1章 闇砕剣(インサイケン)
夜が明けても、私は食料を決して離さず走り続けた。
息が切れかけた時には、一軒の家が見えてきた。
父さんと一緒に作ったレンガで出来た家は、突風に吹かれても全く動かない。自慢の家だ。
最愛の家族へとドアに文字が刻まれている。
ガタンッ!
次の瞬間、物凄い勢いで長身の女性が現れた。
「あんた!こんな時間まで何やってたの!」
大きな黒い瞳から涙が溢れる。
私は、震える彼女を抱き締めた。
「ごめん、母さん。上町に行って食料を盗んで来たんだ。」
「心配したんだからね!私のためにそんな危険なことしなくていいんだよ!」
母さんは、泣いていた。
「生きていてほしいんだよ。父さんとまた3人で会うためにも。」
「アリュウ…」
「私、会いたいだ。父さんに。」
私のお父さんは、この世界で有名な剣士だ。
闇砕剣と呼ばれる剣の使い手。
闇砕剣には、魔力を切る力があるらしいが本当のことはよく分からない。
子供の頃、父さんに闇砕剣を持たせてもらったことがあるけれど、とても重く、片手剣とは思えなかった。
父さんは、まるで闇砕剣と一体化しているようだった。
私とお母さんが嫉妬するぐらい肌身離さず持っていたし、同じ時間を共有出来ている信頼感みたいなものを彼らの中に勝手に感じたのだ。
「アリュウ、無理をさせてごめんね。父さんと会いたい気持ちは私にもあるんだよ。でももういいんだ。」
母さんが、苦笑いをしているように見えた。
「どうして?」
「私は、アリュウのことだけを考えるって決めたんだよ。父さんには悪いけどね。器用な人間じゃないってことは自分が一番分かってるから。その次に分かってるのは父さんなんだよ笑 ちょっと待っててね。」
母さんは、家の中に入って行く。
そして、金で出来た立派な長方形の箱を慎重に私に渡してくれた。
「取り出して見な。」
私は、母さんの言われた通りゆっくり開けて見た。
すると、懐かしいものの姿が見えたのだ。
「これは…闇砕剣。何でここに…」
「父さんから、アリュウの剣の腕が上がったら渡してくれって頼まれていたんだよ。」
「私、闇砕剣で何かを斬ったこと一度もないし、父さんにしか扱えないんじゃないの?」
「アリュウ、これはあんたを守ってくれる。父さんが話していた剣の腕というのは人への想いの強さのことだと私は思うよ。アリュウは、とても優しい。私の自慢の娘だ。人の気持ちを考えられない人が持ったら大変なことになるけれど、アリュウが持てば人の希望に繋がる。」
私は、闇砕剣に子供の頃感じた重さはないと思った。
私が大人になったからなのかは分からないけれど、その代わり凄く温かいものを感じたのだ。
それは、とても懐かしいものだった。
『アリュウ、大丈夫。どんなこともきっと乗り越えられる。自分に自信を持つんだ。そうすれば、どこまでも人は行けるのだから。』
(父さん…今どこにいるの…)
その時だった。
「アリュウ…!」
真っ青な顔をした青年が後ろから走って来たのだ。
私の幼馴染みのラットだ。
「何かあったのか?」
慌てて彼に駆け寄る。
私は、驚いた。
温厚なラットとは思えないような今にも噛みつきそうな目で、こちらを見ていたのだから。
「妹のユノンがダール国の兵士に捕まったんだ!あいつら全員俺が殺してやる!」