第8話 妖精少女が胸に抱く大きな夢〈妖精王の剣〉
まだ濃い湯気が立ち込める露天風呂。レオンは異様な汗をかきながら温泉に浸かっていた。すぐ後ろにいるティナはまだ怒っているのか、口を聞いてくれない。だがこのあり得ないシチュエーションに、レオンの鼓動は自然と大きくなっていた。
そもそもなぜこんなことになったのか。レオンは何気なく考え始めると、口を閉ざしていたティナが声をかけた。
「傷はどうだ?」
「え? あ、はい、だっ、大丈夫です!」
「そうか、よかったよ。しかし、まさか君がいるとはな」
「俺はティナさんが入ってくるとは思っていませんでしたよ」
レオンは苦々しい笑顔を浮かべながら答える。ティナはそんなレオンに「すまない」と告げると、身体をレオンへと預けた。
「ティ、ティナさんっ?」
「今日は疲れた。少しだけ、背中を貸してくれ」
異様な緊張のためか、さらにとんでもない汗を掻くレオン。どこか幸せでもあるが、体温が急激に上昇しているのかのぼせそうだった。
「と、ところで、どうしてこんなことになったんですかっ?」
「確かここは混浴だったな。おそらくそのせいだろう」
「そっ、そうなんですか!」
「しかし、君と出会ってからは暇をしないな。おかげでいつもより疲れる」
「ご、ごめんなさいっ」
「本当だ。でも、楽しいぞ」
いつまでも続いて欲しい。だけど早くしないと熱さで気絶する。
レオンの意識が混濁し始める。それと同時に、その身体に手を回された。
思いもしないことに、レオンは目を大きくする。まさかと思い振り返ろうとすると、ティナから「前を向いていろ」と怒鳴られた。
「あ、あのっ」
「今日はすまなかった。だけど、ありがとう」
この行為は何を現しているのか。
ティナなりの感謝だと気づいたレオンは、ドキドキとしながら言葉を受け入れた。
落ち着きを取り戻し始める。それと同時にレオンは、空を見た。
赤づいた空はとても綺麗で、その中を漂う雲が微笑んでいるかのように見えた。
「ティナさん、聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「なんだい?」
「ティナさんはどうして、冒険者になったんですか?」
その問いかけにティナは気恥ずかしそうに笑う。まるで照れ隠しでもしているかのような笑顔でもあった。
しかし、ティナは臆することなく語ってくれた。
「〈妖精王の剣〉は知っているか?」
「確か、おとぎ話に出てくる伝説の剣ですよね?」
「ああ、そうだ。正確な名前は〈オベロンの王剣〉という。私はそれを、手に入れたいと思って冒険者になった」
「伝説の剣を、ですか?」
「見てみたいんだ。どんな剣なのかを。どれほどすごいもので、どんなに綺麗な剣なのかを」
ティナの言葉から本気が伝わってくる。
明確な理由、動機はないかもしれない。あるとしても単なる憧れかもしれなかった。
だけどレオンは知っている。人を動かすのは論理的な理由じゃない。力強く踏み出す感情だと言うことを。
だからレオンは、決意した。
「俺も見てみたいです」
「えっ?」
「ティナさんが追いかける剣を、見てみたいです。だから一緒に、手に入れましょう」
レオンはティナに顔を向ける。
ただただ力強く笑った。
その顔はティナにとってどう映っただろうか。
少なくとも、懐かしむような顔はしていたようだった。
「ありがとう、レオン君」
ティナは溢れてきた涙を拭う。レオンはその顔を見て、優しく微笑んだ。
レオンもティナもまだ互いのことをよく知らない。だがそれでも、このひとときで互いの弱さを確認することができた。
それは確かな歩みであり、大きな成長でもあった。
「さて、そろそろ上がるか。先に行っているよ」
ティナは機嫌よさそうにしながら立ち上がる。タオルで隠された身体。しかし水分を吸ったタオルは、ティナの身体にピッタリと貼りついていた。
浮かび上がる身体のラインと、仄かに膨らんだ胸。蒸気でよく見えないものの、瑞々しい白い肌に濡れた雪のような髪が、レオンの目に入ってきた。
その姿はあまりにも美しい。そしてレオンの男心をこれでもか、とくすぐってきた。
そしてレオンは、その刺激に負ける。
――ぶばっ。
興奮のためか、それとも違う要因があったのか。
何にしてもレオンはティナの姿を見て、大量の鼻血を噴き出した。
「レオン君!?」
さらによろしくないことに、長湯していた弊害が出る。レオンはそのまま温泉の中へと沈んでいく。
「しっかりしろ。おい、レオン君っ」
慌てるティナ。しかしその声はレオンに届くことはない。
ただただ幸せそうな顔をして、レオンは撃沈した。
このエピソードで第1章の第1幕は終了です。
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