色魔族は変態
「ここがこの街での私の活動地点ですわ。どうぞお入りくださいませ、お嬢様」
色っぽい魔族が指し示した建物は、とても拠点と呼べるようなものではなかった。
周囲に溶け込ませて隠しているのかとも思ったが、私の目から見ても違和感は全くないし、そもそも子供が自由に出入りしている。しかし、これは少し大きいだけで、普通の家ではないだろうか。家庭的な雰囲気が強いものの、昔に見た孤児院によく似ている。
家の間取りは大きく、広い庭には子供達の遊び道具が転がっている。本当に孤児院そのものだ。
本当にこの色魔族の拠点なのだろうか。
疑問を抱きながらも、勧められた通りに家の中に入る。
「ああ、ようこそいらっしゃいました!お嬢様が私の家に入ってくださるなんて…感激の極みですわ」
「お姉ちゃん遊んでくれるのー?」
「やった!さっきみたいに強いやつやってー!」
さすがに今は邪魔なので、再び抱きつこうとする魔族の子供達を血を流さない程度の力で追い払う。爪がある魔族を無理矢理引き剥がすと少々私の肌に傷がつくが、魔力で防御力を強化するほどでもない。掠り傷程度なら一秒も経たずに治る。
「あら、ごめんなさい。まだ私はお嬢様と話すことがあるのよ。だから少ぅしだけ、皆で遊んでてくれるかしら?お願いね」
茶目っ気たっぷりに片目を瞑って、妖艶さの中の子供っぽさという相反するものを見事に両立させた女魔族だが、やはり子供には何の影響もない。だが子供達からの信頼はあるのだろう。先程と同じように、笑顔のまま文句ひとつ言わずに、子供達が私から離れていく。
「ごめんなさい、お嬢様。皆、悪気はないのよ。ただ、人間と関わったことがなくて、加減が分からないだけ。怪我をさせてしまってごめんなさい」
「いい」
すでに擦り傷の跡形もなくなった頬を一撫する。別にこれくらいはどうでもいい。生きている以上、些細なことで傷を負うこともあるだろう。あの子供達の鋭い爪や甲高い鳴き声、森の枝や下生え、荒野の砂塵や凍土の吹雪。どれも私の体にとってあまりいいものではないが、だからといってそれに怒りを抱くのは愚かなことだ。
私は、それほど馬鹿ではない。
「そういっていただけると、助かります。それとお嬢様、できれば私のことはお姉さんやおばさんなどと呼んでみてくださいませ」
「…おばさん?」
普通の女とは、おばさんと呼ばれると怒るものではなかったか。そういえば先程も同じようなことを言っていた記憶があるが、聞き流していた。何故二度も催促するのか。すくなくとも世辞で言っているのではなさそうだ。
問い掛けの意味を込めて色魔族をおばさんと呼んだが、何故か色魔族は頬を綺麗な桃色に染め上げ、更に色気をふりまき始めた。
「ああ!お嬢様にそう呼んでいただけるなんてっ…!私、私っ…ああ、もうっこんな時にこの歓喜を表すのに相応しい言葉が出てこないだなんて!」
もはや色魔族の吐息さえも桃色に色付いて見える。実に芸達者だ。色っぽいとは本来こういうことをいうのだろうか。なるほど、それは知らなかった。
「も、もっと仰ってくださいませ、お嬢様。十回ほど仰ってくださいませ!」
「おばさんおばさんおばさんおばさんおばさんおばさんおばさんおばさんおばさんおばさん…これでいい?」
十回も同じ言葉を言うのはかなり面倒だったが、本当に色付いて見える吐息というのは初めて見たので、その礼だ。どうやら喜んでもらえたようで、膝から崩れ落ち自分の肩を抱いて、床の上で体をくねらせ悶えている。しかし、生き物とは桃色に発光できるものだったとは、驚きだ。
「はあっはあっ…失礼致しました、お嬢様。私の願いに応えていただき、有難う御座います。どうぞ、本日はここでお寛ぎくださいませ」
「ああ」
食料窃取地点確保。子供が自由に出入りできるこの場所なら、多少物がなくなっても気にされないだろう。安価な消耗品しか入手できないだろうが、魔王城からしか物資を補給できないよりは、ずっといい。
しかしどうしてこの色魔族は、頬を上気させて、こちらを濡れた目で見つめてくるのだろうか。いや、心を覗けば簡単に分かることだが、絶対に見るなと私の中の何かが告げている。直感には素直に従っておこう。謎は謎のままでいい。
「では私は子供達と一緒に居りますので、ご用命とあらば気軽にお呼びくださいませ」
その言葉を機に、様子を窺っていた子供が色魔族の周りに集まってくる。またおばさん、おばさんと囃し立てられているが、色魔族は怒る様子もなく、それどころか発情してるんじゃないかと思うほど、息を荒くさせて喜んでいる。色魔族は分からん。
