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癒しの手はまだ取るべきじゃない

「本当に良かったなあ、あのモデルの話がよそにいって。」

街ぐるみ、と言っても差し支えない規模のファッションショーの一環だったようで、今や街中がお祭り騒ぎだった。

 颯は、『こんな規模の装束展があるとは…』と絶句していたが、他のニケ号の船員たちにとっても初めて目にするものだった。

「予定よりも早く着いたから、今まで見たこともないものが見れるな。宝飾品も流通するし、時間もたっぷり取れる。」

とフィーザは商談を持ち掛けに東奔西走していたので乗組員で外商担当以外のものはそれぞれ交代で長い休みをもらっていた。

「なんか今夜は飲むって言っていましたよ、ハザトさん。」

と傍らを歩くサラナーが言った。

「らしいなあ…ってサラナー、なんで知ってるの?」

「誘われてしまいました。男ばっかりでむさくるしいって。」

確かに。ライは船員の皆の風貌を思い起こして、

「…強面率高いからなあ…サラナーが混じるとなんか犯罪っぽいんじゃないか?」

誘拐されてでもいるかのような絵面だ。

「あと紗羅さんと船長も来るそうですから、そこに混じります。」

なるほど。納得してライは話を戻した。

「ところでこのモデルの件が終わったら、ワイノスに出発するみたいだけど、サラナーって砂漠観光してからどうするの?」

ぴた、とサラナーの歩みが止まった。

「とにかくワイノスの砂漠に行くべき、って気だけがすごく強いので、…記憶が途切れがちになる前から、ずっとそんな気がしていたので、行って…後のことは…。」

またとても悲しそうに、心細そうにする。無理もない。今朝がた、乗客名簿を見せてもらったところサラナーの連れなどいなかった。それどころかサラナー自身の名すら無かった。サラナーは乗船手続はした、と弱弱しく言ったが、責めてるわけではない、と名簿係が慰めてもしばらく真っ青な顔をしていた。

「それなんだけど。俺もさ、ずっと母の罹った病気の治療方法を探しているから、癒し手のところと民間治療、薬師とか当たり続けている訳で。一緒に動かない?これから。」

まあ、お尋ねものだからかえって厄介ごとが増えるかもしれないけどさ、良かったら、と言うと。サラナーはとても嬉しそうに笑ったのだった。

「ありがとう。とてもうれしいです。こちらこそ面倒事に巻き込むかも知れませんが…先日のモデルの件みたいに。」

そう言って、、ちょっと申し訳なさそうに肩をすくめる。

「さっそく今日から当たってみる?二件話をしに行く予定。」

ライが目星をつけていたのは、この大陸で有名な癒し手と、民間療法でこの地固有の『ジュエルヒーラー』といわれる療法の療養所だった。

 二軒とも街中の施設で、直接足を運んでも夜までには用事は済みそうだったので、そのまま連れだってまずは癒し手の元に向かった。


「ほんと、世界は広いな…。」

昼食に入った洒落たレストランにて、ライは思わずため息をつきながら向かいのサラナーに零していた。

「アシュアスの癒し手なんてもっと、こうなんていうか…気さくな人ばっかりだったのにな。ここは全く違うなあ。」

サラナーも紅茶を飲みながら相槌を打つ。

「私の居たフィラードでも、こんなことは無かったです。…街の診療所でも当たってみます?」

結局、二軒とも目的は全く果たせなかった。癒し手は有名すぎてふらりと立ち寄っただけでは会ってもらえなかったし、ジュエルヒーラーは富裕層向けの療養施設の奥深くにいるそうでまったく相手にされなかったのだった。

「診療所をお探しなんですか?」

浮かない顔の旅行者二人、しかも若年、という組み合わせに、地元のウェイトレスが親切に話しかけてきた。

「この街中で有名なところを当たっても、無駄足になりますよ?とってもお高いですから。私たちは海のそばの洞窟まで行ってます。何でも治してくださる、すごい方が居るんですよ。しかも私たちに払える金額で。」

