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船長と夜駆ける船

「さて。ではライ。今朝の件について、船長に説明してもらおうか。」

とセルゲイに声をかけられたのは、やっと船内の夕食の給仕、片付け、翌日の仕込みも終わった日付の変わる寸前だった。今朝といえば、あの刺客のことだろう。それにしてもなぜ今の時間に?普通あんなことがあれば有無を言わさず船から降ろすだろうに、厨房ではライは普通に受け入れられたのだった。

そのことを歩きながらセルゲイに問うと、

「ハザトがお前の働きぶりを気に入ったと言うんでな。やつが言うには『料理を一心に手掛けられる人間に悪人はいない』んだとさ。」

と笑って言うのみだ。

「でも、おれが乗ってるって王にばれたのはまずいだろ?」

「まあ、それも船長にかけあってみるんだな。」

というとセルゲイは扉を開けた。

「船長、ライを連れてきました。」

そういってドアを開けたそこには。

見たこともないような美形が佇んでいた。

黒いコートに白いシャツ、装飾品といえば両腕の銀の腕輪だけという、シンプルないでたちだったが、顔立ちが

(女のひと?)

ライは第一印象でそう思った。

絶世の、と形容してもまだ足りないような、とにかく想像すらしたことないレベルの顔立ちだ。白い肌に、角度によっては何色にも染まって見える瞳、髪。今は部屋の照明によってオレンジがかっている。

「はじめまして。この船の船長、フィーザ・ダイナスだ。」

声音は柔らかいアルト。フィーザ、とは女の人には変わった名前だな、とぼんやり思った。

ぼうっとしているライを見かねて、隣に立っているセルゲイが小突いた。やっと我に返る。「はじめまして。このたびは大変迷惑をかけてしまってすみませんでした。ライ・ゼンドーって言います。」

「…ゼンドー?」

横に立っていたセルゲイがいぶかしげな声を発する。

 ライは内心しまったと後悔したが、考えてみたらいまさらか、と思いなおした。

「ゼンドーって、ひょっとして?」

フィーザが相変わらずの穏やかなアルトの声で言う。

「2年前の王城襲撃事件の、手配書で見た名だ。人相書きはなかったな。で、名だけが出回っているから却って記憶に残ったんだが。」

危うく船を破壊してしまうところだったのだし、この場で全て話すのが筋だろう、とライは思っていた。

「その事件、首謀者は確かに俺です。でも、一切間違ったことはしてないです。」

話すと長くなりますが、とライは断りを入れて、口を開いた。


 2年前、故郷ハウェイナは王城から1日程度の距離に位置するものの、流通のメインルートとは真逆の奥まった片田舎だった。

 父、ヨリュウは腕のよい刀鍛冶で、とはいえ激しく気分屋かつ職人気質で、もっぱら母の薬師のヒナヒが生計を立てていた。

 そんな父の評判は、知る人ぞ知る程度であったのだが、どこからか聞きつけたのかある日王の使いと名乗る横柄な男が来ていった。王の為に刀を作れと。

即答で父は断った。とても王に献上できるような立派なものではない、と、初めて父がへりくだるのを聞いた。振り返ってみれば、それは家族を守ろうとしてくれたんだなと思えるが、当時は頭を下げる父が情けなかったし、悔しかった。

「・・・・。」

その後のことは、2年の放浪の間に整理はついて、口に乗せられるようにはなったが、やはり言いよどんでしまう。

「どうせ、言うのも憚られることをしかけられたのだろう。」

とフィーザは言った。

目が合うと、落ち着いた表情で見つめ返された。

それで、ああ、この人には話して良いかと思った。

「しばらくは、せっつくだけだったんだ。でも当時はあの王も政権握りたてで、いらだっていたみたいで。刀鍛冶ひとり動かせないという風評が気に障ったみたいで。」

で、母がさらわれた。夜盗の類と見せかけていたがあからさまだった。身代として刀が要求されたのだから。母はライが剣の師匠の()(あん)とともに奪還したが。

 それだけでは終わらなかった。母は病をえていた。どんな手段を講じても母は悪くなる一方だった。当時、高名な呪術師が近所にいたのだが、彼にも治せなかった。

 そんな中、父が城に呼び出された。

身内の方に不幸ごとがあったそうだが。わしにできることがあるならなんでもしよう。

 あからさまな脅迫。だが父と母は折れなかった。

 数日後母は亡くなった。時読みの耶須理宇(やすりう)は母の意志を継いで、正体不明の母の病の原因を探ると言ってくれた。母は末期の壮絶な苦しみの中でも、敵打ちなどは決してするな、それよりもこんな方法で、自分の欲求を満たそうとする王の犠牲を増やさぬため、この病の薬をさがして、と言い残した。

「待て、じゃあなぜ城を襲撃したんだ?」

セルゲイが聞いてきた。

「母は薬師だった。時読みにもわからなかった。なら薬は王しか持ってないと思って。」

 母も亡くなってしまった後であれば、王城の警備も薄いのではないかと考えたのだが。協力者であった剣の師夷()(あん)の因縁の相手であったらしい王を目にして、彼は怒りにまかせて城に火を放った。

