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第三話:コンプレックス・スパイラル

使用BGM: 拍手喝采歌合(刀語OPテーマ)

 それをしてはいけないという、暴力。

 あるいは、虐待。





 佐々木桜子は、自分のことを恵まれているとは思っていない。

 誰だってそうだろう。本当に恵まれている人間は、そもそもそれを自覚したりしない。当たり前にそこにある『恵み』に感謝したりなどしない。それが普通だ。

 健康であることに、健康な人間は感謝したりしないように。

 恵まれている人間は……そもそも、自分が恵まれているなどとは、思わない。

 無表情で夕飯を口に放り込み、咀嚼して飲み込む。

「………………」

 冷え切った食卓。たった一人の夕飯。自分で作った夕飯を一人で黙々と食べながら、桜子は目を細めていた。

 桜子の家は四人家族だ。父親は単身赴任で昔から家にいる時間は少なく、母親は事情があって父親の単身赴任に付いて行った。妹は見るも無残なオタクだが、毎日テンション高くはしゃいでおり、夕飯は独りで食べる派の高校一年生だった。

 去年までは、食卓は母親と桜子の二人だけだった。

「……まぁ、成績のことでゴチャゴチャうるさく言われなくていいのは……楽よね」

 桜子の母親は繊細な人で、成績や順位にうるさい教育ママでもあった。

 自分は成績が悪くて苦労してきた反動なのだろう……子供の教育に熱心で、桜子と妹に色々やらせたがった。夫があまり家に帰ってこない反動だったのかもしれない。

 ただ……上昇志向が強過ぎたのが、良くなかった。

 妹は中学二年に上がってから勉強への興味をあっさりと失い、『お母さんが勉強勉強うるさいから』という理由で主要な全科目0点を叩き出し、それ以来母親は妹に対してはなにも言わなくなった。ちなみに全科目0点は補習で完全にカバーしたのだが、担任が大層良い人だったおかげか、進路になんの影響もなく、事なきを得ている。

 桜子は思う。母さんはその時点で気付くべきだったのだと。

 桜子は思う。私達は、母さんの子供なんだから、と。

 桜子は思う。鳶は鷹を産まないのだと。


 桜子が折れたのは、高校一年生の時である。


 妹のように、表立ってキレれば良かったと、桜子は今でも後悔している。

 もっとやり方があったはずだと、桜子は今でも思う。

 桜子の母親はうるさい人だった。成績や順位に関して執拗で、ここはもっとこうああだったとか、もっと上に行けたはずだとか、良い点を取ったのに散々言われる。

 桜子は……頑張ったと思う。

 期待には添えなかったかもしれないが、桜子なりに全力で頑張ったのだと思う。全力全霊で頑張り続けて……どこか、小さな所で、盛大に躓いて転んで、立てなくなった。

 妹の、恐怖に引きつった表情を覚えている。

 取り返しのつかないものを見る目で見つめていたことを、覚えている。

 最初はシュークリームを食べようと思っただけだった。

 自分の分は昨日食べてしまったけど、妹のぶんを食べてしまおう。

 そんな風に考えて、また妹に怒られることを考えて……記憶が途切れた。

『お、おねえ……ちゃん? なに、してんの……?』

 妹の声で我に返った。我に返った自分は生のタマネギを齧っていた。周囲を見ると、野菜やら肉やらこんにゃくやら、調理してから食べなきゃいけないものが散乱していた。自分が食い散らかしたらしいことは、なんとなく分かった。

 ああ……もう駄目だ。折れた。完全に折れたとその時に悟った。

 その後は覚えていない。訳も分からず号泣していた記憶はあるが、具体的になにがあったのかは分からない。父親も母親も妹も、誰も語ろうとはしなかった。

 父親に謝られて、妹にも謝られた。

 母親は謝ることはなく、父親に連れられて、桜子と距離を取った。

 それから今に至るまでの時間は、穏やかに過ぎて行った。誰に束縛されることなく、自由な時間だったと桜子は思う。

 できなかったことが色々できるようになった。少しばかりのお洒落や化粧も、自由な時間に身につけたものだ。

 自由過ぎてなにをしたらいいのか分からず、ストーキングとかしたりしたけれど。

 勉強時間は減って、成績は下がったけど、身の丈に合った成績だと桜子は思う。

 自分は天才ではない。頑張ってもトップにはなれない。自分なりに精いっぱい頑張っても秀才くらいがやっとだと、桜子は思っている。

 しかし……結局、今に至っても、条件付けが外れることはなかった。

 何年にも渡り刷り込まれた、条件付けが外れることは……決してなかった。

 それは仕方ないことだと割り切って夕飯を食べていると、妹が帰って来た。

「ただいまー……って、ちょっ……お姉ちゃん! カレーならカレーって言ってよ! 部活なんて切り上げて帰って来たわよっ!?」

「梅子、いつも独りで食べるじゃない?」

「独りで食べるのは原稿が切羽詰まってる時限定だからね!?」

「それ、いつも切羽詰まってるってことじゃない?」

「今週は大丈夫。部長に彼氏ができて腑抜けてたから。腑抜けつつもノルマはなんか妙にキツいけど……うん、大丈夫」

「……漫画部って、もっと軽い部活動の印象があったんだけど……」

「やる気のある人でガンガンやって、ない人はない人なりに、テキトーに楽しんだらいいって風潮だから。私は別に絵で食べて行くつもりはないけど、上手く描けた時や、上手いって言われた時は、やっぱり嬉しいからね」

