第一章 不穏な噂
ここは、デルトムア城内の王室。きらびやかな装飾が施された王室の奥に、王座に深々と座るクラウド王が自慢の金色のひげを撫でながら退屈そうに一人読書をしていた。クラウド王は優しさのにじみ出た顔と鍛え抜かれた体で、国王としての風格がある人物だ。すると、王室の外からばたばたと走る音が近づいてきた。
「…む…カイアスか。」
クラウド王がそうつぶやくと王室の扉が勢いよく開けられた。
「父上!」
「どうした?カイアス。」
「今日は俺の誕生日パーティーに来てくれるよな!」
「当然だ。もちろん行くぞ。」
「よっしゃー!」
カイアスが開けっ放しにした扉を閉めながら中に入ってくる、白いローブをまとった老人が王子カイアスを注意する。
「カイアス王子!王室に入る前には失礼しますと言うこと!そして扉は静かに開け、静かに閉める!それとその言葉遣いはいけません!国王に向かってタメ口などもってのほかですぞ!」
「だって俺の父上だもん!」
「ですがそれ以前に国王陛下です!それと自分のことは私ですぞ!」
「うるさいな~ジジは。いちいち細かいよ。」
「当たり前のことを申しているだけです!」
「はっはっはっ!カイアスとドレイクは本当に仲がよいな!」
「えー、俺は父上ともっと仲良くなりたい!」
「まったく!」
カイアスはクラウド王と同様の金髪、若干幼さは残るものの表情はもうクラウド王そのもので、優しさと元気があふれている。一方老人ドレイクは、カイアスが生まれた時から24時間365日世話と教育をしてきた、いわゆる世話人だ。カイアスが生まれた当時はクラウド王同様優しかったが、やんちゃ過ぎるカイアスに眉間にしわが寄る日々を送っている。
「カイアスは今日で何歳になる?」
「12歳!」
「おぉ!そうか!ならば盛大にやらねばな!」
「マジで!じゃあ俺厨房に行って料理見てくる!」
カイアスはそう言うと、走って王室を出て行く。
「カイアス王子!廊下は走っては行けません!…全く…。」
「ふふっ、ドレイクも大変だな。」
「無礼なことをさせて大変申し訳ありません。」
「よいではないか。あれくらいのほうが私も気が楽だ。」
「そうかもしれませんが…。」
「しかし、もう12か…そろそろだな…。」
「…………。」
ドレイクの表情が一瞬曇る。
「ところでクラウド陛下。このところ、国民達の間である怪しげな噂が広まっております。」
「噂か?」
クラウド王の表情が険しくなる。
「はい、何でも尋ねた人物のあらゆる願いを叶える美しい美女がいるとか。」
「…美女か。」
王は金色のあごひげに手をあてる。
「依頼の中には殺人もあるという噂です。陛下はデルトムア王国の国民達からは絶大な信頼を得ているので安心ですが、もし、他の国で彼女が依頼を請ければ侵入してくる可能性もあります。」
「なに、心配には及ばん。私を殺せる者などどこにもおらん。」
自信に満ちた表情でクラウド王は断言した。
「…そうですな。ですが、そういった噂があることは事実ですので、どうかご用心を。」
「……だが、美女なのであれば、一度はお目にかかりたいものだな。」
「…陛下、笑えぬ冗談です。相手は暗殺者なのですから。」
「報告は以上か?さて、私も厨房へ行くか。カイアスの様子を見てくる。」
クラウド王はそう言うと、玉座から立ち上がり、部屋を出た。
「………陛下……。」
一人残されたドレイクはそう呟くと不安そうな表情で王の後を追った。
ーカッ、カッ、カッー
ここはデルトムア王国内のとある路地裏で、軽快なハイヒールの足音を響かせながら歩く女性がいた。
「えぇ、承知しておりますわ。」
その女性が誰かと会話をしているが、相手の姿は見えない。
「…えぇ、すでに正式な依頼を請けました。後はわたくしにお任せくださいませ、ご主人様。」
女性はそう言うと、紺色のローブを羽織る。
「うふふ、この国の地面は綺麗で助かりますね。この石畳ならわたくしの正装がより映えるでしょう。楽しみです。」
嬉しそうに笑みを浮かべ女性がそう呟くと、路地裏を出て大通りの人混みの中へ姿を消した。