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穢れた勇者の魔王ライフ  作者: シュレ
登場人物紹介※ネタバレあり
2/12

初めての魔属領

前作を読まないと話の流れが分からないと思います。

それと、主人公がそれなりに人として道を踏み外しているので、そういった主人公が嫌な方には読むのをおすすめできません。

何でも力で解決!な主人公を見たい方はどうぞお進みください。

もう、どれだけ歩いただろうか。襤褸切れと化した服と同じように、私の意識もボロボロと崩れていくようだ。もうまともに考えることすらできない。


物語の中で語り継がれる伝説の防具は今は薄汚れ、鈍い輝きを放つのみ。ろくに手入れもできていない武器は、乾いた血糊がべったりと張り付いている。


追手から追われ、各地を彷徨い、なんとか逃れようとしたが、人が容易には踏み込めない奥地にまで追手は迫って来た。故にもっと危険な人跡未踏の地まで逃れることになった。



魔王が倒れ瘴気が薄れたと言っても、未だ強力な魔物は存在している。そんな場所を、仲間たちと共に歩んだ道を、今度は一人で切り開き進んでいく。


人の住む街で補給などできるはずもなく、持てる知識を駆使して野宿する生活を続けるが、いくら私が強者といえどそんな荒んだ生活をいつまでも続けることはできない。



遠からず、私は死ぬだろう。

それが分かっていても、私の心に死への恐怖というものは浮かんでこなかった。


もう、何もかもがどうでもよかった。


昔の自分には戻れない。何も知らないままなら、この飢えを知らずにいられた。ただの道具で、それで生きていられた。でも、もうそれがなくては生きられない。一人では生きていけない。生きていけないのだから、やがて死ぬのだとしても、それでよかった。



心の底で死を望んでいた私が、無意識にその場所へ辿り着いたのも必然だったのかもしれない。




魔属領。

その名の通り、魔族に属している領域だ。魔族の魔力に侵された瘴気が漂う、普通の人間ならば立ち入るだけで命を奪われる死地。強力な魔族が軒並み倒され、その領地が縮小したとは言っても、主を失った魔王城を中心に今でも領地は存在している。


そして、当然だが魔族もここに存在している。



「お、お前、人間だな!?ど、どうして人間がここに…その紫の瞳に黒の髪…そ、その腰にある剣は魔剣?ま、まさかお前勇者か!」


目の前で尊大な物言いをしている魔族の少年。だが外見に騙されてはいけない。魔族は総じて長命だ。これでいて私より年上だろうし、魔力も強い。私がこいつらに勝てるのはただ力の使い方が下手だからで、もし私と同じだけの技量を持っていたら、私は簡単に負けるだろう。


だが己の力を過信している魔族は修行や研鑽というものを知らない。だからこそ私たちに負けたのだが。


「魔王を倒した者か、と聞かれれば…そう。私が倒した」


「な、何をしに来た勇者!お、俺ら魔族を掃討しに来たのか!?魔王はお前の卑怯な手で倒されたけど、魔族がそう簡単に倒されると思うなよ!」


卑怯な手?別に、真正面から名乗りを上げて戦わなかっただけの話だ。大体、勇者一行という片手で数えられるほどの少人数で真正面からぶつかるはずないだろう。元暗殺者という職業をから得た経験を生かして、魔王を不意打ち同然で倒して何が悪いのか。どう考えても魔族全体が脳筋だったのが悪い。



「別に、魔族を倒す気はない」


「なら、何をしに来た!」


「別に、何も。偶々、辿り着いただけ」


本当のことを言っているのだが、目の前の魔族は信じていないらしく、嘘をつくなだの魔族を殺しに来たんだろうと喚いている。いい加減うるさい。ちょっと捻ってやろうかとも思うが、今さら魔族を倒す理由もないので、そのままじっと少年魔族を眺める。


ぎゃんぎゃん喚いていた少年魔族も、私が何の行動を起こさないことが分かると、途端に勢いをなくし黙り込む。


そして、上目遣いに恐る恐るといった様子で私に喋りかけてきた。



「お、お前、本当に何もしないのか?ま、魔王様を倒した勇者なのに?」


「魔王を倒したのは、理由があったから。今は何もない」


そう、文字通り何もない。私は何もかも失くした。魔族を倒す理由もなければ、魔族が報復してきても止める理由もない。私はただ死ぬためにここに来ただけだ。他に何もする気はない。


