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プロローグ:佐々木桜子は恋をする

そういうわけで、始まり始まり。

プロローグと第一話は同時更新になります。

 目覚めよ、その魂。

 某ライダーの煽り文句ではない。もっと醜悪ななにかである。





 佐々木桜子(ささきさくらこ)は、いわゆる秀才である。

 成績、運動共に優れていると自他共に認めている。容姿の方も十人並以上という自負がある。見ず知らずの男の子に告白されたことも何回かあるということは……つまりそういうことなのだろうと、桜子は判断している。

 綺麗な黒髪、整えられた眉、薄くではあるが化粧もしている。

 目元もほんの少しだけいじって大きく見えるように工夫しているし、髪留めなんかの付けていても問題ないアクセサリーの類にも注意を払っている。かといって、派手な装飾を施したりはしない。本当はネイルアートなんかに興味はあったが面倒そうだったし、なにより『爪の甘皮を剥く』の時点で挫折した。

 普段は眼鏡をかけている。コンタクトレンズを入れようかとも思ったが、これも挫折している。目になにかを挿入するという行為がとことん駄目だった。

 佐々木桜子は怖がりで、後ろめたく生きている女の子である。

「……はぁ」

 後ろめたい趣味と共に生きている、普通の女の子である。

 その日……一年前の文化祭。桜子は一冊のイラスト集を購入していた。そのイラスト集は闇から闇に販売されるタイプの危ないモノであり、当然のことながら一般の生徒に出回る類のものではなく、先生にバレでもしたら発禁を食らう禁書である。

 人には数多の趣味がある。隠さねばならない趣味や愉悦がある。

 例えば、『俺って没個性の普通な人だしィ?』とかほざいているような奴が、実はハードコア系のイラストが大好きでイラストサイトのお気に入りは全部それ系などということは、ありがちな話である。

 まぁ、桜子が買ったのもハードコアに限りなく近いなにかではあるのだが。

 もちろん、そのイラスト集は家に帰ってから読むつもりである。

 しかし……その時の桜子は『イラスト集を買ってしまった』というドキドキ感と背徳感で、そわそわしていた。後ろから肩に手を置かれたら驚きで心臓が口から飛び出てしまうんじゃないかという程度には……そわそわしていた。

