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Amazing games

作者: keisei1
掲載日:2014/12/01

 マリファナのものと思しき紫色の煙が立ち込めている。管弦楽とハードなギターサウンドが融合した音楽もけたたましく鳴り響く。賭博師、勝負師、詐欺師達が集う怪しげなバー。それがこの退廃の香り漂う店、「アレグリア」だ。アレグリア。「歓喜」の意味を持つこの店は、今日も互いに獲物を探す、如何わしい男達、妖艶で美しい女達で溢れている。

 近藤覚(こんどうさとる)は17才の高校生だ。まだ若く、未成熟な印象さえする青年だ。その彼がこの「アレグリア」を訪れたのは、「アフロディーテ」の異名を持つ、この店の女支配人から「知恵の実」と呼ばれる果実を手に入れるためだった。

 「知恵の実」。その中身がいかなるモノか、覚には見当もつかなかったが、とても興味があった。だからこそ覚は未成年入店厳禁のこの店に、年齢を偽ってまで訪れたのだ。

 スーツを着込んで、大人びた印象を醸そうにも如何せん覚は若さを隠せない。そんな彼を人々、店内の猛者達は訝しげに一瞥する。それでも構わずに覚は「知恵の実」を手に入れるべく、店のフロアの一つへと足を運ぶ。

 まず初めに覚が目にしたのは、カードゲームに興じる男女の一団だった。彼らは大金を一ゲームごとに賭けていて、不敵で危うげなスリルに身を委ねている。

 彼らは一つゲームが終わるごとに、大金を失ったり、手にしたりしている。今大きくリードしているのは顎ヒゲを生やし、筋骨たくましい様子の男だ。彼は勝利の喜びに浸りつつ、覚に目をつける。

「どうだ? 坊主。お前にも少し資金をくれてやっていいぞ。お前も立ち回り次第で、俺のように一攫千金を狙える」

 その言葉を聞いた覚は少し怖気づきながらも、気を奮い立たせて答える。

「いいえ。結構です。ところで、あなたはその儲けたお金を何に使うんです? もしまた新たなゲームの軍資金にするのなら、あなたは時間を浪費していることになる」

 髭づらの男は豪胆に笑う。

「ハッハッハ! これは随分堅苦しいことを言う坊やだ。たしかにこの金は、次のゲームの軍資金になる。だがな。時間は浪費していない。俺様はその金でスリルと興奮を買っているのさ。この味は一度しめたら、忘れられない」

「スリルと興奮。それは面白いですね。その気持ち、とてもよく分かります。ただ僕は」

 髭づらの男は「ん?」と顎をあげて、覚の答えを待つ。

「ただ僕が欲しいのは、『知恵の実』であって、スリルと興奮ではないんです。それでは、失礼します」

「ハッハッハ! 随分なもの好きもいたものだ。小僧。お前は一つ誘惑を凌いだことになる。次の道に進むといい」

 髭面の男にそう言われて、喜色満面になった覚は次のフロア、次のステージへと足を運ぶ。次のフロア。そこでは力自慢の男達がアームレスリング、いわゆる腕相撲でその腕力の強さを競い合っている。これも興味深い享楽、催しだ。覚はそう思い、じっと男達を観察する。次第に勝者と敗者がわけ隔てられ、ついに最後の一人の勝者が決まる。彼はトロフィーを高々と掲げて、女を抱き寄せる。

「これで俺が最高の力自慢であることが証明出来たぞー!」 

 そう叫ぶ男、筋肉が隆々とした金髪の男に、覚は歩み寄る。

「それであなたは何を手に入れたんです?」

「称号だよ。世界で一番俺様が強いというな。これに勝る愉悦はないではないか」

 覚はしばらく考え込むと男に指摘する。

「でも世界で一番強いという、その称号も明日になれば誰に奪われるかも分からないのですね。だとしたらその『愉悦』とやらも、何やら物寂しく感じます。生意気言ってすみません」

 そう聞いた男は「フッ」と軽く笑って応じる。その表情はどこか寂しげだ。

「フム。お前の言う通りだ。だがな、俺達みたいな種類の人間は哀れなものでな。それでも刹那の快楽。『愉悦』というものを追いかけざるを得ないんだよ」

 覚は口元に手をあてる。

「そうですか。どうやら僕の求めるものは、ここにもないようです。本当に失礼しました」

「構わないさ。お前はお前の道を行くがいい」

 そう男に送り出されて、覚は最後のフロア、詐欺師が集うというフロアに足を運ぶ。そこでは店の幹部の一人が、店へ大量に入金された札束を、寡黙に数えている。その姿を見て覚は全てを悟ったようだった。