私が何もしないのを確かめるためか、徐々に少年魔族が私に近づいてくる。腰が引けたままそっと足を踏み出し、精一杯腕を伸ばす姿は怯える小動物のようだ。別に可愛いとは思わないが。



そしてついに少年の指先が私の体に触れる。ちょっと触れただけで、少年はすぐさま飛び退り、私の方を強く、警戒心を持った目で睨みつける。何もしてないと言っているのに、ここまで過剰反応するとは。


私が動かないのを見て取って、少年は再び私に近づいて来る。先程と同じように及び腰で。

その姿を見ていると、何というか…そう、イラッとしてくる。何回この茶番を続ける気なのか。何もしないと言ってるんだから何度も確かめるような行為をするな。



堪え切られなった私は、再び私の体に少年の指先が触れる直前に少年の手首を引っ掴み、抵抗する少年の体を抱え込む。私の腕の中でばたばたと暴れる少年。ここで逃がすと面倒なことになるので、抵抗が収まるまで放さないように強く抱え込む。ここぞとばかりに筋力強化や束縛などの魔法をかけまくる。少年の暴れ具合がさらに酷くなった気がするが、気にしない。



その内に少年は暴れ疲れ、肩で息をしながら私の方に寄り掛かる。ふむ、もう私に触れることによる恐怖は発生していないようだ。強引な手を取った甲斐があった。もうあんな茶番を繰り返すこともないだろう。


満足した私は、少年を放す。急に支えを失った少年は地面に倒れこむが、そんなことで怪我をするはずもないので、どうでもいい。中身が私よりも年上なのだから庇護欲など湧くはずもない。



しかし、暴れたせいで頬が赤く上気していて、息は荒く、服は乱れてはだけた所から滑らかな白い肌が覗いている。これは、そこそこ色気を感じさせる。

それに魔族はほとんどの者が美形の種族だ。美少年がそんな姿をしているとこうくるものが……別にない。色気は感じるが私の心に感じるものはない。ただ色気というものはこういうものなのかと思うだけだ。


ボロボロの少年を、私は冷めた目で見下す。



「お、お前、何もしないとか言っておいてするんじゃないか!この嘘つき!やっぱ人間なんてものは信用ならない!」


「危険を確認したかったみたいだから、手っ取り早く示してあげただけ。何か問題が?」


「問題って…お前の全てが問題だよ!」


少年は地面に座ったまま、また何やら喚き散らし始めるが、私の耳には何も聞こえない。右から左に話が素通りしていく。どうせ中身がない話なので、聞く必要性を感じない。しかし、喚くより先に服を直した方がいいのではないだろうか。鎖骨とか丸見えでかなり恥ずかしいことになっていると思うのだが。それとも魔族はこれくらいの露出では羞恥心を感じないのだろうか。

上半身裸が普通の魔族もいたし、これくらいなんともないのかも知れない。



「と、とにかくお前の目的が何だろうと、俺はお前を魔王城へ連行する!お前なんかそこで宰相達に殺されてしまえばいいんだ!」


「……宰相、生きてたのか」


脳筋な魔族に珍しく、頭を使う魔族だった。最も、魔王が脳筋だったのでその知能も意味がなく無為に浪費されることが多かったみたいだが。最終決戦時に魔王の傍にいたが、大きな傷を負うと早々に逃げ出した奴だ。どうやらあれは致命傷にはならなかったらしい。おしかった、後少し傷が深ければ確実に命を奪えただろうに。


殺り損ねたことに多少の不快感を感じる。これは暗殺者時代からの癖のようなもので、一度狙った獲物は確実に殺らないと気が済まないのだ。だが、今は私は勇者、いや勇者すら元が付くか。とにかく、今は暗殺者でもなければ勇者でもなく、だから殺す理由もないので、積極的に殺りに行こうとは思わない。



「お、大人しく俺に、れ、連行されろ。て、抵抗したって無駄なんだからな!」


「…吹けば飛びそう」


ぽつりと、思わず少年の様子を見て呟いてしまう。本気で抵抗するまでもなく、軽く小突いただけで吹っ飛んでしまいそうだ。関節や筋肉などに魔力を感じるが、筋力強化の仕方がなってない。筋力は精々成人の大人十人分といったところか。その程度じゃ岩も砕けない。


少年は私の呟きが聞こえたらしく、顔を真っ赤にさせて怒り出す。事実を指摘しただけなのに、何故そこまで怒るのか。魔族は変に自尊心が高くて困る。だから私に口上の最中に攻撃されて死ぬことになるんだ。


