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第10話 眠れる原石を磨く決意〈ティナが抱いた大きな目標〉

 勇ましく踏み出す足。ダンジョンの出入り口を塞いでいた蕾は消え、レオンはついにダンジョンへと足を踏み入れた。


「うわぁ――」


 そこは、別世界だった。

 滴り落ちる雫。それはあまりにも大きく、底に広がる湖と勘違いしてしまいそうな水溜まりへと吸い込まれていく。

 水面とぶつかり合った瞬間、小さな音が響き渡る。とても綺麗な音が何度も反射する中、静かに波紋が広がっていく。水面に浮かんでいる睡蓮が僅かに揺れる中、レオンはその姿に見惚れてしまった。


 その上に敷かれたつり橋の上を行き交う冒険者達。見慣れているのか、誰もその光景を目にすることはない。しかし誰しもが、気軽に挨拶をして通り過ぎていた。

 周りを見渡すと、様々な冒険者達が会話を交わしている。思わず見つめていると、ティナがどういうことをしてくれているのか教えてくれた。


「情報を交換しているんだ。どこに採取できそうなアイテムがあるのか。最近のモンスターの動向はどうなのか。異常は起きてないか。そんなところだろう」

「へぇー。でもギルドが違ったらそういうのってやらない気がしてましたが」

「冒険は危険がつきもの。死ぬ可能性を少しでも減らせるなら、ある程度の情報交換はするものさ」


「ふーん。でも俺みたいに有益な情報がなかったらどうするんですか?」

「情報に見合う分だけの何かを支払うことになるな。だがそれはやめておけ。情報は命と同等と言える価値のものだ。法外な報酬を求められるならまだいいほうだが、下手すれば命が弄ばれることになるぞ」