「そっか。……梅子はいつも楽しそうね」

「お姉ちゃんも、今日はなんか楽しそうだよ? あ、もしかして彼氏でもできた?」

「友達と勉強会をやっただけよ」

「ぐっ……そういえば中間近いんだっけ……ヤバいなぁ。私も勉強しなきゃ。赤点取っちゃうとイラストの掲載許可が下りなかったりするし……」

「漫画部って、もっと軽い部活動じゃなかったかしら?」

「楽しいよ?」

「それは見れば分かるけど……」

「ま、私の部活のことは置いておいて、カレーを食べるよ! カレー最高!」

 うきうきする妹を見つめながら、桜子は口元を緩ませる。

 こんな風に、カレーではしゃげるような人間に、自分の素を少しずつ出せるような人間になりたいと思うのだが。

 カレーよりもシチューを作ればよかったと言える人間になりたいのだが。

「お姉ちゃんのカレーはホントに美味しいわよね。ママのなんて産廃よ、産廃」

「……そっか」

 それはまだ……遠い未来の話になりそうだった。



「なぁ、相沢。女の子をデートに誘う時って、どうすりゃいいかな?」

 穏やかな昼食の最中に、古賀ちゃんはいきなりそんなことを言った。

 本日の天気は残念ながら雨。普段は方々に散って愛を語らうバカップル共も、寒さには勝てないのか教室で昼食を摂っている。

 ちなみに、新田は相沢さんのパシリで、飲み物を買いに行っている。

 相沢さんと新田はセットなので、もちろんのことながら鮫島は別のグループに混ざって昼食を摂っているし、僕の親友こと水無月正人は最近なにかと忙しい。

 最近というよりは毎日か。今日も下駄箱に変な手紙が入ってたし。

 それはともかく……。

「え? いや……古賀君。どういう趣向の嫌がらせ?」

「嫌がらせじゃないって。単純に女の子ってどういうデートがいいかなって思ってさ」

「……ああ、そういうこと。私はてっきり、彼氏……うん……うん? 彼? 彼氏……俊介君とのデー……デート? を、根掘り葉掘り聞かれるのかと思っちゃったわよ」

 かなり歯切れが悪い。どうやら、自分でも今の状況を信じ切れていない様子。

 まぁ……彼氏ができてちょくちょくデートしてるとか、相沢さんにしてみれば冗談抜きで信じ難いことなのだろう。なにを思い出したのか時折オーバーヒートしてるし。

 それでも、新田ほどふわふわしていない相沢さんは、少しだけ考えて口を開いた。

「誘われれば、大体どこに行っても嬉しいもんだと思うけど?」

「遊園地とかでも問題ないか?」

「二人の距離感にもよるんじゃない?」

「なるほどな。それじゃあ、前回と同じく如月と鮫島も誘おう。ところで、相沢は初デートってどこに行ったんだ?」

「初デート……二人でちゃんと約束してってことなら、プールなのかな……」

「……ああ、うん。ためになった。ありがとう」

 古賀ちゃんはそれ以上の追及をやめた。さすがに触れてはいけないことだと直感したらしい。古賀ちゃんらしいと言えばらしい、見事な退却っぷりだった。

 初デートでプールってのは、なかなかに難易度が高い。

「そういうわけで如月、遊園地行こうぜ!」

「断る」

「んじゃ、如月はいいな。鮫島は予定だけ聞いておかないとなぁ……」

「いや、古賀ちゃん。断るってちゃんと言ったよねっ!?」

「くっくっく、この古賀三日月容赦せん! 今のおれは必死だからな。遊園地でも水族館でも博物館でも美術館でも、好きな場所に誘ってやろう。さぁ、どこがいい!?」

「それって、誘いたい女の子に真っ先に聞くべきことじゃ……」

 相沢さんのツッコミは実に的確だった。

 僕の方に向き直り、相沢さんは眉間に皺を寄せて、僕に向かって囁いた。

「引き受けてあげてもいいんじゃない? なにかこう……母親が率先して遊びに行った結果、入場門に一日取り残されたみたいなトラウマでもあるの?」

「そんな生々しいトラウマはないなぁ。僕は一日迷子センターに押し付けられたくらいだよ。……単純に、断ったら古賀ちゃんがどういう反応するか気になっただけで……」

「彼女か! っていうか、如月君のトラウマも生々しいからね!」

「あと……一日中遊園地で遊ぶとか……正直、しんどい」

「………………」

 大いに思い当たる節があるのか、相沢さんは渋面になってうつむいた。

 インドア派には遊園地は色々としんどいものがある。

 かといって、博物館や美術館は『そういう大人しい感じのは二人で行け』という理由で論外。水族館は意外とお高いので、消去法で遊園地になるわけだけど。

「まぁ……今回はいいけどさ。さすがに次回は二人きりの方がいいんじゃない?」

「それは遊園地行ってから決める。多少は打ち解けられてきたような気がするんだけど、なんとなくまだ心を許してくれていないような感じがするんだよ」

「………………」

 古賀ちゃんは慎重な上に勘の良い男だった。

 確かに、古賀ちゃんなら佐々木さんとは相性が良いのかもしれない。

 相性が良いだけじゃどうにもならないことは、たくさんあるけども。

