プロローグ
海と瑠璃の物語
それが海との最後のキスだった
胸騒ぎが現実となってしまった。海はサーフィン仲間達と海へ行くと瑠璃に話した。季節外れの大波が来そうだから・・と
「嫌だよ」
「夜には帰るから、美帆も呼んで鍋でもしようぜ。なっ?」
そう言って瑠璃にいつもより激しく、そして優しくキスをして、出かけていったまま、帰らなかった・・・
海と瑠璃は、同じ大学のサークルで出会った
海と佳樹は経済学部、瑠璃と美帆、芹歌は文学部。浩之と渉は法学部だった
真司とはサークル仲間達が良く行くバーで知り合った。
真司はそのバーで、バーテンダーのバイトをしていた。
彼らは週に二度は、サーフボードを持って海に出かけていく。佳樹と渉の車に乗り込んで、少年のように目を輝かせて・・
夜になっても、海達は帰ってこない。
どうしたの?
誰の携帯も、繋がらない。
瑠璃の部屋には、美帆と芹歌も来て 皆の帰りを待っていた。
♪今年最初の雪の〜
瑠璃の携帯の着歌が流れた。
「もしもし、海?」
「もしもし? 瑠璃か?俺、佳樹。帰り遅くなるから 先に寝ててくれ。」
「何? 聞こえにくいんだけど?」
「もしもし?こっちは、嵐なんだ。」
佳樹の声は、大声で怒鳴っているのに風に流されて 聞こえにくい。
「もしもし? 美帆だけど 佳樹 大丈夫なの?」
瑠璃の手から携帯を取り 美帆が話し出した。
「美帆か? 丁度 良かった。 海・が・・らわ・・た。」
「何? 聞こえない!」
「海が波にサラワレタンダ! 今 警察や地元の漁師さんが探してくれているけれど、見つからない。もうすぐ海保も来てくれるそうだから・・
まだ瑠璃には言うなよ。 後でまた連絡する。」
「うん。解った。」
・・声は、ちゃんと出てるよね・・
美帆の顔は 心なしか青ざめている。
「美帆? どうだった?佳樹 何て?」
何と言えばいいんだろう。何と言えば 瑠璃に感ずかれないのだろう?
「うん。何か向こうは嵐らしいから、車が渋滞していて進まないんだって! ちょっと遅くなるから先に寝ておいてくれって・・」
「渋滞なら仕方ないよね? 悪い知らせかな?って思っちゃった。」「何時に帰るか分からないから、取り合えず先に食べよう。ね?」
「うん。そうだね。食べちゃおう!」
いつもの瑠璃ではない。はしゃぎすぎている。美帆は 感ずかれたか?と 不安になった。
芹歌の表情は、変わっていない。
女三人で 鍋をつつき、たった一晩の安らぎを瑠璃に捧げる。 明日には 暗黒の悲しみが瑠璃を包み込んでしまうのを 美帆には防ぐことが出来ない。
沈み行く哀しみを 今だけは忘れよう。
芹歌は 直感で美帆が何かを隠していると分かっていた。
その何かが、自分達の運命を左右するものだとは思いもつかなかった。
日付が変わったころ、 ♪着メロが聞こえた。
美帆の携帯に佳樹のからかかってきた。
「もしもし、佳樹?」
「もしもし。美帆か? 海がまだ帰ってこない・・・・捜索は明日まで出来ないそうだ。」
話の途中で、『瑠璃!瑠璃?』
と叫ぶ美帆の声が聞こえた。美帆の携帯を聞いてしまったのだ。
「もしもし。芹だけど 海?佳樹?なにかあったの?」
携帯からは、芹歌の声が聞こえた。
「芹も来てるのか? 海が遭難した。今日の捜索は打ち切りだ。 明日朝から、天候が回復しだい捜索が始まるが・・ 多分・・・
覚悟しておいてくれ! 海の家族と大学にも、連絡を頼む。」
「判った。連絡はこっちで何とかするから。・・・海だけなの?」
「ああ 海だけが・・うっ・うっ・・・」
嗚咽だけが こだまする。
「佳樹 しっかりして!」
芹歌の叱咤が佳樹の耳に打ち付ける。
「取り合えず、明日まで待とう。ね?大丈夫だよ。海のことだからケロっとして帰って来るって・・」
「そうだな? 瑠璃のこと頼むな!」
「うん 判った。」
長い 長い 夜の始まりだった。