良かったら地図をどうぞ、と彼女はメモを取り出して、書き置いて行ってくれたので、午後はそこに向かうことにした。

 地図がなければ見落としたかもしれない小さな看板には「イン」とだけ記されている。

「変わった名だな?なんかアシュアスの砂漠のあたりでこんな名前の人、いたけど…。」

そう言いながら、洞窟の中に足を踏み入れると、

「先生は今日はお休みだよ!」

と奥の方から一四~五歳くらいの少女が出てきた。黒髪に黒い目、黄色がかった肌をしているのでアシュアスの人間のように見える。

「あたしで分かることなら治療できるけど。」

見たところ元気そうじゃない?とさらに早口で言い募る。

「あの。ちょっとややこしいことなので、できれば先生に会いたいんだけど…明日出直したら会えるかな?」

 ライが言うと、ぴく、と少女のきつい眼差しが吊り上った。

「見た感じ、旅の人みたいだけど?あたしに用件言ってもらえるかな、先生には伝えておくからまた出直してみて。」

明らかに警戒されている。ライとサラナーは顔を見合わせて苦笑する。

「じゃあ…これ、渡してもらえるかな。明日同じくらいの時間にまた来るよ。」

ライはそういって、小さく畳まれた紙片を胸元から取り出した。

「この症例の、治療法を探しているんだ。先生にそう伝えてもらえるかな?」

「分かった。でも渡す前に一応、確認させてね。」

そういって彼女は紙片にざっと目を通す。

「…。…!」

彼女の目が見開かれたかと思うと。

「ちょっと待っていて、すぐ戻るから!」

と紙片を持ったまま洞窟から走り出していってしまった。

そして本当にあっという間に、彼女は先生を連れて戻ってきた。

「ユイファがこの紙を持ってきたんだが。この症例通りなら…。」

ライはその沈黙の後を引き継いだ。

「その症例の人はもう亡くなっています。おれの母です。治療方法をアシュアス大陸内で探しましたが見つからなくて。で、色々な先生に聞いて探し続けています。」

「!」

先生を連れてきた少女、ユイファは居たたまれなくなったのかすっと身を引いて、傍らの簡素な椅子に座りこんだ。

 サラナーは、ユイファと先生のただならぬ反応に面食らっていた。ライの母の件、指名手配の訳は本人から聞いてはいたが、あまりにさらっと話したのでいまひとつ現実味がなかったのだ。

「私はここで、癒し手の真似事のようなものをしている…インという名で分かるだろうが、アシュアスの中部砂漠の出だ。この症例の報告書は、キミが?」

「母を看取って作ったものです。母自身薬師でしたから。母からも助言されて補足してあります。」

違和感。サラナーはライを見た。いつもの声ではない。どんどん平坦で抑揚のないものに変わってきている。能面のような無表情に驚き、そして視線をユイファに向けた。ライの視線の先に彼女が居たからだ。

「泣くな!」

突然、無表情のままライが彼女に掴みかかった。

「泣くな。」

おびえた泣き顔を見て、さらに冷たく無表情に言って、ライはすっと彼女の襟を放した。

 ユイファはゆっくり席を立って、サラナーの脇をすり抜けて外へ出た。

 放っておく訳にもいかないだろう。彼女はインに目で挨拶すると、

「わたしも席を外すね。」

と言って、ユイファの後を追った。


 彼女はサラナーより小柄で、ゆっくり歩いていたのですぐに追いついた。

 しばらく無言で、横に連れ添って歩く。

「…後であの人に謝っていたって伝えてくれる?」

彼女がぽつりと言った。

「あたし、インさんのもとで勉強させてもらって、これでも結構長いんだ…だから、最近、人の死に立ち会うことも出てきたんだけれども。」

でもね、あの症状は酷い。

そう言って、彼女は目をごしごしこすった。

「ありとあらゆる苦痛をもたらすあんな症例があるなんて。最初は軽微な不調、それから徐々に全身の痛み、で、筋繊維が千切れる。体も動かせなくなって、最終的には肌が糜爛して、苦痛のあまり幻覚を見るって…。」

