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砂漠の歌姫は個性的

「もう何が起っても驚くまいとは思っていたが。」

ここはワイノス。一番大きい港町のクスタだ。

「こう立て続けだとやっぱり、事態は深刻なんじゃないかと思えてくるな。」

フィーザが傍らに立つセルゲイに言うと、

「ワイノスの砂漠には、っていうあれですかね。なんか直接行ってみたくなりましたよ。」

幸い仕事には影響はなかったですがね、とセルゲイが言うと。

「本当だな、そこだけは不幸中の幸いか。」

とフィーザも心底そう思う、といった風に答えた。

 実際乗客の快く、予定よりもはるかに早く着いたことを受け入れてくれたものがほとんどで、ごねる客には投宿料金を払い出すことで片がついた。

「まあ、時間もかなりあまった訳だ。…砂漠が呼んだのかもしれないな。」

一先ずこの仕事が一段落すると酒宴を設けて長期休暇、というのがこの船の決まりだったので。その夜も、例にもれず少し格式の高い店を貸切で酒宴を設けることになった。

店内は間接照明で柔らかい光に包まれている。壁には明り取りの小窓が随所に作られており、ろうそくの光がゆらゆらと幾重にも光の環を投げかけてくる。

 その光は壁に吸収されて岩肌を模した店の壁が芸術品のような陰影を描き出している。

「ステージがあるんだって?」

とハザトが酒をデキャンタで席に持ち込みながら言った。

「ステージですか?ワイノスってたしか独特の歌と踊りがあるんですよね。」

とライが言った。

「良く知ってるね、若いの」

と言ったのは昔は凄腕の傭兵だったらしい、カルという名の初老の船員だ。

「砂漠のオアシスを芸事だけで渡り歩いて糊口をしのぐ、旅、また旅で一生を終える。そんな民族がいるらしいな。」

「なんかそんなこと言ってた。中でも飛び切りの芸達者が来てるってさ。」

などと話していたその時、店内の明かりが一層絞られた。明り取りのろうそくが店員たちによって店の中央の円形のステージに集められる。

皆が見つめる中、音もなく背の高い影がゆらりとステージの中央に現れた。

「皆様、今宵はお集まりありがとうございます。皆々様の酒の肴にでも、舞と歌を添えに参りました。」

す、とあげた顔は。

目、だ。飲み込まれそうな深い緑の瞳に、見たことのない力が宿っている。とても整った顔立ちなのだが目が一番印象に残った。

しなやかな長身にたっぷりとしたシルエットを描く装束が、ゆらり、ふわりと纏いついては弧を描く。


銀に輝く月の夜は 黒衣の子らを白の外 皆で石もて追い出せよ

金に眩き日の下で ましろの子らが まどろみて

見る夢 はるか 黒の夢 かつて追いたる 子らの夢


「なんか。…不思議な歌だな。」

「そうですね、幻想的です。」

歌い舞っていたその人物が、やがてその動きを止めると店内はしん、とひと時の静寂に包まれた。

一礼をして次は帯に挟んでいた笛を口元に運び。玲瓏たる音色を響かせる。店内は静まり、皆うっとりと聞き惚れた。

 やがて演奏は止み、また店内は皆の喧騒に包まれた。

「いかがでしたでしょうか?」

店の主がにこやかにセルゲイの元にやってきた。

「先ほどの踊り子が、後程皆様にご挨拶したいと申しておりますが。」

宴もたけなわといったところで断る理由もなく、その申し出を承諾し、しばらく後。

「や~皆様!お揃いで大層盛り上がっていらっしゃる!」

と躍り込んできた男が一人。

ニケ号の船員で貸し切った空間で、その男はとても異彩を放った。淡い山吹色のぴったりしたシャツに鶯色のひらひらした上着、スカート(!)は桜色、その下は細見の黒いパンツ…。首に手首に足首に、首と名のつくところにはしゃらしゃらと鳴り響くほどの装飾品を付けている。

「あれ?船長さん?何驚いてるんです、先ほどはご清聴いただいちゃったからこうしてお礼に来たのに。それに初対面じゃあないでしょう?」

そう言いながら店内をぐるっと見渡して。

「あら!綺麗な御嬢さん!見たことないわこんな髪の色!白い肌ねえ、うらやましいわ。」

あたしなんかほら、旅ばっかりで日焼けがひどくってねえ、となぜかオネエ言葉だが、完全に男である。

「…思い出した。セルゲイが以前世話になったな。」

「思い出したって…じゃあ今の今まで忘れてたっての、アタシのこの美貌を!」

まあ船長にはちょっと負けるかなあ?とけたけた笑いながらもセルゲイにばっちり視線を合わせている。

「さすがにセルゲイは覚えてるでしょう?アタシとのあの夜のこと。」

うええええ!と店内は騒然となった。

「待て、あの時の女なら、確かガルスといったか?」

(船長今女って言った!)

