに立つティナは、静かに目を閉じた。意識を集中させ、だんだんと大きな魔力を身体中に帯び始める。


「ガギャギャギャギャ!」


 戦う準備が整ったと同時に、ゴブリンは一斉にレオンへと飛びかかった。

 持っていた棍棒を大きく振りかぶり、同時に赤い光をまとったゴブリン。

 すぐさまレオンは、攻撃と同時に魔法が発動すると読み取る。

 このまま受けるには分が悪い。だが、回避してしまえば少女に当たってしまう。

 ならば取る行動は一つだけだ。


「フォルティ・ウェポン!」


 レオンは右手にナイフを生み出した。

 そして飛びかかってくるゴブリンの胸を狙って、力いっぱいに投げた。

 まっすぐと飛び、見事に刃が突き刺さる。

 ゴブリンは「ギギャー!」と絶叫すると、途端に勢いがなくなった。

 レオンはそれを狙い、一気に踏み出した。


「ぶっ飛べ」


 レオンは突き刺さったナイフがさらに深く抉り込むように、剣を叩き込んだ。

 直後、ナイフは弾け飛ぶ。

 あまりにもすさまじかったのか、ゴブリンの身体が爆発した。


「ギギィー!」

「ギギギガァー!」


 ゴブリン達が怒り狂ったように叫ぶ。

 そんな中、レオンは慌てずに戦況把握に集中した。

 さすがに身体を吹き飛ばされたゴブリンは、先ほどのように復活しない。


 つまり、このゴブリンは頭ではなく身体のどこかに弱点がある。

 それに復活するにしても時間がかかるようだ。ならば、その僅かな時間を使えばこの不利な状況を一気にひっくり返せる。


「ティナさん、魔法で一気に倒せますか!?」

「できる! だが、少し時間がかかる」

「俺が抑えます! だからお願いします!」


 レオンは飛びかかってくるゴブリンを睨みつけた。

 青、赤とそれぞれが光をまとっている中、レオンは少し遠い場所で佇んでいるタクティクスへ目を向けた。

 ティナとの魔力同調ができる範囲から少し外れている。このまま魔法で対応していてもいいが、万が一のことを考えるとタクティクスは欲しい。

 ふと、レオンの目にヘタり込んでいる青髪少女が目に入った。そうだ、と何かを閃くと同時に、レオンは青髪少女を抱えて後ろへとステップを踏んだ。


「きゃあぁぁ!」


 生まれる氷と炎の槍。だがそれらは互いにぶつかると同時に、光となって消えていった。

 ゴブリン達があまりの出来事にじたんだを踏む。レオンはそれを眺めながら、青髪少女にあるお願いをした。


「ごめん。よかったらなんだけどさ、あそこにある剣を取ってきてくれないかな?」

「え、えぇっ? 剣なんて必要なの!?」


 気持ちはわからなくなかった。

 まだ死ぬかもしれない状況で、そんなお願いをされたら嫌なはずだ。

 しかも、今のところどうにかなりそうならなおさらである。

 だが、レオンはその気持ちを知りつつも強くお願いをした。


「魔法はいつ使えなくなるかわからない。まだ覚えたてだし。でも、絶対に見捨てないから」

「だ、だけど……」

「危なくなったら俺が守る。だからお願い!」


 勝つためにも、生き残るためにも。そして青髪少女を助けるためにも。

 レオンは誠心誠意を込めてお願いした。

 すると青髪少女は諦めたかのような息を吐き、「わかったよ」と答えてくれた。

 どこか呆れた顔を見ながらも、レオンは抱えていた身体を下ろす。すぐに言い争っているゴブリン達へ視線を向け、力強く地を蹴って切り込んだ。


「ギギッ」

「ギィー!」


 二体のゴブリンが反射的にレオンへと注意を向ける。

 レオンは躊躇うことなく、左手に生み出した剣を振った。

 一体はその刃の餌食となり、もう一体は咄嗟に屈んで攻撃を避けた。


「ギガガッ」


 奇声と共にゴブリンが踏み込む。歪な手を硬い拳へと変え、レオンの腹部へと叩き込んだ。

 レオンはつい顔を歪める。しかし、すぐにゴブリンを蹴り飛ばした。


「レオン君!」

「大丈夫です!」


 強がってみる。だが思っていたよりもダメージがあった。

