第四話:ハロー・グッバイ
遊園地的な場所にはあんまり行ったことがないけど、コロコロ所有権が
変わってる遊園地が大体こんな感じなのは、知ってます。
ちなみに自分はジェットコースターは少し苦手。なにが苦手って、あの
ち●こがふわっと浮く感じが苦手。野郎なら大体共感できるはず。
茶番に付き合わされるこっちの身にもなって欲しい。
結局、僕らが行ける圏内の、地元の遊園地に行くことになった。
目新しいものはなにもないし、有名なキャラクターもいない。そこそこ年数が経過している遊園地で、所有権がデスノートばりに移って名前も幾度となく変わっている。なんで閉園しないのか不思議で仕方がない……そんな遊園地である。
もっとも、遊園地として必要な機能は大体揃っているので、問題はないのだろう。
集合時間二十分前。僕と鮫島は既に遊園地に入場して喫茶店でダラダラしていた。
ちなみに、鮫島の服装はピンクと白を基調とした服装で、お洒落頑張ってる感溢れるミニスカートと、少しだけ高いヒールの靴が印象的だった。
「そういうわけで……メールにも書いたけど、適度な所で古賀ちゃんと佐々木さんを二人きりにしようと思う。理由は……まぁ、その場に応じて、テキトーに」
「ざっくりとしたプランねぇ」
「正直やる気なんてねぇもん。余計なお節介は今回が最後。あとは古賀ちゃん次第」
「っていうか……なんでそれに私も巻き込まれてるのかしら?」
「踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら踊らにゃ損という言葉があってだね……まぁ、僕一人じゃしんど過ぎるから協力して下さいお願いしますなんでもしますから」
「ここの支払いと……あと、昼ご飯奢ってよ」
「なんでもするとか言わなきゃ良かった!」
お財布にそれなりのダメージ。鮫島は朝飯を食べていないという理由で今カルボナーラを食べているのだが、遊園地補正がかかっているのでそれなりのお値段がする。
僕が内心で号泣していると、鮫島はぽつりと言った。
「っていうか……如月、なんか今日はちょっとお洒落じゃない?」
「妹に『お兄ちゃんは女の子と出かけるのにセンス無さ過ぎ』って怒られて、よく分からんけどこんなんなった」
赤を基調としたお洒落な上着と、お洒落さを追求したクラッシュジーンズ。髪もクリームで少しだけ固めてあって、ツンツンしてて気持ち悪い。よく分からないけど財布も新調させられた。お札しか入らなそうな薄い財布で、スリに遭わないか不安で仕方ない。時計はちょこっと良い物を付けているけど、これは高校進学の時にもらった良い物である。
服で小遣いの貯蓄が少し吹き飛び、ちょっとだけ泣きそうになった。
「別に僕のデートじゃねぇのにさ……酷い話だ」
「良い妹さんじゃない。お洒落したい時はその服で出かけられるし、そう考えると意外と悪くないと思うけど?」
「そーゆーもんかねぇ……」
コーヒーを飲みながら、僕は目を細めてちらりと窓を見る。
窓に映っていたのはお洒落した僕だった。別人みたいなんてことはない。
良い感じだとは思わないが……妹や姉貴からはそこそこ好評なので、たぶん悪くはないのだろう。
目に優しいのは大事だ。鮫島のミニスカートも目に優しい。
「如月、赤系意外と似合うよね。私としては制服より好きだな」
「マジか。そういう褒められ方をしたのは、水面以来二回目だ。ちなみにその時は浴衣だったから普通に着こなしを褒められたのはこれが初めてかも分からん」
「っていうか……普段が地味過ぎるんじゃない?」
「そーだね」
普段着がパーカーとGパンで、安い服の量販店で買ってるんだから仕方がない。
お洒落よりも安さ重視。姉貴と妹からはぶーぶー言われているが、お洒落な服は大抵肌が露出するし、肌の露出はあまりしたくない。
上半身に集中しているとはいえ……下半身に傷がないわけじゃないのだ。
傷が露出しない着こなしをしろよという感じだが、それならば最初から目立たず地味で着るのも脱ぐのも楽な、お洒落じゃない服を着る。
「まぁ、僕の着こなしはいいとして……とりあえず、二人が来たらあれに乗るか」
「あれって……あれ?」
僕が指差した先には、地元の遊園地にありがちな、子供騙し的な乗り物がある。
ゴンドラを足で漕いで鉄のレールを進むタイプの乗り物で、遊園地をぐるっと一周できる。高さはおおよそ3メートル。なにより『二人乗り』というのがいい。
「僕的にはジェットコースターとかでもいいけど……佐々木さんがどういう乗り物が好みか分からんのに、ジェットコースターをゴリ押しするわけにもいかんし」
「如月、ジェットコースターとか大丈夫なの?」
「大丈夫というか、積極的に乗りたいぐらい。ああいう絶叫系は大好きだぜ?」
「へ……へぇ……」
「おや? その反応だと鮫島は絶叫系は苦手か?」
「べ、別に苦手って程じゃないしね! こんな遊園地のジェットコースターならわりと余裕だし! 足がぶらぶらしてて力入れられないのは苦手だけど!」
