魔王城にて
「それでは早速新魔王様のお披露目の儀の準備を行わなくてはなりませんね。それでは私はこれで」
余韻を味わう暇もなく、時間が惜しいとばかりに宰相が転移魔法を使ってさっさと去っていく。
「メンドくせえ会議は終わったみてえだし、俺も帰るわ。また後でなー魔王様」
若い魔族も、素晴らしい身体能力を見せ付けるように、足の力を使い大きく跳び上がり、ガラスが割れて開けっ放しの窓から去っていく。
「後は若いもんに任せて年寄りは退散するとするかのう、後は頼みましたぞ、元魔王代理殿」
「任せたわよー。二人で仲良くねぇ。あ、でも恋の花は咲かせちゃだめよ?」
「ああ、僕の美しさは何故、こんなにも眩い輝きを放っているのだろう!この僕の美しさで、混沌とした闇の中で溺れる者を、一人でも多く照らし出さなければ!それでは御機嫌よう魔王様!」
「また後日会いましょうぞ、魔王様!」
騒々しく、四人の魔族が扉から去っていく。
…後に残されたのは、未だに現状に付いていけていない私と、少年殿下。
…雰囲気に流されて選択を誤っただろうか。
後悔など滅多にしない私だが、思わずそう思ってしまう。
「…まあ、行き成りのことで困惑するのもわかるが、ゆう…じゃなくて魔王様。色々と俺が教えてやる…教えますので心配しなくても…心配せずとも大丈夫デス」
少年、敬語が使いなれていないのか、所々素が出ているし、発音も変だ。大体、何故言葉遣いを変える必要があるのか。他の魔族の面々も呼称が変わっただけで、他はあまり変わっていなかったように思えるのだけれど。わざわざ、少年だけが敬語に変える必要はないのではないだろうか。
「気持ち悪い。そのままで、いい」
「おま、気持ち悪いって…!…まあ、お前が、魔王様がそう言うんなら、今までのままでやらせてもらうさ」
「そう」
正直言って、魔王様という呼称もいらないのだが、一応魔王になったわけだし、そう呼ばれるのも間違いではない、のか。
…しかし今更な話だが、魔王とは、頷き一つでなれるものなのだろうか。
私が、勇者が執拗に魔王を倒そうとしたのには理由がある。
それは世界を覆う瘴気を晴らすため。人間の領域を狭め、魔族の領域を広げる瘴気をなくすためだ。
私のような魔力や体力など、基礎身体能力が高い人間は、瘴気に抗うことができる。勇者ともなれば、瘴気の中心地である魔王城でも、普通に活動することが可能だ。だが体力も魔力も普通の人間は、瘴気に体が侵されれば、徐々に衰弱していき、最後には死んでしまう。
そんな人間にとって有害でしかない瘴気の発生源は、魔王だと、人間の間では伝えられている。だからこそ、勇者は魔王を倒そうとするのだ。
そして現に、私は魔王を倒し、そして瘴気は一気に薄まった。今まで魔族の強者を倒した時も瘴気は多少は薄まったが、魔王を倒した時の比ではなかった。
ただ単純に、一番強い魔族を倒したから一番瘴気が晴れた、というのとは違う気がする。魔王、というのは何か特別な存在なのだ。
…それが、ただなると言っただけでなれるようなものなのだろうか。
「じゃ、俺がこれから魔族と魔王について色々と教えてやる。本当に一時期だけだが、魔王代理の座に就いていたこともあるし、親父―――前魔王の傍に居て知ったことも色々とあるしな。まずは魔王城を案内してやるよ。分からないことがあればどんどん聞いてくれよな」
「分かった」
今は、考えていても仕方がない。魔王に、魔族に関して分からないことはまだまだあるのだ。まずは一つ一つ知ることから始めよう。私は、呑気にそう考えていた。
「それじゃあ、まずはこの大広間からの説明なー。今は、謁見の間としても使われてるが、本当は魔王城の玄関口だ。勇者―――魔王様に魔王城の大半を壊されたから、ま、一時的な処置って奴だ。その内修復したら、ちゃんとした場所に移す予定だ」
「そう」
…案内するとは言ったが、案内できる場所はどれくらい残っているのだろうか。最終決戦時に魔王城を広範囲に渡って破壊した記憶があるのだが、ちゃんと原形を留めているのだろうか。
ああ、しかしそんなことより、少年に聞かなければいけないことがあった。
「少年」
「ん、何だ?」
「これ、どうすれば?」
手の平を開いて、宰相から受け取った淡く銀色に輝く核を少年に見せる。受け取ったのはいいけれど、どうやって保存すればいいのだろう。背負い袋の中にでも入れておけばいいのだろうか。正直、扱いに困る。
「おまっ、そんなもん簡単に他人に見せるなっての!それは魔族にとってすっげー大事なもんなんだぞ!?大体宰相も思い切り良すぎだっての!勇者の信頼も、俺らの賛同も得られやすくなるからって、何もそれを渡さなくてもいいだろうが!」
「そう…」
大事なものなのは知っていたが、まだ認識が足りなかったらしい。
この核のことは、後々詳しく調べた方がいいのだろう。…しかし、やはり保管方法が分からない。私が持つ貴重品と言えば、この防具や武具くらいのもので、全て実用品だ。大事に保管などしない。
でもこれはきっと、手荒に扱ってはいけないものだ。宝石と同じような扱いをしなければならないに違いない。…でも私は宝石の扱い方など知らない。それとも案外丈夫なもので、手荒に扱っても壊れないくらい頑丈なのだろうか?