「…漁るか」
初めての場所なのでそう多くは持っていかないが、日持ちのしそうな物を二、三個貰っていこう。
未だにこちらを凝視している子供から魔法で姿を隠し、意識を逸らさせる。案の定、子供は行き成り消えたように見える私に驚き、周囲をてんでばらばらに探している。探している内に飽きて、他の遊びに移るだろう。
それまで少々時間はかかるが、透明化して天井で腕を突っ張らせて張り付くのは初めてではないので、長時間でも問題はない。
「や、やっと着いた…」
子供達も粗方散り、もうそろそろいいかと思い始めた頃、くすんだ色をした少年殿下が玄関の扉を開けて入ってきた。豪奢な衣装が埃にまみれて、着崩れているが、何かあったのだろうか。
そろそろ天井から降りたいのでさっさとどこかに行ってくれないかと考えていたが、何かに気づいたように少年が驚いた顔でこちらを真っ直ぐ見つめている。
「お、お前、何、してるんだ?」
…これは、完璧に気づかれているな。本気で隠れる気はなかったとはいえ、どうして気付かれたのだろう。手足の力を緩め、音を立てないように床に軟着陸する。まだ隠密の魔法は解いていないが、少年には私の姿がはっきりと見えているようだ。
「…なるほど」
「何がなるほどだよ!どうして天井なんかに張り付いてるんだ!驚いただろう!」
隠密の魔法が効かない。そういう相手がいるというのは知識としてはあった。稀なものらしいので、会ったのは初めてだが。魔族にも関わらず、少年の魔力があまり感じられないのも、きっとその体質のせいなのだろう。
「魔力を、目に」
「なっ、どうしてそれを…!」
むしろ何故分からないと思ったのだろうか。何の対抗策もなしに私の隠密を見破ったのなら、答えはそれくらいしかないだろうに。
つまりは少年は、自分の魔力のほとんどを、その目に取られているのだ。私の簡単に隠密を見破れるほどに発達した目。しかし、代わりに自由になる魔力は少ない。むしろこれで種族が人間だったのならば、魔法なんて使う余地はないだろう。
しかしその目の代わりに魔力で体を強化することもできないわけだから、私が本気で殴るだけで死んでしまうだろう。
「とっとにかく、それは言いふらすなよ!もちろん、城に居る連中は知ってるが、他の魔族は知らないことだからな!あいつら、俺が弱いって分かったら、絶対に殺しに来るぞ!便利な策敵要員として扱われるほうがまだましだ!」
「…そう」
しかし、そんなに便利ならば、盾として魔王と私達の戦いの時に出てくればよかったのに。ああいった目は魔力の流れも分かるらしいから、不意打ちとか効かないようだし。…いや、でも少年は戦いの余波ですら死にそうだな。やっぱり少年は弱くて役に立たない。無駄とはいえ、もっと体を鍛えた方がいいと思う。唯一の長所すら生かせないのは…ないな。
魔王代理という肩書があるくらいなのだから、と少年を警戒していたが、この様子だと必要ないのかもしれない。排除する気すらおきない。それでも、無力な子供でも、完璧に油断してしまったら、やられる可能性はあるので、気は抜かないようにしようと、心に留める。
「まあとにかくだな、きちんと案内するから、俺からはぐれるなよ。探すの大変だったんだぞ」
「迷子は、少年」
私は色魔族に着いて行っただけだ。先にいなくなったのは少年だろう。何故少年は偉そうな威張った態度で恩着せがましい口調でそんなことを言うのか。…子供、というのはそういうものなのか?理不尽だとは聞いていたが、ここまで論理が違うものだとは。子供というのは奇々怪々だ。
「お、俺は迷子になんてなってないからな!そう。ただお前の方が俺から逸れただけだ!とにかく俺から離れるな…ってどこ行くんだ!」
「少年、うるさい」
「何ぃ!?」
少年は少しは周りを見るということを覚えた方がいい。少年が玄関口でぎゃーぎゃー喚くから、折角散った子供達が戻って来始めている。これ以上集まって来る前に、もう一度身を隠さなければ、ここでの探索は、始めもできずに失敗に終わるだろう。
だが身を隠すには、やはり少年が邪魔だ。魔法を使った所で少年には効かない。そして少年はうるさいと警告しても黙らなかった。そうあれば、後は実力行使で強制的に黙らせるしかないだろう。
「少し、静かに」
「おま、何を、ふぐっ!?」
隠密魔法が効かないのならば、物理的に黙らせればいい。少年の懐からくすねた布を、無理矢理少年の口に突っ込む。その上から私の手で塞げば、呻き声はあまり響かなくなる。抵抗し始める両手はもう私の片方の手が既に捕えており、弱い少年の力では振りほどくどころか、拘束を緩めることすらできない。
