迷い子の猫たち
その後、けんちん汁を食べた大工さん達は一杯じゃ足りないと、夕食時も近かった事もあり食欲が刺激され挨拶もソコソコに足早に帰って行った。
俺は、それを苦笑しつつ見送り使い終わったお椀を洗いながら、大工さん達の料理を食べた時の反応を思い出して嬉しくなり、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「…ハッ!? ヤバいヤバい。こっちに来てから、にやけ顔が癖になってきてるのか?」
独り言を呟く位ならまだ問題は無い…訳でもないが、いやでも流石に顔はマズイ…こんなだと、直ぐにでも変質者扱いされちまう。
…でもなぁ、やっぱり料理人としては食べてくれる人の笑顔を見れるのは最高に嬉しい事だな。
元の世界に居た時は、仕事の時は調理場に篭って次から次に来るオーダーに対応しっぱなしで、料理の感想はおろか食べてくれる人の顔を見る機会なんて無くて。
時々にしか行けなかった、御世話になった児童養護施設で作った時にしか見れなかったしな。
「それに、こっちの人は本当に美味しそうに食べてくれるしな…ファストフードで済ます人や、食通を気取って小難しい顔をして粗探しをする人も居ないだろう…いや、貴族とかには居るかもしれんが。」
もちろん、俺も食べる事は多々有るファストフードを否定する気は無い。
あれはあれで美味しいのだが、本当に美味しい物もある事を知って欲しいとも思う。
思うのだが、それでも人の三大欲求の一つである食欲を蔑ろにしている人は多く居る。
人には、様々な事情があるので仕方がないのも分かっているが、やはり勿体無いと常日頃感じていた。
だからこそ、元の世界でもオープンキッチンで出来る店を探しても居た。
…がしかし、そんな店を元の世界で開いたとして、果たしてここまでの反応が返ってきたのかと疑問に思うのだ…確かに、それはゼロでは無いだろうが限りなく低い数字だろうと知っている。
口コミで聞いた、雑誌やネットで見た人達が料理を食べ、そこから常連になってくれる割合なんて高が知れているだろう。
何せ、人の味覚は千差万別、十人十色で人それぞれなのだから、当然それは世界が違えど変わらないだろうが…でも、美味しい物を美味しいと人に伝えられる人は、どれくらい居るだろう?
例えば、一口食べて美味しいと感じても声に出して美味しいとは言わず、大半は思うだけに留めてしまうだろう。
それは、もちろん悪い事では決して無いし、表情にも知らず知らずに表れる事もあるかも知れない。
けれど、声に出して伝えれば、それは相手にも伝わるのだと分かって欲しい。
美味しいと思ってもらいたい為に、店を構え料理を作り食べて貰っているので、美味しくて当然と考えては欲しく無かった。
「……っと、思考が盛大にズレてきてるな。 何か、偉そうな愚痴っぽくなってきてるし。」
店が出来て気が緩んでしまったのか、余計な考えが頭を埋めてしまっていた。
「はは! 今更、未練なんて感じてんのかっつうの。」
結局、俺はたった数十のお椀を洗うのに一時間近く掛けていたことに気付いて、気分転換に街中を散歩する事にした。
俺の住居兼店舗は、大通りから一本外れた通りにあり、後ろには民家を二、三軒と空き地を越えスラムという立地に建っている。
こう聞くと立地条件は悪く聞こえるだろうが、逆に街の住人や大通りに面した店の裏口などがあるので、日中は結構賑わいを見せているのだ。
そんな訳でも、俺は大通りに出て当ても無く適当に歩き、目に付いた屋台で肉や魚の串焼きを買っては食べをしていた。
途中途中で顔見知りの店から声を掛けられて、挨拶で済ませたり他愛ない会話に興じたりと過ごし、次第に日も落ちて街が魔道灯の明かりに照らし出される頃合いに家に着き勝手口の扉を開けた。
――…ごそ……ごそ…
(物音? …人型反応が二つか…けど、これは?)
