6章 影 仲間としての握手
空には太陽が現れ私達が下町に向かうのを見守ってくれているかのようだった。
私はラスタ様、いやもう様をつけるのはやめた。
今から一緒に旅に出る仲間なんだ。
そんな関係性いつか破綻する。
「ラスタって呼び捨てでいいんだよ、アリュウちゃんは。漆黒に満ちた世界に光を差すための同士だろ。」
私は、驚いた顔でヤラールを見た。
彼は、意地悪な笑みを浮かべている。
「一番伝えたい言葉だったのに、相変わらずだなヤラール。」
ラスタの冷たい視線に、赤髪の男は、口笛を吹いている。
その瞳に焦りの色は見えなかった。
心なしかとても楽しそうだ。
「光へ導く旅の始まり、だな。アリュウ、ヤラール改めて宜しく頼む。」
ラスタは、同じ未来を夢見る仲間に握手を求めた。
私は白く美しい手にソッと触れた。
すると、あの男が鼻息を漏らしながら近付いて来たのである。
「女の子の手に触れるなんて久しぶりだな。アリュウちゃんさえ良ければ、もっと絆を深めるためにハグもしよう!異国では挨拶だ、何も疚しいことはないよ!」
赤髪の男の唇が尖っている。
まさか、こいつ、ハグではなく口づけを……!
どちらにしても答えは、出来ない、だ!
その時だった。
ドンッ!
ヤラールの体に大きな雷が落ちたのである。
赤髪の男は、その場にのたうちまわっている。
「痛い! 俺の骨折れちゃいましたよ! ラスタさんの右腕のヤラールは負傷しました!」
「足を軽く踏んだだけじゃないか。」
「思い切り踏んでましたよ! ラスタさんは、ジョークを知らないから真に受けて。俺がアリュウちゃんを抱き締めるわけないじゃないですか。」
「キスをしようとしていたよな!」
「ラスタさんが嫉妬してる!」
「嫉妬なんかしていない!」
私は、何だか可笑しくなってきた。
二人を見ていると気持ちが穏やかになる。
楽しいと心から思えるのだ。
「あははははは。」
ヤラールを盛大に踏みつけたラスタは、泣きながら笑っている彼女の手を力強く握った。
太陽にも負けない光を放ちながら。
「アリュウ、一緒にこの世界に光を差そう。」
ヤラールは、その光景を腰を擦りながら優しい笑みでこちらを見ていた。
「いい雰囲気ですね。でも、勘弁して下さいよ。俺も年なんですからね。」
「まだ若いじゃないか。」
「見た目以上の年齢なんです。」
そんな彼の言葉に、全く耳を傾けなくなったラスタ。
ヤラールは、地面に寝転がりふてくされたようだ。
頬を膨らませながらラスタを見ているが彼は、私を見て言ったのだった。
「で、アリュウちゃんは、誰か下民に力を貸してくれるような人、知らないの?」
私の頭の中に、とある二人の友人が浮かび上がったが助けてくれるかどうか分からなかった。
今元気に暮らしているのかそのことから知る必要があるのだ。
「いやあああああ!」
すると、いきなり女性の悲鳴が聞こえてきた。
赤ん坊の泣き声も一緒にやって来る。
「俺達が、何をしたんだよ! 下民が全員死なないといけない世界なんておかしいだろ! 同じ人間なんだぞ! ふざけるな!」
男の怒った声も下町の方から聞こえてくる。
どうやら、ダール国の兵士が下民と言い争っているようだ。
「急ぐぞ!」
私達が向かった先では、二人の兵士が夫婦と思われる者達に怒りをぶつけていたのだ。
「下民よりも人工知能の方が優れている!お前らは不要なんだよ!」
「おんぎゃあああ!うぎゃああああ!」
女性の腕の中で、赤ん坊が必死に泣いている。
「ったく子供なんか産みやがって!死ぬ未来しか教えられないのに最低な親だな!」
兵士の一人が女性の栗色の美しい髪を引っ張っている。
「やめろ!妻に手を出すな!」
「この子にだけは、何もしないと約束して下さい! お願いします!」
母親が必死に守ろうとしている存在は、胸にしがみつき助けを求めている我が子。
「くそ!人工知能もあんなことなんかしないぜ……どうします?ラスタさん!」
「全速力で走れ!」
ラスタの言葉に私が、反応しようとしたその時、ヤラールが静止させたのだった。