「ただの、遊び」
目を見開いて、驚きでこちらを凝視している子供達に嘘の情報を教える。多少無理がある状況だが、別に本気で少年をどうこうしようとは考えていないので、そういった点では遊びの部分があると言えなくもないだろう。
私の言葉に反応して、抗議するように少年の抵抗が増すが、正直あんまり変わらない程度の力なので、十分に抑え込める。
少年の身を守る魔道具の数々は既に取得済みだ。あれくらい無防備なら一瞬で獲れる。少年の警戒心が薄くてよかった。…唯一の長所も全く生かせないのに無防備とは、やはり少年は早死にする。
私と少年の周りに結界魔法を張り、強化魔法で肉体を強化し、子供達の間を一瞬で駆け抜ける。
事前に決めておいた、人の気配がない地点までほんの数秒で辿り着き、魔法を解除して、少年を解放する。
「邪魔」
少年のせいで余計な手間をかけることになってしまった。子供の目の前で不審な行動もとってしまったし、今回はこの建物の中を調べることはできても、物資を調達することはできないだろう。調達したのが私だと容易に推測できてしまう。そんな危険は冒せない。
どれもこれも少年のせいだ。
とにかく、少年はここに置いて行って、さっさと建物の調査をしよう。
「じゃ、邪魔ってなんだよ!!」
少年らしくない怒気に、踏み出そうとした足が止まる。少年の方を見れば、顔中に焦燥感を浮かべて、何やら必死な様子が見て取れた。…何かあったのか?
「お、おれは、俺は邪魔なんかしてない!ただ、俺にできることをしようと……」
「別に、しなくていい」
そもそも少年が人間である私を快く思っていないことは知っている。だが、魔王になるかもしれない私に対してそれなりに敬意を表そうとしているのもよく分かってる。しかし、余計な気遣いだ。
別に少年を無理に従わせようとは思わないし、むしろそんな中途半端な気持ちで傍に居られるのは迷惑だ。心の声はもっと単純な奴がいい。少年はうるさすぎる。
「っだけど、それじゃあ…!」
ああ、一体何がしたいんだ。表層にある声が多すぎて聞き取り難い。嫌だだの、やりたくないだの、欲して欲しいだの、意味が分からない。どれもこれも負の感情だということしか分からない。これだけ近くで陰鬱な声を聞かされると、昔を思い出して嫌になる。
でもだからこそ、こういうのを放っておくと後々襲いかかって来ることがあるというのも分かっている。この場合、少年の環境に変化をもたらした私が、一番敵意をかっているだろうから。
八つ当たりの、鬱憤のはけ口になるのはご免だ。
「…分かった。少年は、何ができる?」
「え?な、何ができるっって…」
「できないの?」
「で、できるさ!お、俺は魔族だからお前より魔族のことを知ってる!これだけで十分役立つだろ!」
「じゃあ、教えて」
確かに情報は重要だが、咄嗟にそれしか出て来ないのか、少年。まあ、確かに唯一、役に立ちそうな目は中途半端に使えないし、魔族としては一生半人前。将来の成長も見込めない。宰相のような飛び抜けた頭もないとなると、それしかないのか。
だが、普通の情報だけでも今の私には必要なのは確かだ。暗殺対象の家族構成と性別と年齢を知るのと同じくらい重要だ。
少年はいきなりのことに戸惑い、どもりながらも何とか私に情報を教えようと試みる。
「え、えーとな。魔族ってのは色々な種族が寄り集まってできてるんだ」
「知ってる」
見れば分かる。
「それでもって、脳味噌まで筋肉でできてるんじゃないかってくらい、馬鹿だ」
「知ってる」
戦えば分かる。
「じゃ、じゃあな、実はここの管理人の種族は特別なんだ。あることに異様なほどの執着心を持っててな―――」
その情報は知らなかった。そんな性質が魔族にあったのか。あまり期待していなかった時に、有益な情報が出て、その先の情報を頭に叩き込もうとした、瞬間。
「あらぁ、こんにちは殿下」
転移魔法だろう。突然少年の後ろから色魔族が現れ、少年を両腕で囲うようにして抱き締める。
周囲に人気はないとはいえ、今は何の魔力対策もしていない。居場所を気取るのは容易いことだろう。密かにこちらを窺っていたのか。
色魔族の言葉に何を感じたのか、あるいはただ単に驚いただけなのか、少年は続きを言おうと口を開いた形のまま固まっている。
「え、エイリーン…」
「うふふ、殿下。女の秘密はあまり言い触らすものではありませんわ。女は自分で好きな時に好きな相手に秘密を言うものです。それも一つの技巧というものですわ。殿下は女心が分かっていらっしゃらないのね」