サラナーは絶句した。

「あたしの母さんや父さんがそんなことになったら…って思ったら苦しくなって。とても、看取れないよ…。」

話しているうちに昂ぶったのか、彼女はまた涙を浮かべる。

「治療方法を見つける、ってお母さんと約束したって、ライは言っていた。」

サラナーはぽつりとつぶやいた。

「何度も、何度も、肉親の最期の姿を説明して思い出して?それって…。」

とても酷い。二年で乗り切った感情なら、せめて穏やかな最期であったのだろうと勝手に思い込んでいた。だが、いまだに乗り越えていないものがあったのだ。

「こんな思いをするのは自分たちだけでいい、って言い残したって聞いたの。」

サラナーは言った。

「謝っていたって、あの人に伝えて。きっとあたしが泣いたのが腹立たしかったんだと思う。泣きたいのはあの人なのに。」

ユイファはそう言って、今度こそ涙を収めてぎこちなく微笑んだ。

「だめねあたし。すぐ感情が出ちゃって。これを直せたら一人前だよ、ってイン先生にも言われるんだけど。」

「だめじゃないと思うけど?そういうのもきっと大事よ?」

サラナーも微笑んで、そっと彼女の肩に手を添えて、二人で引き返し始めた。

「癒し手ってさ。」

彼女が言う。

「手当、って言うじゃない?痛いところに子供がよしよし、してくれても効果は無いけどなんか和らぐじゃない?手を添えるだけでも感情がこもっていれば癒しになりえる。って先生が言うの。」

あんたの手もなんかやさしいね、と彼女は言った。


「残念ながらここも手掛かりなし。」

洞窟にもどったサラナーに向かってライは言った。そして連れだって戻ってきたユイファに目を留めると、

「さっきは取り乱して悪かった!」

と頭を下げた。

「こっちも無神経でごめんなさい!」

とユイファも勢いよく頭を下げる。それを見てインとサラナーはくすっと笑った。

「あの、インさん。」

「記憶が途切れがちになる病気って、あるんでしょうか?」

サラナーがおもむろに口を開いた。

「行った記憶のない場所に気が付いたら移動していたり、居ると思った連れがいなかったり、そんなことが起こるとしたら、治療方法はあるのでしょうか?」

インはじっとサラナーを見た。

「それは、あなた自身のことかな?」

サラナーは頷く。

「そうだね…あるかも知れない。ここにも、心に強い衝撃を受けた人で、名前も忘れた人が来たことがある。一過性のもの、つまりすぐに治ったんだけど。あなたのその症状は、今も続いてる?酷くなる?」

サラナーはこくりと頷いた。

「私のような癒し手の真似事をしている友人から聞いたんだけど。一人の人間の中に何人もの意識が住み着くことがあるらしい。信じられないような話だけど、三人分の人格がそれぞれ感情と記憶を持って一人の人間の中に息づいている事例もあったそうだよ。」