 緊張で喉がからからになってしまう程度に、そわそわしていた。

 エロ本を初めて買った男子のような感じである。

 結局、喉の渇きに耐え切れず、近くのクラスが運営している喫茶店でなにか飲み物を飲むことにした。


 そこは、桜子にとっては、限りなく天国に限りなく近い場所だった。


「いらっしゃいませー!」

「……い、いらっしゃい……ませ」

「声が小さいぞ、正人。あ、お客様こちらにどうぞー」

 同僚に注意を入れて、テキパキとメイド衣装の誰かは桜子を席に案内する。

 そのクラスの出し物は『逆転衣装喫茶』だった。もっと有体に言えば男子は『女装』で女子は『男装』である。

「よ……与一。お前恥ずかしくないのか?」

「正人。こういうのは開き直った方の勝ちだ。お前なんて和装だからまだいいじゃん。僕なんてメイドだし、新田なんてミニスカで頑張ってるんだゾ?」

「なんで俺のだけスカート丈が変なことになってんだよ! 昨日まで普通のスカート丈だったじゃん! 如月、お前絶対に細工したろ!」

「あぁ、細工とかじゃなくて飲み物こぼしたんだ。マジでごめん。でも、鮫島はそのスカート丈で常日頃頑張ってるんだぞ? 冬場もお洒落頑張ってるんだぞ」

「そこで私を引き合いに出すのやめてくんないっ!? ところで、如月のスカートの中ってどうなってんの? おじさんにちょっと見せてごらん」

「なんで急にエロ親父化するんだよ! スカートをめくるな! めくるんならちゃんと無駄毛まで処理してきた新田にしろ! 僕のはガーターベルトで面白くねぇから!」

「無駄毛処理を強要したのはオメーだろうが、如月!」

 どう見てもクラス内の状況はカオスである。しかし……桜子にとっては天国だった。

 佐々木桜子。女装男子が責められるシチュエーションが好みという、わりと歪んだ(と桜子は思っている)嗜好を持つ女である。

 そのスカートの中どうなってんの? からの一転攻勢とか、かなり好みであった。

 少しだけうきうきしながら、メニューを見る。

 無難に、紅茶とパンケーキを注文することにした。

「すみません、注文いいですか?」

「ちょ……少々お待ちを! こ、古賀ちゃん頼む! こいつらしつけぇ!」

「……ったく。はいはい、分かったよ……」

 返事は予想外の方向から響いた。

 桜子はその人物を『このクラスの誰かの親戚の子かな?』と思っていた。

 高い声。低い身長。ちょっとだけ荒んだ目付き。長い三つ編み。どこからどう見ても童顔の女の子。中学生くらいの体格の女の子だと……思っていたのだ。

 半袖の体操着にスパッツにハチマキ。名札には『こが みかづき』とひらがなで表記されていた。妙な所で手が込んでいる。

 人懐っこい柔らかい笑顔を浮かべて、彼は桜子の前に立った。

「お客様、ご注文は?」

「えっと……紅茶と、パンケーキを……」

「ありがとうございます。少々お待ちください」

 注文を受け取ると同時に童顔の彼は凶悪な顔になり「オラ、お前ら騒いでねーでさっさと紅茶とパンケーキ作れアホども!」と、カオスな空間を一喝した。

 桜子の胸の奥に住まうなにかが、ぐるりと渦を巻いた。

「古賀ちゃん。生クリームってこんな感じでいいの?」

「そんなもんでいいけど、この場で作るなよ! ストック作っておけよ!」

「パンケーキ焦がしちゃったけどいいよね?」

「良くねーよ! 鮫島はマジでアホだな! 作り直せオラァ! あとそのパンケーキはお前と如月で食えよ!」

「えー? こういう所で女の子の手料理が食えるのは嬉しいけどさ、僕は別に失敗してないじゃん。鮫島は別に太ってもいないのにダイエット頑張っちゃう女の子だけどさ、そういう配慮は要らないと思うよ、マジで」

「如月うるさい!」

「デブでもなんでもねーのにダイエット頑張っちゃってる感じが女の子っぽいよね」

「オメーらうるせぇよ! 口動かす前に手ェ動かせアホが!」

「古賀、もうちょっとで交代だけど……交代できそうか?」

「今のうちに新田と水無月に仕込んでおく。如月は接客の方が向いてるし、鮫島はホントどうしようもないアホだからな。交代先が熊原だからなんとかすんだろ」

「僕のような引きこもりが接客向いてるわけねぇだろ。全く。古賀ちゃんは本当に全くだぜ。ところでその体操着どうしたの? 買ったの?」

「いちいち抱きつくな! この服は姉貴にすり替えられてたんだよ、くそっ!」

 コントじみたカオスな喧騒を聞きながら、桜子はぼんやりと、怒鳴りまくる『古賀』と呼ばれた少年を見つめていた。

 心臓の鼓動がやけに大きくなっていることに、桜子は気づいていなかった。



 この日を境に、桜子の中で『毒舌女装ショタ』がランキング1位になった。



 古賀三日月。隣のクラスの男子生徒。特徴は低身長、童顔、長い三つ編み。

 彼の家はケーキ屋兼カフェを営んでおり、甘いものに対してはわりと厳しい。店長兼経営者の母親の趣味か、店員の服は少女趣味のものが毎月のように変わるのが特色で、なぜか店番をする三日月もその服を着せられていることが多い。

 成績はわりと良好。運動もできるようだ。特定の友達はいないが、クラスではわりと目立つタイプで、特に目の死んでいる如月与一と外見だけ格好良い水無月正人という少年は懐いているらしい。背中から抱きついたりと遠慮がない。

(羨ま死ね)

 その光景を見る度に、桜子はそんなことを思う。

 部活や塾など家の手伝い以外で外に出る用事はあまりないようだ。付き合っている女性は皆無。外見と毒舌のせいで色々と損をするタイプらしい。クラス内での評価は『マスコット』もしくは『あいつ嫌い』に二分されている。

 仲の良い男子と遊びに行くことはあるが、それだけである。

 むしろ、彼の場合は女子が苦手……というか、あからさまに嫌っているようだった。

 そんな感じのデータは、一ヶ月ほどで集まった。

 佐々木桜子は、いわゆる秀才である。

 自分がなにをしているのか自覚はあるし、それが犯罪スレスレの行為だということも当然把握している。衝動のままに、多少の自制を効かせながら、相手や他人に気づかれることなく適度に、不自然じゃない程度に立ち回ることに慣れていた。

 例えば『写真に凝ってて』という名目で持ち歩いているデジタルカメラはとんでもない性能を有しているし、画像や映像を記録する記憶媒体はデジタルカメラが耐え得る最大容量であるが、そんなことに注視するのは漫画の名探偵くらいなもんだ。