 その後、師とは火事場の騒動の中に、離れ離れになり。

 師の行方は知れない。

 で、王城襲撃、放火犯とされて手配されてはいるが当時一五歳のライに城内まで侵入され、放火された顛末を詳らかにはできず。表向きは父とライの共犯とされているのだ。

「…これが、俺の話せることすべてです。」

そう言って、流石にライはフィーザの顔をうかがった。もう直ちに放り出されるだろうなと観念しつつ。だが、当の船長は眉一つしかめずにセルゲイに言った。

「しかし。妙な話だな。時読みクラスの呪術師ならば大抵の人間は知っているはずだが。耶須理宇(やすりう)?なんて聞いたこともない。セルゲイ、知っているか?」

「いいえ。初めて聞きましたが」

「そうだな、颯にも後で聞くとしよう。」

きょとん、としてライは二人のやり取りを聞いていたが、

「迷惑かけてしまったので、次の停泊地で降ります。巻き込んですみませんでした。」

と船長に声をかけた。

「迷惑?」

船長はそこでちょっと微笑んだ。

「何も問題ない。身元調査した人間を乗せるのは我々でなく正規の港に入る船だ。」

セルゲイの方に目で合図すると、彼が引き継いで説明してくれた。

「この船は、特殊な航路を使っているんだ。開拓したのは先代のニケ号の船長。相当の偏屈だったが俺とフィーザは気に入られて、船と航路を譲り受けた。で、どの船より早く、失われた海域のヘリまでの航路を行ける。もっともそこまでは、俺たちも行かない、最近はワイノス港までで折り返ししているが。」

「失われた海域?」

ライにとっては初耳だった。

「船乗りの間では、口にするのも忌まれているから陸のものにはまず伝わらないが。世界の果てと言われている。…詳しくはまた、興味があったらハザトにも聞いてみるといい。話が逸れたが。我々は、乗せたいものを乗せて商売している。敵も多い。独立独歩、それがこの船の流儀だ。」

フィーザはその説明に、一つ頷くとライにまた問いかけた。

「あとは、ライ、キミがなんで呪術師までも退けられるのか知りたいのだが。」

「それは、剣の守護をもらったから。…親父に特別に。」

そこで、不思議そうになぜかセルゲイを見た。

「セルゲイのも、付いているんだろ?同じ気配がするけれど。」

問われてセルゲイはぎくりとしたようだった。

「それは…たしか通りすがりに貰ったと言ってなかったか?」

そこで呆れたように言ったのはフィーザの方だった。

「酒に弱いくせに、そうは見えないから正体不明の厄介事を持ち込むのだ、この有能なセルゲイ副船長は。」

意外な弱点はあるものだ。

「え?じゃあ、セルゲイは覚えてないのにそれ貰ったってわけ」

貸して、とライは手をのばして刀を吟味しはじめた。

「…剣の守護の名前、聞いたんじゃない?それも覚えがない?」

「あいにく…。」

「聞いても無駄だ。セルゲイは本当に酒に酔うとダメだから。」

そこで柄を確かめると、ライの顔が一基に険しくなった」。

「これ…。」

名前わかった。とライはセルゲイに刀を返した。

「持って。そして、今、誓えばいいよ。復唱して。セルゲイにはカクシナはないよね・」

「カクシナ?」

「忌み名ともいわれるよ。本当の名前」

「いや。ないが」

そこで少しのためらいが見えたがライは構わす、

「じゃあ、自分の名前に続けて言って。ここに命数の尽きるまで、この刀と命運をともにするものである。私はそれを、御柱に誓う。

「刀の名は一回しか呼んではいけないから。」

と言い、ライは懐から紙とペンを取り出して筆記で教えた。

「俺がこの刀、っていった箇所で、この名前を呼んで。」

フィーザも興味深そうに

「初めて見るな、こんな儀式。」

と見守っている。

「じゃあ。…セルゲイ・アーカム、ここに命数の尽きるまで、絶影と命運を共にするものである。私はそれを御柱に誓う。」

(了解。我、絶影はセルゲイ・アーカムを主とし、その命運を共にするものなり。)

「…はじめて聞いたな、剣が喋るなんて。」

フィーザは感心した様子でそう言った。

「で、…あの、やっぱり、その剣どこで手に入れたかなんて、覚えていないって訳ですよね?」

ライは複雑な表情でそうセルゲイに問いかける。

「そうなんだが…。そんな裏町には行っていないと思うんだが。どこで託されたんだろう?」

「無駄だ、セルゲイ。酒の上でのことは思い出せたためしがないだろうが。」

フィーザの醒めた視線が恐ろしい。

「ところでライ。セルゲイの剣を見たことがあるのか?」

問われてライは言い淀んだ。セルゲイとフィーザを交互に見てからつぶやくように。

「これは、母が亡くなってから父が作った最後の剣です…。」

と言った。

「父とは、王城襲撃の夜から会っていません。接触したら危険も増すだろうって、耶須理宇が助言してくれて…で、以来不定期に連絡を取り持って貰ってます。でも最近まったく連絡が無くて。」