「まぁ、余裕ならそれでいいけどさ……」
「如月こそ、女の子と二人きりになるシチュエーションなんて、これが初めてなんじゃないの? デートの練習台になってあげるから、感謝しなさいよね!」
「……お、おう」
女性と二人きりになるのは初めてでもなんでもないけど、鮫島から『デート』の一言が出てきたせいか、少しだけ挙動不審になった。
やっぱり経験値0がマスターとか呼ばれちゃいかんよね。経験値0が、他人の恋路に首を突っ込むことがそもそもの間違いだろうけど。
コーヒーを飲みながら、そんなことを考えた。
「チュートリアルにしちゃ、明らかにレベルが高過ぎるんだよなぁ……」
「どーゆー意味よ?」
「誤解されるようなことは言うなって言われたから、ある程度気は使ったのにこれだもんなぁ。なんなら、どうレベルが高いか、事細かに説明しようか?」
「……いい」
「鮫島ってピンクと白も結構似合うよな」
「………………」
コーラを飲みながら頬を赤らめて、鮫島はものすごい目付きで睨んできた。
その視線を受け流しつつ、窓に映った自分を見つめて、こっそり息を吐く。
(やっぱり、お洒落ってのは性に合わねぇな)
そんなことばっかり考えてるから駄目なんだろうと思いつつ、息を吐いた。
佐々木桜子は、実は遊園地という場所に来たことがない。
子供の頃に何回もねだったことはあるような気がするが、その度に酷い目に遭ってきたような記憶がある。テストで百点が取れたらという約束をして、百点を取ったのに有耶無耶にされたこともあった。
行っていないのだが、あまり良い思い出がない。
「うおおおおっ!? 怖っ!? 地味に怖いなんだこれっ!」
「古賀君。下は見ちゃ駄目だと思うの!」
地味なアトラクションの二人乗りで……普通に怖かった。
体を全く固定できていないゆるゆるのベルト。飛び降りたら足首を挫きそうな微妙な高さ。老朽化のせいか乗っているゴンドラがペダルを漕ぐ度にガタガタと揺れている。親子連れの子供が呑気にこちらに向かって手を振っているのだが、それに応える余裕がないくらいに……本当に、地味に怖い。
その上、一刻も早く終わらせるためには、必死で漕がなくてはならないのだ。
「こ、古賀君……これ、大丈夫かな? 落ちたりしないよね?」
「だ……大丈夫。絶対大丈夫だから!」
入口付近でぼんやりとしていたおじさんのメンテナンス能力を信じるしかない。
そう思っていた三日月だったが、おじさんの欠伸が信頼を失わせていた。
(このアトラクション、マジでクソじゃねーか! 如月の野郎……確信犯だな!)
時折、与一は確信犯的にこのようないたずらをすることがある。
与一たちは自分達の後に乗ったのは確認済みだ。足に全力を込めつつも後ろを振り返って、一言大声で文句を言ってやろうとした。
「ぎゃああああああああああああっ! 怖い怖い怖い高い高い高い! なんかガタガタするしもう嫌ぁ! もう降りるぅ!」
「やめろ鮫島痛い痛い痛い! ジェットコースターほど高くねぇから!」
「無理無理無理無理! 絶対無理ぃ!」
後ろは大パニックだった。なんとなく冷静になった三日月は、前を向いた。
ちらりと後ろを振り返っていた桜子も、冷静になったようだった。
「うん……慣れたら普通だね。揺れるけど」
「ぐるっと回って一望できるようになってるんだな……揺れるけど」
三分後、つつがなくアトラクションは終わった。
逃げるようにアトラクションから降りて、三日月と桜子は近くのベンチに腰掛けた。
「んじゃ……次はどれに乗ろうか? なんか大人しめのやつでもいいかな?」
「ちゃんと体が固定されるアトラクションでもいいよ? ジェットコースターとか、乗ったことないから、ちょっと乗ってみたい」
「乗ったことないって……マジで?」
「うん。私のお母さんがこういうの嫌いだったから」
実際には、好き嫌いすら桜子は知らない。
小さい頃から父親は単身赴任だったし、たまに戻って来て旅行などには連れて行ってくれたが、そのほぼ全てが母親への慰安だったような気がする。母親は子供を遊園地に連れて行く余裕などない人だったし、祖父母はとっくに他界していた。
「私は行きたいと思ってたんだけど……機会もなくて」
「機会はこれから作っていこうぜ。とりあえず……今は中間前だしこんな感じだけど、次はもっと良い場所に行こうか? ああいう『いつ壊れるか分からない』って感じの地味に怖いやつじゃなくて、派手で安全なアトラクションがあるのがいいよな」
「そうだね。ジェットコースターが水に飛び込むやつとか?」
「そうそう、そういうの」
などと、二人で和気あいあいと会話をしていると、与一達がアトラクションから降りて来た。三日月達と同じように、降りた後の足取りは重い。
大騒ぎしていた鮫島は、与一の腕に掴まりながら足をガクガクさせていた。
「ぜ、全然大したことなかったわね! 如月は全然大丈夫じゃなかったでしょ!?」