 ティナの言葉にレオンは身震いをした。

 とんでもない借金するならまだしも、下手したら遊ばれて殺される可能性がある。絶対にそんなことになりたくないと思っていると、ティナはクスクスと笑った。


「まあ、そんなことをする冒険者は少ないはずだ。やるとしたら物好きの貴族ぐらいなものだろう」

「で、でもぉー」

「冒険者なら自分の力でお宝を手に入れろ。ヴァンがいつも言っていたことだ。自分の力で手に入れたからこそ、お宝の本当の輝きがわかるとも言っていたな。

 君は確かにまだ右も左もわからない。だけどいつか、ヴァンがいた境地に必ず辿り着けるはずだ」


 それはとても勇気づけられる言葉だった。だからこそレオンは嬉しさのあまりに、力強く「はい」と返事した。

 ティナもまたそんなレオンを見て嬉しそうに笑いかける。まだまだ駆け出し。だけどその胸には大きな夢が詰まっていると、感じていた。


「さて、そろそろ上層に行こうか。そこでしばらく鍛錬だ」

「頑張ります!」


 レオンは張り切って駆け抜けていく。ティナはそんなレオンを優しく見つめながら、背中を追いかけていった。



◆◇◆◇◆◇◆



 淡く輝く翡翠色。大樹が大きく息をして、身体に葉腋を駆け巡らせている光景が目に入る。レオンは力強く生きているセフィロトに目を奪われつつも、フロア2へと辿り着いた。

 そこはフロア1とは違い、閑散としている。よく見ると奇妙な蕾が生えており、それはそれで不気味に蠢いていた。


「セフィロトのフロアは全部で6まである。その上に〈世界樹の果実〉があるはずだ」

「結構フロアの数は少ないんですね」

「その代わり、一つ一つの空間が大きいぞ。登るにも体力が必要となってくる。鍛錬しつつ慣れるために移動するのが一番いいと考えているよ」


 ティナの方針を聞き、レオンは頷いた。まずは環境に慣れること。同時に基本的な戦い方を学ぶことが目的だ。


「キシャー!」


 ふと、すぐ目の前から甲高い威嚇が聞こえてきた。

 振り向くとそこには、一匹のゴブリンが立っている。手には棍棒があり、身体はボロボロな布で覆われていた。


「ふむ、ちょうどいいな。ひとまずあいつを相手にやってみるか。レオン君、まずは一人で戦ってみろ」

「えぇ? 一人でモンスターとですか?」

「その通りだ。一応言っておくが、ラフィルと戦った時とは勝手が違うから気をつけろよ」


 レオンはタクティクスを抜き、勇ましい目つきでゴブリンを睨みつける。すると途端にゴブリンは奇声を放って飛びかかってきた。

 動きは確かにラフィルより遅い。だが、ラフィルとは違う行動をゴブリンは行う。


「ギギャギャギャ!」


 飛ぶと同時にまとう青い光。背中に広がる魔法陣は、あまりにも歪だった。

 レオンは迎撃を取ろうとする。だがそれを見たティナは「避けろっ」と叫んだ。

 思いもしないことにレオンは咄嗟に後ろへと飛ぶ。直後、棍棒は地面を叩いた。

 地面とぶつかった瞬間に、歪な氷の槍が生まれた。勢い良く突き出される槍。その周囲が凍てつく中、レオンは思わず息を飲んだ。

 もしティナの叫び声に従っていなかったら。考えるだけでも背筋が震える。


「レオン君、敵をよく見ろ」


 ティナに指示され、レオンはゴブリンに目を向ける。するとゴブリンの持っていた棍棒が粉々に砕け、使い物にならなくなっていた。

 絶対的なチャンス。しかしレオンは、足を踏み出すことができない。

 もし下手に突っ込んだら、殺されるかもしれない。なら他にどう行動すればいいのか。

 思わず考えていると、ゴブリンは地面から突き出した槍を手に取った。


「くっ」


 圧倒的なリーチの差が生まれる。このまま突撃しては確実に返り討ちだ。

 ならばどうすればいいのか。


「レオン君、君も魔法が使えただろ?」


 ティナに言われ、レオンは思い出す。咄嗟に〈フォルティ・ウェポン〉を発動させ、もう片方の手に剣を生み出した。

 だが、それでもリーチの差は埋まらない。

 どうする。どうすればいい。

 嫌な汗が流れ出る中、レオンは一つのことを思い出す。


「そうか」


 やっていないことがあった。それに気づいたレオンは、足に力を入れる。

 十分に溜めて、溜めに溜めて、そして解き放った。


「ギギッ!?」


 まるで風のごとく駆け抜けるレオン。

 あまりの速さにゴブリンは槍を突き出すタイミングが遅れた。

 それを狙ってレオンは大地を蹴り、ゴブリンの上を超えた。

 交差する瞬間、レオンは生み出した剣でゴブリンの右肩を貫く。

 大きなダメージだ。


 だがゴブリンは倒れず、魔法を発動させようとした。

 しかし着地すると同時に、レオンはタクティクスを振る。

 勢いのまま振り返り、ゴブリンの胴体を真っ二つにした。


「ギガァァ!!」


 斬り裂かれたゴブリンは、不気味な悲鳴を上げて光となる。

 ポトリ、と歪な欠片が落ちると、その戦いは終わりを告げた。


「ハァ、ハァ……」


 身体が震えていた。だが同時に喜びもあった。

 冒険者となって、初めてモンスターと戦った。そしてそのモンスターに勝つことができた。

 どうしようもない喜びが溢れてくる。


「よくやった、レオン君」


 勇ましい声が耳に入り振り返ると、ティナは満足そうな顔をしていた。ゆっくりとレオンに近づき、肩を叩いて「お疲れ様」と声をかける。

 レオンは嬉しさのあまりに顔を綻ばせた。だが、ティナはそんなレオンにダメ出しをする。


「だが、まだまだだぞ。ゴブリン相手に時間をかけすぎている。それに初めてとはいえ、動きが鈍すぎる。ゴブリンは弱いが、多彩な魔法を覚えるんだ。今後は気をつけるようにしろよ」

「はいっ」


 元気よく返事するレオンに、ティナは微笑んだ。レオンはその笑顔が嬉しくて、つい笑い返してしまった。


「さて、戦利品だ」


 ティナはそう言って転がっていた〈何か〉を手にして、レオンに手渡した。

 それはゴブリンの中から出てきた〈青い歪な欠片〉だった。

 受け取ったレオンは不思議そうに見つめてしまう。


「あの、これって何に使えるんですか?」

「換金、もしくは武器の強化で使えるアイテムだ。色で属性、形の良さで強化幅が決まる代物さ」

「じゃあ、たくさん集めればタクティクスを強くできるんですね!」

「ああ、その通りだ」


 ティナの言葉を聞き、レオンは嬉しそうにする。

 ティナはティナで、レオンの潜在能力に喜びを抱いていた。

 いくら本気でないラフィルに勝利したとはいえ、一人でゴブリンに勝つことができたのは想定外だった。だからこそもしかすると、という期待が膨らむ。

 その期待が本物であったと証明するためにも、ティナは大きな決意を抱く。


「レオン君」

「はいっ」

「今度はコンビネーションについて教える。だから、ついてきてくれ」


 この少年は光る原石だ。だからこそ磨いて、輝かさなければならない。

 絶対に一流の冒険者にする、と。

 その想いを知ってか知らずか、レオンは元気よく返事をした。


「はいっ!」



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