 と、僕が思考を巡らせていると、頭の上からガサッという音が響いた。ついでに少々の重み。ペットボトルを数本乗せられた感触。

「みやび、飲み物買ってきたぞ」

「あ、俊介君。牛乳あった?」

「おう。ついでに如月と古賀のぶんも買って来たから存分に飲め」

 言いながら、新田はペットボトルのお茶を手渡してきた。

 なんというか……新田の、こういう気前の良い所は本当に尊敬に値する。

 席に着いて彼女お手製の弁当を開き、新田は話題に口を挟んだ。

「で、なんの話してたんだ?」

「デートの行き先はどこがいいかっていう相談だよ。新田はどこがいいと思う? ちなみに今の所の第一候補は遊園地だ」

「人によるんじゃないか? 俺はもうちょい温かくなったら海とか行きたいけどさ、みやびは外出あんまり得意じゃないし女ならUVケアだの色々あるだろ? 今の時期なら紫外線とかはあんまり気にならないだろうけど、遊びに行くなら屋内でもいいと思うぜ?」

「新田と相沢はプール行ってるんだって?」

「プールもなぁ……あんまり行き過ぎるとみやびの髪がゴワゴワになっちまうし、一ヶ月に一回くらいがちょうどいいかな? 俺的には毎日でも行きたいんだよ。疲れてる時のみやびサン、意外と甘えてくれるっだ痛ぅうぇい!?」

 当たり前の話だが、新田は相沢さんに全力で足を踏まれていた。

 とはいえ……さすがに、彼女持ちは色々と格が違った。僕が新田を評価している理由の一つがこの『物事に対時する時のマメさ』である。

 チキンで臆病者だからこそ、人を気遣って動ける男なのだ。

 古賀ちゃんも、顎に手を当ててびっくりしたような表情を浮かべ、感心していた。

「はぁ……なるほど。遊園地を前提に誘っちゃってるけど、そういう考えもあるのか」

「もう誘ってんのかよ!?」

「そんなにゴリゴリ押して大丈夫? 引かれたりしてないかしら……」

 新田はびっくりしていたし、相沢さんはちょっと呆れていた。

 さもあらん。こういう時の古賀ちゃんのフットワークの軽さは半端じゃない。それで引いてしまう女子もいるだろう。少なくとも相沢さんは引く。

 しかし……僕はこれでいいと思う。

「引かれてないし、ゴリゴリ押して大丈夫。その辺は僕が保証する」

「ほら、恋愛マスターの如月が太鼓判を押したんだから大丈夫だって」

「愛の伝道師とか、恋愛マスターとか、頼むからマジでやめてくれ。経験値0のマスタークラスとか聞いたことねぇよ」

「まぁ……如月が言うなら間違いねぇか」

「そうね。如月君が言うなら間違いないわね」

「おいこらバカップル。否定しろ。どこに保証があるんだとか、ツッコミ所は満載じゃねーか。頼むから否定しろ。お願いだから否定してください!」

 反応は三人とも同じだった。三人とも納得していた。頼むから納得するな。

 少しは引くことも重要とか、そういうありきたりな言葉をください。マジで。

 と、そこで新田が口を開いたが、残念ながらその口から出て来たのは否定の言葉じゃなかった。

「理由だけ聞いておきたいんだけどさ、如月はなんで押した方がいいと思うんだ? 俺は佐々木さんって知らんけど、そういうタイプの女子なのかよ?」

「……古賀ちゃん。ちょっと席外してもらっていいか?」

「おう」

「いや……『おう』って……せめて理由くらい聞いてくれても……」

「おれが聞かない方がいい情報なんだろ? とりあえず、押して問題ないなら理由はなんでもいいよ。話が終わったらメールくれ」

「………………」

 あっさりと立ち去る古賀ちゃんの背中を見送って、僕は深々と溜息を吐いた。

 マジで良い男過ぎるだろ……あのショタ野郎。

 新田と相沢さんの視線を受け止めつつ、僕は溜息を吐いて口を開いた。

「ぶっちゃけると、佐々木さんは、相沢さんと真逆のタイプ」

「確かに身長そこそこで髪はストレートで胸も結構あって、清楚系の美人だったわね。……如月君、もしかして喧嘩売ってない? 月のない夜に受けて立つわよ?」

「売ってないし、闇討ちする気満々だよね……そうじゃなくて、精神面の問題」

「私は捻くれて根暗だけど、彼女は真っ直ぐで清純そうってわけね……いいでしょう。表に出なさい。新田君が相手になるわ」

「ま、待て……如月! 話し合おうじゃないか! 俺達は分かりあえるはずだ!」

「新田は相沢さんのどこに惚れたのさ?」

「んー……どこって言われると悩むけど、真剣に答えるなら芯が強い所かなぁ?」

「俊介君を介した精神攻撃はずるいと思うんだけどっ!?」

「捻くれてるからこそ、芯が強いんだよ。少なくとも僕はそう思うね」

 脱線し始めた話を元に戻すために、少しばかり真剣な口調で話を続けた。

「佐々木桜子は典型的な『良い子』だと、僕は思う。周囲の空気に応じて笑って、あまり自己主張はせずに、その場の流れで動く人で感情が希薄だ。笑顔が薄っぺらいと言えば聞こえは悪いけど……度を過ぎた臆病なんじゃないかと、僕は思う」

