第11話 花咲いた奇妙なゴブリン〈マッドフラワー・ゴブリン〉
戦いとは、何か。
多くのゴブリンと対峙するレオンに、ティナはその答えを口にする。
「基本その一――相棒となる者から離れすぎないこと」
棍棒を持ち、飛びかかってくるゴブリン。レオンは攻撃の全てを軽やかに回避していると、途端に身体が重たくなった。
振り返ると、かなり離れた場所にティナが立っている。
「距離を取りすぎると途端に〈魔力同調〉による恩恵がなくなる。つまり、本当の実力で戦わなければならない」
レオンは咄嗟にタクティクスを盾にする。するとゴブリンは一気に攻め立ててきた。タクティクスを弾き飛ばし、一気にレオンの懐へと潜り込む。
同時に魔法を発動させて、強烈な一撃を叩き込もうとしていた。
「クリムゾン・ランス」
だがゴブリンがレオンに攻撃を叩き込もうとした瞬間、一つの真っ赤な槍が頭へと突き刺さった。
瞬間的にゴブリンは燃え上がり、嫌な奇声を上げて灰となっていく。
「基本そのニ――常に相棒が置かれている状況を把握しておくこと」
一匹がやられた瞬間、ゴブリンが一斉にティナへ注意を向けた。途端にティナを倒そうと飛びかかっていく。
だがレオンがそれをさせない。幻想魔法〈フォルティ・ウェポン〉で大きな壁を生み出し、その突撃を妨げる。
「そうだ。そうやって自分だけじゃなく、一緒に戦っている相棒にも目を向けるんだ。もしどちらかが倒れたら、このパーティーは壊滅を意味する」
ティナに攻撃をできなくなったゴブリン達は再びレオンへ振り返る。
しかしレオンは生まれた僅かな時間を、効果的に使う。飛び上がりつつ、〈フォルティ・ウェポン〉を発動させる。その左手には大剣があり、レオンはそれを躊躇うことなく力いっぱいに放った。
ゴブリンを二匹ほど切り裂いた後、大剣は地面へと突き刺さる。同時にゴブリン達が大地を蹴った。
だが、レオンは慌てない。むしろ狙っていた状況だった。
「弾けろ――〈フォルティ・ウェポン〉!」
かけ声と共に、突き刺さった大剣が猛烈な光を放った。その光を壁が反射し、ゴブリン達を飲み込んでいく。
ゴブリンがどんどんと光となって消えていく。レオンが勝利を確信した瞬間、ティナが叫んだ。
「まだ終わってないぞ!」
一匹だけ、生き残ったゴブリンがいた。
それは他のゴブリンと違って、皮膚が褐色に染まっていた。身体も大きく、武器も剣で他とは一線を画していた。
「ギギャギャギャッ!」
ホブゴブリンと呼ばれるそれは、一気にレオンとの距離を詰めていく。
レオンは着地すると同時に、迎撃体勢を取った。しかし、レオンが身構える前にホブゴブリンは剣を振り被っていた。
絶低絶命といえるピンチ。そんな状況を、ティナが救う。
「基本その三――相棒のピンチは自分のピンチだ」
魔法陣がティナの背中に広がる。
蒼く輝く中、ティナは何かを呟くように言葉を放った。
よく聞き取れない。だがそれが紡ぎ終わった後、ティナは一つの魔法名を告げる。
「レゾナンス・フレア」
蒼く燃え上がる火球が、ホブゴブリンへと飛ぶ。
それは始め、とても小さかった。だがホブゴブリンの身体に触れた瞬間、轟音と共に蒼く燃え上がった。
「――――」
声とは言い難い悲鳴が響く。
しかし、立ち上る蒼い火柱がその悲鳴を掻き消した。
レオンはその光景に、震えを覚えた。ティナに畏怖というものも感じた。
だがそれ以上に、美しいと感じてしまった。
「もし、相棒がピンチに陥っていたら。教えなくてもわかっていると思うが、すぐに助けに行くんだ。それが基本であり、絶対の鉄則だ」
舞う光の雪。その中を凛とした顔で見つめるティナは、あまりにも美しかった。
だからなのか、レオンは息を飲み込んでしまう。心臓の鼓動が高鳴る中、ずっとティナを見つめて立ち尽くしていた。
「聞いているのか、レオン君?」
「は、はいっ」
「本当か? 本当に聞いていたか?」
「き、聞いてました! 聞いてましたよ!」
懐疑的な目を向けるティナ。レオンは慌てて誤魔化しつつも、目に焼き付いた光景に震えを覚えていた。
