第9話 負けてたまるか〈燃え上がる少年〉
――ああ、なんてことだ。
レオンは後悔していた。
ティナの裸を見てしまったこと。
その裸で興奮してしまい、情けない姿を見せてしまったこと。
それだけならまだいい。しかし、レオンはティナに裸を見られてしまった。
理由は当然、撃沈してしまったレオンを助け出すためである。
「うぅっ」
まだまだ初心で思春期な少年。まさかこんな形で異性に裸を見られるとは、思ってもいなかった。
ベッドの上で悶え、枕に顔を埋める。あんな哀れな姿を見られるとは、と顔を真っ赤にするレオンは、再び思い出して悶えた。
「おーい、レオン君。そろそろ出発したいんだが?」
ドアがノックされ、ティナに催促される。レオンは声が聞こえた瞬間に「ふぁぁいっ」と情けない返事をしてしまった。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です! ちょっと待っててください!」
飛び上がり、ドタバタしながら準備を始める。立てかけていたタクティクスとテーブルに置いていたポーチを手に取り、腰に備えていく。
上着を羽織り、そのままドアの鍵を解除して開く。途端にティナの顔が目に入り、レオンの顔が赤くなる。
しかしティナはまっすぐと見つめ、少しだけ困ったように顔を綻ばせた。
「寝癖がついているぞ」
レオンは「えっ」と声を上げて髪を整えようとする。ティナはそんなレオンをクスクスと笑いつつ、屈むように声をかけた。
「全く君は。手グシだが我慢してくれよ」
優しく、撫でるようにティナはレオンの髪を整えていく。
レオンは少しむず痒い感覚を覚える。屈んでいるせいか、ティナの仄かに膨らんだ胸がレオンの目に入ってしまう。レオンは思わず視線を逸らしていると、「できたぞ」と声をかけられ頭をポンッと叩かれた。
「すみません」
「こんなことで謝るな。むしろ『ありがとう』と言ってくれたほうが嬉しいよ」
「すみません」
「謝るなって。全く、手がかかるものだ」
ティナは幸せそうな顔をして笑う。レオンもまたその笑顔につられて、ついつい笑い返してしまった。
「さて、そろそろダンジョンに行こうか」
「はいっ」
和やかな雰囲気のまま、レオンはティナの後ろを追いかける。
そこにはあまりの恥ずかしさに悶えていた少年の姿はなく、ただただまっすぐと夢へと突き進む背中があった。
◆◇◆◇◆◇◆
青い空に、雄大にそびえ立つ大樹。
晴天を迎えたセフィロトの麓。しかし、そのダンジョンの入り口で多くの冒険者が立ち往生していた。
「どうしたんですか?」
唸り、困り顔を浮かべているダンディーな冒険者に声をかけてみる。するとその男は艶のある低い声で、訊ねてきたレオンに答えてくれた。
「あれのせいで入れないんだ」
指し示された場所に目を向ける。するとダンジョンの入り口に、とても大きな蕾があった。まるで生きているかのように蠢く蕾は、どこか不思議であり不気味でもある。
「なんですか、あれ?」
「わからん。だが妙なものでな。固くて斬ることもできないうえに、不思議なことに燃えもしない。試しに魔法で攻撃してみたが――」
会話の最中、違う冒険者が魔法を発動させて蕾を燃やそうとした。だが炎は周りで燃え盛っているだけで、蕾は燃えず全く意味がなかった。
「あんな感じに無傷なんだ。耐性でもあるのか、それとも違う要因があるのか。どちらにしてもお手上げで入れない」
レオンはまじまじと見つめる。
普通に攻撃しても、燃やそうとしても、魔法も効かない蕾。見れば見るだけ不思議に感じてしまう。
「あら、なんですかあれ?」
「蕾のようだな。なぜここにこんなものがあるんだ?」
「見ればわかりますよ。でもまあ、邪魔ではありますね」
そんな中、耳障りな声が入ってきた。目を向けるとそこには、忌々しいラフィルと腕を組んでいるベイスの姿があった。
途端に空気が重くなる中、ラフィルは気にすることなく大きな蕾の前に立った。
まじまじと見つめること数秒。ラフィルは「ふぅーん」と声を漏らした。
「どうにかなりそうか?」
「私を誰だと心得ていますか? ベイス、少し下がっていなさい」
腰に添えていたレイピアの柄を掴む。しばらく見つめ、息を一度だけ大きく深く吸う。そしてタイミングを図ったかのように息を止め、一閃した。
ばふんっ。
とても奇妙な音が響いた。途端にダンジョンの入り口を塞いでいた蕾は萎み、そのまま枯れて消えていく。
ラフィルはそれを確認した後、ゆっくりとレイピアを収めた。
「さて、行きましょうか」
誰もどうにもできなかった障害物。ラフィルはそれを一発で無効化した。
冒険者達はただ呆然とその背中を見送る。レオンもまた呆けて見つめていると、一瞬だけラフィルと目があった。
――あら、こんなことぐらいできないのかしら?
クスリ、と笑われる。途端にそんな心の声が聞こえてきた。
レオンの顔が険しくなる。それにラフィルは勝ち誇ったかのように微笑み、ダンジョンの奥へと姿を消した。
「さすがSランクだ。俺達と次元が違うか」
ダンディーな冒険者は感心しつつ、ダンジョンへと足を運ばせていく。他の冒険者達も見習ったかのように足を踏み出していく中、レオンは違った。
「どうしたレオン君?」
「あいつ、笑ってました」
「ああ、確かに笑っていたな。だけどそれが――」
「絶対に見返してやる!」
大きな声と共に、大きな目標を抱く。一体何がレオンを奮い立たせたのかわからないが、その顔はやる気で満ち溢れていた。
ティナはそんなレオンを見て嬉しそうに微笑む。肩を叩き、まずやるべきことを告げた。
「追いつくだけでも大変だぞ。何にしても、まずは鍛錬だ」
ティナの言葉にレオンは力強く頷く。
初めて踏み入れるダンジョン。そこでレオンは、様々なことを学んでいくことになる。