「あーそーだナー。すげー怖かったナー。鮫島は優しいナー」
与一の口調にはかなりの皮肉が含有していたが、なんとなく優しげでもあった。
(鮫島の胸が腕に当たってるせいなんだろうなぁ……)
三日月はなんとなくそう思ったが、そのことに言及するのは避けた。
武士の情けというより……男として当然のことであった。
「おい、如月。あのアトラクションなんなんだよ? ちょろそうに見えてえらく怖かったんだけど」
「僕が昔乗った時は、見た目通りのちょろいアトラクションだったんだよ。メンテはしてあるんだろうけど……なんだかんだでこの遊園地も建ってから長いしな……」
「それを言われるとどれもこれもヤバそうに見えてくるぞっ!?」
「老朽化くれーでいちいちうろたえるなって。車の運転より二十倍くれー安全なんだからそうそう滅多なこたー起こらねーよ。漫画やゲームじゃねーんだから」
「前々から思ってたけど、如月は妙な所で肝が据わってるよな」
「そう? まぁ、それはそれとして次はジェットコースター行ってみようぜ」
ジェットコースターと聞いて、ひばりの頬が少しだけ引きつった。
こほんと一つ咳払いをして、ひばりは口を開く。
「ま……まぁまぁ……絶叫系コースター二連続はちょっとねぇ……? 私はいいのよ? いいんだけど……ほ、ほら、佐々木さんとか、休憩が必要なんじゃないかしら?」
「え? いえ、別に私は……」
桜子は言いかけて、口を閉ざす。
ひばりの目は必死だった。二連続絶叫系系コースターは無理と訴えている。実際には先ほどのアトラクションは絶叫系でもなんでもなかったのだが、ひばりにとっては絶叫するほどのものだったようだ。これ以上は絶対に無理だが見栄は張りたい。男性陣にはひばりが怖がりだということはとっくに知られていたが、それでも体面上は見栄を張るのが、鮫島ひばりという女であった。
とはいえ、桜子はジェットコースターには乗りたい。ここで便乗してなんだかんだで乗らなくなるというのはあまり好ましくない選択肢だったが、面と向かって逆らってしまっては角が立つ。
桜子が少し悩んでいると、与一が口を挟んだ。
「んじゃ、二手に分かれよう。古賀ちゃんと佐々木さん。僕と鮫島で昼まで回るってことで。……正直、さっきのアレで騒ぎ過ぎて喉渇いたからちょっとだけ休みたいし、ジェットコースターは午後から混むかもしれないから古賀ちゃんと佐々木さんは好きなのを回って来るってことで」
「如月がそこまで言うなら仕方ないわね。うん……」
「鮫島」
「なによ?」
「喉が渇いたから、コーラかなんか奢れ」
「……う、うん」
「じゃ、古賀ちゃんと佐々木さん。また昼飯時に合流ってことで」
ひらひらと手を振りながら、与一とひばりは喫茶店の方に歩いて行った。
(……いや、ちょ……お二人サン? 展開早くね?)
後に残された三日月は、頬を少しだけ引きつらせながら、そんなことを思う。
二人きりなのは嬉しいが、気を利かせるのが早過ぎるだろ。そんな風に思った。
(まぁ、仕方ないか)
気持ちを切り替えて、三日月は口を開く。
「それじゃ、ジェットコースター乗ろうか? ちょっと歩くけどさ」
「うん。なんか三種類くらいあるみたいだね」
「……身長、大丈夫だよな……いくらなんでも」
「身長って……あ、そっか。遊園地のアトラクションって身長制限あったんだっけ?」
「ぎりぎり百五十あるから……大丈夫だと思うんだけど、身長とかすげぇ敏感になっちゃうんだよな。身長低いと着る服もないし。今日の如月が履いてたみたいなお洒落ジーンズとかも履いてみたいんだけど……サイズがねぇんだよな」
「今日の服装は似合ってると思うよ?」
三日月の服装は、動きやすいパーカーとカーゴパンツといういでたちだった。洒落っ気はないのだが『小さい子が少し大きめの服に着られている』感じの可愛さがあり、これはこれでなかなかのものだと、桜子は思っている。
「むしろ、私の方がちょっと……鮫島さんと比べると、お洒落に気を使ってない感じがひしひしと伝わってくるし」
「いや、おれは似合ってると思う」
水色のパーカーと白のTシャツ。ホットパンツに黒のレギンスと歩きやすそうなスニーカー。髪の毛はポニーテールに結い上げている。服装の方はぴんと来なかった(というか制服と同じように可愛いとしか思えない)が、ポニーテールはかなりのヒットだった。
古賀三日月は、かなりの数いる『ポニーテール萌え』の男である。
「鮫島は学校にいる時も常時お洒落してるような奴だし、気にしないでいいと思うぜ。授業中に爪いじってて叱られることなんて、しょっちゅうだし」
「そうだね……お洒落に慣れてる感じだもんね。ああいうの、ちょっと憧れるけど」
「憧れるってのは分からんけど、鮫島は確かに男子からも人気あるからな……おれはマジでよく分からんけど」
「如月君って、鮫島さんのこと好きなのかな?」
「ぶっ!? そ……その発想はなかったな。多分っていうか絶対に違うような気がするけど……ところで、なんでそんな発想になったんだ?」
