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初めてのお出かけ

「着いたぞ」


一瞬の後に目の前に広がる光景は、予想していたものとは全く違っていた。これが、魔族の街。

少年の転移先が煮えたぎる溶岩がある火口や息ができないような深い水中ではなかったのを知り、気付かれないように溜めていた魔力を霧散させる。転移と反撃の準備が無駄になったが、別にいい。


それよりも今は、目の前の光景の方に興味を引かれる。


「少年、説明して」


「ああ、おま…魔王さ…いやそれもここじゃまずいか…お嬢様、きちんと説明しますから暴れないようにしろよ?」


少年は私を敬いたいのか貶したいのか対等の立場で話したいのか、一体どうしたいのだろう。まともな敬語になっていない中途半端な少年の口調に疑問を持って、心を少し覗いてみるが、特に何にも考えていないようだ。これで無自覚とは、やっぱり少年は早死にするな。


「まあ…これが、魔族の街だ。見たまんまだ」


この辺り一帯を巨大な結界で包み込み、瘴気を閉じ込めた、私以外の人間では生存不可能であろう魔族の街。むしろ、これだけ瘴気が充満していて、普通に呼吸ができるということに私自身が驚いている。

ああ、しかしここは何と言ったらいいのか。確かに魔族の街ではあるが、これは―――。


「子供?」


建物や道こそ人間の街と大差ないが、そこを行き交うのは、背丈の低い子供ばかり。これが姿や力を偽った者ではないというのは、無造作に漏れ出している未熟な魔力で丸分かりだ。想像とはまた違った異様な光景に、思わず目を丸くしてしまう。


「ああ。大抵ここにいるのは子供ばかりだ。まあ大人も時々来ることには来るが、大体は放任してるな。どいつもこいつも、あんまり子育てには向かない連中ばっかりだからな。ここに常駐してる奴は魔王城から派遣された管理者くらいだな」


「……」


これは、一体どういうことなのだろうか。魔族というものが益々分からない。子供というのは親に保護されるか、労働力とみなされるか、道具のように扱われるか、どちらにせよ基本的に親と離れることはない。子供がこんなにも大勢集まるというのも、有り得ないことだろう。


これは一体どうなってこういうふうになったのだろうか。


「説明は歩きながらしよう。一応、ちゃんと目的地もある。もう一度言っておくが、絶っ対に子供に手は出すなよ!一応元勇…アレだったんだから、そういう分別くらいは持ってるだろ!」


ああ、確かに子供を殺した経験はあまりない。暗殺任務以外では皆無といっていいのではないだろうか。もちろん、あちらから殺意を持って来た場合は除くが。子供は何も分かってないから、多少暴言を吐いても許せる。何より素直だからな。きちんと言い聞かせ(にくたいげんご)れば、態度を改める存在を一々殺すことは私もしない。

しかし、自分より背丈の低い者しかいない街中は、何だか奇妙だ。


「とにかく、見ての通りだ。魔族の街は人間の街とは違って子供しかいない。どいつもこいつも一方向にぶっ飛んだ奴らばかりだからな。集団生活とかどう考えても無理だ。せいぜい同じ種族で集まるくらいが関の山だ」


「…なるほど」


確かに、炎の魔人と氷の魔人、龍人と虎人などが一緒に暮らせるとは思えない。だがしかし、だからこそこの光景はおかしいのではないだろうか。保護すべき子供が親元から離れ、どんな種族も一緒くたになって魔王城の膝元にいるのか、全く分からない。


少年は私の声に出さない疑問を正しく読み取り、歩きながら答える。


「生まれた子供は全員じゃないが、大体は魔王城の近くに住む。子供は瘴気を溜めとく器がまだ完全にできてない。食べても食べても飢餓が収まらない状態っていえば分かるか。常に力の素である瘴気が充満してないと、あっという間に衰弱する。魔術を使う時も加減なんて分からないから、自分の中にある力を目一杯放出する。そこで瘴気の供給が追い付かなかったら、ぽっくり死ぬだけだ。未熟な内は、環境の整った魔王城の近くに居る方が安全なんだよ」


「…大人が、いない」


少年の話は子供が城下町に集まっている理由にはなっているが、大人が居ない理由にはなっていない。魔族であれ保護者は必要だろう。それが、目を離したらすぐに死んでしまいそうな未熟な子供だったら特にだ。

私の指摘に、少年は気まずそうに目を泳がせる。


「あー…それはだな。…分かるだろ?魔族の性質だ。子供の内は大丈夫なんだが…大人になると、な。どうも理性のタガが外れるのかなんなのか…とにかく、魔族は集団行動に向いてないんだ」


「脳筋か」


「おまっ、俺が避けてたことをあっさり言うな!」


そういえばそうだった。魔族はみな脳味噌まで筋肉でできている種族だった。事実をいっただけなのに少年が何やら騒いでいるが、事実をいって何が悪いのか。

魔族は、どうも子供の内は種族の壁なしに交流出来て、大人になると、力比べをしないと気が済まない性質のようだ。精神年齢が逆行しているように思えるが、これが魔族の普通なのだろう。



「あーもう、おま、お嬢様はー…。でも、一応大人が一人もいないってわけじゃないからな。子供の面倒見のいい種族が居て、そいつらが教育とかを引き受けてくれてる。街の管理者もちゃんと魔王城から派遣された奴がやってる。でも当然、自分の力不足で死んだとしても自己責任だ。だが、自分よりも強い大人に挑む奴は早々いないからお嬢様は安全―――」