魔王も、魔族の上位貴族も、それはそれは口が達者な奴ばかりだったなと、上の空でそんなことを考える。



「おい、聞いてるのか?俺は弱くなんてないんだからな!お前なんか一息で倒せるんだからな!」


「えい」


軽く強化したデコピンを少年の額にくらわせる。ゴン、という硬質な音が響き、私のデコピンの衝撃が骨まで伝わったことがよく分かる。少年は、ぐらつく体を何とか立て直し、しばらく痛みに呻いた後、涙目で私に抗議する。


「だから何にもしないんじゃなかったのか!」


「強さの彼我が分からない。なら分からせてあげようと思った」


「ああ、よく分かったよ!お前のお陰で俺の頭はぐわんぐわん揺れてるよ!」


「分かってよかった」


「よくねぇよ!」


ちょっとした親切心のつもりだったのだが、少年に罵倒された。強い相手に喧嘩腰で挑むのは寿命を縮めるだけだと思うのだけれど。自分の命の危機が分からないのだろうか。この間までの私なら、出会った瞬間にその首を刎ね飛ばしてるというのに。いや、私が魔王を倒した勇者だと知っていてもこの態度なのだから、ただ単純に馬鹿なのかもしれない。なにせ魔族はみな脳筋だ。



「もういい。こうなったら俺の転移魔法で魔王城まで強制転移させてやる!宰相達にボコボコにされてしまえ!」


「魔王城は結界が」


あるから転移魔法は危険だと言い終わる前に少年は魔法を発動させる。面倒なので阻害魔法を発動させることもなく、私はそのまま転移させられる。そして当然のように、少年と私は結界に弾かれ、空中に投げ出される。それと同時に侵入者用の迎撃魔法が発動し、無数の光の矢がこちらに向かって飛んでくる。


「う、うわああああああああ!」


「…うるさい」


「おま、何でもいいから助けろおおおおお!」


私の近くで金切り声で叫ばないでほしい。声変わり前の高い少年の声というのはここまで不快なのか。少年自体を黙らせてもいいが、理由もなしに殺生をするのは気が進まない。仕方なしに手を伸ばして落ちる少年を抱き寄せ、もう片方の手で魔剣を抜く。


そして、たった一振りの斬撃で、光の矢は消滅した。



やはり、勇者の加護は強力だ。何度か死地を経験しただけでここまで能力が伸びるとは、思いもしなかった。暗殺者時代は死地を乗り越えてもここまで劇的な成長はしなかった。

しかし、驚きだが勇者の加護は今の私にもまだ残っているらしい。大量虐殺をしたのだから加護を取り消されてもおかしくはないと思うのだが…それとも加護とは一度与えたら取り消せないものなのだろうか。

いや、そんなことを考えても仕方がない。加護があってもなくても、今の私に大した意味はない。この強大な力の使い道などないのだから。



空中でなんなく姿勢を立て直し、地面に軟着陸する。ついでに鞘に剣を納める前に、目の前の結界を斬り裂き消滅させる。

ぽかんと隣で少年が口を開けている。そんなにあの光の矢の大群が衝撃的だったのだろうか。自分で引き起こした事態にも関わらず呆けているとは、やはり馬鹿だ。



「おま、え…なに、やってん、だ?」


「何が?」


「何結界消滅させてんだって聞いてんだよ!」


「入りたいみたいだから。邪魔だと思って」


「いや確かに結界の存在忘れて転移した俺も俺だけど、お前なにとんでもないことやっちゃってんの!?」


勇者なのだからこれくらいできて当然だろう。私はそう思うのだが、少年はそうは思っていなかったらしい。複数人で挑んだとはいえ、魔族の王たる魔王を倒したのだからこれくらい強くて当たり前なのに。弱くて相手の力量も分からないこの少年はきっと早死にするだろうと、私は確信する。



「一体何事ですか!」


さすがに魔王城の方でもこの異常に気がついたらしく、私達の前に魔族が転移してくる。長い銀髪に青い瞳、水晶硝子でできた珍しい片眼鏡が特徴の魔族の宰相だ。どうやら本当に生きていたらしい。思わず気になって、この間斬り裂いた腹の辺りをじっと見つめてしまう。