「……んー……勘、かな? 私達が来る前に二人とも来てたし、さっきも鮫島さんと一緒にゴンドラに乗るように誘導してたし、今も積極的に別行動してるでしょ?」
「な、なるほどなぁ……はは……」
鋭いが微妙に的を外していることに、三日月は安堵する。
三日月の口から『自分達をくっつけるため』と言い出せるわけもないのだが、それはそれとして気になることではあった。
「如月と鮫島か……あんまりイメージ湧かないけど、付き合う時って意外な奴が付き合ったりするからなぁ。ウチのクラスに新田っていうチャラ男と、相沢っていう漫画部所属の見た目暗い女がいるんだけどさ、最近付き合い始めたみたいなんだよ」
「……うーん、私は『チャラ男』って人たちは、ちょっと苦手かな」
「それが、思った以上に上手くいってるんだよな……新田は相沢にベタ惚れだし、逆もまた然りって感じで。なにがあったんだかは知らないけどさ」
「ちょっと羨ましいね」
「ま、幸せそうならなによりさ。ダチが嬉しそうだと、おれも嬉しいしな」
そう言って、三日月はにっこりと笑う。
そんな風に友達のことを思い遣れる三日月のことを、桜子は好ましく思った。
(……古賀君は、好きな子いるのかな?)
不意にそんなことを思う。
嫌われてはいないと思う。好かれているような気もする。しかし……それが友達に向ける好意だと分かったら、今のこの楽しい瞬間さえも苦しいものになる。
聞きたいが……聞くのが怖かった。
だから桜子は、なにも聞かずに、自分が進みたい方向に他人を利用して誘導した。
「如月君と鮫島さん、午後も二人きりにしてあげよっか?」
「いや……そういうのは許可取ってからにしよう。如月は滅茶苦茶鋭いからそういう挙動はすぐに気付くし、怒ると滅茶苦茶怖いんだよ。おれのかーちゃんより怖いもん」
「そ、そんなに怖いの?」
「怖い怖い。滅多なことじゃ怒らないけど、怒った時はもう酷いことになる。如月は怒っても別に手は出さないし、喧嘩になっても殴らせるんだけどさ……その後のフォローが上手過ぎて、殴った相手がいつの間にか追い詰められてんだよ。如月曰く『殴らせてやったんだからお前の社会的地位も道連れだ』ってことらしいんだけど、それを言った時の如月の笑顔がマジ怖い。あいつだけは死んでも敵に回したくない」
「……うん……それは……ものすごく怖いね」
「でも、面白そうだからメールは入れておこう。想像はできねぇけど、如月と鮫島がくっついたらさぞかし面白いことになるだろうなぁ……ひっひっひ」
「古賀君は……」
「ん?」
「古賀君は……そんなに怖い人の隣にいても、平気なの?」
桜子自身、なぜそんなことを口にしたのか分からない。
友達を『怖い人』呼ばわりされるのは、誰だって嫌なはずだ。それこそ好きな人を聞いた方が、話題としては引かれないし、怒られない。
それでも、言わずにはいられなかった。聞かずにはいられなかった。
怖い物が隣にあったら、人は耐えられないだろうと……桜子は思っていた。
三日月は少しだけ眉間に皺を寄せて、桜子を真っ直ぐに見据えて、口を開いた。
「如月は、佐々木さんが考えてる『怖い』よりは、怖くない。お人好しだしな」
「…………っ」
見透かされたような気がして、息が詰まった。
自分が怖いと思っているもの。臆病な自分。臆することを病気にまでしてしまった環境と、それに耐えられずに折れた自分を……見透かされたような気がした。
絶句し、なにも言えずにいると、三日月は人懐っこく笑った。
「大丈夫大丈夫。あれくらいの高さなら、そんなに大したことないから」
「……へ?」
「あれ? 違ったか? ジェットコースターを前にしてびびっちゃってるんじゃないかと思ったんだけど……」
「あー……うん。そうだね」
杞憂だった。考え過ぎだった。ジェットコースターを見上げて、桜子は息を吐いた。
思ったより高く、思ったより早く、遠くで見るより迫力があった。
しかも、このジェットコースターはジェットコースターの中でも小物らしい。
「大丈夫か? 怖いなら別の乗り物にしても……」
「……うん。大丈夫」
そう言って、桜子はかなり躊躇しながら、それでも勢いで三日月の手を握った。
なんだこいつめ、驚かせやがって。全然見透かしてもいないくせにタイミングの悪いことを言うんじゃないよちくしょう。ちょっと困らせてやる。
そんな風に思って、破れかぶれで手を握った。
「これで大丈夫だから、行こっか?」
「あ……えぁ……お、おう」
案の定、三日月は顔を真っ赤に染めた。その顔を見れただけで桜子は大満足だった。
ジェットコースター程度になら、勝てそうな気がした。
アトラクションの取捨選択はわりと難しいというのが、今回の教訓だ。
必要以上にびびりの鮫島は、絶叫系コースターに乗るのをすげぇ必死に嫌がった。無理強いもできないので、子供騙し以下のお化け屋敷やら、子供向けアトラクションに乗ったりしたのだが、どうやら鮫島は上下移動をする乗り物が大層苦手らしかった。