「臆病は悪いことじゃないだろ? 俺とか超チキンだぜ?」

「そうかしら? 初期はともかく、俊介君、最近やたらと積極的なんだけど……」

「仲良いなバカップル。ただ……なんでも度を過ぎれば悪いことに繋がるもんさ。特に臆病の行き過ぎは厄介だ。拒絶されるのが怖くて告白なんてもっての外だし、何事も怖過ぎて『もういいや、こんなに苦しいなら告白してしまえ』と、開き直ることすらままならない。好意は通じにくいし逆に悪意は簡単に伝わる。どこでフラグが折れるか分かったもんじゃねぇし、ついでに心が折れることもある」

『………………』

 二人とも、僕の話を神妙に聞いていた。ツッコミが欲しいところだった。

 二人ともツッコミはくれなかったので、仕方なく話を続ける。

「好意が通じにくいなら、好意が伝わるまで好意を伝え続ければいい……だからゴリゴリ押して大丈夫だと僕は思う。もちろん、引かれたらそこで試合終了だから普段ならもっと慎重にしろって言うけど、佐々木さんは古賀ちゃんに悪い印象は抱いてない……っていうかぶっちゃけ惚れてるみたいな感じだし、誘われて悪い気分はしないと思う」

「佐々木さんが古賀に惚れてるってことか? マジか、それ?」

「昨日古賀ちゃんに抱きついたら、一瞬だけど滅茶苦茶睨まれた。他にも古賀ちゃんと相対する時だけ笑顔が自然。鮫島との共通意見だけど惚れているのは間違いないと思う」

「みやびサン、判定をどうぞ」

「そなたはもう十分に強い。これ以上経験を積む必要はないじゃろう」

「やめろォ! 十分に強くねぇから! 勝手にマスタークラスにすんな!」

 ざっくりとではあるが、話は終わったので古賀ちゃんにメールを入れる。

 まぁ……正直、大した話じゃないし、全部僕の推測だ。自然だの不自然だの、全部僕の勝手な思い込みで、思い違いかもしれないのだ。

 新田と相沢さんには全く関係ないし、僕にしても関係はない。

 古賀ちゃんが向き合わなきゃいけないことだ。

 と、僕がそんなことを思っていると、不意に相沢さんは目を細めた。

「如月君」

「ん?」

「古賀君もそうだけど……佐々木さんのことも、少し見ててあげてくれない?」

「さっきまで嫌ってるみたいな感じだったじゃん」

「私は、根暗な女には親切なのよ」

 そう言って、相沢さんは不敵に笑う。

 それってつまり八割くらいの女性には親切なんじゃなかろーかとか思ったけど、あえて何も言わないことにした。

 見ることくらいなら、僕にもできる。

 だからって、彼女に対してなにかをしようとは、思わないけど。

「次に遊びに行った時だけね。……その後は知らない」

「それでいいと思うわ。昨日古賀君も言ってたけど、如月君も大概お人好しよね」

「新田。良いことを思い付いた。テストで良い点を取ったら新田が選んだ水着を着せて、相沢さんと海に行け。泊まるかどうかは雰囲気と懐具合で決めろ」

「なん……だと……。如月、まさかお前……神、だったのか?」

「俊介君を介しての精神攻撃はやめろって言ってるでしょうが!」

 スパーンと景気良く、顔を真っ赤に染めた相沢さんに尻を蹴り飛ばされた。

 そんなこんなで、僕らの昼休みはダラダラと過ぎて行くのだった。

 いつも通りに。……あるいは、なにかが少しずつ変わりながら。



 やっぱり、このままじゃ駄目だと桜子は思い立った。

『佐々木さん。中間前にちょっと息抜きに遊びに行かないか? 如月と鮫島と一緒に遊園地に行こうかと思うんだけど、どう?』

 嬉しさと苦しさで変な表情になったが、それでも桜子は決意した。

 今までの自分にさよならとか、J-POPのような都合の良いことにはならないのは分かっていたが、それでも積極的に自分を誘ってくれる男の子に対してストーキングだのなんだの、後ろめたいことをするのはやめるべきだ。そう思い立ったのだ。

(遊園地でデェト……そう、これは変わるチャンスなのよ、桜子!)

 今まで、知らない男子に告白されたことはあるが……全て断った。

 怖いから断った。知らない人の好意に応えられるほど、桜子は豪胆ではない。

 しかし……今回は違う。もしかしたら、今までの臆病な自分から脱却することができるかもしれない。

 母親に無理矢理着せられた、無目的のガリ勉から、脱却できるかもしれない。

(だからそう……頑張らなきゃいけないわ……明日から!)

