ひとつのおもい
仕事のストレスでわたしは自殺をすることにした。
わたしは地元でも有名な『名所』に行った。
手すりにもたれかかって、数十メートル下で漂う水面を見ていると、わたしのすぐ後ろを二人の学生が通った。
わざとではないが、彼らの話が耳に入ってきた。
「やっぱりあのシーンはアイツがいてこそのだったよね。今まで役に立たなかったし、目立ってたわけでもなかったのに、3話のアレで『生きていた』のが今回に繋がってるわけだよね、感動したよ」
アニメかなにかの話だろうか?
わたしは何となく萎えてしまったので、自殺は明日にすることにした。
次の日、朝早く起きたわたしは(というか眠れなかった)スーツ姿に鞄を持って、電車を待っていた。
もちろん、通勤するためではなく、飛び込もうと思ったからだ。
ホームの一番前で電車を待っていると、足に何かが当たった。
「すみません」
そっちを見ると、白い杖を持った制服姿の女の子が申し訳なさそうに謝った。
一歩後ろに下がってやると、彼女は「ありがとうございます」と会釈をしながら通って行った。
その後ろから、同じく学生姿の男の子が歩いてくる。
彼も私の方に軽い会釈をすると、白い杖を持った彼女の方へと歩いて行った。
二人は親し気だ。
どういう関係だろうかと考えていると、通勤の電車が来たので乗り込んだ。
飛び込みは帰りの電車で決行しよう。
仕事の鬱憤が溜まった帰り道、わたしはあることを思い出していた。
それは、わたしにも少ないながらも貯金があるということだ。
死ぬ前に全部使い切ってやろうと思って、コンビニで20万ほどしかない貯金を全て下した。
どこに行っていいかわからないので、会社の近くのバーに行くことにした。
バーにはサラリーマンや老いぎみの夫婦が何人も来ており、中には金髪の外国人もいた。
その外国人は二人用のテーブルに一人で腰掛けており、電話で誰かと話しているみたいだ。
何故誰も注意しないのだろう?
わたしは早速、バーで一番高いワインとステーキを注文した。
消極的な照明しかない暗いバーの片隅で、料理を待っていると、先ほどの外国人が通話していた携帯を切ると、バン!と机を思いっきり叩いて立ち上がった。
店中の視線が彼に集まる。
彼は一瞬の沈黙の後、腕を思いっきり広げてこう言った。
「店内全員!今日は俺のおごりだぁ!」
それを言ったときの彼の顔は晴々としていて、幸福の気持ちが実に現れていた。
予想外にお金が余ってしまった私は、お金を使うのは明日にして、今日は食べるだけ食べて帰ることにした。
次の日起きると、わたしはあることに気付く。
もしかしたら、わたしは本当に死ぬくらいの想いはしていないのかもしれない。
例え仕事をやめても、バイトなり生活保護なりで、死ぬまでのことはないだろうし。
適当に準備をして朝のホームに出ると、昨日の白い杖を持った女の子が、あの男の子に支えられて電車に織り込んでいくのが見えた。