 もちろんそのカメラは古賀三日月を撮影する用に買ったものである。カモフラージュとして犬や猫も撮影するが、それは趣味と実益を兼ねてもいる。

 桜子は可愛いものが大好きだった。

 データを他人に見せたりはしない。万一見せるような事態になっても大丈夫なように、記憶媒体はすぐにでも処分できるようにしてある。あくまで、パソコンに収めてにやにや笑いながら独りで楽しむためのものなのだ。もちろんプリントアウトもしない。部屋に飾ったりもしない。そこまでやったら確実に危ない人になると、桜子は分かっている。

 待ち受け画像にもしないし、写真を飾ったりもしない。桜子は周到な女だった。

 古賀三日月の帰宅は毎日尾行するが、他人との交流に支障がない程度。

 尾行が気付かれたら意味がないので、細心の注意を払う。じろじろ見ず、暗い道は避ける。日が暮れそうで人通りが少ない時は尾行そのものを切り上げることもあった。

 ケーキ屋に行くのは一週間に一度程度で、その時はシャッター音を消したカメラでこっそりと三日月を撮影する。言うまでもなくアウトである。そもそもカメラのシャッター音は消してはいけない。

 顔を覚えられているかもしれなかったが、あくまで『常連』程度の覚えられ方だ。

 人の道を踏み外してはいけない。相手や他人に気づかれたらお終いなのだ。そう言い聞かせながら、桜子は少しずつ画像や動画データを増やしていった。

 少しどころかどっぷりと道を踏み外しているような気がするが、どうでも良い。

 後ろめたさはあったが……それ以上の執心がそこにあった。

(可愛いモノを観察して何が悪いと、今の私なら開き直れそうね……)

 迷惑は一切かけていない。文化祭から半年ほどストーキングしているが、一度も気づかれたことはないのだ。

 2TBのハードディスクがいっぱいになりかけているのが唯一の問題か。

 やめようと思ったことは、もちろんある。

 それでもやめなかった理由は……。

(恋とか、そんな感じなのかしらね)

 好きかと言われれば、むしろそんなことはない。そもそも三日月とは、文化祭と店で事務的に話したことくらいしか接点がないのだ。

 見れば見る程可愛いからという理由しか……ないのだが。

(どのみち、最低よね)

 そんな風に自分の心を切って捨てて、今日も三日月の撮影に執心する自分がいる。

 そのことになによりの自己嫌悪を感じながら、今日も今日とで、後を尾けていた。


 それは、ただの確率論だったのかもしれない。


 半年間、毎日尾行していれば、どこかで遭遇するかもしれないことだった。

 三日月は自販機でお茶を買って、何の気なしに歩き出した。

 財布を落としたまま、歩き出した。

「………………あ」

 桜子は、三日月の財布を拾った。

 毎日尾行しているのだ。最初に気づくのは当然の話だった。

「っ…………っ!?」

 間に合ったはずだ。今なら背中が見える。ちょっと追いかけて肩を叩き「落としましたよ」と一言言って、財布を渡して立ち去る。それができたはずだ。

 しかし、尾行しているという後ろ暗さがある桜子には……それができなかった。

 一週間に一度はケーキ屋に通って事務的にではあるが、三日月と話している。顔は確実に覚えられているだろう。

 これを機に仲良く……という発想は、桜子の中にはなかった。

 自分の趣味が外れたものであるという後ろ暗さが、それを押し留めた。

 結局、桜子は財布を渡すタイミングを外してしまい……三日月の背中を見送った。

「……ど、どうしよう……」

 警察。いや、駄目だ。なんか駄目だ。警察は駄目だ。

 教師に渡す? それが無難だろう。でも……いや、やっぱり駄目だ。

 少し考えて、頭に電球が浮かんだ。古典的なひらめきだった。

「そうだ。今週はちょっと予定を繰り上げて……」

 いつもは週末にケーキ屋に行っているが、今日行くことにしよう。

 行く途中で財布を拾って、身分証明書を見て、ここの人だと分かったということにしておこう。

 財布を探る。幸いなことに保険証と家族の写真を見つけた。これで言い訳は立つ。

「よし」

 財布を渡すだけだ。簡単だ。それが終わればいつも通りだ。

 そう意気込んで、桜子は三日月の家に向かったのだった。



 もちろん、そんなもんで済むわけがなく。

 嫌が応にも古賀三日月と佐々木桜子の距離は近づいて行くこととなる。


 これは、少女が己の闇と戦う物語である。

次回に続くゥ!

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