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第一話 夢は終わり現実が始まる

 泣き声が聞こえる。それは目の前の女の子のものだった。

 その子は、俺の友達で、大切な子で、守ると誓った子だ。

 もうそんな顔は絶対にさせないと誓ったくせに、俺はそれを守れなかった。

 目の前にいるのに、今の俺には何もできない。

 守りたかった。助けたかった。だから、俺なりに色々頑張った。

 俺一人じゃ守る力が足りない。だから、頼りになりそうな所を回ってみた。でも相手にされなかった。いや、相手にはされた。敵としてだが。

 それでも諦めず、諦めきれず足が棒になるくらいに走り回った。喉が壊れるほどに叫んだ。

 そして、やっと信用出来る同志に、仲間に出会えた。

 これでやっと何とかなるかもしれない。そう思って、希望が見えて来た気がした。

 しかし、それは俺だけだった。

 裏切られたのだ。そう気づいた頃には全て手遅れだった。結局は、全部罠で、全て演技だった。

 俺は、俺自身の手であの子を窮地に追いやったのだ。

 それは、哀れなまでに悲劇的で、笑えるくらいに喜劇的だった。

 全部俺の所為だった。

 悲劇にしたのも、喜劇にしたのも、それで泣くのも、そして笑うのも、やはり俺だった。

 もう笑うしかない。もっとも、泣く事さえ満足に出来ないこの俺には、笑う事が出来るかどうか甚だ疑問ではあるが。

 身体はもう動かない。笑うために表情筋を動かすどころか、指の一本も動かない。

 うつ伏せになっている俺の身体は、見るも無惨なほどに傷だらけで、血がダラダラ流れている。まるで血は海のように辺りを侵食していっている。

 ならば俺は、さしずめ海に浮かぶ水死体のようだった。

 実に滑稽だ。笑えないが。バシャバシャという水の跳ねる音がする。いや、この場合は血か。足音も一緒に聞こえる事から考えて、多分誰かがこの血の海に足を踏み出したんだろう。