 そんなわけで、桜子は放課後のストーキングをしていた。

 周囲に気を配りつつ、歩調は緩めず、相手に視線を送らないようにしながら、あくまで自然を装いつつ、鞄に仕込んだカメラでこっそりと撮影をしていた。

 勘の良い少年に一切勘付かれることなく尾行する術を、桜子は我流で習得していた。

 妙な素質に気付くことなく、あくまで趣味の範囲で……今日だけ、今日だけだから……と、ダイエットをする女性のような言い訳を心の中でしつつ、三日月の後を尾けた。

(私は、このストーキングという行為にスリルを感じている)

 犯罪を犯した時の背徳感と高揚感。万引きをする人間は商品が目的なのではなく、盗みを働くというドキドキ感が目的なのだ。

 気分の上下。日常では味わえないスリル……そういったものが、目的なのだろう。

 桜子はその辺の自覚はあった。そうでなければ、こうも長く続くことはない。

 しかし、それと同時にある程度以上の割り切りがあった。

 三日月とそれなりに……本当にそれなりにではあるが、多少は仲良くなった今、このストーキングにはあまり意味がない。

 最初ほどの高揚感もない。三日月と話をしている方が、よっぽどドキドキする。

「……まぁ、潮時よね」

 ケーキ屋の女装の撮影はやめないが、ストーキングは今日限りにしよう。

 そう思いながら、いつも通りに尾行を……。

「にゃあ」

「………………」

 尾行を、やめた。

 もちろん『古賀君の尾行はもういいだろう』と思ったのも事実だが、今は高嶺の花よりも足元のたんぽぽである。

 桜子は犬派だが猫派でもある。可愛い存在は全体的に大好きなのだった。

 おまけに、桜子の足に擦り寄って来た猫は警戒心の欠片もない三毛猫であり『あら、学生さん。私のことを撫でてもいいのよ?』とばかりに腹を出している。

 毛並みはやたら良い。恐らく、この周辺で可愛がられている猫なのだろう。

 桜子は鞄から猫用のまたたび入りジャーキーと、デジタルカメラを取り出した。

「ふっふっふ、これが欲しいか? 愛いやつめ……」

 ジャーキーは八等分し、にゃーにゃー鳴いてくる猫に少しずつ与える。

 美味しそうに食べる場面をデジタルカメラで撮っておく。雑種だろうが血統証付きだろうが、可愛い存在には躊躇しないのが、桜子の流儀である。

 腹を見せて道路でごろごろと寝転がる猫を色々な角度から撮影しつつ、撮影が終わったらジャーキーをほんの少し与える。実に幸せな時間だった。


「あれ、佐々木さん? なにやってんの?」


 びっくりし過ぎて、口から心臓が飛び出るかと思った。

 しかし、ここでびっくりしては猫が逃げると思ってぎりぎりで踏ん張り、ついでにカメラを落とさないように手に渾身の力を込める。反射動作を力づくで抑え込むという離れ業を成し遂げたせいか、腹筋がつって咳が出た。

「ひぎィっ!? ごほっごほっ! あぐふぅっ……げほっげほっ……うぶっ!」

「ちょっ……だ、大丈夫かっ!?」

「だ、大丈夫……大丈夫だから……」

 実際の所はあんまり大丈夫はない。腹筋がつってしまったためにものすごい激痛が走っていたし、良くない咳をしたせいで鼻水が出た。

(ま、まずい……さすがにこの顔は見せられないッ)

 自己主張も個性も薄かったが、桜子は女子である。かなり陰湿なストーキングを行ってはいたが、女子であった。当たり前の話だが恥も見栄も持っている。鼻水垂らした顔を好きな男子に見られたくはない。笑われたらもう表を歩いて生きて行くことができなくなる。その程度には思い詰める女子であった。

 思い詰めた表情の桜子を見つめて、三日月はポケットからティッシュを差し出した。

「はい」

「……うん。ありがとう」

 ティッシュを受け取って、後ろを向いて鼻をかんだ。

 顔は真っ赤だし、三日月の顔をまともに見られないくらいにパニック状態だった。

(どどどどどどどうしよう? これからどうすればいいの?)