そう言いながらまるでなめ回すようにしつこく少年の体を撫でる色魔族。ゆっくりと、吸いつくように、しかし肝心なところには触れないようなもどかしい仕草だ。何故だか、少年の顔色はどんどん青くなっていってるが。私の背筋にもぞくりと寒気が走る。殺気の一つもないのに、何故だろうか。分からない。
「ふふ、魔王様。今しがた殿下が言ったことは本当のことですわ。私達の種族には執着するものがあります。私から言わせれば、他の種族の方も同じだと思いますわ。それがない方は、未だ見つけられていないだけだと思っております。そして私の種族は皆―――」
熱の籠った濡れた瞳で見つめられ、思わず一歩下がりたくなった。どんな修羅場も掻い潜って来たが、今ほどの危機を感じたことがあっただろうか。今でも殺気は感じない。しかし、私の何かが命の危機でない、別の危機を声高に知らせてくる。
だが、それが何かも分からないのに、回避できるはずもない。
「家族が大好きなのです!」
「………?」
一体何が飛び出してくるのかと思ったが、案外普通のことだった。
家族が好き。家族を知らない私には理解できないことだが、一般家庭くらいは私も見たことがある。幸せな家庭が全てとはもちろん言わないが、それでも家族とはそこそこ仲のいいものだった。
家族が好きというのは、常識の範囲内ではないだろうか。
そう、頭では理解していても、未だ緊張の糸が緩まることはない。色魔族の色気が更に凄いことになっているからだ。もはや完全に撫で人形になった少年はぐったりと色魔族の腕にもたれかかっており、目からは諦めしか感じられない。
そして、色魔族の目は、そう。まるで美味しそうな獲物を目の前にした獣のようだ。
何故か、逃げても逃げ切れないような気がする。
「魔王様」
「……何」
「もう一度、おばさんと呼んでは頂けませんか?」
その言葉に何の意味があるのか。しかし、言わなければ始まらない。私は、いつの間にか渇いていた口腔をゆっくりと開ける。
「おばさん」
「はぁん!」
そして何故か悶える色魔族。そして更にもみくちゃにされていく少年。ああはなりたくないと思う。しかし、色魔族が何をしたいのかさっぱり分からない。家族が好きということと、おばさんということと、どう話が繋がっているのだろうか。分からないのは、私があまり人と繋がりを持たないからなのか?どうも違う気もする。
「あぁ、魔王様。私、嬉しいですわ。あなた様のような家族ができるなんて!」
「…何?」
いつ私と色魔族の血が繋がったんだ。大体、元から種族が違うだろう。私の困惑を余所に、色魔族はどんどん盛り上がって色気を増していく。
「私の種族は元々子供が少ないのです。ですから、たまに出来た子供は種族の皆が大事に大事に育てるのですわ。子供好きは私の一族の特徴と言ってもいいでしょう。種族全体が家族のようなものですわ。
…ですが、私達は少ない同族だけでは我慢できないのです。そう!この世の全ての子達と私は家族になりたいのです!」
「…うわぁ」
拳を振り上げ力説する色魔族を見て、思わず本音が口から漏れてしまった。色々な人物を見て来たが、ここまでぶっ飛んでいるのは久々だ。私の感情が揺れ動くほどのどん引きだ。
私はこれから、こんなのと付き合っていかなければならないのかと思うと、頭痛がしてくる。
「もちろん魔王様にはいきなり全ての同族を受け入れろとは申しませんわ。家族の仲にも好き嫌いってありますものね。もちろん嫌ってもいいのですよ?だって家族の絆は切れませんもの」
絆なんて結んだ覚えはない。色魔族が魔王城で頭を下げた記憶があるだけだ。…まさかあれだけで家族とかそんな戯言を言っているわけではないだろうな。…いや、いくら魔族が馬鹿でもそれはないか。そうであって欲しい。
だが、事実は更に酷いものだった。
「魔王様には私をおばさんと呼んで頂いて…はぁ、もう歓喜の極みですわ。おばさんだなんて、こんな呼称は家族も同然ですわよね」
ちょっと待て。まさか、おばさんというのは妙齢の女性に対する呼称ではなく、身内に対する叔母さんという意味だったのか。
どこまで曲解する気だ。これだから魔族は恐ろしい。一体どこまで馬鹿なんだ。
「さぁ魔王様、殿下と私と、一緒に仲良く遊びましょう…?」
もちろん、私は全力でその場から逃げ出した。
色魔族「あらあら、さすが魔王様。足が速い上に気配を隠すのも早いですわ。残念だけれども、かくれんぼの鬼役はちょと無理ね。見つけられる気がしないわ」
少年(……早く解放してくれ)




