第1話 訳あり教師が何かを決意したみたいですよ
一年後
鳴瀬 雛、男性、元教師、妹の自殺を境に仕事を辞め、家に引きこもっている。
いつものようにテレビもつけないでただパソコンに張り付いて何かをしていた。
タッタッタ、と雛がいる部屋に向かってくる足音がした。
毎度のように雛は母が置いていく料理をドアを開けて皿を取っていた。
だが今日は何かが違う、音は近づき鳴りやまない、母の場合、もうそろそろ足音が鳴りやむはずなのだが。
「雛、そこにいるんだろ、出てこい」
どうやら雛の父であったようだ、いつもは高校の校長をやっており、雛になどかまっている余裕はないはずなのだが、今日は珍しく雛がいる部屋の前へと来た。
「出てこないつもりか、ならこっちから入らせてもらうぞ」
そう言うと雛の父はすんなりと鍵を開けて中に入ってきた、どうやら部屋の合鍵を所持していたらしく、それを使って中に入ってきたのだ。
「雛、いつまでも過去を引きずり続けてるんじゃない、早く立ち直れ、でないとこっちが迷惑をするはめになるんだぞ!」
少し呆れた顔つきでため息をこぼしつつ、そう雛の父は言った。
「俺は何もできないさ、人を助けられもしないクソ野郎が人を教えられる訳もないし、ましてや社会に出ても役に立たないよ」
死んだ目をした雛がそう父親に向かって言った。
「そうだな、お前には何もできないし、教える資格もない」
雛はその通りだと言わんばかりの顔をした。
「だがな雛、お前には人を助けられる力を持っているのかもしれないぞ」
「なんだよそれ、実の妹も助けられなかったクソ野郎にそんなことできるわけないだろ」
「だからこそだ、お前はもう二度と過ちを繰り返さない、繰り返したくないはずだ、なら私についてこい」
「どうして親父についていかねーといけないんだよ!意味わかんねーよ!」
「実はだな、私の学校はいじめが絶えないんだ、そのなかでも酷いいじめになるケースもあって不登校になっている生徒がいる。」
「それがどうしたってんだ、俺には関係ない話だろ。」
雛は父に体を向けるのをやめてパソコンへと向けようとしていたのだが、
「妹と同じ道を辿ってる子供がいるんだぞ、それでもそんな減らず口を叩くつもりか」
「どういうことだ」
雛は真剣な顔つきになって体をもう一度父に向けた。
「このメモリースティックの中にあるファイルの中を見てみろ」
そう言って父はメモリースティックを渡してきた、雛はそれを今起動しているパソコンに繋げてみると五つのファイルがあった。
一つ目のファイルをカチカチっとダブルクリックし、開いてみるとそこには女子生徒の経歴などが書き記されていた。
「その少女の名前は椎名美優、うちの高校の生徒だ。」
内容を一通り確認した後で父は言った。
「その子は産まれながらの天才児なんだ。色々な賞を取ってきた彼女なのだが私の高校に通う前からいじめにあっていたらしい」
「能力差がありすぎるってだけで人はそれを恐怖と嫉妬に変えてしまう、特に高校生はピンポイントで当てはまる年齢だと俺は思ってるが。」
「そう、その通りだ、逸脱していた才能を持った椎名さんはついに学校にまで来なくなってしまったんだ」
数十分後
俺は他のファイルの中身も一通り見終えた。
「それで?俺に何をしろっていうんだよ」
「それはだな、この五人の生徒を学校へ通えるようにしてやってくれ」
そういうと父は深々と頭を下げてきた、いつぶりだろうか、このように父が頭を下げるところを見るのは
「お前しか頼れるやつはいないんだ、お前だけがこの生徒らと分かりあえるんだ、だから頼む雛、お前の力が必要なんだ。」
「母さんと離婚した後の妹を、お前は見たことあるか、あいつ本当に必死そうだったんだよ」
「私はそのことを知らなかった、でもお前がクラス担任をもった時から徐々に瞳の光がなくなっていくのは分かっていたさ、そして遂にあの日が...妹が死んだ日になったんだ。その時ふと思ったんだ、これ以上いじめによる被害をなくしたいと。」
それを聞いた雛は何を思ったのかさっきまで死んでいた目に少しだけ光が戻りつつあったのだ。
「顔を上げろ親父、そこまで生徒の事を考えてる校長はそうそういないだろうに、分かったその依頼、受けてやるよ」
そう言うと雛はずっと引きこもっていた自分の部屋から踏み出す決意をしたのだった。
「それで親父、学校てのはどこにあるんだ?」
雛はすぐに服を着替えて学校へ行く用意をした。
「ここから車で三十分くらいの所にある、移動は車でするからな」
雛は言われるがままに父と車に乗って目的地の高校へと向かった。
目的地に到着してから気づいた事があった、それはここが女子高という事だった。
ファイルを渡された時も女子しかいないと思っていたがそういうこどだったらしい。
「女子高なのか」
「そうだ、女子高だ、お前には言ってなかったがダメだったか?」
「いやいいよ、ここまで来たんだからちゃんとやるさ」
女子は特に集団意識が高いうえに、格差が激しいからいじめになりやすいと思っていたが女子高となるとどうなっているのか検討もつかない。
「とにかく中へ入ろうか、手続きとかも済ませとかないとだから」
そう父は言って玄関まで行きスリッパに履き替え校長室へと向かった。
「ここからは親子ではなくいち教師と校長の話になるから気を引き閉めてくれ」
「分かった。」
「では鳴瀬雛さん、あなた様をこの学校の臨時教員として配属することを任命します、こちらに署名を。」
すらすらと書いていった、そして書き終わったのを見た父が
「これで手続きは終わりです、これからよろしくお願いしますね、雛さん」
握手を交わして手続きは終了した、すると父は話を切り替えた。
「雛、お前は臨時教員としてここに配属することにしている、臨時であるから期間が決められているんだ」
「どのくらいの期間なんだ?」
「1ヶ月だ」
「い、1ヶ月!」
短さに驚きを隠せなかった雛である。
「1ヶ月で生徒達を普通の学校生活へ送り出せと?」
「そういうことになるな、こちらもこれが精一杯なんだ、分かってくれ雛。」
「まぁ、それはさておき五人の生徒とはどうやって会うんだ?」
「生徒たちに招待状を出してくれ、時間は学校の授業が終わった放課後に課外授業と称してとってある。」
「授業の時間はどのくらいだ?」
「大体二、三時間くらいで切り上げてほしい、それと土日も含めることにしているからな、土日はそれ以上を使っても構わないぞ」
「それはありがたいな、生徒達との距離を近づける良いきっかけになる」
「それで?いつから始めるんだ?」
「明日からだ」
「あ、明日!、また唐突だなぁ」
「すまないな、時間がなくって」
「それが言い訳としてなるのもいささか不思議であるが、まぁ良い、大まかな事は大体分かった、後は俺なりに色々と考えてみるとするよ、それと俺の授業に口出しをしないのと、どんな結果が待っていようと責任は取らないってのをこの役目を果たすための条件にしても良いか?」
「あぁ分かった、それで良いだろう、それじゃあよろしくな」
責任取らなくても良いのかよ!、そう思いながらも雛は校長室を出た。
明日から始まる課外授業、さて、どんな授業が出来上がっていくのだろうか、それはまだ誰も予想できない、だが雛は妹のような子を出さないようあがき続けるだろう、それだけを心に決めていたからだ。