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宰相と食料

「…これからどうしよう」


安全だと思える場所まで走り続け、ようやく一呼吸つく。

私の最初の目的は物資の確保だが、あの建物は補給地点とに相応しくないというのがよく分かった。何故私は最初に、あれだけ大きな建物なら物資も多いので補給に最適だなどと思ったのだろう。とんだ魔窟だった。さすが魔族というべきなのだろうか。



やはり、ここは別の補給地点を探すべきか。それとも、今日は魔王城に帰るべきか。


…いや、見知らぬ土地なのは分かっていたことだ。ここで安全を期すために引き返していては、いつまで経っても補給地点など見つからない。最終的には、周囲の自然から直接採取すればいいだけの話だ。

だが、負担はなるべく少なくしておきたい。


民家や商店からはあまり取りたくない。民家の場合はそもそもの数が少ないので少しでもなくなったら即座に気付かれてしまうかもしれない。商店は在庫の管理はきちんとしているだろう。やはり元から多めに物資がある所を狙わねば、継続的な補給はできない。


「…分からない」


これが人間の街ならば、そんな場所はすぐに思いつくのだが、魔族の街となると話が違う。住民のほとんどが異形の子供の街のどこの補給地点があるのか、見当もつかない。


魔属領にどれくらいの間、滞在するかも分かっていない。もしも短期ならば、適当に奪えばいいが、長期を考えれば安易な物盗りは下策であることは、私にも分かる。警戒はしているとはいえ、四六時中命を狙われる状況は、体力を非常に消耗する。それは、この魔属領に着くまでの旅路で経験済みだ。


「う…」


頭を捻っても、短絡的な方法しか思いつかない。殺しは得意だが、盗みはそれほど得意でもないのだ。殺しは勘と経験だけでできるが、盗みは入念な計画と咄嗟の頭の回転力が求められる。私もその場の判断はそれなりにできるが、その場で会心の策を編み出すことはできない。一転攻勢、一点突破。思い付くのは、それくらいだ。


そんな頭で、考えても考えても、答えは出ない。




「…ああ、うん」


分かった。もう悩むのは止めよう。


頭で解決しようとするのを、すっぱりと諦める。

ようは、当面の物資がそれなりに手に入ればそれでいいのだ。命を狙われようとも、返り討ちにすればいいだけの話だ。四六時中命を狙われようが、知ったことか。今も、敵の渦中にいることは変わりないのだから。


一番物資のある所を目的地に定め、魔力を集中させる。この魔族の街から目的地までの、徒歩での行き方は知らないが、一度行った所に瞬間移動できる魔法は知っている。


魔力は喰うが、面倒なので詠唱は省略し、魔法を発動させる。


「…一番、物資がある」


目の前の魔王城ならば、例え半壊状態であろうとも、物資の一つや二つあるだろう。

長期的な簒奪は無理だが、一度に全て奪ってしまえば、数年は保つだろう。物資が劣化しない収納魔法や道具袋の魔道具はある。限界はあるが、今はほとんど空の状態だ。魔王城の倉庫であろうと、全て入るだろう。


「…行こ」


魔王城の魔族を全て敵に回すかもしれないが、特に問題はない。




「お帰りなさいませ、魔王様。…おや、殿下はどうなされましたか?姿が見当たらないようですが…」


正面玄関で宰相に待ち伏せをされていた。別に気配を隠したりはしていないので、気取られていてもいいのだが、待ち伏せとはあまり気分のいいものではない。特にこれから魔王城の物資を全て強奪しようとしている時ならば、なおさらだ。


「…知らない。どいて」


少年の行く先なんて、私は知らない。今あの少年があの色魔族のいる所でどうなっているかなんてことは、知りたくもない。大体、色魔族にはこの先、一生会いたくない。殺しにすら行きたくないので、どこか私の知らない所で勝手に死んでおいて欲しい。


そういった無駄な話をしたくなかったので、適当に宰相を退かす。

とりあえずまずは魔王城の内部の把握からだ。一度、勇者時代に荒らしまわった記憶がまだ残っているので、大体の間取りは分かるが、細部まではよく知らない。敵は全て排除するとはいえ、目的の場所、逃走ルートくらいは確保しておくのが当たり前だろう。


色々と考え事をしている最中にあまり人には寄って来て欲しくないのだが、私を見かけると道をあけるその他の魔族とは違って、宰相は私の後ろをずっと付いてくる。正直、邪魔だ。



だが宰相は、来るなといって黙って退くような奴ではない。いや、その場では黙って退くかもしれないが、何らかの手を打ってくることは確実だ。この魔王城にも私の知らない護りの魔術などは張り巡らせてあるだろうし、それらを手当たり次第に壊してしまうと、魔王城自体が吹っ飛んでしまうかもしれない。


物資ごと吹き飛ぶと私も困るので、そういう大雑把な手は使えない。宰相を排除するのも簡単だが、後々使えそうな奴を殺すのは私の損になる。それに宰相にはまだ聞きたいことが多く残っているし、魔王になるためには宰相の助力が不可欠だろう。向こうもこちらを利用したがっているのは分かっているが、宰相に死なれると困るのは私も一緒なのだ。