でもいつまでも握っているわけにはいかないので、仕方なくポーションや薬草などが入っている腰の袋に入れようとする。ここが一番安全な場所だと思ったからなのだが、少年から横槍が入った。
「あー!そんなボロい袋の中になんか入れんな!宰相が知ったら泣くだけじゃすまないんだぞ!?もっと丁重に扱え!」
「…もっと?」
もっと、どうすればいいのだろうか。これ以上の方法など思いつかない。核を持ったまま、止まった私を見かねてか、少年は溜息を一つ吐くと、魔力を使って綺麗な袋を編み出した。
「ほら、とりあえずこれに入れとけ。俺のなけなしの魔力で造ったんだから大事にしろよな」
「…少年、弱いのに、器用」
弱いからちゃんと魔力の運用方法を学んでいるんだなと私としては褒めたつもりだったが、少年はそうは思わなかったらしく、顔を真っ赤にさせて怒り出した。
「魔族に弱いなんて言うな!ああ、そうさ。確かに俺は弱いさ。だからって喧嘩売られて黙ってるような腰ぬけだと思うなよ!」
「…?別に、売ってない」
「売ってないってお前、今の発言はどう考えても……ああ、相手がお前だってこと忘れてた。そうだな、お前はそーゆー奴だったな。大体魔王になってもな…」
「これ、ありがとう」
ぶつぶつ文句を言っている少年を無視して、礼を言って、ビロードのような手触りの布袋の中に、宰相の核を入れる。消耗品の袋と一緒に腰に括りつけておけば、なくすこともないだろう。
さて、そろそろ横道に逸れた軌道を元に戻して、さっさと魔王城の案内をして――――と少年に言いたかったが、何故だか固まっている少年を見て、口をつぐむ。
…少年は微動だにしていない。今私が何かを言って、少年に聞こえるだろうか。できれば無駄な労力は使いたくないので、早く再始動してくれないものか。
「少年」
「……あ、ああ、すまん。ちょっと聞き慣れない言葉を聞いたせいで思考が止まってたみたいだ…。うん、ゆう…じゃなくて魔王様、あんまり慣れないことはするなよ。周りが混乱するからな」
「?」
何を言っているのか全く訳が分からない。主語を外して会話する少年に不快感を抱き、眉根を寄せる。
だが、こんなことに一々腹を立てていても仕方がない。これが敵なら剣で斬って一掃するだけの話なのだが…今は味方なのだから、斬って捨てることなどできない。
やはり、人間関係というものは難しく、わずらわしい。
「それでここが元玉座の間で―――おい魔王様、聞いてるのか?」
「ん」
予想していた通り、魔王城に案内できる場所などほとんどなかった。大半が瓦礫に埋もれた何もない場所で、他の場所と区別がつかない場所ばかりだった。それを少年は、面倒臭そうにしながらも一々丁寧に解説してくれた。…いや、これは私が魔王城を壊したことに対する当てつけなのだろうか。遠回しに嫌味を言われている?