戦いで、初めて感じた美しさ。だからなのか、まだ胸がドキドキとしていた。
「ま、基本はこんなところだ。応用を教えてもいいが、それはまず基本ができてからだろう」
「はいっ!」
「いいかい、レオン君。〈魔力同調〉は数が多いほど強力なものとなっていく。だがそれは、数が減れば減るほど弱体化しやすいとも言える。だからこそ相棒となる仲間の戦況を、常に把握しておく必要があるんだ。
もし仲間が一人でも倒れれば、それは戦いの均衡が崩れる意味にもなる。自分もだが、仲間のことも気にかけておけよ」
「わかりました!」
レオンは元気よく返事する。
しかし、理解したからといってすぐにできるものではない。こればかりは経験を積み重ねていかなければならないものだ。
「ひとまずこんなところにしようか」
ティナは優しく微笑み、言葉を飲み込んだ。これ以上のことを教えたとしても、頭に入り切らないだろうと考えたためである。
レオンは駆け出し。それに鍛錬は始まったばかりだ。それを考えると、ここで急いでも仕方がないことである。
「さて、まずは距離感だ。相手にもよるが、まずは私との距離感を掴んでもらおう」
「はいっ」
意気揚々に、レオンは次なる相手を探し始める。ティナはそんなレオンを微笑ましく見つめつつも、周囲を警戒して進んでいた。
だが、大きな事件とはいつも突発的に起きるものである。
「た、助けてぇぇ!」
誰かが叫んだ。
レオンとティナが一斉に振り向くと、そこには何かに追われている青い髪の少女がいた。
白いローブが汚れることなんて気にする様子はない。ただ必死に、レオン達へと向かって駆けてくる。
「レオン君、戦闘態勢を取れ!」
咄嗟にティナが叫んだ。遅れてレオンが収めたタクティクスを取ると、少女を追いかけていた〈それ〉が姿を現した。
ぼごんっ。
大きな音を響かせて、レオン達を取り囲むように奇妙な蕾が出現する。思いもしないことにレオンが目を大きくしていると、その蕾は花を開いた。
「ギャギャギャギャギャッ」
出てきたのはゴブリン。しかし奇妙なことに、その頭には花がある。
真っ赤に咲いた花を頭につけたゴブリンは、すぐに青髪の少女へと飛びかかった。
「くそっ」
レオンは堪らず駆けた。
ティナはそんなレオンをフォローするように追いかける。
「きゃあっ」
だが駆けている間、青髪の少女はゴブリンに捕まってしまう。
そのまま羽交い締めし、ギューギューと締め付けていく。
少女が苦しそうに呻くと、ゴブリンは楽しげに笑った。
「やめろっ」
レオンはタクティクスを投げる。
その刃はゴブリンの頭を確実に捉え、跳ね飛ばした。
倒れていく身体。しかしティナは、顔を険しくさせたままだった。
「レオン君、気をつけろ。何かおかしい」
頭を失い、ゴブリンは死んだ。
そのはずだが、身体がゆっくりと起き上がり始める。少女はその姿に「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。
ゆっくりと、ゆっくりと立ち上がる。そして、大きな雄叫びと共に首から一つの花を咲き誇らせた。
「な、なんだあれっ」
あまりにも奇怪。あまりにも奇妙。
だからこそ大きな不気味さがそこにはあった。
「ギギィー」
「ギィー」
「ギギャー」
レオン達を囲んでいた奇妙な蕾が、一斉に花を開かせる。
途端にゴブリンが出現し、レオン達を取り囲んだ。
一体何が起きているのか。あまりにも不可解なことに、レオンの息が乱れる。
「慌てるな!」
しかし、ティナの勇ましい一言がレオンを落ち着かせる。
「相手はモンスター。弱点は必ずある。それに、君の相棒は私だ。だから、こんなことで慌てる必要はない!」
レオンは前を見る。
確かに奇妙なことが起きている。しかし相手はモンスター。必ずどこかに弱点はある。
それに、レオンには頼もしい相棒もいる。
「落ち着いたか?」
「はい」
「よし。それじゃあ、鍛錬を兼ねてやるぞっ」
レオンは敵を睨みつける。
少女を助けるために。
ティナの期待に答えるために。
敵と対峙する。