心に絶えず傷をつけられるような状態に置かれると、特定の人格、痛みに強い人格が現れてその時をやり過ごすんだそうだ。とインは話した。

「私の専門は、ストーンヒーラーといってね。特殊な鉱石を配置して、磁場を作って治療をしている。サラナーさんの場合はその友人の方が専門みたいだ。」

「その方には、どこに行けば会えますか?」

「この街の人間じゃないんだ。ワイノスにいるよ。」

 ワイノスのクスタという街にいると聞き、サラナーとライは紹介状を書いてもらってその場を去った。


「いろんな民間療法があるんですね。」

帰る道すがらサラナーが口火を切った。ライは今までになく無口で、しびれを切らして話かけてみたのだ。

「そうだな。ドリームヒーラーって?紹介してもらった相手、それも聞いたことないや。」

やはりどこか、上の空な気がする。

「ライ…話したくなければいいですが、話して楽になりそうなことを抱えているならいつでも行ってくださいね?」

何気なさを装って、さらりと口にしたのだがライは足を止めてじっと見つめてきた。

「話して?どうなるものでもないよ。過ぎてしまったことなんて。」

また、能面のよな無表情だ。

「さっきインさんが言ってくれたこと、そのまんま、今のライに当てはまる気がします。」

サラナーは言い募る。

「だって、今のライはいつもと全然違います。人形みたい。つらい時は辛いって、言えるときに言わないと、どんどんおかしくなってしまいます!」

「…。」

いつの間にか時刻は夕刻で。沈みかけた太陽が二人の間に楔のように黒い影を落としていた。

「そっか。…ありがと、そんなこと、言ってくれるような相手、今まで居なかったからさ、うれしいよ。…でも今は気持ちだけでいいよ、それで十分。」

ライはふっと微笑んだ。

「正直、まだ悲しいなんて思って浸ってる余裕はないって言うか…やっぱり治療法を見つけてからじゃないと、肩の力抜いちゃいけない気がしてさ。あんな取り乱しといて、かっこつけられたもんじゃないってわかっているけど。」

押し潰されそうで、ゆっくり思い出す暇などないほうがむしろ救われていた。治療方法が見つかったとして、で、父と落ち着いてどこかで暮らせたら…どうだろうか。その時には、サラナーに聞いてほしいことが色々あるだろう、とライは思った。

「サラナーこそ、大変なのに気を遣わせて悪かった!」

今は前向きに、出来ることからやっていこうな、とライが提案して、連れだって今夜の酒宴の場に向かうことにした。

 今夜は気分転換できる用事があらかじめ入っていて良かった。とライは向かいながら思った。


「そうか、そんなことがあったのね。」

酒宴も終わり、船の甲板でサラナーは紗羅に話を聞いてもらっていた。夜気が火照った頬を優しく撫で、波音は柔らかく闇を満たしている。

 モデルの期間は2日間、準備期間は1週間で、結局半月の滞在に決定したと酒宴の席で聞いた。サラナーと紗羅は女同士で急速に打ち解け、二人で深い話もするようになった。

「…そういうことって、少しづつでも言ったほうが良いと思ったんですが…言ってもらえなくて。」

サラナーが寂しそうなのを見て、紗羅はちょっと考えて言葉を選びながら言った。

「気持ちはわかるけど、でも、ライ君はずっと一人で頑張ってきたわけでしょう?打ち明けるにしても時間がいると思うわ。」

「でもあの様子は尋常じゃなかったので…あんなことを続けていたなんて何だかいたたまれなくて」

あら、という表情で紗羅はサラナーを見た。

「ほんとうに、気になるのね?ライ君のこと。」

その含みに頬を染めて、サラナーはこくりと頷いた。

「まだあまり一緒に過ごしてはいませんし…お互いあまり立ち入ったことは話していないんですけど。なぜだかとても落ち着くんです。」

「いいわねえ。そんな風に言えるのって素敵なことよ。大事にしなくちゃね。」

紗羅はきゅっとペンダントを握りしめる。

「…大事なものなんですか?」

店でもその仕草を良く見た気がして、サラナーが尋ねると、

「大事な人から貰ったんだけど、贈った本人、忘れているみたいね。」

と言ってふう、とため息をついた。

「颯さん?」

と訊くと

「分かる?」

と紗羅は言ってまたため息をつく。

「最近知り合ったばかりのサラナーちゃんにも伝わるのに、なんで察してくれないか。」

と、再びため息。

「回りくどくプレゼントさせたから、本人の中では送った内にはいってないのでしょうけど。でも大事にしていたら気づくかな?と思ってね。」

仕事で颯を助けた形になったことがあって、その後の事後処理で偶然手に入ったものを譲り受けた。それは贈り物ではないのでは、とサラナーは思ったが言わずにおく。

「…今回モデルを変わっていただきましたし。何かお礼をしますね。」

サラナーはそういって、にっこりとほほ笑んだ。

「…不思議ね、サラナーちゃん、時々すごく大人っぽいわ。」

紗羅が何気なく言った一言に、サラナーは一瞬表情を曇らせたのだが彼女は気づかなかった。


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