 なにか話さなければならないが、頭が真っ白でなにも出てこない。

 鼻水女と嫌われていたらどうしようと考えると、この場から逃げたしたくなった。

「あ、あのね、古賀君……その……」

「いや、邪魔しちゃってごめん」

「ふぇ?」

「佐々木さんって、猫好きなんだよな? 写真撮ってたみたいだけど……」

「……あ、うん……猫っていうより、可愛いものが好きなのかな?」

 鼻を強くかんでしまったせいか、鼻の奥がツーンとする。

 顔をしかめながら、涙目になりつつも、桜子は言葉を続けた。

「猫に限らず……犬とかネズミとかうさぎとか……うん……あんまり一般受けしない動物も、私が可愛いと思ったのは、好き」

「例えば?」

「えっとね……一部の牙のない蛇とか、カピバラとかビーバーとか、ウォンバットとか、それから友達は嫌いって言ってたけど……インコみたいな鳥類も好き、かな?」

「いいね。おれもウォンバットやインコは結構好きだ。蛇は昔噛まれたから、ちょっとだけ苦手なんだけどな」

「噛まれたの!?」

「じーちゃんの家が結構田舎でさ、じーちゃんと一緒に山菜取りしてる時に、青大将に噛まれたんだ。最初は滅茶苦茶びびったよ」

「………………」

 意外とワルイドな話が出てきたことに、少しだけ驚きつつ胸を撫で下ろす。

 どうやら、嫌われてはいないらしい。

 頬を掻きながら、三日月はなんだか嬉しそうに笑った。

「動物の写真とか撮るんだ?」

「うん……人懐っこくて、良い写真が取れそうな動物だけなんだけどね?」

 嘘は吐いていない。実際、デジカメを持つようになってからは犬猫の写真も撮る。

 ただ、ヒト科ヒト目の写真の方が圧倒的に多いだけだ。

 三日月は人懐っこく笑って、桜子を見つめた。

「や、昨日聞こうと思ったんだけどさ、如月のせいで有耶無耶になっちまって……」

「聞くって……なにを?」

「佐々木さんの趣味。趣味の話をしてた時は、俺とか鮫島の話になっちまっただろ」

「私の趣味はその……古賀君や鮫島さんみたいに、大したものじゃないから……」

「如月曰く『趣味に優劣や大小はない。人に迷惑かけなきゃなにやったっていい。その代わり誰かの趣味を否定すんな』ってさ。俺も鮫島の趣味を馬鹿にした時は怒られた」

「…………はは」

 耳が痛い。ついでに胸にも痛い言葉だった。

 人に迷惑はかけていないが、知られたら確実に生きていけない趣味である。

 デジカメを持ち歩くのはやめないが、今日でストーキングはやめよう。そう思った。

 そこで、ふと思い付く。

(……頼めば、撮らせてくれるかな?)

 それは、当然の発想だった。好きな人に許可を取って、写真を撮って持ち歩く。

 男女問わず、高校生ならわりと当然の発想だろう。

(ど……どうやって頼もう? 頼んでいいのかな? 断られたらどうしよう……)

 桜子は『人になにかを頼む』というのが、極端に苦手だった。

 それは育ってきた環境で無理矢理培われた『強迫観念』の一つである。小学校の頃、桜子は他の子より進んだ勉強をやっていた。分からないことがあったり詰まったりすることも当然あって、そういう時に他の子に聞いたりした時の回答は大抵『分からない』だったので親や担任の教師に聞いていたのだが、高学年に上がって母親が音を上げた。

 自分のお勉強なんだから、自分で調べなさい。それが母親の口癖である。

 今から考えれば『自分は分からないけど、とにかく成果を出せ』という酷いことを言われていたのだと思ったが、当時の桜子はそれに気づけず、ただ拒絶された事実に打ちのめされた。

 そして……いつしか、桜子は物事を頼むのが苦手になっていた。

 相手に拒絶されるのが、なにより怖くなっていた。

「佐々木さんの家って、どこだっけ?」

「ひゃいっ!?」

「うおっ!? えっと……どうかした? なんかおれ、変なこと聞いた?」

「べ、別になんにも変じゃないよっ!? い、家はね……あ、あっちの方! 駅に近くて立地的にすごく便利なのっ!」

「駅の方って……ここからだと、逆方向だよな?」

「…………え」

 墓穴の上に墓穴である。追い詰められた桜子の頭の中は真っ白だった。

 真っ白な思考の中で、窮地に追いつめられた桜子の頭脳は、かつてぎりぎりまで追い詰められ心折られたことを思い出し……今だかつてないほどに回転した。

 ぼろを出すな。フォローを入れろ。表情を整えて呼吸をしろ。

 大丈夫。こんな窮地は何回も乗り越えてきた。現在は心身共に快調だ。心理的には混乱気味だけど、あの時に比べればなんとことはない。

 きっかり一秒で、桜子は平静を取り戻した。

「えっと……あはは……デジタルカメラ買ってから、あっちこっちふらふらしたくなっちゃうのよね。知らない道に知らない犬や猫がいたりするし、散歩にもなるから」

「意外とアグレッシブな趣味なんだな。ここからだとおれの家近いけど、寄ってく?」

「……お、お茶だけなら……」

「それじゃあ、紅茶だけ飲んで行ってくれ。ついでにどんな写真撮ってるか見たいし」

「そ、そんなに大した写真はないよ?」

「大丈夫だ。魚拓は取ってるけど、おれも大した魚を釣ったことはないからさ」

 そう言って、三日月ははにかむように笑った。

 いつも通りの可愛らしい笑顔に、桜子は心の中でガッツポーズを決めた。

(今日も古賀君は最高ね! 最高可愛い! やったぁ……って、あれ?)

 ふと、違和感を覚える。

 ポンポンと、調子良く、いつも通りに話を進めてしまったのだが。なんだか……妙なことになっているような。嬉しいような、むしろ苦しいような、そんなことを了承してしまったような気がする。

(えっと……おれの家寄ってく? とか……と、友達としてよね? うん……)

 そんな風に思いつつ、桜子は歩を進めた。

 その見当外れな思いの奥底には、若干の期待が込められていたが……あえて見なかったことにした。



(おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい、どーすんだヲイ。なんか上手くいっちゃったぞヲイ。ほいほい付いて来ちゃってんじゃねーか。おれ、男として見られてなくねぇか? いや……でも、あの挙動不審は多分……それだよな? それでいいのか?)