なんというか……その辺は僕より難儀な気質である。
僕は僕で、それなりに楽しんでいるけども。
「鮫島、ソフトクリーム買って来たぞ」
「…………うぃーす」
散々騒いだ鮫島は、まだ昼も回っていないのに疲れ果てていた。
そんな鮫島を連れ回すわけにはいかないので、昼食の場所取りがてら、喫茶店の外にあるテーブルに居座って、長めの休憩を挟むことにした。親子連れが多いし昼時は混むのでので多少気は咎めるけど、お金を払って飲み食いしている間は文句も出ないだろう。
古賀ちゃんに休憩場所をメールしつつ、僕はソフトクリームを口に運ぶ。
うん……普通に甘くて美味しい。
鮫島はソフトクリームを食べながら、ちらちらとこちらの様子を伺っていた。
「ん? なに?」
「いや……その……悪かったなーって思って」
「なにが?」
「如月はジェットコースターとか乗りたかったんでしょ? 私のせいでなんか遠慮させちゃったみたいな感じだし……その、ごめんね」
「気にすんなよ。僕としては、慌てまくる鮫島が見れて結構楽しめた」
「……その発言はドS過ぎるでしょ」
「最初から鮫島が『ジェットコースター苦手』って言っておいてくれりゃ、遊園地以外を選ぶとかなんぼでも手は打てたんだけど、見栄張って言わないのが悪い」
「だって、高校生にもなってジェットコースター苦手とか……みっともないじゃない」
「………………」
「なんか言いなさいよ」
「あざといな。さすが鮫島あざとい」
「なんの話よっ!?」
「女の子がジェットコースター苦手とか、そういう弱々しい部分は『みっともない』じゃなくて『可愛い』と取る男の方が多いのさ。もちろん僕も例外じゃない」
「…………っ!?」
鮫島は頬を紅潮させた。馬鹿にされたと思ったのかもしれない。
赤くなったり青くなったり、今日の鮫島は大変だなぁ。
「っていうかさ、鮫島って高所恐怖症なだけなんじゃない? それくらい普通でしょ」
「普通……かな? でも、みんなが遊んでる時にそういうのって迷惑じゃない?」
「質問を質問で返すようで悪いけどさ、『みんな』って誰だよ?」
「……え?」
「この場には僕しかいない。古賀ちゃんも佐々木さんもいない。僕は迷惑だとは一切思っていない。むしろ楽しかったと思う。……ほら、誰も迷惑はしてないんだぜ? なにをそんなに後ろめたく感じてるのか分からないけどさ、苦手なものを苦手なままでいさせてくれない『みんな』ってのは、相当残酷な連中なんじゃねーの?」
「………………っ」
鮫島がなにを考えていたのか、僕には分からない。
ただ、彼女らしからぬ表情をしていたのは間違いない。目は泳いでいたし、顔は真っ赤で、なにやら恥ずかしがっているようだった。
まぁ……みっともない所を見せたくないってのは、分かる。
誰もが恥をかきたくない。誰もが良い格好をしたい。そう思うことは普通だ。僕はその普通を毛嫌いしているけど……それは、当たり前で大切な、普通のことなのだ。
鮫島は、俯いたまま口を開いた。
「……如月さ、中学の修学旅行……どこ行った?」
「東京。まぁ……実際の所東京はつまんねーが、途中のサービスエリアは面白かった」
「最終日に遊園地的な場所行ったでしょ?」
「行った行った。千葉のくせに東京って言い張ってるあの場所な。人気のあるネズミやアヒルと写真撮ろうかと思ったけど、握手すらままならんから人気のないリスの方と写真撮ったわ」
「私もそこだったのよね……班行動だったんだけど、ジェットコースター乗れないって言ったらハブられちゃって。それ以来、遊園地がなんかその……苦手なのよね」
少しだけ重い話が出てきた。
その当時の鮫島の交友関係は知らないけど、さぞかしアホ揃いだったのだろう。
僕はソフトクリームを齧りつつ、目を細めた。
「ちなみにハブにされたのは、どのタイミングだったのさ?」
「お昼ご飯食べた後……だったかな? それまでは我慢してたんだけど、どうにも我慢できなくなっちゃって、苦手だって言ったら、班長が怒り出しちゃって……」
「ふむふむ……ところで、話を少し変えるけど大型アミューズメントパークに行ったカップルは結構な確率で別れるっていう、豆知識を知ってるかな?」
「聞いたことはあるけど、今の話となんか関係あるの?」
「大型アミューズメントパークのジェットコースターってさ、待ち時間がえらい長いじゃん? 三十分だの一時間だの、ざらに待たされるわりに数分で終わる。別れる確率がそこそこあるってことはさ、その待ち時間でのイライラを自分の中で解決できずに他人に押し付ける馬鹿が多いってことじゃねぇかな? 今回の件もまた然り。別に鮫島に怒る必要なんてこれっぽっちもない。苦手なら苦手で『それじゃあ鮫島隊員。お土産の選別を頼む。イベントで楽しめそうなものがあったら調査よろしく』とか、そういう対策がいくらでも取れたはずなのに、いきなり怒り出すとかアホでガキ以外の何物でもねぇだろ?」
「でも……怒らせちゃったのは事実だし……」