「あ、あなたは勇者…!何故あなたが魔王城に!?」


さすがに宰相は少年とは違う。一瞬で攻撃態勢を取り、いざとなったら逃げ出せるように転移魔法を準備している。この前は魔王が最優先討伐対象だったから見逃してしまったが、今なら殺れる自信がある。すぐに殺れるかどうか考えてしまうのは暗殺者だったころからの職業病だ。勇者となってからも、それは変わらない。何かを殺すという点ではやることは変わらないからだ。



「少年に聞いて」


「お、俺!?い、いや確かに連れて来たのは俺だけど、俺はただ連行しようと思っただけで…」


「…あなたは馬鹿ですか?危険人物を最重要施設まで案内してどうするんです?」


「ぐっ…わ、悪かった…」


悔しげに唇を噛み、頭を下げる少年をなんとはなしに見つめる。こんな年端もいかない少年に頭を下げさせるとは宰相は鬼畜だな。…ああ、こう見えても少年は私より年上だったか。なら上位者に頭を下げるのも当然か。

一瞬で考えを変え、もっときちんと頭を下げないと苛立ち解消のために殺されるかもしれないぞと心の中で助言する。口に出すのは面倒くさいからしない。



「…勇者、剣を構えないのですか?」


「面倒」


戦う理由がないのに何故剣を構えないといけないのだろうか。追手から逃れるために危険地帯を進み、そこに住む魔物共を切り捨てるのは面倒ではなかったが、今のように特に追手の危険性を感じない時に剣を抜く必要なんてない。


私に戦意がないことが分かったのか、宰相は警戒しながらも構えを解く。未だ転移魔法は維持したままだが。



「…どうやら、あなたがあの国を滅ぼしたという話は本当のようですね…あれほど敵意を抱いていた魔族に攻撃しないとは。国に帰った先で暗殺でもされそうになりましたか?」


「そんな感じ」


実際には全然違うが、一から説明するのも面倒だ。私が国を滅ぼした理由は、今となっては私が転移させた旅の仲間とその親族しか知らない。彼らに説明させてもいいが、ここまで連れてくるのも面倒だ。なので説明は放棄する。



「…その様子を見ると、勇者としての危険性を恐れられて殺されそうになったわけではなさそうですね。それに、あの国が消滅したのはあなた方の凱旋パレードの当日だったと聞きます。晴れの舞台当日に主役を殺そうとするはずはないでしょう。せっかく高揚した民衆の意気が鎮まってしまいますからね」


「そう」


「…そういえば、愛しの彼はどうしました?彼のために魔王様を倒すのだと散々言っていたのでは…」


ヒュンと魔剣が空気を切り裂く。宰相の首、薄皮一枚ぎりぎりを狙ったそれは、狙い通り宰相の首に浅い赤い線を描かせる。他人の過去に土足で踏み込むのはどうかと思うので、宰相への警告代わりだ。昔のことを根掘り葉掘り聞かないで欲しい。



私の攻撃にまったく反応できなかった宰相は口角を引き攣らせ、そのまま固まっている。折角準備していた転移魔法が集中力が途切れたせいで霧散しているが、いいのだろうか。



「な、なるほど。事情はなんとなく分かりました。そういえばあの国を調べた時、そんな情報もありましたしね…。さすがに周りも止めるかと思ったのですが…」


「もう一回?」


ちゃんと警告してあげたのに、まだ話を続けようとする宰相に魔剣をちらつかせる。私が不快に思っていることは伝わったようで宰相は慌てて口を噤む。



「そ、それであなたは何故ここに?魔族を根絶やしにしに来た…わけではなさそうですね。その装備とその身体の状態では満足に戦えないでしょう」


ようやく私の体の状態に目が行ったのか、宰相は幾分か冷静になった目で私の体を隅々まで観察する。十分に手入れされていない装備に、粗末な食事のせいで細くなった体。確かに宰相の言う通り、これでは戦いになっても途中で息切れしてしまうだろう。戦う必要はないのでどうでもいいことだが。


「別に、理由はない。偶々」


「…あなたは偶々で魔属領に迷い込むのですか?…そういえば最近魔属領の周囲でやけに人間の兵が目につくと思ったのですが…あれはあなたを追って来たのですか」


「さあ」


多分そうだと思うが、頭を失った魔族を今のうちに叩こうという思惑もあるかもしれないので、適当に返事をしておく。

しかし、私も随分と饒舌になったものだと思う。昔から暗殺者は沈黙が相棒が合言葉だったので喋ることは少なかったが、旅の間にかなり喋るようになった。これも仲間に喋ることを強要された結果だ。人とは短期間でこうも変わるものなのかとしみじみ思う。