 古賀三日月は少々混乱していた。

 三日月は『駄目元で言ってみる』を実行できる男だった。駄目元で言ってみた結果は大抵駄目だったのだが、今回はなぜか……スルスルと、あっさりと上手くいっている。

 三日月の人生においてあっさり上手くいくのは、珍しいケースだった。

(別に手を出すつもりはねーけど……なんか危なっかしい人だよな、佐々木さん)

 内心で言い訳をしつつ、動揺を抑え込んで、三日月はちらりと隣を見る。

 眼鏡に黒髪。細くて綺麗な顔立ち……少々というか、かなり挙動不審な所はあるもののどこからどう見ても可愛いと、三日月は思っている。

 なにより、自分を子供のように扱わないところに、好感を持っていた。

(……まぁ……おれを男として見てくれってのは、かなり無茶な話だよなぁ……)

 桜子を自室に案内し、台所に取り置きしてある水出し紅茶をコップに注ぎながら、三日月はぼんやりとしつつ心の中で呟いた。

 自分の容姿は把握している。本当は新田や剛力のような体力溢れる力強い男になりたいのだが、結局はコンパクト&ハイパワーなどと呼ばれる始末である。

 成績はそこそこ良いが、頭の回転が良いわけでもない。

 ざっくりとした物言いのせいで、敵もそこそこ多い。特に女子には嫌われる。現在進行形で女は大嫌いだと公言しているので、当然の話ではあるが。

「馬鹿にしてくる相手を嫌うなってのも、無理な話だと思うけどな……」

 ただ二人、熊原敦と如月与一だけは『古賀にはいつか素敵な彼女ができるに決まっている』と言ってくれるが、そんなことはなかろうよと、三日月は思う。

 体格が小さいと、身長が低いと、色々と損をするものなのだ。

 紅茶をお盆に載せて、二階にある自室に向かう。なんとなく落ち着かない気分のまま歩き、なぜか自分の部屋なのに部屋の前で深呼吸をして、ドアを開けた。

「佐々木さん、お茶煎れたよ」

「あ、うん……ありがとう」

 佐々木桜子は、はにかんだように笑った。

 自分の部屋に綺麗な女の子がいる。夢にすら見たことがないシチュエーションである。昨日のような勉強会ではなく、友達同士という体ではあるが、それはまぁ……どう考えても素敵なことだと、三日月は思った。

(新田は毎日こんなんなのか……すげぇな。実は、とっくに相沢に別人に改造されてて、外側は新田だけど中身は別人なんじゃないか?)

 かなり失礼なことを考えながら、ちゃぶ台の上に水出し紅茶を置いた。

 三日月の部屋は一言で言えば和風だ。畳の六畳間。中央にちゃぶ台。押し入れの中には敷き布団。本棚の中にはあまり古風ではない本が並んでいるが、三日月の本の趣味は雑食なので、色々読むのだ。部屋の隅には釣り雑誌が置いてある。

 趣味の品でかさばる釣り竿なんかは、外の物置に置いてある。

 秘密の本は押し入れの奥。さらに秘密のブツはPCの中に全て収めてあった。

(大丈夫……の、はずだ。佐々木さんは勝手に押し入れを開けたりはしないだろう)

 実際には勝手に開けた上に布団に顔を押し付けたりしていたのだが、三日月は当然そんなことは知らないし、気づきもしない。三日月の勘の良さはかなりのものだったが、桜子は三日月の勘の良さを上回る、妙な行動力と用意周到さを兼ね備えていた。

 紅茶を一口飲んで、桜子は笑いながら言った。

「男の子の部屋って入るの初めてだけど……綺麗なのね」

「結構掃除はする方だからな」

「古賀君ってマメなのね。私の部屋の方が散らかってるくらいだもの」

 女の子の部屋……桜子の部屋というイメージは、三日月の想像力を越えた。

 散らかっているとはいっても、なにがどう散らかっているのかもよく分からない。姉の部屋はゴミ屋敷同然なので全く参考にならなかったが……ファッション雑誌くらいは落ちているのかなと、ぼんやりと思った。

 分からなかったが……分からないまま、佐々木さんも人間なんだから部屋を散らかすくらいはするだろうと納得した。

 紅茶を飲みながら、桜子は不意に口を開いた。

「なんか……古賀君らしい部屋だよね」

「そーか? おれ、自分で言うのもなんだけど……あんまり面白い男じゃないしなぁ。如月ほど会話能力があるわけでもないし、新田みたいに女の子受けするようなこともできないし、昨日で分かったと思うけど、言葉もキッツいし……」

「古賀君は古賀君で、いいんじゃない?」

「そ、そうかな……さすがに言葉がキツいのは直した方がいいと思うんだけど……」

「んーん。怒りたい時に怒るって、私はすごく大事だと思うよ? 怒らなきゃいけない時はちゃんと怒る。口に出せないなら心の中で怒る。自分の気持ちはちゃんと大切にしないと駄目だと思うの。怒ってるんだから、言葉がキツくなるのも当然じゃない?」