「怒らせちゃったんじゃなくて、そいつはもう怒ってたんだよ。きっかけが鮫島なのはその通りだけど、待ち時間にイライラしてたんだ。そこで『ジェットコースター苦手』とか言われて『自分が我慢してることを我慢できない奴がいる』ってことに頭が来たんだろうな。……まぁ、鮫島が怒られて傷付いたって事実は変わらないから、仮に僕が今から鮫島をハブにした班の連中を一人ずつ抹殺したとしても、鮫島の気は晴れないだろうけど」
「いや、すごくスカッとすると思うわよ?」
「だよねぇ!」
昔嫌いだった奴が、今すごく不幸になってるとか、胸が熱くなってわくわくする。
不謹慎だとは思うが、それも当たり前のことだと僕は思う。
好きな人に幸せになって欲しいと思うのと同様に。
嫌いな奴には不幸になって欲しいと思うのは……人の性だと、僕は思う。
鮫島は少しだけ息を吐いて、不意に微笑んだ。
「如月さ、今日はなんか優しくない?」
「デートで優しくならねぇ男がどこにいるんだよ?」
「……れ……練習よ? あくまで練習だからね?」
「練習だろうがチュートリアルだろうが関係ない。僕は『デート』と呼ばれる事象についてはなにがあっても全力でかかれと教わった。知り合いの温泉宿の主人も、中学の担任も、親友の眼鏡も、親友のアホも、親友の根暗もそう言ってたし、僕もそう思う」
「じゃ……じゃあ、午後からはどうすんのよ?」
「テキトー。遊園地内適当にふらふらして、気になったやつに乗ろうぜ」
「それ、完全にノープランよねっ!?」
「全力でテキトーにノープランデート。難易度は高いけどやってやれないことはないと、知り合いの温泉宿の主人はそう言ってたけど、僕はちょっと引き気味だった」
「その宿の主人しか言ってないし、引いちゃってんじゃないの!」
「とりあえず、昼飯食ったら南極体験ツアーってのに行ってみようぜ。多分冷凍庫体験ツアーだと思うけどさ」
「寒いのは嫌なんだけど……それなら、観覧車乗った方がましよ」
「じゃあ、観覧車な」
「…………変なことしないでよ?」
「しねーよ。するわけねーだろ。僕がどんだけヘタレだと思ってんだ。っていうか、発想がエロい。転じて鮫島の思考回路がエロい」
「エロい言うな! 女子として当然の反応だっつうの!」
テーブルに置かれていたメニュー表で、頭をべしべしと叩かれた。
それなりに痛かったけど、暗い表情をされるよりは、叩かれた方がましだ。
(相変わらず……デートってのは面倒だなぁ)
面倒なのは当然だし、別に鮫島と一緒にいるのが楽しくないわけじゃない。むしろ楽しいんだけど……女の子と一緒に遊園地というのは、僕にとってはかなりの負担だ。
鮫島に悟られないように、深く息を吸って、息を吐く。
体力はまだ持つ。精神の方は……かなりのオーバーワーク気味だったけど、友達のためなら多少の無理はしてみよう。そんな風に思った。
「如月」
「ん?」
「なんか……その、ありがとうね?」
そう言って、鮫島はいつも通りに笑った。
友達のためなら、大いに無茶をしてみよう。……そんな風に、思った。
ジェットコースターは思ったより爽快だった。
お尻が浮く感覚や、周囲の景色が二転三転するのは苦手だったが、その度に大声を出してはしゃいでいいというのは……桜子にとってはなかなか楽しいことだった。
いくつかのアトラクションを巡って四人で昼飯を食べて、昼飯を食べた後はまた二人組に戻って、順番待ちの長さに辟易しつつも、待った時間だけ三日月と長く話せた。
その時間も楽しかったと、桜子は思っている。
夕日が沈むには少し早い時間……そろそろ帰りの時間だが、その前に最後の締めということで、桜子達は観覧車に乗っていた。
「うわぁ……すごく高くて怖い。高いのに移動してるって変な感じ……」
「観覧車も初めてか?」
「うん。展望台には登ったことあるけど、観覧車は初めて」
その展望台も父親による母親のご機嫌伺いのようなもので、子供心に全く楽しくなかった記憶がある。
(ホント……我が家は……私は、どうしようもない)
楽しいはずなのに、心に差し込む嫌な思い出だけは、拭うことができない。
遊園地に数多くいる親子連れを見ると……親と一緒にはしゃぐ子供を見ると、ウチの親は本当になにがしたかったのかなと、そんなことばかり考えて陰鬱になる。
頭では分かっているのだ。誰も悪くないのだと。
父親はお金を稼ぐために単身赴任して働いているのだし。
母親は自分達のためを思って、勉強を推奨してきたのだと。
それでも……父親は単身赴任の『おかげ』で、自分達にはあまり構うことなく、自由奔放で気楽な独り暮らしができたのだし、母親は自分の理想を子供に押し付けて、自分が努力しなかったり寂しかったりすることを紛らわそうとするのに必死だった。
その結果が、自分と妹なのだと、桜子は思っている。
頭では分かっているのだ。両親はなにも悪くない。両親なりに必死だったのだと。
(じゃあ、私はどうすればいいんだろう?)
