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シオン 25秋 エピローグ2

 最も永く続く愛は、報われない愛だ。

 昔読んだ小説の、その一節が、頭を離れなかった。



 夏が終わった。

 ピースタワーでの事件から、もうすぐ一か月が経とうとしていた。

 事件の顛末は、次のようなものだ。

 フィルリア姫は無事、ヘリで救出。その場にいた軍人一名とテロリスト一名もヘリでタワーから離脱した。公にはタワー内に残ったテロリストは、軍人によって殲滅されたことになっているが、実際は違う。真実はタワーの周りを軍で囲んで逃げ道を塞ぎ、餓死させたのだ。飢えに耐えきれなくなり、投降を求めた者もいたが、すべて撃ち殺した。

 二週間後、タワー内に軍が侵入した際には見るに堪えないおぞましい光景が広がっていたそうだ。仲間の肉を喰らって生き残っていた者もいたそうだが、全員撃ち殺したという。

 そんな非道な行いができたのは、今回の被害があまりにも大きかったからだろうか。

 タワー内部にいた富裕層の人間たちは、一度目の爆発のあと逃げられた者を除いて、多くの人が亡くなった。姫の護衛にあたっていた軍人も、シオンを除いて全員が死亡した。

 平和を祈る式典は、テロリストの手によって惨劇へと変えられてしまったのだ。

 

 侵入経路や敵のアジトの特定をするためには、敵を生かして捕らえるべきだったのではないだろうか?

 シオンは軍の食堂でコーヒーを見つめながら思索にふけっていた。

 最近は、気づけばいつもピースタワーの事件のことばかり考えている。

 あの事件には何か裏がある。そう思わずにはいられないのだ。

 軍の食堂は、耳をすますと色々な話が聞こえてくる。

 話題は今も事件のことでもちきりだった。

 シオンの方を見てこそこそと話す声も聞こえる。

 聞こえてくるのは、どれもこれも愚痴や文句、嫉妬にまみれたつまらないものばかりだった。

 誰もシオンが知りたいことを知ってはいない。誰もシオン以上の情報を持っていない。

 もう、手がかりはスククという謎のテロリスト一人だけになってしまった。

 シオンは席を立った。上官に呼び出しを受けていたのだ。


 秋の心地よい風が流れる。夏の暑さはずいぶんと和らいでいた。

 シオンは軍本部の隣にある牢獄にいた。ここは刑務所ではなく、あくまで一時的に人を捕らえておくところだ。つまり、彼の処遇はまだ決まっていないのだろう。

 薄暗く、空気の悪い場所。よくないものの吹き溜まりとなっているようだった。

「よお、待ってたぜ」

 檻の中からスククは言った。

 どんなことをしても黙秘を貫いていた彼が、シオンになら話す、二人きりにしろ、と言ったそうだ。だから上官の命令でシオンはここに来た。

「俺、暇だからよ、ちょっと考えてたんだ。あのピースタワーでの爆破テロ。誰が黒幕かってな」

 彼の顔は青白く、やせこけていた。まっすぐで穢れのなかった彼の瞳は見る影もなく、窪んだ穴にたたずむそれはくすんでいた。

「あの警備をかいくぐってタワーの内部に侵入するのはどう考えても無理だ。俺のやった方法も、あのテロリストの人数じゃ使えない。つまり、誰か手引きしたやつがいるんだよ」

 彼はシオンの返事も待たずに、一方的に話し続けた。それは妄想を真実だと思い込む愚者の姿にも見えた。

「お姫さまを真っ先に殺さなかった理由は、きっとあのとき話してた内容でだいたいあってるはずだ。姫以外にも殺したい奴がいた。警備が多く、狙撃による殺害は確実じゃなかった。姫が生きているほうが警備隊の人数を姫の護衛に割けた。先に姫を殺すと、全員が戦闘にまわってくるからな。まあ理由はそんなとこだろ」

 彼はにやにやと気味の悪い笑みを浮かべている。

「で、それで誰が得をするか、だ」

 蛇が獲物を捕らえる瞬間を見計らうかのように、息を整えて短く言葉を切った。

「あのときの演説の内容、お前は聞いてたか?一回目の爆破の直前、発表されたのはお姫様の婚約だったんだぜ。相手はゼロン伯爵だ。婚約が発表された状態で姫が死ねばどうなると思う?」

