2章 二人の兵士
カタカタカタカタカタカタカタカタ……
瞳が心なしか赤いラットに闇砕剣が反応したのだ。
何故か鞘から動こうとしている。
こいつ…自我があるのか!?
私は、懸命に闇砕剣を抑えた。
「アリュウ、実はユノンを解放してもらう条件が、君を連れて来ることなんだ。相手はダール国の兵士だ。危険に晒すことになる。それでもお願いしてもいい?」
やっと、闇砕剣が大人しくなった時は、ラットから殺意がなくなったと私は感じた。
その時、私が子供の頃に父さんに教えてもらったことを思い出した。
『闇砕剣は、己の正義を追及する。目の前に殺意を持った人間が現れたら迷わず斬る。俺の意志に反してな。』
もし、ラットが殺意を持ち続けたままだったら闇砕剣は彼を斬っていたのか?
何なんだこいつ!ふざけるな!
「アリュウ、聞きたいことがあるのだけれど、ダール国の兵士が一度ここに来たことがあったよね?君を上民にしたいって。」
私は、ラットの言葉を聞き我に返った。
闇砕剣は私の気持ちに腹を立てるかのように、軽く鞘から動き体当たりしていた。
「断ったよ。みんなと離れて暮らすことが嫌だったから。まさか、そのことが理由でユノンを人質に?」
「分からない。でも、もしかしたら可能性はあるかもしれないんだ。アリュウ、時間がないよ、やつらと会ってどうするか決めてほしい。」
「ラット、ユノンちゃんは、無事なんだろ?」
母の問いかけにラットは、首を縱に振った。
涙目になった母さんは彼のことを見て心底安心した様子だった。
私の背を叩いている表情には、笑みがある。
「話は簡単だ。アリュウ早く行きなさい。」
「でも、母さんがまた一人になる。長い間離れるかもしれない。その間、もし、兵士がここへやって来たら……」
「人間を飢え死にさせようとしている連中だ。凄腕の剣士の妻なんだからね、武器を持って現れたら私も戦うよ!アリュウ、ユノンちゃんを必ず助けなさい。」
母さんは、横に置いてあった薙刀を風のように振りはらった。
微笑む母さんは、とても頼もしかった。
きっと大丈夫だ。
アリュウは、拳を強く握り締めた。
「ユノンを助けに行って来る!」
私は、ラットの肩に優しく触れた。
彼は安心したように微笑む。
「気をつけるんだよ。」
母の言葉を胸に、私とラットは、ユノンのところへ駆け出したのだ。
このまましばらく母さんとは会えない。
そんな胸騒ぎがしたが私は立ち止まらなかった。
夜明けの道をただひたすら駆け抜けていく。
その時、私は考えた。
自分が上民への格上げを認めることが、ユノン解放の条件だと言われた時の答えをだ。
横には必死に前だけを見て走っている友人の姿があった。アリュウは、迷わなかった。
井戸が見えてきた。
そこには、泣いている少女と二人の兵士がいる。
「ユノン!大丈夫か!」
「お兄ちゃん!!!」
その時、ラットと私は兵士に動きを止められてしまった。
その青年の髪は燃えるように赤く、毛先にパーマがかかっていて体は細く背が高かった。
「待て待て、妹との感動の再会は後だ。へぇ、君がアリュウちゃんか、こんばんは。いやおはよう?いやこんにちはかな。」
今考えるにはどうでもいいようなことを永遠と考えている。
優しそうな目をしているように見えるが決して口元は、笑っていなかった。
右手には、杖を持っている。
回復魔法の杖のように見えた。
コンリュなのだろうか。
この世界では、回復魔法使いはコンリュ、攻撃魔法使いはアンリュと、呼ばれている。
しかし、コンリュはダール国の兵士にいなかったはずだ。
「彼女を呼んで来てくれたのか。」
もう一人の青年がいつの間にか赤髪の兵士の後ろから現れた。
私は、彼の顔を見た瞬間、呼吸をすることを忘れてしまった。
肩まで続く美しい金の髪を滑らかに揺らし、色白の肌に青い瞳を持つ姿はまさしく美形と呼ぶに相応しかった。
自分と同じくらいの背丈のように見える。
雰囲気は、まるでどこかの国の王女様のようだ。
私は、次の瞬間地面に額をこすりつけ心の底から謝罪した。
「何度も上民への格上げを断って申し訳ない。ユノン解放の条件だと言うなら喜んで行く!だから、ユノンを解放して欲しい。ラットのたった一人の妹なんだ!」
アリュウの言葉に二人の兵士は、顔を見合わせ笑い始めた。
そして私に言ったのだ。
「アリュウちゃん、君はどうやら勘違いしているようだ。」
赤髪の兵士が耳元で囁いた。
そんな彼に金髪の青年は、ため息をついている。
青年の右手には、高貴そうな剣が握られていた。
上民への格上げがユノン解放の条件じゃないなら戦うしかないのか。
そう思ったがいきなり私に金髪の方は膝まづいたのだ。
「アリュウ、僕にこの世界をやり直すための力を貸してくれないか?」
ドクン…
その言葉を聞いて、私はある一場面を思い出したのだ。
流れゆく大粒の涙と共に…
『アリュウ、僕は君と幸せになりたい。』
『私もだよ。ラ…ありがとう……』
長い年月が過ぎ去り、名前を知らないあの少年が大人になって、私を迎えに来てくれた日のことだ。
顔はぼやけていてよく見えない。
もう、二度と会えないと思った。
別れを言われたあの日から、私は寂しくて心が締め付けられていた。
あれから何度も会いたいと願った。
何故、名前を教えてくれなかったのか理由も分からないまま知らないことが多いのに、私達は互いに惹かれあった。それなのに離れてしまったのだから。