好きな人のストーキングをするくらいに、ポンコツで。
親とはしゃぐ子供に憎悪を持つくらいに、どうしようもなくて。
好きな人と話していても嫌なことを思い返すくらいに、駄目人間で。
好きな人の友達を『邪魔』だと思ってしまうくらいに、寂しがりで。
(私は……どうしたらいいんだろう?)
沈むにはまだ早いが、朱に染まり始めた夕陽を眺めながら、桜子は目を細めた。
「あのさ、佐々木さん」
「なに? 古賀君」
「佐々木さんさえよかったらだけど……今度はさ、二人でどっか行かないか?」
「……………え」
その言葉は、嬉しいもののはずだった。
嬉しいはずだった。桜子自身そういう言葉を望んでいたはずだった。二人きりになりたいとか、一緒にいたいとか……そんなことを思っていたはず……だった。
夕日に照らされた三日月は、頬を掻きながら、口を開いた。
「薄々っていうか、もう分かっちゃってると思うけどさ。おれ……佐々木さんのこと」
「……やめて」
「え?」
三日月の顔をまともに見ることができなかった。
妄想していた。望んでいた。幻想していた。そうなったらいいなと思っていた。
恋い焦がれてストーキングまでして、ずっとずっとそうなったらいいなと、思って。
思うだけだった。
その想いが現実になって、桜子は思ってしまった。
(……怖い)
胸の奥がぐるりと渦を巻く。真っ黒いなにかが鎌首をもたげる。
怖い。とにかく怖い。なにがどう怖いのかもよく分からないけど怖い。その恐怖は桜子の母親が植え付けたもので、いつもいつでも肝心な時に、桜子の耳元に、桜子にはどうしようもないことを、考えただけで耐えられなくなることを囁いてくるのだ。
頭では分かっている。それは、母親が長年かけて植え付けた強迫観念なのだと。
『●●しなければならない』という……強迫観念。
子供は褒めてもらいたがる。頭を撫でてもらいたがる。自分の上位者に。自分を産んで育ててくれる誰かに。認めてもらいたがる。桜子も褒められるのが嬉しくて勉強した。勉強して良い点を取れば『良い子』でいれば褒めてもらえた。
しかし、母親の要求は際限なく上がる。
桜子は中途半端にできてしまったがために、完全に心が折れるまでそれを続けた。
褒めて欲しい。認めて欲しい。そのためには良い成績を残さなければならない。
しくじってはいけない。問題を間違えてはいけない。間違えたら褒めても認めてももらえず、見捨てられてしまう。分からないことがあってはいけないし、解らなくてはいけない。……失敗しては、いけない。
失望が怖かった。どんなものより怖かった。
溜息混じりに『もういい』と言われるのが、他のなにより怖かった。
頑張って頑張って頑張り抜いて、期待されるのが怖くなって、心が折れてもそれが治ることはなくて……結局、あれもこれも全部が怖くなった。
頭では分かっているのだ。
けれど……頭で分かっていても、なんの意味もなかった。
心の中に根差した恐怖は。
吐き気をもよおすような過去を、無理矢理ほじくり出し。
未来を漆黒に塗り潰すような、絶望を想起させ。
いつでもどこでも『自分は駄目だ』と、否定と嫌悪を繰り返させる。
どこでそうなったのか、桜子には分からない。
途中で折れてしまったけれど、自分は頑張った。それは胸を張って言える。
頑張って……頑張った、はずなのに。
誰も褒めてくれなかった。
「ごめっ……ごめんな、さい……なんでっ……私、こんなっ……」
「……ささき、さん」
観覧車が回っている少しの間。地上に到着するまで、桜子は泣いていた。
泣くのは駄目だと教わった。泣いてもなんにもならないのだと。だから桜子は泣くのをやめた。やめたはずなのに……涙を抑えることができなかった。
嬉しいはずなのに、怖がって拒絶した。
楽しかったはずなのに、恐怖で全部台無しにした。
観覧車が地面に到着する。扉が開いたと同時に、耐え切れなくなって桜子は逃げた。
遮二無二、走って逃げた。
嬉しいことと楽しいことを、全部放りだして……恐怖に怯えて、逃げ出した。
それは、本当にただの偶然だった。
遊園地内を大体冷やかし終わって、それじゃあ最後に観覧車にでも乗るかーと、適当に決めて、暇潰しにしてはかなり面白かった一日の締めにする予定だった。
僕らは『彼女』とすれ違った。
一瞬しか見えなかった。一瞬だったけど、異常さは分かった。
虚飾を剥ぎ取られた、人間の顔だった。
涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃで、それでも走ることだけは全力で、自分の疲労もなにもかも物ともせず、死に物狂いで逃げているようだった。
彼女はなにから逃げているのだろう?