「そうか。それは、重要だな。ちょっと待ってろ。」

そう言うとフィーザはこめかみに手を当て、すっと目を閉じた。

「ああ、セルゲイが剣を手に入れたのは百六十日前のことだ。確かワイノスのフェスタという町だ。今回の航路の最終地点だ。」

事もなげにすらすらと言うフィーザをあっけにとられて眺めるライに、

「船長の記憶力はけた違いだからな。」

となぜかセルゲイが誇らしげに語りかけてくる。

「まったく。たしか颯と一緒に出たかと思ったら、妙な女といっしょにかえってきた日だった。しかもその女を颯と間違えて。あんな妙な女と知り合いになりたくもなかったが。」

フィーザの視線に棘が混じる。

と、突然船が大きく揺れた。


昼間の太陽はこの上なく眩しい。

刺すような…という表現ですら徹夜明けの目にはまだ生易しかった。

ここは、ジェプトという町だった。プエルタ大陸の一番の港町、だそうだ。

このニケ号の航路のちょうど三分の一の、寄港地なのだそうだ。

「新入り!昨日は災難だったなあ。ま、一段落ついたみたいだから観光でもしてな?って言っても無理か。」

ハザトが甲板の柱にもたれて話しかけてくるのを横目に、ライもぐったりと手近な積荷にすがって町並みをうかがう気力くらいしかない。

 昨夜。船が激しく揺れたかと思うと、突然猛スピードで疾走しはじめたのだ。

 夜間は視界が聞かないため、帆船は帆を畳んでいるので進むだけでも異常なのだが。

 まるで見えない綱でも舳先につけられたかのようだった。

 夜勤の者が気付いて船長室に飛び込んできた。

 その時には、揺れが治まってはいたし乗客も起き出したりはなかった。結論としては船長が一言、

「起きている人員だけで、取り合えず非常用のボートの準備と非常食の確保を。」

つまりは無駄に騒ぐなという指示で。

 セルゲイと夜勤の数名はボート準備に。

 まだ起きていたハザトとライは非常食をまとめてボートにつ詰め込んでいた。


 ちょうど朝日がさす頃、陸が見え出して寝ず番のメンバーと入れ替わりで起き出した船員が唖然とする間にも、船は進み入港を終え。

 ニケ号は、とり急ぎ、予定よりも一か月以上も早く到着してしまった積荷を引き受けてくれるかどうか交渉に向かった船長と腹心意外の船員を乗せたまま浮かんでいるのだった。

「ハザトさん…船長って見かけによらずタフですね…。」

「お前さん、船長の前で見かけについていっちゃいけないよ?命が惜しけりゃ。」

ハザトが恐ろしげに辺りを見回す。

「とってもよく解るある話をきかせてやろう。」

 それはまだ、船長が乗組員を集めながら出資者も募っていたときの話。

 セルゲイとフィーザはこの町、ジェプトの豪商に話を持って行った。

 ジェプトは織物、茶葉、香辛料、金脈、鉱脈が豊富で、商売の盛んな地だ。だが一方で一夫多妻制もあり、金持ちは妾を村ができるほどの規模で囲っている。

 そんな文化圏にあの船長。

 駆け出しで、提供できるものは可能性、交渉の持ち札は少ない。

 そしてあの美貌だ。

 相手の商人は言った。

「なにも危険な海に出ずとも、一国の王妃並みの贅沢をさせてやれるぞ。」

今にも寝所に引きずり込みそうなあからさまな態度と言葉に、

「時間の無駄でした。私は性技を売り込みにきたのではありません。人間の言葉を解さないようですので、失礼します。」

と涼しい顔で言った。

「あなたが人の言葉を解するのであれば、私の来訪目的がどれほど貴方に富をもたらすか、お分かりいただけたでしょうに、残念です。」

そういうと、渡していた書類をぱし、と取り上げて、優雅に一礼をして去って行ったのだった。

「俺も居合わせたんだよ、結構長い付き合いなんだが…あれは恐怖体験歴代三位だ。ちなみに二位と一位も船長がらみだ。人の本拠地でそこまで言うかっての。」

確かに恐ろしい口上である。

「でも、どこかの姫かと思ったよ。正直言って。」

「うん。おまえそんなこと言ってみろ。鮫のエサより恐ろしい目に遭うぞ。」

あの人は女扱いされるのが一番嫌いなんだよ。で、いつも副船長がついているし無体を働くやつも蹴散らされるし。というか、俺も知らんよ、船長の性別。

「そうなあ。あの人に交際でも申し込んだら教えてもらえるんじゃないか?言ったように、まあ死ぬ気でやってみるといい。」

それはちょっと違う。命を懸けてまでは、知らなくていい。

「うん。ま、どっちでもいいや。いい人だし。」

そんな話をしながらふと、サラナーを思い出した。ちゃんと船に乗れたんだろうか。

その時。視界の隅にあの川蝉色のコートを認めた気がした。間違いない。港を町の方へと進んでいる。

「ハザトさん、おれやっぱり観光してくる。」

そういうと、ライは港に向かった。


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