苦悩
翌日、瑠璃は美帆にメールを打った。
『美帆 今日仕事帰りに寄っても良い?相談があるの。』
昨日の出来事をどう説明すれば良いのか・・・
その日の夜、瑠璃は美帆のマンションを訪ねていた。
『ピンポーン』
「ハーイ」
美帆がドアを開けると玄関先のリビングからスウェット姿の佳樹が顔を覗かせた。
「えー佳樹! どうして?えー?! もしかして一緒に住んでるの?
頭を掻きながら、佳樹が照れた顔を見せた。いつも冷静さを失わない優等生の佳樹には似合わない。
美帆も幸せそうに、赤い顔をしている。
「皆にはいずれ 話すつもりだったんだけどね。来年には結婚しようと思っているんだ。」
美帆が用意した、缶ビールと枝豆を摘みながら佳樹は告白した。
「パスタで良いでしょ?」
キッチンから美帆が声をかけてくる。
美帆がワンルームマンションからこの広い2LDKのマンションに引っ越した時に気付くべきだった。
三人でパスタを食べた後 美帆が瑠璃に話をふってきた。
「瑠璃 何か話があったんじゃないの?」
「・・これを見てくれる?・・・」
瑠璃は鞄に入れていた例の写真集を取り出した。美帆と佳樹が息を飲むのが聞こえてきそうだ。
瑠璃の口から
「この中に海がいるのよ。」
意味の解らない言葉が飛び出した。
「見れば判るから・・・」
そう言って、写真集を二人に広げて見せた。
・・・確かに そこには海がいた。穏やかな海原に、風神の怒りの様な嵐の中に 海が存在していた・・・・
口に手を当てて、驚きを隠せない美帆の肩を佳樹がキツク抱いている。 二人のショックは 瑠璃のそれには及ばないにしろ、激しい動揺が見て取れた。
「昨日 この人に会ったの。 凄く海に似ていた。雰囲気とかは全然違うし名前だって違うから海じゃないって判っているんだけど、海と同じ匂いがしたの。 」瑠璃の瞳がうるんでいる。
二人が顔を見合わせ、意を決したかのように佳樹が口を開いた。
「金城龍 沖縄の海を撮っている人だろう?」
「知ってるの?」
「ああ。約一月前 浩之と芹歌がTV局で偶然 彼の写真を見たんだ。それから、いろいろ調べた。」
「どうして、その時言ってくれなかったの?」
瑠璃は自分だけが、知らされていなかったことに、少しむくれていた。
「私に 最初に教えてくれてもよかったんじゃない?」
「瑠璃だから言えなかったのよ。みんな。
未だ 引きずっているでしょう? みんな知ってるよ?」
美帆の言葉は、芹歌をかばうものではなく、四人の気持の代弁だった。
「そうだよね。あれから、五年たった今でも 私は海を探しているんだから・・・おかしいよね? もう 何処にもいないのに・・・・・・・」
泣き出してしまうかと思った。
でも、瑠璃の瞳から涙が溢れることは無かった。未だ立ち直っていない・・二人は確信していた。
想いが強ければ強いほど、簡単に消えるものではない。一つの魂のような二人だったんだから・・
産まれる前に一つの魂を、分けてきたような二人だったんだから
『 瑠璃が金城龍氏の取材をすることになった。来週の土曜日に会うらしい。 まずは報告まで』浩之と芹歌にメールを打った後、美帆がポツリと呟いた。
「これで瑠璃が新しい恋をしてくれると良いんだけど・・・」
どうして? 偶然なのか?瑠璃の元に金城の取材が持ち込まれるなんて・・・
浩之の胸には、あの日の空の様に 黒い雲が覆い始めていた。