ここには、なんにも怖い物なんてないのに。
「今の、佐々木さんじゃなかった? 泣いてなかった?」
「………………」
鮫島の言葉には答えずに、僕は足を止める。
少し考えて、鮫島の方を見て、口を開いた。
「鮫島。ちょっと聞きたい」
「な……なによ?」
「僕は経験が薄いからよく知らんけど『告白された側が泣き出してその場から逃げる』って、どういうシチュエーションで発生するイベントだと思う?」
「………………は?」
鮫島は、訳が分からないと言いたそうな顔をした。
「なによそれ……あんだけ好きそうな空気出しておいて、古賀のこと振ったの!?」
「推測だ。本人に確認しないと分からないよ。……古賀ちゃんが佐々木さんに酷いことするわけねーから、十中八九間違いないと思うけどさ」
「どうかしらね……女にとって『酷いこと』なんて、本当に些細なことよ?」
なにやら嫌なことを思い出したのか、佐々木は顔をしかめて溜息を吐いた。
男にとっても『酷いこと』なんてことは些細なものなんだけど、あえてそれは言わずに古賀ちゃんにメールを送る。
すぐに返信が来た。
「よし、帰ろうか」
「…………へ? か、帰るの?」
「今、古賀ちゃんにメールで聞いてみたら、今日は放って置いて欲しいってさ」
「放って置いていいの?」
「放って置かなきゃ駄目な時ってのが、誰にだってあるもんさ」
独りになりたい時。孤独に浸りたい時間。……自分がすげぇポカやらかした時は、独りで落ち込みたい時だってある。友達と傷を舐め合うことは否定しないけど、僕は一人で立ち上がる力を推奨する。
誰かに助けられてではなく……あの時、一人でも立ち上がれたというのはきっと確かな自分になっていくと、僕は思っている。
「あと、佐々木さんになんかしたり言ったりするのも禁止。感情が爆発してる時になに言っても、火に油を注ぐだけでなんの意味もないから」
「電話番号も、住所も知らないわよ……っていうか、本当にこのままでいいの?」
「余計なお節介はここまで。あとは古賀ちゃんに任せるって、最初に言ったぞz? ……まぁ、納得いかねーのは、僕も同じだけど……仕方ないだろ。経緯はどうあれ振られちゃったんだから、僕らが口を出したらいかんだろ?」
「そうだけどさ……なんか、すっごくむかつく。あの女、あからさまに古賀のこと好きそうな感じだったじゃない?」
「好きなんだろうさ。……好き以上に逃げなきゃいけない理由が、あるんだろ」
「は? なによその理由って? 好きな相手の告白を振る理由なんてあるの?」
「お金がないとか、就職してないとか……バツイチとか?」
「そんな生々しい理由は古賀にはないでしょうが!」
全くもってその通り。鮫島の言葉は真っ当で正論で非の打ちどころがない。
ただ……なんとなくではあるが、僕にはその理由がなんとなく分かった。
佐々木さんは、相手のあらを探すような人間じゃない。
自分を責め続けた結果、こうなったのだろう。
「古賀ちゃんに理由がないなら……佐々木さん自身の問題なんだろ? なんとなーく予想はつくけど、古賀ちゃんの告白を振るような女は知ったこっちゃねぇよ」
「もしかして如月さ、滅茶苦茶怒ってる?」
「僕が女だったら今すぐ佐々木さんの家に乗り込んでぐーパンする程度には怒ってる」
「……帰りましょうか」
「ちょ……なんでいきなりテンション下がってんだよ?」
「なーんとなくね。……帰りに、たこ焼きでも買って行く?」
「僕、チョコバナナクレープがいいな」
「女子か!」
などと、巻き込まれた側の僕らはお気楽極楽な会話を交わしつつ帰路についた。
ちらりと後ろを振り返る。もちろん意気消沈した古賀ちゃんが見えるわけもない。
息を吸って息を吐く。決意を込めて一歩を踏み出した。
かくて、古賀三日月の初恋は、失敗に終わった。
一つの失恋を引きずって、彼もまた大人になっていくのだろう。
内心の憤りを押し殺しつつ……僕はそんな下らないことを思いながら歩き出した。
やった! オートマチック・アブノーマル・モンスター! 完!
くぅ~↑ 疲(ry
はいはい、まだまだ続きますよ。あと二話くらいあります。
これくらいで終わる生易しい物語なら良かったんですがね、しゃーないですw