「なるほど。そうですか。この店の幾つもの催しは、それを見て歓喜に耽る客達の慰みだったというわけですね。その対価として多額の儲けをあなたは得ている。あなたは確かに一流の詐欺師の一人と言えるでしょう」

 そう淡々と零す覚に、詐欺師になぞらえられた幹部、加藤淳一郎は静かに立ち上がる。

「面白い男だな。お前は。だが禁欲に過ぎる。ストイシズムは一つの美学かもしれないが、それが人生の全てではない。お前は女の誘惑に勝ったことさえない。だが、来るといい。お前は支配人に会う資格がある」

 そう言ってスラリとした背筋を伸ばす淳一郎は、店の奥へと覚を案内する。その姿はとてもスタイリッシュだった。淳一郎は歩みを進めながら、一つ一つ、物事の謎解きをしていく。

「たしかにお前は幾つかの誘惑を退けた。だがそれは無垢で純真だから出来たことだ。大切なのは、一度その誘惑に溺れた時、どう立ち直るかだ。お前はまだ何も知らない。来るといい」

 そう呼び掛けて淳一郎は、オーナー「アフロディーテ」の部屋の扉を開ける。そこでは「スリル」や「興奮」、そして「愉悦」を、投薬されて味わった者たちが、アフロディーテの周りに侍らせられている。彼らはそれらの感覚を、薬の効果で味わい、抜け出せなくなったらしい。覚は悲しみに満ちた瞳で口にする。

「これは、ヒドイ。最後まで来れたというのに、求めずして媚薬の虜にさせられるなんて」

 覚の言葉を耳にしてアフロディーテは艶のある笑みを浮かべる。

「僕? 彼らは私に最後に訊いてきたのよ。『この店では様々な誘惑にあったが、どれにも興味がなかった。誘惑にもし乗っていたら、どうなっていたのか』ってね。だから私は彼らに投薬して、その快楽を味わわせてあげたのよ」

「その結果がこういうわけですか。酷すぎる」

 屹然(きつぜん)として立つ覚にアフロディーテは手を差し招く。

「さぁ、どう? あなたも一度味わってみない? 愉悦やスリル、快楽といったものを」

 たしかにそれは興味深い。これまで全ての誘惑を退けてきた覚だが、淳一郎の言う通り、「どう立ち直れるか」が重要かもしれない。そう思って覚がアフロディーテの差し出す小さなカプセルを手にしようとした時、淳一郎がそれを止めた。彼は言う。

「お嬢様、そろそろお辞めになりませんか。戯れもほどほどに。恵子お嬢様が、この巨大な歓楽街の一角を父君に委ねられて、大きなプレッシャーがあったのは分かります。但しその寂しさ、不安を補うために幾人もの男を虜にするのも、これで終わりかと」

 淳一郎のその言葉を耳にしたアフロディーテ、いや恵子という名の女性は、あれ程、妖艶にまき散らしていた自らの美貌の魅力を潜ませていく。少しスクウェアな印象のする淳一郎の勧めに、快く応じるつもりのようだ。

「淳一郎。あなたの言う通りね。じゃあ一つ訊くわ。私の物寂しさ、寂寥感(せきりょうかん)は誰が補ってくれるというの?」

「それは、お嬢様に最も身近で、お嬢様のことをご存知な男が相応しいかと」

 恵子は躊躇いがちに訊く。

「それは?」

 淳一郎は背筋をスラリと伸ばす。

「私めが一番相応しいかと。いつでもこの淳一郎、あなたの傍にいます」

 その告白めいた言葉に恵子は、やや照れくさげだ。だが彼女は徐々に淳一郎に心を開いていく。

「傍に。ね」

「はい。いつでも傍に」

 そのロマンティックなやり取りをしばし傍観していた覚は、こう口にする。

「そうか! 女神を虜にさせるほどの『心』。それが『知恵の果実』の正体ですね」

 恵子はふっと微笑を浮かべる。「知恵の果実」の何たるかを知り得た覚に満足げだ。

「そう。その通り。坊や。よく分かったわね。但し」

「但し?」

 覚は恵子の顔を覗きこむ。

「女神はいつでも気紛れよ。気をつけてね」

「そういうことだ。青年。『つまらぬ茶番』の裏にも知恵は潜むというわけだ」

 淳一郎にそう言われて覚は、「アレグリア」をあとにする。彼の前には、「知恵の果実」を手に入れるための長きに渡る人生が横たわっている。淳一郎は「よし!」と一つ声をあげると歓楽街を出て、終わりのない日々へと踏み出していった。



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