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シオン 25夏 エピローグ1

 ファースト・キスは女にとって始まりの終わりに過ぎないが、男にとっては終わりの始まりである。

 そう言ったのは誰だっただろうか。



「おい、シオン。だりいよお。あちいよお」

「警備も僕たちの大事な仕事だよ。しっかりしなよ」

 まあ確かにこの服装は、夏の日差しには適さない。頬を流れていく汗がうっとうしい気持ちはわからなくはなかった。

「でもよお、だりいよ」

 シオンの頭は、もう彼の話を聞いてはいなかった。目の淵で、ある男を捉えたからだ。

「来たぞ」

「え?」

 あまり綺麗とは言えない身なり。血走った目。興奮したその様子。この街でああいう手合いを見たらほぼ間違いなくクロだ。シオンのニ年間の経験がそう告げていた。

「周囲を警戒して。必要そうなら援護してくれ」

 シオンは相棒にそう告げると、走り出した。

 男の腕がギリギリ届くか届かないかといったところまで近づき、静かに声をかける。

「すみません、少しお時間頂けますか?」

 男はシオンを見て、正確にはシオンの着ている軍服を見て、すぐさま駆け出した。

 シオンもすぐに後を追う。

 この距離なら銃は要らないだろう。シオンは男の襟を掴んで動きを止めた。そして今度は左腕を掴み、背中に無理やり回すとそのまま押し倒す。

「大人しくしてください」

 じたばたと身体を動かす男を組み敷き、あたりを警戒する。仲間が出てくるならこのタイミングだろう。

 シオンの思った通り、建物の陰から突如現れた何者かがこちらへ走ってくるのが見えた。どうやらこっちの相棒はまだそいつの存在に気が付いていないらしい。

 真面目に働けば手柄はあちこちに転がっているのにな。暑いと文句を言っているだけなら誰にでもできるじゃないか。

 シオンはため息を吐きながら上着の内ポケットに手を入れ、拳銃を取り出した。素早く銃を構え、躊躇いなく引き金を引く。狙い通り弾は敵の足を貫いた。

「さすがだな、シオン」

「さすがだな、じゃないよ。君は僕の上官にでもなったつもりかい。援護してくれよ、まったく」

「悪かったって」

 彼はそう言って、悪びれもせず笑った。


「さすがだな、シオン」

 こっちは本物の上官だ。軽口を叩くわけにもいかない。

シオンは頭を軽く下げ、感謝を伝えた。

「君の働きは上層部でも話題になっているよ。最近テロが減っているのは君のおかげだってね」

 今度は謙遜の言葉を口にする。その場その場に応じて正しいセリフを吐かなればならないのは当たり前とはいえ面倒だ。

 上官はわざとらしく声の色を変えてから話を続けた。

「君の力を見込んで頼みことがある。今度、フィルリア姫殿下がテロ撲滅のために演説をするのは知っているな」

「はい」

 もったいぶった言い方に、シオンは少し期待せざるを得なかった。

「その警備の者を今、集めているのだが、君にも参加してもらいたい。能力があり、なおかつ信頼できる者でなくてはならないのだ。やってくれるね」

「光栄です。謹んでお受けいたします」

「うむ、ありがとう。よろしく頼むよ」

 下がっていい。そう言われ、シオンは部屋を出た。

 上層部でシオンのことが話題になっていたそうだが、フィルリア姫を救いその見返りに姫とデートをした「小湊シオン」という少年が軍に入った、という話は上層部に知られていないのだろうか。

 まあもちろん、それを知っていれば、彼女の護衛に自分を選んだりはしないだろうが。

 今回のフィルリア姫の演説。これは中々の鬼門だ。

 三年前、テロリストの根城となっているアドバンストの街の一部、つまり貧民街に何度目かになる総攻撃が仕掛けられた。この総攻撃は今までのものとは少し異なり、アドバンストならばたとえ反政府組織の者でなくとも容赦なく殺された。