「…………う、うん」

 今まで見なかった桜子の強い口調に圧されて、三日月は頬を赤らめた。

 そんな風に肯定されたのは初めてだったかもしれない。友達を除いた、自分を嫌う誰もが『古賀のくせに生意気だ』と言い放ってきた。

 チビで、童顔で、子供みたいなくせに、生意気言うなと言われてきた。

 生意気だから毒舌をやめろ。古賀のくせに生意気だと、言われてきた。

(……なんか、うん……あれだ)

 三日月は慎重な性格だった。わりと素直に駄目元で行動してきたが、それでも慎重に立ち回ってきた。いちいちクラスメイトにあれこれ聞いていたのもそのためだ。

 女が大嫌いと断言しつつも、これまでに恋愛感情らしきものを抱いたことがないとは、三日月は言わない。ただ、その感情を胸の奥で黙殺してきただけだ。

 どうせ無理だ。自分じゃ駄目だ。そう思い続けてきた。

 駄目な理由はたくさんあって、そのどれもが三日月にはどうにもならないことだった。牛乳を飲んでも背は伸びなかったし、運動をしても思ったような筋肉は付かなかった。三日月なりの努力はしてきたが……本当に、どうにもならなかった。

 せめて、口が悪いのはなんとかしようと思っていたけれど。

 怒りの表現としてはそれも有りだと、桜子は肯定した。

(可愛いし、綺麗だし、可憐だし、でも……多分、そういうのじゃなくて)

 眼鏡に黒髪。細くて綺麗な顔立ち……少々というか、かなり挙動不審な所はあるもののどこからどう見ても可愛い。

 でも、たぶんそれだけじゃない。それだけじゃ三日月の心は動かない。

 いけそうだからとかでもなく、好かれている気配があるからでもなく。

 本当に単純な理由だった。

 自分を、真正面から、きちんと一人の男として見てくれるからだった。

「あのさ……佐々木さん」

「なに?」

「メールでもちょっと書いたけどさ、中間前に遊びに行こうってやつ」

「あー……うん。遊園地だっけ?」

「遊園地以外に、佐々木さんはどこか行きたい場所とかある?」

「……行きたい場所?」

「うん。おれじゃあんまり良い場所とか思い付かなくてさ……それなら、佐々木さんが行きたい場所に行ってもいいかなって。そんな風に思ってさ」

「…………う、うん」

 紅茶をやたらごくごくと飲みながら、桜子は頷いた。

 三日月も紅茶を飲む。やたらと喉が渇いていた。凄まじく緊張しているのが分かる。

 桜子も同じ気持ちなのかもしれないと思うと、少しだけ嬉しくもあったが。

 視線を逸らしつつ、頬を赤らめながら、桜子は口を開いた。

「私もあんまり思い付かないけど……それなら、二人で考える?」

「あ、ああ、そりゃいいな」

「ちょうどパソコンもあるし、ネットで色々調べれば高校生でも行けそうなレジャー施設とか、バスの運行時間も分かるだろうし、穴場も見つかるかもしれないし」

「……ちょっと待って。パソコンを使うなら、客間に共用のがあるから……」

「あ……う、うん……そうだね」

 三日月の意図を一瞬で悟った桜子は、目を逸らしながら顔を赤らめた。

(ぐっ……い、いらん所で好感度が下がったっ……)

 デゲデン! といった感じの、耳障りなBGMが聞こえた気がした。

 後悔してももう遅い。三日月は頬を赤らめたまま、ちらりと桜子を見る。

 桜子は頬を赤らめながら、ぽつりと呟くように口を開いた。

「私は……この部屋のパソコンでもいいけど……」

「お願いだからやめて!」

「お、男の子がえっちな画像や動画を持ってるのは普通だし……普通だから、別に私に見られてもどうってことないよね?」

「どうってことあるから! 大ダメージだから! 後生だから勘忍してつかぁさい!」

「うーん……じゃあ、古賀君が私のお弁当を食べてくれるなら、許してあげる」

「………お、おう……って、それ、おれがすごく得してない?」

「さて、どうでしょう? もしかしたら私の料理は全然美味しくないかもしれない……それは、食べてみてのお楽しみってことで♪」

「わ……分かった。どんなものでも全部食ってやるぜ!」

 多分美味しいに違いない。絶対に美味しい。桜子は不味い物を作れる性分ではないとなんとなく察しがついたが、それはそれとして三日月は見栄を張った。

 恐らく、同年代の女の子に対して、初めて見栄を張った。


(おれ……佐々木さんのこと、すごく好きだ)


 心の中で、ようやく己の想いを自覚しながら。

 好きな女の子に対して、見栄を張ったのだった。



 桜子は三日月以上に喉が渇いて緊張していたし、手に汗握って震えていた。

 三日月は桜子以上に顔を真っ赤にして、ドキドキしていた。

 臆病な少女は臆病なまま。

 不器用な少年は不器用なまま。

 二人は、お互いになんの問題も解決せずに、互いの戦いに臨む。


 戦いが始まる。

とうとう前書きで手を抜いた。なんにも思い付かなかった自分を許してください。

あと、全話できているのにいちいち一日ごとの投稿にしているのは、単に文字数が

馬鹿にならないロングサイズだからです。計算してみると前回の小説(好感度0

の男女を閉じ込めたやつ)を合わせるとライトノベル一冊ぶんくらいあります死

にたい。


無理をせずにゆっくり読んでいってね!

そんなわけで次回に続く!

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