「…とにかく、中に入ったらどうですか。歓迎しますよ」


「そう?」


歓迎とは、魔族全員で盛大に私をおもてなししてくれるということだろうか。どんな攻撃魔法のフルコースが待っているのだろうか。魔族の力任せの魔法のことだ、きっと辺りが派手に吹き飛ぶに違いない。その時には私は死んでいるだろうから、その派手な場面が見られないのは少し残念だ。


宰相に促されるまま、魔王城の中へ入る。何故か、少年も一緒に。あまり強さを感じないから、魔王城関係者ではないと思うのだけど、勝手に入っていいんだろうか。それとも深く考えないまま、流れで一緒に行こうとしてるのか。どう考えてもここでさりげなく家に帰る方が安全だと思う。やっぱり危険が認識できない馬鹿なんだな、この少年。


私の隣、一緒に着いてくる少年を憐みの目で見つめる。だけど少年は緊張していて私の精一杯の警告にも気付かないようで、そのまま歩みを止めることなく私と一緒に城の広間まで着いてきてしまった。




そして城の広間には、そこそこの強さを持つ魔族たちが五人ほど集まっていた。奥の方には玉座らしき物が置いてある。まるで謁見の間のようだが、ここは広間だ。何故玉座がここにあるのだろうか。


そんな疑問が顔に出ていたのか、問いかけるまでもなく宰相が答える。


「謁見の間は、あなた方が瓦礫の一つに至るまでご丁寧に破壊しつくしてくれましたからね。一時的に、ここを謁見の間代わりに使用しているのです。破壊された魔王城で使用可能の、尚且つある程度の広さを持っているのはここだけでしたので」


「そう。彼らは?」


見覚えのない魔族を指して、そう問う。別に答えてくれなくともいいが、ここまで話したのだから最後まで話してほしい。宰相は嫌な顔一つせずに口を開こうとするが―――その前に彼らの方が私に気付き、騒ぎ始めた。



「おい!そいつ、勇者じゃないか!?」


「あらあら、大変ね」


「ほほほ、今ここにいる者達を倒されるようなことがあれば、魔族は本当に終わりじゃな」


比較的若そうな魔族は少年と同じようにぎゃーぎゃー騒いでいるが、泣き黒子が特徴の色っぽいお姉さんや、白い髭で顔がほとんど見えない小さい爺さんなどは落ち着いた様子で冷静に現状を判断している。強さも一定以上はあるようだし、こういう手合いは非常に厄介だ。むしろこんな手合いがまだいたことに驚きだが。もしこういった魔族が旅の最初の方に出てきていたら、私は死んでいただろう。もしもの話をしても仕方がないが。



「おい、勇者!一体何をしに来た!また俺らと戦いに来たのか!?」


何故、みんな同じ質問をするのだろう。さすがに昔よりは話すようになった私でも答えるのにうんざりしてくる。そんなことどうでもいいじゃないか。私が騒がしい状況に溜息を吐くと、空気を読んだらしい宰相が私の代わりに彼らに理由を説明し始めた。


「それなのですが皆様、どうやら先程話していた勇者に関する噂は本当だったようです。勇者は国を滅ぼした咎で多くの追手に狙われ、それ故にこの魔属領まで逃げ延びてきたそうです。そうですよね?」


「そう」


頷いて、宰相に肯定を返す。魔族にとっては希少な空気を読むスキルをマスターしてるとは、偉いぞ宰相。そしてどうしてそのスキルを勇者討伐に注がなかった、宰相。注がれても私が困ることになっていたのは間違いないが、それでも宰相がいるのに何故魔族はあんな不意打ちに簡単に引っかかったのか疑問だ。子供でも分かる簡単な策だったのに。


だが、魔王があれだったのだから、あんな策に引っかかるのも仕方ないか。それこそ小さな子供をからかうように魔王を煽り、有利な場所へ誘き寄せた作戦とも呼べない策を思い出す。



「それで勇者、あなたは……聞いてますか?」


「全然」


話が長い。過去にも私は国王の旅立ちを祝福する口上や魔族の長い名乗りなどの最中はほとんど意識を飛ばしていた。どんな時でも殺気にだけは反応できるからこそそれだけ気を抜いていたのだが、あまりにも長くやりすぎていたせいで癖になっているようだ。そこそこ重要な話の最中にも、別のことを考えてしまう。