そう邪推したが、少年の顔を見てすぐさまその考えは撤回した。―――この顔は絶対何も考えていない。そう、顔を見た瞬間に確信した。
「お前って…本当に何も考えてなさそうだなー…」
「…ん、何か、言った?」
頭の中で別のことを考えていたので、少年の呟きを聞き逃してしまった。私に対する言葉なのか独り言なのか、区別がつかないので、一応聞き直す。
「い、いや、何でもないです、魔王様。さあ、最後に魔王様のお部屋に案内します。早く行きましょう!」
「?分かった」
…何故、いきなり敬語になったのだろうか?よく分からない少年だ。
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照明として仄かに蝋燭の火が灯されているだけの薄暗い室内。その部屋の奥、執務机に座るこの部屋の主と、蝋燭の明かりを受けて金に煌めく髪を持った少年がいた。
「それで、魔王様は今どうなさっておいでですか」
「ああ、部屋に案内したら、後は食料と水だけ用意しろって言って、さっさと追い出されたよ。どうやらここに泊るみたいだな。今は魔王候補とは言え、元勇者だろう、あいつ。昔の敵の根城に泊るとか、簡単にこっちを信用しすぎじゃないのか?」
元勇者を案内し終えた少年―――ディルクは、忙しそうに手を動かしながらも、きちんと会話を成立させている宰相と執務室で話しあっていた。
どうやら、元勇者のカレン・フィールはそのまま無防備にも魔族のど真ん中、この魔王城で休む気らしい。何の警戒もなく、魔族の王にするというこちらの言葉を疑いもなく信じるカレンに、ディルクは軽い失望を覚える。
カレンが何も考えていないだろうと言うのは最初から承知しているが、それでも元々敵同士だったのだから警戒くらいすべきだろう。
自分達はあれのせいで滅びかけているのだろうと思うと、あれに負けた魔族の脆弱さが疎ましく、カレンが憎らしい。
カレンが誰よりも強者でなければ、カレンを魔王になどという提案は絶対にしなかった。カレンは性格的にも立場的にも種族的にも、なんら魔王としてふさわしくないのだから。
「そうでしょうか」
「ん?何がだ?」
唐突に発せられた宰相の言葉に、ディルクは意味が分からず首を傾げる。
「本当に魔王様―――カレン・フィール様は、我々を信用しているのでしょうか」
「っは、魔族の中で一番の英知を持つ宰相であるあんたがそんなことを言うなんてな。あれは絶対に何も考えてない。いくら他に行く当てがないからって魔属領に飛び込んでくるか、普通?それに男に振られたからって国を滅ぼすのもどう考えたってやりすぎだろう!あいつは何にも考えてない。ただその場その場を感情任せの判断で生きて来ただけだろ」
ディルクのカレンに対する評価は、さして高くない。力だけ見れば天井知らずだが、他は惨憺たる有り様だ。今までの行動を考えれば、頭は弱いし、堪え症もない。容姿もそこら辺にありそうな程度だし、元が暗殺者だったせいか影も薄い。感情が高ぶった時だけ饒舌になるが、普段は不気味な片言で喋る。女としても人間として見ても落第点だ。
だからこそディルクは宰相の言葉を信じられなかった。あの色々と残念な奴が、俺らを警戒してる?敵の城に堂々と乗り込んで来て、何の対策もなしに寝ようとするばかりか、毒殺の危険性も考えずに食べ物まで用意させた奴が?
―――あいつが何かを考えているとは思えない。せいぜい魔族復興のために役立ってもらおう。
ディルクはそう思っていたし、宰相だって同じ考えだろうと思っていた。
「それがあなたの考えだとするなら、殿下―――いえ、ディルク。あなたの方こそ考えが足りないのではないですか?」
「……俺が間違ってるって言うのか」
ディルクは弱い。魔族は強い者こそ尊ぶ。だからこそ宰相より弱いディルクは、強者である宰相の言葉に真っ向から怒りを露わにはしない。しかし、声には若干の怒気が混じってしまった。
宰相は仕事の手を止めると、今は身分も実力も格下となったディルクに対して、幼子に話しかけるように優しく微笑んだ。
「魔王様は決して誰も信用しないでしょう。魔王様は元暗殺者ですよ?人の陰部を嫌というほど見てきているはず。私達が魔王様を懐に招き入れ、油断させてから殺そうなどと考えているかもしれない、ということにはとっくに気付いているでしょう」
「じゃあ、どうして何の警戒もしないんだよ!いくら疲れてるからって、俺らに寝床や食料まで用意させるなんておかしいだろう!」
「今の魔王様にとって、安全な寝床などありません。この魔属領から一歩外に出れば、無数の追手が魔王様を地の果てまで、その命が果てるまで追って行くでしょう。四六時中命の危険があるという点では、ここもあちらもそう変わりはありません。
水も食料も、私達に用意させても問題はないと思っているのではないでしょうか。何せ私が昔、魔王様を毒殺させようとした時も、ことごとく見破られましたから」
