3章 力を貸してほしい
「この世界を変えるためには、ダール国の王を始末しなければならない。約3万の兵士を倒すためには君の力が必要なんだ。」
闇砕剣に叩かれて私は我に返った。
ユノンが拐われて今、交渉をしていたはずだ。
「お前達は何者なんだ?」
その質問を待っていたかのように、赤髪の男がヘラヘラ笑いながら私の方へやって来た。
「…………っ!」
酒の匂いをプンプンさせている。
「酒臭くてごめんな。説明しようと思ったのに今、一気に酔いがきちまった。ヒックっ……!」
体がふらついている。
そのまま倒れてしまいそうだ。
「呂律が回らないんだろう。だから、ある程度で止めておけと言ったんだ。」
金髪の青年に叱られた彼は、細長い背中を人間の限界だろうと思う部分まで曲げながら井戸へ向かって行った。
どうやら、酔いを覚ますために水を飲むようだ。
そんな姿にため息を吐いている金髪の青年は、私の顔を見てすぐに真剣な表情となり話してくれたのだった。
「僕の名前はラスタ、彼の名前はヤラール、僕達は、上民でダール国の兵士をしていたんだ。ある研究者が、人型ロボット(人工知能)を作ったことにより人間の存在が危うくなっていることは、知っている。こんな世の中は間違っている。世界を人間が生きやすい世界へ変えるため、ヤラールと僕で王を撃ち取る戦士達を今、集めているんだ。そこで、この下町に剣技に長けたアリュウと呼ばれる女性がいると聞いてやって来たというわけだ。」
決意に満ちた凜とした目をしている。
彼は、本気なのだろう。
「ダール国の兵士は、3万だ。現実的に考えて勝ち目はない。」
私の言葉を後ろで聞いていたラットも、頷いていた。
だが、ラスタは怯まなかった。
「このまま、死ぬのを待つのか? お前の妹を捕まえたのが俺達だったから良かったが、ダール国の兵士に捕まり解放条件が君の上民への格上げで、もしさっきのように断っていたら彼らは彼女をどうしていたか分からないぞ。」
ヤラールの表情が一瞬変わったように見えた。
この男やはり怖い。
私はごくりと唾を飲んだ。
「アリュウちゃんが俺達に力を貸してくれないなら、可愛い妹ちゃんには悪いがここで」
その時だった。
傍にいたラットの瞳がまた赤く染まり始めたのだ。
「妹に近寄るな!!!!!」
ラットの手から黒い何かが弾けた。
ヤラールにその何かは飛びかかる。
必死に避けたがマントに当たりじわじわと溶けている。
「お、お前!俺を殺す気か!」
「当たり前だ!俺はダール国、王を含めて全員殺すんだ!ラスタ!ヤラール!お前達もな!」
「ラット、落ち着け!」
闇砕剣が、また動きだそうとしている。
このままだとラットが…!
「ラットって言うのか、君の名前は。」
「だったらどうなんだ!」
ラスタは、何やら腕を組み考え始めた。
「もしかして、いや、まさか、それはないですよ。ラスタ様。あれは伝説の話です。この時代で生まれるはずが。」
「だが、あの闇の力アンリュには扱えないだろう。説明出来ない。」
私は、今にも飛びかかりそうなラットに話続けていた。
「ラット、この人達は、ユノンを誘拐したが敵じゃない。頭のいいお前なら分かるだろう。それに、いつものラットらしくない。どうしたんだよ、落ち着いてよ。」
「いつもの俺って、俺ってなんだよ…アリュウ。」
その時だった。
ラットから涙が溢れ始めたのだ。
私の頭に靄がかかる。
『…この子は人間じゃないんじゃないの。人には使えない魔法が使えるわ。』
『これは魔法なのか?アンリュではないだろう、あれは血筋だ。我々の中には聞いたことがない。』
『ですが、確か祖先にあの闇の…』
『それ以上言うな!我々も呪われる!すぐに封印しろ!』
『無理です!』
『なら、捨てろ!まだ赤ん坊なんだ。こいつを抱き締めたメイドが亡くなったらしいじゃないか!王に知られてみろ、私もその家族もただでは済まない。』
たくさんの大人の声が聞こえる。
靄の中で一人の少年が泣いていた。
ラット…なの?
私が手を差し出しても彼はずっと泣いている。
私に気付いて、こっちを見て。
「ラット…?」
その時、頭の中の靄が晴れた。
ラットの瞳から溢れた涙は地面に零れ落ちていた。
もう、赤く染まってはいなかった。
「僕の勘違いなのだろうか…」
「勘違いですよ、コンリュの俺の意見を信じてくださいよ。」
「コンリュで何を信じられるんだ?」
私はふと思った。
回復魔法を専門とする者は、攻撃をすることが出来ないのだ。
だから、コンリュは、ダール国の兵士に存在していない。
だから、恐らく彼らは嘘をついている。
だが、金髪の青年の瞳に宿る光が彼は怪しい者ではないと訴えているように見えるのだ。
何かを成し遂げる力を彼から感じる。
信じたいと思ったなら一緒に行動をしているあの男のことも信じるべきだろう。
肩や腰をベタベタ触るところは、こいつの欠点だけどな!
「ヤラール、いい加減にしてよ。」
「いいじゃん。ちょっとぐらい。」
そんなことを思っているとラットが私の手を強く握り締めていた。
「アリュウ、この人達に本当に手を貸すの?」
彼から強い怒りを感じる。
でも闇砕剣は反応しなかった。
「何かの縁だと思うんだ。私も明るい未来を信じてみたい。」
彼は、とても寂しそうだった。
ラットは二人を嫌っている。
着いて来てほしいとは言えない。
ここで別れることになる。
それでも、私の決意は揺るがなかった。
気付けば金髪の青年が鞘に収めた私の剣を見つめていた。
「その剣は闇砕剣だよね? 僕の尊敬している方が持っているところを見たことがあるんだ。」
「まさか、父さんを?」
「幼い頃にね。」
ラスタは、昔を思い出すかのように空を見上げた。
何故、父さんと会っているの?
聞こうとしたのだがまたあの男に妨害されてしまった。
「ちょっと待って下さい。ちょっとよく分からなくなって来たのは俺だけですか? もう一度聞くけどアリュウちゃんは、俺らに力を貸してくれるんだよね?」
「安心していいよ。私も共に行く。」
そう言うと、ヤラールは、ニヤリと笑いすぐにユノンを拘束していた縄を解いた。
「お兄ちゃん!」
「ユノン!」
ラットは、妹を強く抱き締めた。
そんな二人の姿に赤髪の男は、涙を流している。
そう言えば、私は人が流す涙を見るとよく分からない場面が見えるのだけれどこいつからは見えない。
「嘘泣きだな。」
「本当の涙だよ? アリュウちゃんってば、信用してくれないんだね。でも、一緒に旅をすれば絆が芽生えて仲良しになれるさ。いやあ、自分で離ればなれにさせた人間が言うことじゃないけど、兄弟の絆っていいね。また、酒が飲みたくなってきた。」
彼は、懐から酒を取り出しまた飲もうとしている。
「ヤラール、今から酒は飲むなよ。酔いが覚めたのであれば、今から起こる戦いをしっかり見るべきだ。」
ラスタは、私に剣を向けていた。
「何をするんだ?」
その時ヤラールは、静かに酒を置き、私の鞘にある闇砕剣を見て微笑みまた涙を流したのだった。