 いや、そもそもバシャバシャというレベルの音がするほどこの血の量は多いのだろうか。もしそうならもうすぐ死ぬのだろうか。そんな事を止まりかけの思考の片隅で考える。


「ゆー兄! ゆー兄!」


 今までロクな仕事をしていなかった俺の聴覚がようやくマシな仕事をした。俺が守りたかった女の子の声だ。鼻をすするような音と共に、涙声が頭に響く。

 その声に妙に現実味がないのは、俺の耳がついにその役目を終えようとしているからだろうか。それとも、この声が俺の頭が想起した幻聴だからだろうか。

 いや。そんな事はどうでもいい。その声が本物だろうと、偽物だろうと。今、あの声が届いたこの瞬間に、すでに結論は出た。

 もはや現実だろうと虚構だろうと、関係ない。

 俺のやる事は変わらないのだから。

 そうだ。

 何をやっているんだ。何をもうダメだと思っている。何を恐れている。怖がっている。志を折られ、諦めたふりをしている。

 まだ。まだ何も終わっていないのに。まだ結果が出ていないのに。

 後悔なんていつでも出来る。絶望するのなんて全てが終わってからでも遅くない。

 まだ諦めるには、早すぎる。

 もう一度、あの子の前に立たなくちゃいけない。今度こそ守るために。誓いを守るために。約束を守るために。

 バシャバシャという音がする。今度はキチンと理解できる。俺が立ち上がる音だ。

 ちなみに、バシャバシャというのは本当らしい。相当な量の血を流しているらしい。

 身体が動く事自体が既に奇跡なのだ。

 女の子が驚いているのがわかる。

 やっと役割を思い出した五感が、周囲の情報を集め始める。

 囲まれていた。俺と女の子を中心とした円を描くようにグルッと。

 だが、それはうつ伏せに倒れていた時からなんとなく分かっていたことだ。

 今更どれだけ状況が悪かろうがもう関係ない。それはもう俺の選択を揺るがす要素にはならない。

 俺は、この子を守りたい。助けたい。

 それだけで十分だ。

 背中にいる女の子が何かを叫んでいる。残念だが、よく聞き取れない。


「……言いたいことが……、あるんなら……あとでいくらでも聞いてやる。だから、今は……黙れ。」


 それだけ何とか口にすると、ジリジリと近づいてくる敵に目を向ける。

 女の子は、ビクッとして口を閉じた。

 その時、少しだけ何事か呟いていたような気がしたが、聞き取れなかった。


「何のつもりだ? 悠夜。」


 そう声を上げたのは、この敵グループのリーダーらしい男だ。何を隠そうこの男こそが、最近まで行動を共にした裏切り者だった。


「それは……こっちのセリフだ。……馬鹿さん。」


 俺は崩れそうになる膝に鞭を打ち何とか真っ直ぐに立つと、全身全霊で睨みつけた。睨むことさえ全力を尽くさなければ出来ないのだ。


「馬場だ! いつも言ってるだろうが!」


 馬鹿さんもとい馬場さんは声を荒げる。

 周りの奴らも、この非常事態にいつも通りの馬鹿げたやり取りを聞いて、呆れている。

 そう、これはいつものやり取りだ。人の顔と名前を覚える事が苦手な俺は、よくいろんな人の名前を間違えた。

 そんな平穏だった日常と同じやり取りをしたところで、雰囲気が和むことは全くない。


「後ろのやつをこっちに寄越せ。悠夜。そいつは悪だ。」


 今度は全員がこちらに武器を構えながら、声を低くして言う。

 その声に後ろの女の子が震えているのがわかる。

 俺は、ゆっくり後ろを振り向いた。視線の先にいるのは、怯えた様子で震えているただの女の子だ。

 そこで俺は精一杯笑う。安心させるように。もうそんな顔はしなくていいんだと、そう伝えたくて。


「こいつが……悪だろうが、お前等が……正義だろうが。関係ない。」


 こっちを不安そうに見上げる女の子の頭に手を乗せる。それに驚いた女の子が俺の方を見つめている。

 もう一度笑い、俺はゆっくりと頭を撫でる。


「俺は……守りたいと思う。助けたいと思う。生きて欲しいと思う。それだけで……俺は、戦える。」


 ゆっくり今度は手を降ろす。名残惜しいが。

 もう一度、馬場さんの方に身体を向ける。


「……もう一度だけ言うぜ。悠夜。それから離れろ。お前も巻き込んじまう。」


 その言葉に、悪意の濁りは感じない。本物の死の瀬戸際に立つとなんとなくそういう事がわかる。

 ゆえに、俺も正面からその言葉に答える。


「何も……悪い事を、していない……女の子、一人殺して、……そんなもので、証明しなくちゃいけない正義なんて、こっちから……願い下げだ。」


 それは、かすれたような声になってしまった。

 これでは届かない。女の子にも、あの男にも。

 だからこそ、叫ぶ。崩れそうになる足に力をいれて、腹から叫ぶ。


「そんなものが正義なら……俺は、悪でいい!」






 キーンコーンカーンコーン。

 鐘の音が聞こえる。それは学校終了の鐘であり、同時に俺にとっては起床の鐘でもある。

 どうやら寝ていたらしい。いつもの事であるが。中学から高校に進学してから一週間ほどたったが、俺、月影悠夜(つきかげゆうや)の学校生活はあまり変わっていない。

 朝学校に来て、適当に授業を受け流し、休み時間には昼寝をして帰る。

 今日やっと授業のオリエンテーション終わったのだが、それまでは先生の自己紹介や授業を受けるにあたっての心構えなど、どうでもいい話が多かったので、睡眠時間は増える一方だった。

 それでも、授業中も休み時間も一定の緊張感はやはりあるのか、夢を見るほど深く眠ることはあまりない。

 次の日から通常授業という今日の最後に、いい眠りにつけた。

 そういえば、夢とは脳が寝ている間に行う記憶整理の副産物らしい。ならば、今日俺が見た夢も、俺の過去の記憶なのだろうか。

 わからない。なぜならもう内容を思い出せないから。だが、そんなもんだろう。よくあることだ。


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