一番単純で効果的な手が使えないとなると、対応に困る。

だけれどももう、考え込むのは面倒だ。


「宰相、物資は?」


「食料庫ですか?武器庫ですか?それともどちらもでしょうか。分かりました。ご案内させていただきます」


私が多くを言わなくとも察しのいい宰相は、聞き直すこともせずに私の前に出る。これは、完全に行動を読まれているな。多くを言わなくていいのは便利だが、私の思考を読まれるのは少々不快だ。殺し合いでは相手の行動を読むのは必須といってもいいほどの技術で、こちらの思惑を丸裸にされるというのは死ぬことと同意義だ。

宰相が弱いからまだ大丈夫とはいえ、あの魔王並に強い奴が宰相の操り人形になって私を殺しに来ることを考えると、少々きつい戦いになるかもしれない。今の内に、宰相の力を殺いでおくべきだろうか。物理的に。


手がいいか、足がいいかと悩むが、中途半端に恨まれて敵意をさらに煽るのも悪手でしかなく、渋々獲物を元の場所に戻した。手が出せないとは、何とももどかしい。


「…魔王様、何か不満がおありでしたら、手ではなく口で示してはくれませんか?…私の命がいくつあっても足りません」


「さぁ」


隠そうともしない私の行動に気付いていたらしい宰相が、冷や汗を滲ませつつ、そう言ってくるが、正直どうでもいい。そんな確約などできるはずもないのだから。


それ以上宰相は突っかかってくることもなく、長く深い溜息をつく。後ろに暗雲が見えそうなくらい暗い雰囲気である。何か思い悩むことがあるのだろうか。まぁ、案内の足を止めなければ、私にとっては首を突っ込む価値もないことだ。勝手に解決したらいい。



「…ここが食料庫です。中の方もご案内いたしましょうか?」


「いい」


宰相の横を通り抜け、大きな両開きの扉の端に取り付けられている、普通の扉と同じ大きさの通用口を開ける。



中には予想通り、膨大な量の食料がこれでもかと積み上げられていた。さすがに床に直接は置いてはいないが、食材が箱のまま乱雑に積み上げられている。これできちんと食材の管理ができているのだろうか。


しかしよく見れば、この部屋全体に保存の魔法がかけられており、食材を腐り難くさせていることが分かる。一国の食料庫とはいえ、こんな広い間にこんな大掛かりな術をかけるのは魔族くらいだろう。普通の人間なら魔力が保たない。私もこんな大掛かりで大雑把な魔法を維持したくはない。無駄に疲れるだけだ。


「…やろ」


食材の状態が悪いものでないと確認できた以上、時間を浪費する必要もない。

まずは広間全体に転移魔法を構築し、範囲と物質を指定する。次に転移先を私の道具袋へと設定する。八割方容量が埋まってしまうが、何とか入りそうだ。最後に魔法を発動させて、これで物資の補給は完了だ。


終わってしまえば何てことはなかったが、ここまで来るのに多大な苦労をした気がする。たった一日の出来事だが、酷く疲れた。集中力が持続しないときは、無理をせずに休むに限る。


さっさと部屋に戻って休もうとしたが、私が手をかける前に食料庫の扉が開く。



「何ですか、今の魔力は…っ何ですかこれは!」


そういえば隠蔽魔法を使うのを忘れた。

大きな魔力の動きを察知した宰相が食料庫に入って来て悲鳴を上げる。ああ、説明するのが面倒臭い。どうせ隠蔽魔法を使っていてもすぐばれただろうが、今は隠すべきだっただろうか。


「っ魔王様!ここにあった食料はどこに!?」


「道具袋。もらった」


道具袋の中の食料を返す気はさらさらない。

宰相は私の言葉に顔を赤くさせる。


「なんということを…!あれは今後の復興のために必要な食料なのですよ!?今はまだ余剰分が残っていますが、もしそれがなくなったら、魔族達は食料の奪い合いをするでしょう。あなたは魔族を内側から滅ぼすおつもりですか!?」


珍しく宰相が激昂している。今にも私に襲いかかってきそうな勢いだ。

しかしそうか。あの食料は魔族の生命線だったか。道理で膨大な量があったはずだ。だが、私だって食料は必要なのだ。


非常に面倒ではあるが、宰相に責め立てるよりも、さっさと問題を解決した方が疲れないだろう。これ以上の面倒事はご免である。


「少し黙れ、宰相。私は一度盗ったものを返す気はない。だがお前がそこまで突っかかるのなら、ちゃんと解決してやる。だから今は黙ってろ」


「っ……かしこまり、ました」


不承不承といった体ではあるが、とりあえず一番の問題である宰相は黙った。


さて、今から考えてもいない解決策を提示しなくてはいけないわけだが、私が思い付く方法など一つしかない。

一番単純で、一番効果的な方法だ。心が浮き立つほどに。


「よし。じゃあ、人間領を襲撃しよう」


「……?………!?」



声無く、は?…え!?と疑問と驚きを顔全体で表現する宰相はもはやどうでもいい。


久々の血の予感に、私はうっそりと笑みを浮かべた。


少年「やっと生き地獄から抜け出せたあああ!……あいつ、どこに行った?」

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