 この国には「我が国に敵対する他国の者、またそれに準ずる者は、軍に属する者の判断で拘束、またはこれを殺害することができる」という法律がある。ネクストたちは「それに準じる者」に、「テロリストが多く潜伏する地域に滞在する税金の未納者たち」も含まれるとして無差別大量虐殺を許可したのである。

 公にはされていないが、軍では有名な話だった。ちょうど二年前に軍に入ったシオンも総攻撃には参加しなかったもののそのことを知っていた。

 この総攻撃は成功し、反政府勢力に壊滅的な打撃を与えた。貧民街は軍によって完全に制圧され、平和の象徴として新開発が進んだ。老朽化した建物はすべて破壊されて更地になり、最新の技術をつぎ込んだビジネス街や商業施設、高級住宅地が次々と建設されたのだ。

 アドバンスト居住区からプラス居住区へと変更されたその地域はニュータウンと呼ばれ、プラスの中の富裕層が多く移住した。

 そして来月、その新開発地域の中心にシンボルとしてそびえ建つ高層ビル、ピースタワーが完成する。その完成式典と共に、フィルリア姫殿下がテロの撲滅と平和を願って演説をするのだ。

 これも、軍では有名な話だった。もっとも、最大の関心はその警備の方法についてだった。

 演説を行うピースタワーまでは王宮からとても距離がある。その長距離の移動中はテロリストの攻撃にどう対応するのか。またタワー内部での、演説中の警護をどうするのか。王族がプラス居住区を訪れるのはとても稀なことで、少なくともシオンが物心ついてから公の訪問は数回しかない。それも、テロが増加してからはさらに回数が減った。

 当たり前だ。竜が口を開いて待っているところにこちらから行くようなものなのだ。

 そんな誰が聞いても無謀で危険だと思うことを、彼女はやろうとしている。

 シオンは彼女のことを思い出していた。七年前に見た、彼女の笑顔を。

 あれ以来、フィルリアとは一度も会っていなかった。けれど、報道で彼女が様々な活動をしているのを知っていた。姫としての責任を果たすと言っていたが、その言葉を守っているのだろう。

 シオンはふっと優しい笑みがこぼれた。

 シオンはあれから、学校を卒業して、軍に入った。

 迷いはなかった。他の進路はまったく考えなかった。

 彼女を守るために、彼女のために、この命を燃やせたら、きっとこの人生は、とっても素晴らしいものとなるだろう。そう思ったのだ。

 我ながら、くだらない感傷で人生を決めてしまったと思った。

 でも、心のどこかでくだらないとわかっていても、後悔はまったくなかった。

 こうして彼女の護衛として働ける。それだけでシオンは満足だった。


 フィルリア姫殿下の演説当日。シオンはピースタワーの周囲の警護にあたっていた。

 タワー内部の警備はネクストの軍人のみに限られていた。中に入るのは貴族とネクストと、プラスの富裕層。そして報道関係者に限られた。それも厳重なボディーチェックと本人確認の後で、だ。

 ガラス張りの十階建ての大型商業施設は、平和を祈念する建造物にしてはいささか不謹慎にシオンの目には映った。彼女はこの建物の中で、どんな気持ちで平和を祈るのだろう。そんなことを考えていると、時間が来た。

 たくさんの車が一台の車を囲み行儀よく進んでくる。彼女が車から降りるとこれまた数十人の警備に囲まれ、レッドカーペットを歩き、タワー内部に進んでいく。

 彼女は白いドレスを着ていた。七年前に見た白いワンピースとは、比べ物にならないほど豪華で美しいものだったが、やっぱり白は彼女に良く似合っているとシオンは思った。

 けれどその表情には、過去の面影は微塵もなかった。彼女の表情は堅く、険しく、目には鋭い光が宿っていた。

 シオンはそれを見て、こっちを見てくれないかとか、目が合わないだろうか、なんていう甘い気持ちをきっぱりと断ち切った。

 背筋を伸ばし、さっきまで緩んでいた気持ちを引き締める。顔を上げ、目を見開き、辺りを警戒した。

 真夏の直射日光も、ガラス張りのタワーが反射する光も、なんということはなかった。

 姫がタワーに入って、どのくらいの時間が経っただろう。そのときは突然訪れた。

 そう、七年前のあの日と同じ。それは轟音とともに、容易く人々の日常を切り裂いた。

 最初の爆発で、シオンはすぐにあたりを警戒した。

 見える範囲に異常はない。シオンがいるのが正面玄関のすぐ近くで、ここから死角になっている場所で起こった爆発。ということは、やはりこの爆発は正面玄関のちょうど反対側、フィルリア姫が演説を行っているステージ付近で起こった可能性が高い。