店内の誰もが胸中で絶叫したに違いない問題発言に続いて、

「丁度いい、セルゲイのあの日の行動について、訊きたいという者が今ココにいる。後で時間を取ってくれないか?」

と至極真面目に切り出したものだから、店内はしん、と凍り付いてしまった。

「アタシは確かにガルスだけど。…いや~、女ってマジで言ってくれるの?うっける~!船長最高!」

と発言し、その場の時間はやっと動いたが…

(船長って天然?)

疑惑が皆に根差したのは言うまでもなかった。


「では改めて。アタシはガルス・シナクス。年齢なんて野暮はきかないでね?」

と言って大げさな身振りで握手を求められた。

「どうも、はじめまして、ライ・ゼンドーと言います」

ここは先ほどの店の、ガルスに与えられた控室だった。ライはその手を握るのをちょっとためらったのだが、がしっと捕まえられてしまった。

「そんなに固くならなくてもいいわよ、取って食いやしないって!」

で、何、訊きたいことって?とガルスは言う。

「…父を、知っていませんか?」

ん?とガルスの緑色の目がライの表情をうかがう。

「まず、かしこまった言い方はしなくていいわよ、肩こるのよね。…にしても変わった質問ねえ、初対面の人間に訊くには。」

黙り込むライに、ガルスはにっこり笑いかける。

「あはは、ごめんね?ちょっと意地悪しちゃった。訳ありなんでしょう?」

そうでもなくちゃ、こんな怪しいやつと話そうなんて思わないでしょうははは、と豪快に笑われた。

「お父さんって言ってもね…アタシがあのときセルゲイとばか騒ぎしてた時のメンバーって沢山いたしねえ。印象に残ったのは、短剣をくれたお兄さんくらいかな?」

「それ、間違いなく親父。」

です、は飲み込んだ。そのライをガルスは見返す。

「ええ!だって下手したらアタシより年下っぽかったわよ?」

あなたいったいいくつ?と尋ねられて。

「17。」

と答えたところ。

「いくつの時の子供よ?随分早く結婚するのね、ライの国では。」

「いいえ…なんか訳ありで。駆け落ちみたいにして、とか聞いたんで。皆がそうって訳でも。」

 ふううん、すごいのね、ドラマだわ!とひとしきり感心されたところで、

「で、父の様子なにか変ったところとかは?」

「ん。別に。だって楽しく飲んだ記憶しかないし。刀をセルゲイに渡すときに、熱心に名前みたいなのを教えてたのは覚えてる。で、いいなあ、って言ったらアタシにもくれたの。この短剣」

「なにか気になるような素振りとかは?」

「んん。何も。綺麗なナイフ!って言ったら喜んでくれたけど。」

そのときの短剣がこれ。とガルスは懐から一振り刀を取り出した。

「借りてもいい?」

そういって柄を調べ、やがて小さなほころびを見つけると、つ、とつまみ上げた。一枚の紙が柄に生地から剥がれ落ちる。

「…親父の…手紙?」

「なに?なんか尋常じゃないわね、そんな手法とるなんて。」

広げたちいさな紙には

「ライ、無事でいてくれて良かった。伝達の彼は信じ過ぎない方が良いようだ。今は、これだけ心にとめておいてくれ。」

と小さな文字で走り書きがあった。

 視線を感じて顔をあげると、ガルスの真剣な目があった。

 真剣味半分、好奇心半分といった方が良さそうだったが。

「なんか、大変そうね?よくわからないけれど、何かの縁ってことで、他に手伝えることがあったらオネエサン力になるわよう?」

(ならまずその言葉使いをどうにかしてほしい)

と正直思ったがそこは飲み込んで、

「ドリームヒーラーってのも探してるんだけど…。」

と切り出した。

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