「ぎっ…!」


「……な、なにやってんだー!」


私に向かって魔術を放とうとしていた魔族の子供の腹を蹴り飛ばす。子供は軽いし力もないからよく飛ぶ。少年が騒いでいる声は聞こえているが、ちゃんと手加減はしているのだから、そう喚かなくてもいいだろうに。


きちんと躾を完了させるために、未だ立ち上がれない子供に近づき、髪を掴んで無理やり頭を持ち上げる。


「死にたい?」


「…!…!」


子供は動きにくい体を必死に動かして全身で否定する。その心に恐怖と怯えしかないことを確認し、掴んでいた髪を放す。これくらいの年齢の子供なら、後で恐怖が憤怒に変わって報復しに来ることもないだろう。躾はこれくらいで十分だ。


「おい何やってんだよ!ちゃんと大人しくしてろって言っただろうが!お、おい、大丈夫か?」


「少年。情けは、いらない」


少年が自分で言ったことだ。この街で死んだとしても、それは自己責任だと。一見無防備にしている私に攻撃したのは、その子供の責任だ。その子供が少年にとって知り合いならばともかく、赤の他人に情けをかける必要はない。


「っいくら魔族が強さを重視するからと言っても―――!」


「す、すげー!」


顔を真っ赤にさせた少年が何か言おうとしたが、それより前に、周囲の子供達が一斉にこちらに向かって突進してきた。魔力を込めていない子供の突進に私が倒されることはなどないので、構えずにそのまま受け止める。


「すげーよ。姉ちゃん、強いな!」


「すごいすごい!あの子、私よりも強いのに、あっさり負けちゃった!」


「どうやったんだ?どうやったんだ?」


…ふむ。確か孤児院に寄付されたお菓子が来た時もこんな感じだったな。もっと殺伐としていたが、菓子を持って来た人物は孤児院の子供達からしたら、英雄にでも見えたのだろう。

同じような輝きを目に宿した子供達に群がられ、あちこちを引っ張られる。私の体も装備も魔法で守られているので破損することはないが、視界を塞がられるのは勘弁願いたい。顔の前に張り付く半分蜥蜴姿の子供を引き剥がし、地面に下ろす。


「姉ちゃん、姉ちゃん。強さのひみつってやつを教えてくれ!」


「魔術をばーんとぶっ放して!」


「魔物をいっぱいなぎ倒して!」


「…!」


腹の衝撃で未だ喋れない先程の子供まで、私を同じような目で見ているのは気のせいだろうか。恐怖や怯えが、怒りではなく別のものに変わっている気がするのだが。手加減したとはいえ、近寄りたくなくなるくらいの怪我は負わせたはずなのだが、どうなっている。


全く怖がることもなく、目を輝かせた子供が次々と私に向かって押し寄せてくる。


「お、おい、ちょっと待―――」


見覚えのある金髪の頭が、一瞬見えた気がしたが、すぐに波の中に埋もれて見えなくなった。




****




「あらあら、一体どうしたのかしら?」


「あ、おばさんだー」


「わーい、おばさんだー」


「…色っぽい黒子の」


私の顔以外には体中余すところなく魔族の子供が引っ付いた状態の中で現れたのは、見覚えのある女の魔族だった。魔王城に集まっていた魔族の一人、左目の下にある泣き黒子が印象的な、見た目は年若い魔族だ。何人かの子供が私から離れ、女魔族の柔い胸に飛び込んでいく。…子供をあんなに強く抱きしめたら、息ができないのではなかろうか。


「昨日振りですわ、お嬢様。この街にようこそ。お会いできたのは望外の喜びです。(わたくし)のことはお姉さんでもおばさんでも何とでも気軽にお呼びくださいませ」


頬に手を当て、腰をくねらせ、一体何がしたいのか。若干頬に赤みが差してきたが、暑がりなのだろうか。それだけ胸に余計な脂肪が付いていれば、暑いのも当然か。しかし、未だに子供が胸に挟まれたままなのだが、いいのだろうか。先程よりも子供の動きが鈍くなっているような気もする。


「とにかく、皆さん。あまりお嬢様を困らせないで。お嬢様にはこの街を余すところなく見て頂きたいのよ。ね、お願い」


大人なら容易く騙されそうな、かがんで胸を少し見せる格好も、妖艶さの漂う笑顔も、未熟な子供にはまだ分からないようで、はーいと一つ返事をすると、突進してきたときのようにあっという間に子供が私から離れて行く。…胸に挟まれていた子供も、足元がおぼつかない様子で、去って行った。


「改めまして、お嬢様。不出来な案内役は放っておいて、(わたくし)と一緒に参りましょう?」


「ん」


別に案内役はどっちでもいい。視界の端に、くすんだ黄土色のような物体が見えた気もするが、気のせいだろう。


遠巻きにしながらも追ってくる子供と、先導しながらも時折こちらを振り返っては、何故か頬を染めて瞳を潤ませる女魔族。

こんな環境で食料とその他の物資を確保するすべなど、見つけることができるのだろうか。

少年「ち、きしょ…」

子供「お兄ちゃん弱すぎー」

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