 足がガクガクと震え、息もとんでもなく乱れている。先ほどからずっと動きっぱなしだったためか、肩で呼吸をしている状態だ。


「ギィー」


 さらに悪いことに、斬り倒したゴブリンが起き上がった。

 思わず視線を左手にある剣へ向けてみる。するとそれは淡い光を放って消えかかっていた。

 形が崩れ始めている。もしかして魔法が消えかかっているかも。

 そう思った瞬間、大きな疲労感がレオンを襲った。


「ギギガギッ」


 僅かにレオンがふらついたと同時だった。

 頭のないゴブリンが叫び放つ。

 好機、とおそらく見たのだろう。

 途端に二体のゴブリンは光をまとい、レオンへと飛びかかった。


「くっ」


 一体目がレオンの頭を狙って攻撃する。

 ステップを踏んで左へ避けようとした瞬間、足がもつれた。

 棍棒が頭を捉える。途端に意識が飛びそうになった。


「ギギガァー」


 二体目がひどく歪んだ笑みを浮かべて突っ込んでくる。

 一体目が魔法を発動させようとしているのに、お構いなしだ。


「くぁっ」


 このままでは致命的な一撃を受ける。それだけはどうしても避けなければならない。

 だが、新たに幻想魔法を発動させるには時間がない。

 ならば、この無茶にかけるしかない。


「弾けろ!」


 レオンは左手にある剣を掲げ、叫んだ。

 途端に消えかかっていた剣は、まばゆい光を放って弾け飛んだ。

 追撃しようとしていたゴブリン達は、その爆発によって後ろへと飛ばされる。

 レオンはと言うと、すさまじい勢いで地へと叩きつけられた。


「くっ……、かっ――」


 言葉にできない痛みが走る。あまりにも鈍くて、身体の芯にまで響いてくるほどだ。

 このまま倒れていれば楽になれるかもしれない。

 だがレオンは、そんな甘い考えを拒絶した。


「レオン君、立て!」


 まだ冒険者になったばかりだ。それに、ティナと交わした約束もある。

 こんなところで、寝ていられない。


「ギギガァァ!」


 だが、レオンの邪魔をするようにゴブリン達が立ち塞がった。

 今度は頭のないゴブリンもいる。

 疲弊しきったレオンでは、相手にすることができない数だ。

 レオンは思わず奥歯を噛んだ。試しに〈フォルティ・ウェポン〉を発動させてみるが、形作るどころか光すら集まってこなかった。

 こうなるともう魔法は使えない。だからこそ、頼れるものは一つだけだ。


「赤髪ぃぃ」


 誰かが叫んだ。

 目を向けるとそこには、青髪少女が立っている。

 右手にはタクティクスがあり、それを大きく振り被っていた。


「こいつを受け取れー!」


 力いっぱいに投げられ、勢いよく回転してくるタクティクス。遅れて飛びかかるゴブリン達の横を通り過ぎ、レオンの手の中へと収まる。

 途端にレオンは、息を吐いた。

 力を抜き、ただ流れるように、本能に任せるようにステップを踏んだ。


「ギッ」

「ガッ」

「ギァーッ」


 ゴブリン達の身体が斬り裂かれる。

 悲鳴を上げると共に、ティナはレオンが攻撃範囲から外れたことを確認した。

 だからこそ詩を紡ぐ。


「〈清浄なる蒼き炎よ〉〈彷徨う魂を天へ〉〈穢れし身体を地へ〉〈あるべき理のために全てを導け〉」


 輝き出す身体。それは美しい蒼に染まっており、炎のごとく力強い。

 レオンはそんなティナの姿に見惚れる。

 ティナはというと、気づくことなく魔法名を口にした。


「レゾナンス・フレア!」


 小さな蒼い火球が、頭のないゴブリンへぶつかる。

 ボッ、と空気が弾ける。そして轟音と共に、大きな大きな火柱を立ち上らせた。

 それは先ほど発動した蒼い火柱とは段違いの大きさだった。


「――――」


 何かが叫んでいた。

 何重にも悲鳴が響いていた。

 だがそれは、燃え盛る音によって掻き消される。

 だからだろうか。レオンはその美しい光の雪と、祈りを捧げるティナの姿しか目に入らなかった。



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