 心臓がバクバクと血を全身へめぐらせていく。冷や汗が額を伝った。

「正式な儀式を行っていない以上、婚姻関係はまだ認められていないが、婚約を公にした時点でほぼ決まりみたいなもんだ。それに、俺の読みが正しければゼロン伯爵の王位継承に異議を唱える恐れのあるものは、あのテロでほとんど死んでるはずだぜ」

 シオンは自分が今どんな顔をしているのかわからなかったが、彼はとても楽しそうだった。

「これでつながっただろ?爆弾が二回に分かれた理由は、ゼロン伯爵の逃げ道を残しておくためだ。あいつは自らテロリストを手引きし、なおかつあの場にいて、自分の身を危険に晒すことで疑いの目を背けさせることにも成功したんだ。ゼロン伯爵の誤算は俺とお前がタワー内に侵入し、姫を助けたことだ。お前もわかってると思うけどな、俺たちが敵を殺しながら屋上をめざして敵を殲滅していなかったら、姫は間違いなく死んでた。わかるか?あの場で起こったイレギュラーは俺たちの存在だけだ。そしてあのとき起こったことを詳しく知っているのも、俺たち三人だけだ」

 彼の一言一言が毒のようにシオンの身体に回っていく。

「気を付けろよ、変なことに気が付かないでいるうちは、お前はお姫さまを救った英雄でいられるんだからな」

 目の前の檻が彼を囲っているのか。それとも自分を囲っているのか。シオンにはわからなくなっていた。

 シオンは嫌でも思い出さざるを得なかった。最初に正面玄関からタワーに入ったとき、こちらへ押し寄せてきた人の波。その中に、ゼロン伯爵の姿があったことを。

「もっとも、ここじゃゼロン伯爵が生きてるかどうかすらわからないんだがな。あいつがタワーで死んでたらあいつはシロだぜ。この話は俺のまったくの妄想だ。まあでも、その顔じゃあ、あいつは生きてるらしいな」

 彼は高い笑い声をあげた。何がそんなに可笑しいのだろう。何も可笑しくない。

「ここまでは、俺がお前にくれてやる情報だ。この後は取引さ。俺と手を組んで、この国をひっくり返さないか?俺にはこの国をぶち壊すだけの力と策がある。けど、そのためには俺がここから出なきゃダメだ。お前が俺をここから出してくれたら、お前の望みを叶えてやる」

 シオンの目をまっすぐに見て、彼は告げた。

「お姫さまをお前にくれてやるって言ってんだよ」

 シオンは目をそらし、彼に背を向けた。

「上には、あいつは頭がおかしくなって妄言ばかり垂れ流すようになったからさっさと殺したほうがいいと伝えておくよ」

「お前、姫のことが好きなんだろ?姫もお前のことが好きだ。だったらどうして諦める?一度の人生だ。良い人ぶって理性的に生きることに価値なんてない。悲劇に酔うのはやめろよ。俺が手を貸してやる」

 シオンは彼のほうへ首だけ向けて答えた。

「悲劇に酔うのは、業を受け入れた者の特権だよ。本能に従って生きるだけなら獣と変わらないじゃないか」

 スククは心底楽しそうに笑った。

「獣でいいじゃないか?まあゼロン伯爵のこと、少し調べてみろよ。面白いことがわかるぞ。俺の言葉の意味も、姫の気持ちも、自分の気持ちも、よく考えてみればいいさ」

 シオンは足早にその場を離れた。

 このままここにいてはいけない。

 こんな空気の悪いところにずっといたら、頭がおかしくなってしまう。

 ゼロン伯爵のことなら、もうすでに調べてあった。

 彼は間違いなくクロだった。

 テロリストに金や武器を流して、見返りに自分の身の安全を保障してもらっているという噂だって不確かだが捕まえた。

 まだ尻尾の先を掠めた程度だが、それだけでシオンはその醜い獣の全貌を把握できた。

 今回のタワーの事件、黒幕は間違いなく奴だ。

 でも、そんなことはどうだってよかった。

 本当の敵は、自分の中に潜むこのどす黒い欲望のほうだった。

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