そんな私の様子を見て、宰相は首を横に振りながら溜息を吐く。



「それで勇者、あなたはこれからどうする気ですか。また別の場所に逃げるのか、それとも魔属領に留まるつもりなのか、それだけでもはっきりさせていただきたい」


「追手が来ないなら、どこでもいい」


なにせ奴らは登頂困難なこの大陸最高峰の山の頂まで追って来たのだ。人間は生存を許されない魔属領にでも来なければ振り払うことはできなかっただろう。あのしつこさは昔の私並みである。私を無理に追ったことで何人かは直接手を下さなくとも死んだだろうが、強い者はまだ生きているだろう。勝てる自信はあるが、勝ち続ける自信はない。



私が例え消極的であろうとも魔属領に留まるつもりだと理解した魔族がまた騒ぎ始める。しかもまた最初のころと同じメンバー。何回騒げば気が済むだろうと思いながら、怒りで顔を真っ赤にさせている魔族に目を向ける。



「とにかく!俺らより強かろうがなんだろうが、こいつは勇者だ!俺ら魔族の敵なんだよ!逆らったら殺されるから受け入れるぅ?何、甘っちょろいこと言ってんだ。いつから魔族は腑抜けになった!」


「私もそう思いますねぇ。勇者なぞに我らが麗しき魔属領を穢されるのを看過するのはどうでしょうねぇ」


「然り、然り!」


若い魔族が反対を唱えれば、いかにも貴族な風体をした坊ちゃん風の魔族や、赤く染まった全身鎧を着た魔族がそれに賛同する。この議論の結論がどうなろうと私には良くも悪くもない。面倒なのでこのまま静観させてもらおうと思い、思わず伸びていた手を剣の柄から離す。自分に悪感情を持つ相手をすぐに殺そうとするのも、私の悪い癖だ。


三人は気付いていなかったようだが、私の無意識の殺意に気付いたいたらしい宰相は、またひくりと顔を引き攣らせていた。




議論は三人が私を罵倒するだけの場になり、結局このまま私は放り出されるのか殺されるのかどうなるのかと思っていたが、私の後ろ、思わぬ人物から声があがった。



「お、俺は勇者を、この女を迎え入れるのに賛成だ」


「少年…」


私も存在を忘れ去っていた少年が、口を開いた。私は憐みから思わず少年と呟いてしまう。そのまま存在感を消していればいいのにどうして喋りだすのか。強者が正義の魔族の間では、強者が弱者を殺しても何の咎めも受けないというのに、どうして命を粗末にしようとするのか。私には分からない。


現に私はこの女という呼称に少々腹を立てているというのに。もっと他に言い方があるだろうと思う。もし迎え入れると発言した理由が、理由が私が怖いから、脅されたと思ったとかだったらどうしてやろうか。殺しはしないが、関節を外すくらいはやってもいいかもしれない。


しかし、少年が発言したのは、意外な理由があったからだった。



「殿下、それは…」


「この女が親父を殺しただとかそういうことはどうでもいい。弱いから死んだんだしな。だけど、このままだと弱体化した魔族全体まで死んじまう。それには、勇者みたいな強い奴が頭にならないと駄目だ」


「少年…殿下?」


真剣な表情で何やら私を引き入れるような話をしていたがそれは聞き飛ばし、私は魔族が思わず呟いた殿下という言葉に気を取られた。殿下とは敬称。大公や侯などをそう呼ぶのが一般的だが、この高位の魔族が集まっているこの場で殿下と呼ばれるような地位は、一つしかないだろう。


即ち、王太子。私が殺した魔王の、息子。



魔族は強い者が魔王となるので、王位を血族が継承することはないが、魔王の座がなんらかの理由で空位となり、新たに魔王となる強い者が決まるまで、魔王だった者の血族がその座を埋めることがある。別にそれは息子でも娘でも兄弟でも構わない。その間、玉座を埋める者は例え弱くても敬われる。


だからこその、殿下という敬称なのだろう。



…こんな危機感のない少年が魔王代理とは、魔族が滅びるのもそう遠くはないかもしれない。



魔族が滅びる原因となった大半の理由は私だが、特に罪悪感は感じない。ただ滅ぶんだな、とそう思うだけだ。魔族という存在が自分でもびっくりするほどどうでもいい存在になっていた。旅の間は、出会えば執拗に命を狙って屠ってきたのに。人間の心というのはうつろいやすいものなのだなと、改めて認識する。



