つまり、5月の修学旅行!23ページ
二人してオシャレとかについてウンウン唸っていたら、二人して周りが見えていなかった。
「じゃあ、次はこれとかどうよ?」
気が付いたら、次のリボンを頭の横に付けられた。
「うーん、やっぱジャージには合わねぇなぁ」
「うるさいって」
素直な感想なのにえぐってきてる気がするのは何故なのだろう。しかも今さっきまでオシャレ云々について考えていたもんだから、果たしてこのリボンと猫耳が似合うか似合わないかが気になって、部屋中からの視線が少し恥ずかしい。
気を紛らわせるために、俺は和樹に話しかけた。
「お前ら、本当いつこんな小物用意したんだよ。この猫耳とか、誰が持ってきたんだ?」
どうせ、それぞれが持ち寄って来たものだろうから聞いてもあまり意味ないがな。俺が知ってる中で猫耳を持ってきそうなのは、多分林とかじゃないか?
「猫耳か? 猫耳だったら持って来たの伊坂だぞ」
「伊坂ぁ!?」
予想外すぎたその名前に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。いや、伊坂って真面目な感じが強いから、そもそもこの猫耳を買ったところを想像できないというか。ともかく、柄じゃないだろ。
愕然として固まっていると、和樹は再び取り出したビニール袋をまた漁りだす。そこに複数の男子も加わり、また何が似合うだ似合わないだの議論を始める。
「だっ、ちょ、何してんだ⁈」
ほんの少し驚いていただけですぐこれだ。しかもトランプやらなんやらを一ゲームやった気配もない。体調には一応気を付けて、慌てて制止をかける。
が、和樹は制止を完全に無視すると、袋を漁りながらこう言った。
「燕が着けてたのが十個近くあったからな。かかりも後八個は付けるべきだって、さっき燕が」
「はぁっ!? ちょっ、つば……どこいったあの小娘!」
人を生贄として差し出しておきながら、自分は見事にエスケープ。さっきまでオシャレについて悩んでいた燕は、こつぜんと姿を消していた。まさか、さっき部屋で優しくしてたのは油断を誘うため……?
ともかく、もうこの部屋居続ける訳にはいかない。燕を探すと男子達に言うと、返事を待たずに廊下へと飛び出した。逃げんなと言う叱責が飛んできた気がするが知ったこっちゃない。あのどこかへ逃げた燕を見つけねば。
「まだ五月だ。巣を捨てて飛び立つには早いんじゃないかな燕ぇ」
名前が同じ。という事で全く関係ない鳥の方にも恨み言を呟きながらあの少女を探しに廊下を征く。同室なので部屋で待っていればいずれ会えるのだが、この時の俺は怒りでそんな考えなど浮かびもしない。
「清涼学園の生徒が泊まってるのは……流石に貸切だったな」
宿泊範囲で燕の行き先を絞ろうかと気怠い頭で考えようとするが、結果は宿の全範囲。外に行った可能性も考えてはみるが、用事があるとは思えない。一体燕はどこへ?
小走りでトランプを行っていた203号室のある階を過ぎ、一階のロビーへ行こうと階段へ向かう。一回には自販機や売店があるので、そこになら居るかもしれない。だが階段に差し掛かったところで、俺が小言を言ってやろうと決めていたもう一人にであった。
「やあ、廊下は走るもんじゃないよ。神鎌さん」
「あっ! 伊坂!」
階下より現れたのは、現在俺の頭の上にある猫耳カチューシャをくれやがった伊坂だった。出会ったからにはしょうがない。俺は一旦燕への怒りを留め置き、伊坂へのイラつきを引っ張りだした。
……って、何でまだ俺は猫耳カチューシャをつけたままなんだよっ! 怒り心頭で外すのすっかり忘れていた! このまま愚痴を言ってもしょうがないじゃないか。
慌てて頭のカチューシャを引っこ抜き伊坂に向かって問おうしたその瞬間、俺は立ちくらみを起こし体勢を崩してしまった。
「うおお、ぐっ……」
「ちょっと、大丈夫なのかい?」
そう言えば、今は貧血を起こしてる様なもんだった。それなのに、怒りで頭に血が上った上で小走りと言う運動をしたもんだから、正直すぐ起き上がれない。
だが、それでも文句だけは言わせて貰おう。
「伊坂てめぇ、なんて事をしてくれる……」
「ええっ?! 当たり屋じゃないか!」
誰が当たり屋だよ。うん、俺か。今のは言葉が足りなかったな。すまん。
「あー、倒れた事は関係ないから。そうじゃなくて、お前がまさかこれを持って来るだなんてと言いたいんだよ」
座りこんだまま、手に持っているカチューシャを掲げて見せた。その黒くて結構ふわふわ柔らかい猫耳を見ると、伊坂は「ああ」と得心したように頷いた。
「取り敢えず、手を貸そうか?」
「……ありがと」
伊坂に引き上げてもらい、そのまま階段の壁にもたれかかる。
さあ、ちょっと威圧感とか今の流れであったもんじゃないけど取り敢えず睨みつけながら視線で伊坂を問いただす。
視線を浴びた伊坂は、肩をすくめて見せた。
「睨まないでくれよ。それに、行きの新幹線の中で言ったと思うよ。『変身セットは持ってきている』とね」
変身セット? この猫耳の事か? そんな事、言ってたっけ?
「言ったよ」
「まじかよ……」
伊坂の答えに唖然として動けないでいると、彼は眼鏡を直して更に言う。
「セットには尻尾も手袋もあったと思うんだが、そっちは付けて無いのかい?」
「…………フルセットかよ」
分からん。やっぱり伊坂は分からん。ただ、恥など無いと堂々としたまま、しかもちょっと期待していたかの様な眼差しには、呆れて自然と溜息が出た。
「せっかくだから、もう一度付けるかい? 猫耳」
「やだよ」
溜息は一気に気怠さを運び、燕を追おうとする気持ちを何処かへ押しやった。
「結構似合ってたよ?」
「嫌だから」