いや、あの時は渾身の策を使ってまで仕掛けたのに、見破られたせいで後始末が大変でしたよ、と宰相は笑って、何でもないように昔を想い語る。
だがその話を聞いたディルクは冷静ではいられない。
「ぜ、全部見破ったって…あんたの策を、か?」
この宰相の知恵は恐ろしいほど優れている。知恵者が少ない魔族の中でだけの話ではない。恐らく、人間を含めても、宰相の右に出る者はいないだろう。どんな強者も、宰相にかかれば、羽をもがれた虫のように死んでいくしかない。
力こそ、前魔王に劣るが、ディルクはもし、自分の父親とこの宰相が本気で戦っていたら、最後に生き残るのはこの宰相だろうと、そう思っていた。
その宰相の策を、あの元勇者は全て防いだと、そう言うのか。
「ええ。とは言うものの、私も他に色々とありまして、勇者の存在を知ったのは、魔王様が勇者となってから随分後のことでしたので、ほとんど打つ手はありませんでしたが。生半可な策では通用しないほど強くなっていましたので」
宰相が勇者という、重大な存在を見落としていた理由を、ディルクは知っている。その理由のほとんどは前魔王である自分の父親のせいで―――とにかく忙殺されていた宰相は、それで勇者を弱いうちに殺すことができなかったのだろう。
勇者が予想外に強くなっていたとしても―――やはり宰相の策が敗れたのには納得がいかない。知恵で自分より圧倒的な強者である魔王を殺せるだろうという男だ。勇者を殺せはせずとも、傷を負わせることぐらいはできたのではないだろうか。
例えば、勇者の婚約者であったあの男を利用する。とか。
「―――ディルク、あなたは魔王様を甘く見過ぎですよ」
「な、何がだ」
自分の考えが見透かされるような、青く澄んだ瞳に真っ直ぐ射抜かれ、ディルクは思わずたじろく。
「あなたが思いつくような策など、魔王様には通用しないということです。―――特に、大事な人物を人質にとるなどという、誰でも思いつくような稚拙な策など、ね」
まさに自分の思っていたことをそのまま言いあてられ、ディルクは背中に冷や汗を流す。やはりこの宰相は敵に回してはいけない。改めて、強くそう思った。
「だ、だけど、あんたなら、もしかしたらできたんじゃないか?確かに誰でも思いつくような策だけどさ、それだけ効果的な策ってことでもあるんじゃないか?」
「……確かにその通りですね。ディルクにしては頭を使った答えです。ですが、やはり魔王様を甘く見過ぎだとしか言えませんね」
「……そこまで言うんなら、理由を聞かせてくれよ。何かあるんだろう。そこまで言う理由が」
ここまで宰相が言うのだ。何か特別な理由があるに違いない。好奇心を刺激されたディルクは、宰相に問いかける。宰相は答えるのが面倒だと言うこともなく、素直に答える。
「魔王様は、強い。それはあなたも分かっていることでしょう。ですがその強さは、私の予測すら軽々と越えていたんですよ。まさか私も思いもよりませんでした。――――まさか勇者が、有り余るその力のほとんどを、八割も割いて、婚約者の守護にあてていたんんて、ね」
「……は?」
今、何か理解できない言葉が聞こえた気がする。勇者が、その力を八割方、自分以外の者の守護に使っていた?
「だからこそ婚約者には手を出せずに、勇者を直接狙うしかなかったのですが―――魔王様は力の使い方が非常にお上手だ。たかだか二割程度の力を、実に効率よく使っていらっしゃった。私の渾身の策は、笑えるほど簡単な魔法で破られてしまいましたよ」
宰相は、自分が負けた悲壮感など全く見せずに、笑ってそう言う。ディルクは、衝撃的なことを立て続けに聞かされたせいで、もはや反応すら返せない。
「ですから、ディルク。魔王様が何も考えておられないだなんてことは、あり得ません。もし無防備なように見えたのならばそれは勘違いです。ただ単に、私達が何かをして来ても、退ける自信があるからこその、その態度でしょう。分かりましたか。あなたにも魔王様の強さが」
「……え、あ、ああ。多分な」
同意を求められ、ディルクは上の空で答えを返す。宰相はそんなディルクに、これは再始動に時間がかかりそうだと首を横に振り、窓の外に目を遣る。抑えていても濃厚な魔力が漏れ出している、その方向に。
「ですから期待していますよ、魔王様。どうか、そのお力を魔族復興のためにお使いください。そして私共の上に長く君臨していただけるよう、私は誠心誠意臣下として、あなた様にお仕えいたします―――」
宰相は心からの忠誠を込め、深く頭を下げた。
「……何か、嫌な気配を感じる。気持ち悪い」
その頃カレンは悪寒を感じ、鳥肌の立った腕を軽くさすっていた。
ディルク「いくら、強者を尊ぶ種族で、脳筋でも、昨日の敵を今日の友として完全に信用するほど馬鹿じゃない」