「…おい、勇者。俺が話してんだから、ちゃんと聞けよ。俺今すごくいいこと言ったんだぞ?」


「ん、何?少年殿下」


また上の空で考え事をしている間に話が進んでいたらしい。ちゃんと聞けと命令している少年殿下だが、威圧どころか涙目になっているように見えるのは私の気のせいだろうか。人に命令しておいて涙目になる理由もないだろうから、私の勘違いかな。



「だから、人の話を聞けって!お前本当にあの勇者か?いくらなんでも腑抜け過ぎだろ!」


「そう」


魔王を倒して目標がなくなったのだから、少しは気が抜けるのは普通だと思う。それと同時に生きる目標も失ったから私は更に気が抜けているのか。そうなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。自己分析は苦手なので、よく分からない。今の私と昔の私、一体どれくらい変わったのだろうか。


「あーもー!とにかく勇者!お前、今日から魔王な!」


「…は?意味が分からない」


一体何がどうしてそうなった。ぼやけていた思考が途端にクリアになる。神経を研ぎ澄まし、相手の一挙一動を頭から爪先に至るまで観察。相手の僅かな仕草の変化、言葉の抑揚などから出来得る限りの情報を入手しようと身構える。


私の殺気すら籠り始めた眼光に少年殿下はたじろくが、それよりも話をしなくてはと思いなおしたのかすぐに気を取り直し、私の眼をまっすぐ見据えながら話しだす。


「魔族の掟だ。どんな方法であれ、魔王を倒した者は魔王になる権利が与えられる。それが人間、勇者であれ関係はない。強者が魔王となるのが魔族の掟だ。今、魔族にはおや…前魔王を超える力を持つ者も、それに匹敵する力を持つ者もいない。このまま瘴気が薄まり続ければ、魔族の生息可能領域は縮小し、やがては人間の数の力に負ける。魔族には、滅びの未来しか待ってない。それを回避するには勇者、お前の力、お前の魔力が必要だ」


少年殿下が強い意志を感じさせる瞳で私をじっと見つめてくる。

こういう瞳には、覚えがある。旅をしている間、何度も見てきた目だ。自分の大切なものを守ってくれ、救ってくれと懇願してくる瞳。自分は何も失わず、他人にその負債を押し付けようとする傲慢な考え。勇者という肩書を保つために、私は何度魔族とは関係ない無駄な仕事をこなしただろうか。


当時の苛立ちが思い起こされ、ふつり、と私の中で何かが切れる音がした。


「何で私がそんなことをしないといけないの?本当、意味が分からない。私、他人に利用されるのは好きじゃないんだけど。それが仕事なら許容できるけど、私はもう誰かに使われる気はない。私を不快にさせて何がしたいの?もう魔族だからという理由で殺す気は起きないけど…それ以上戯言を言うのなら、殺すよ?」


「…正直殺気よりも、勇者が饒舌になったことの方が怖いですね…」


広間に充満する私の殺気に気圧されながらも、宰相が口を開く。私の殺気はそれなりに鋭いと思うのだけれど、さすがは魔族の宰相と言ったところか。力は強くはないが、度胸はある。少年殿下に向いていた私の意識を多少強引にでも逸らそうとするとは。


「饒舌?私は普通に話してるだけなんだけど。そんなに早口で話してるわけでもない。威圧の意味はないけど?」


「あなたの場合は普通ではないと思いますが…とにかく勇者、一度最後まで話を聞いてはくれませんか。あなたにも悪い話ではないと思います」


悪い話ではない、そう言うが今の私が価値を感じる話などあるのだろうか。少なくとも私には思い浮かばない。…しかし、私より格段に頭の良いこの宰相が言うのだ。その話がただの無駄話だった場合、更に不快になった私に殺される可能性を思いついていないはずがない。つまり、それだけこれから話す話に自信があるのだろう。


私が、魔王になるという戯言としか思えない話に。



正直、聞いても意味はないと思うが、今は他に優先することもない。それに、この宰相がここまで言うのだから興味はなくもない。私は刺すような殺気を滲み出る程度に抑え、剣の柄から手を離し、とりあえず今は何もしないということを宰相に示す。


「…どうぞ?」


私がそう促すと、宰相はごくりと唾を飲み込み、まるで地獄の入口に突貫するような面持ちで話し始めた。

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