 タワー内部の構造は完全に頭に入っていた。

 ステージのある最奥の広場は吹き抜けになっていて一階から十階まで貫通している。そこから正面玄関の方へ向かって、放射状に五本の太い廊下が伸びており、廊下の両脇には店舗が入っている。廊下も吹き抜けになっているが、ここはいくつもの渡り廊下が渡されている。

 ここからならタワーの外を回って行くより、中の廊下を突っ切った方が早い。

 外の司令官は明らかに動揺していた。シオンは早々に上司に見切りをつけ、すぐに行動に出た。

 自分の持ち場を離れ、走り出す。出入り口は大小合わせて10個以上あるが、警備のため今、開いているのは正面玄関だけだ。

 指示を待っているだけの輩の横をすり抜け、タワー内部へ入る。静止の命令が聞こえた気がするが、そんなものは知った事ではない。出入り口内部を固めていた警備隊も皆右往左往しているだけで、侵入は容易だった。

 正面エントランスでは五本の廊下それぞれから、人々が逃げ出してくるところだった。

 真ん中の、広場と正面玄関を直線で繋ぐ廊下が最も人が多い。人の波がこちらへ押し寄せてくる。

 他の廊下はまだそうでもないが、これからどんどん人が溢れてくるだろう。

 シオンは真っ白なタイルの床を蹴った。正面玄関のすぐ近くにある階段を駆け上がり、二階に行く。そしてきらびやかなショーウィンドウを横目にしながら広場のほうへ走り抜けた。

 四階の渡り廊下のところに誰か人影が見える。

 シオンは人影が見えたところに一番近い階段まで静かに移動し、四階をめざして駆け上がった。

 階段の陰に隠れ、様子を伺う。その男はケラケラと笑い、辺りをまったく警戒していなかった。

 その姿は、シオンが今まで見てきた数多くのテロリストと何ら変わりなかった。

 シオンは銃を取り出し、足音を立てないように注意して射程距離まで近づいた。引き金を引き、弾が真っ直ぐに男へ向かっていく。

 カン、と一発音が響き、続けざまに男の鈍い悲鳴が聞こえる。

 男は赤く染まっていく胸を押さえよろめくと、手すりから滑り落ち、真っ逆さまに階下へと落ちて行った。

 とりあえず一人。そう思ったのも束の間だった。

 次の爆発が起こったのだ。

 ガラガラと耳をつんざく音と、爆風がシオンを襲う。シオンは手すりにつかまりじっと身体を丸めた。

 少し爆風が弱まったところで、すぐシオンは立ち上がった。

目に映る光景に思わず舌打ちが漏れそうになる。やはりだった。正面エントランス付近は瓦礫で埋まっていた。

 短い悲鳴が漏れ、崩れる瓦礫の音でかき消されていく。その繰り返しだった。

 この状況、一人で何ができるというのだろう。シオンは絶望的な状況を前にひたすら脳を回転させていると、人影が階段から出てきたのが見えた。

 シオンはさっと銃を構えなおした。今、四階にいる人間は敵で間違いない。

「久しぶりだな」

 男はシオンが引き金を引くよりも前に、そう言った。

 シオンはすぐには彼の言葉の意味がわからなかった。

 七年ぶりに会う彼は、少し背が伸びて、たくましい体つきになっていたからだ。

 以前会ったときは女性のような綺麗な顔つきだったが、今は男らしさが加わり、彼は中々の美男になっていた。

読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます。

何とか毎晩投稿できるように頑張ります。

短編のつもりなので、十話程度で完結します。

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