兵士達がいる裏側の家の物陰に、逞しい2つの背が見えたのだ。
その時、一筋の涙が流れた。(誰かの光源)
『戦わないと決めているんだ。』
『どうしてよ!そんなに強そうな刀を持っているのに!』
『僕も理解が出来ません!理由を教えてくれませんか、アリュウさん!』
サレットとムヨルは、目の前で胡座をかいている少女に向かって叫んでいた。
刀を草原に投げている彼女の姿はとても彼らには滑稽に見えたのだ。
戦わないなんてこの世界で上に進むためには、あり得ないことだったからだ。
『武器は、戦うために作られたわけじゃない。父から教わったことだが私も今ではそう思う。自分を奮い立たせるためにあるのだ。』
『はぁ?意味分からないんだけど!』
『分かるように説明して下さい!』
『私にも分からない。だが父は、今は分からなくて当たり前だと話していた。』
アリュウは、瞑想している。
そして、刀を拾い構えた。
サレットとムヨルは、洗練された逞しいその姿に息を呑んだ。
『私がまだ、見せかけの人間だからだろうな。』
(光源終了)
「やめろ!僕達は、同じ人間だ! 下も上もない!誰かを死なせる権利なんてないんだ!」
「下民には、死ぬ未来しかないって?馬鹿じゃないの!訂正しなさい!」
私の目の前に、大きな影が現れた。
一人は、長く美しい黒色の髪を靡かせた、聡明な女。
一人は、癖のある栗色の髪を持つ、勇敢な男。
彼らは、手に持っていた弓をその場に投げ出した。
兵士達は、剣を構え甲高い声で笑い始めた。
「武器を置いて我らに戦いを挑むのか?お前達こそ馬鹿じゃないか!」
サレットとムヨルは、目の前にいる男へ拳に力を入れて突き出した。
それは、相手には届かない距離だったが二人の心に魔法がかかったのだ。
「武器は、誰かを傷つけるためにあるんじゃないの。」
「自分を奮い立たせる、それが武器の役目。」
一人の兵士が二人の気迫に怯んだのか一歩ずつ足が下がっている。
「どうする?王は、餓死させるようにと話していた。我々の手で命を奪ったら規則違反になるぞ。」
「そんなこと構わん。隠蔽すればいいんだ。餓死したのか殺されたかなんて王は分からない。」
もう一人の兵士は、隣で震える男の背を掴み共に前へと並んだ。
彼の目が赤く光った時、私はあの勇敢な二人の元へ飛び出したのだ。
自分でもよく分からなかった。
無我夢中でヤラールの手を払い走り出していた。
闇破刀に力が入っていく。
守らなければならない人々が近くにいる。
それが今の私の原動力だった。
「餓死は、殺されたことにならないのか?」
その時、一筋の光が走った。
父から戦うなと言われて生きてきたが、私は刀を振り下ろした。
武器として使うのではなく、闇破刀に人の心を変える言葉を乗せるのだ。
「人は性格や年齢はそれぞれ違うが、この世界に生まれてきた同士だ。あなた達は、生きるために生まれてきた人間を否定している。自分のことも否定している。国を動かす役職に就いている人間が偉い世界なんて空想だ。あなた達の願望を勝手に強要するな。」
「俺は、お前達、醜い下民とは違う! 人間のレベルが違う!上民だぞ!特別な人間なんだ!」
光が自分の方へ押されていく。
共有出来ないのか。
この考えをみんなが持つことが、上民と下民を無くす一歩に繋がると思った。
それが父さんがあの時、言いたかったことだと私は感じたんだ。
「特別な人間は、醜くはないとそう言い切れるか?」
「当たり前だ!上民は特別だからな。」
「肩書きを失ってもそう言えるならな!」
その時、後ろからフードを被った青年が現れた。
その青年は、目の前で笑う男の胸に拳を突き出したのだ。
「上民から格下げだ。これは、王の命令だ。あなたは、拒否出来ない。」
フードを下ろすと、美しい金の髪が風に揺られてその男の高貴さが見えた。
ダール国の兵士達は、吸い込まれるような青い瞳を前にその場に崩れ落ちた。
「ラ、ラスタ様……どうしてここに……」
サレット・ムヨル 下民を守る戦い→自分の自信のなさから溢れる死への葛藤
ダール国兵士 下民狩り→良心との葛藤