俺は、中から布の擦れるような音が聞こえ気配を抑え考えを巡らせる。
今日の昼過ぎに完成したばかりで盗られる物なんて何も無いと、店の入口だけを施錠して勝手口は鍵をしないで出掛けたが、その油断が悪かったか店内に不審者が二名入り込んでしまったらしい。
だが、店には一切金目の物は置いて無く、唯一有る物と言えばサイズ以外は一般的な鉄製の鍋が幾つかある位だろう。
ただ、俺はそんな事よりも気になる事があった。
冒険者で培った技術と魔法で気配を探った時に感じた二人の反応は、妙に弱々しく子供の様な幼さだったのだ。
それでも、俺は多少の警戒をしつつ忍び足で反応の在るキッチンのコンロ付近へと近づいて行くと…。
「なっ…猫人の子供、か?」
そこに居たのは、肌や髪など見る限り全身が泥か垢かで汚れて黒ずんだ、十歳にも満たなそうな二人の猫人族の子供が寄り添って倒れていた。
俺は、一瞬焦ったが暗闇の中で目を凝らし良く見ると、二人は寝ているだけなのだと分かった。
「何で、こんな所で……って、晩飯にと残しといた、けんちん汁が食われてんな。 まぁ、腹は屋台で十分だし良いが。」
とりあえず、危険が無いのが分かったので店の明かりを点け、再び二人を見る。
「しっかし、汚れ具合や肉付きの悪さを見る限り…スラムの子供、なんだろうが。」
すると、呟きが聞こえたのか店内の明かりになのか、件の子供の片方が身動ぎしてゆっくりと目を開き寝ぼけ眼で何処かを見つめた後、明かりが点いている事に驚き周りを見渡し俺を見つけた瞬間、耳と尻尾がピンッと立てて毛も逆立て、もう一人を庇うようにして猫の様に威嚇をしてきた。
「フーッ! フーッ!!」
「…まんま、野良猫だな。」
俺は、そう言って視線を外さずに壁際へ歩き予備の椅子を手にして、二人から数歩離れた位置に座り長期戦に備える。
子供も、同じく視線を外さず威嚇も続け未だに寝ている子を起こそうと揺さぶっていた。
その甲斐あってか、もう一人も起き出し眠い目を擦りながら、起こされた事に抗議している。
「ん~…おねぇちゃん…しゃる…まだ、ねむいのぉ…」
「ダメッ!おきてっ! みつかっちゃったの!!」
お姉ちゃんと呼ばれた威嚇していた子は、俺から一切目を離さず声を上げ、自分をシャルと言った寝惚けている子の覚醒を促す。
「…えっ!? うっ…おねぇ、ちゃん…おねぇちゃん…!」
姉の声で起きたシャルと言う子も俺を見つけた瞬間、姉の背中に縋りついてビクビクと怯え泣き出した。
俺は、その一連の様子を静かに見続け考えを巡らせていた。
(ふむ…スラムの子供で見た目にも明らかにガリガリな体、満足に食えて無いんだろうな。
そこに、大工さん達に作った時の匂いに釣られて、隙を見て…って、いや前提条件に無理があるか。…まさか、偶々なのか? …獣人なら鼻は良いだろうし、空腹なら更に敏感になって…?)
いつの間にか考える人のポーズを決めて考え込んでいた俺は、考えるだけじゃ解決はしないと声を掛ける事にした。
「一つ聞きたいんだが、けんちん汁…その鍋の中身を食べたのは、君たちだろ?」
まず聞くのはソレかと思う内容だが、声を掛けられた子供たちはビクッと体を大きく震わせ無言のまま、姉は守るように妹?は隠れるように身を寄せ合った。
「…美味かったか?」
「「…………(コク)」」
「はは、そうか。なら、良い。」
俺は小さくだが、二人が頷いたのを見て現状の七割近くは、もうどうでも良くなった。
我ながら単純だが、空腹に耐えきれず犯したであろう盗み食いとキッチンを汚した程度で、被害と言う被害は被っていない。
どうせ余らせていた物だし、それに幼い子供の生きる為の必死の行動に目くじら立てる程、狭量でも無いしな。
「…わたしたち、を…どうするん、ですか?」
先程まで威勢の良かった姉の子が、やっと俺に話しかけてきた。
しかし、その目は大人なんて信じないとでも言いたげな目で、言葉の続きを容易に想像させてくれる。
どうせ、警備兵か奴隷商にでも連れて行くんでしょう?…と。
それに対して、割りとどうでも良くなっていた俺は、先の事を何も考えて無かったので不安そうにしている二人を見つめて――
「そうだな…どうしようか?」
――と、大人として、どうしようも無い言葉を呟くしか出来なかった。
途中、ウザい文章になってしまった感が半端無い…それに、不快感を感じてしまったら申し訳ありませんです。