つまり、五月の修学旅行!18ページ
とにかく怒りが続いてて、でもそれをぶつける先を知らなくて。こんな気持ちはいつ以来だろうか。
子供の頃、弟とサンタさんへのクリスマスプレゼントが被って、二人同じ物を頼めば良いのになんでかお互い癪にさわって、お前が譲れとケンカを起こした。 口論は幼稚な口喧嘩からすぐに取っ組み合いへと変化して、見兼ねた母さんがお兄ちゃんが我慢しなさいと言って無理矢理に収めた。
それから数日。目的の物を手に入れた弟を見ながら、幼い俺は本当に欲しいものは我慢したのにと折角貰ったプレゼントを壊しそうな勢いで弟を妬んでいた。
その時の、あのモヤモヤとした感じ。結局吐き出すことなく消化する怒りに似た感情が、俺の中で渦巻いていた。
「……で、どう? 調子は。なんか変な所とかない?」
男になれないと知ってすぐ、燕の行動は早かった。一通りの行動はもうすでに完了しており、後は大事になる事はないだろう。意外な事に被害が出たのは、下着と、今日観光に着ていた制服のスカートのみに落ち着いていた。直前まで寝ようとしていた布団まで侵食しなかったのは、正直奇跡だと思う。
「……違和感だらけだよ」
「まぁ、慣れるしかないって」
ぼやいた言葉はばっさりと切って捨てられ、続いて出た溜息は空を漂う。そして視線はどんどん高さを下げて真下を向く。自然、注目してしまうのは、処置を済ませた股間部分だ。
自分でも分かるくらいに参っている。思ったよりずっとショックがでかかった。それを見た時には思わず引き攣った声を上げてしまい、継いで認識した匂いには顔を背け、初めて見た器具を相手に体は強張り続けた。
この一年生理が起こらなかった事がかなりありがたかったのだなと思う程である。
そして、そんな最大級の山場を越えて、安心して一息つこうとした所に変わらず続く鋭い痛み。
もうさぁ。いいじゃねぇかと。俺今凄い気合入れて頑張ったんだよ。三十分ぐらい痛み引いてもいいだろうよ。なんでズキズキ来るかなぁ。
そんな愚痴を頭の中で唱えながら、腹部を抑えてしゃがみこむ。ほぼ全世界全ての女性が、月一で耐えている痛みだと言うのは知っているが、体としては異常が無く、むしろド健康なのも知ってはいるが、ちょっと理不尽だと思わずにはいられない。少なくとも、俺は絶対涼しい顔して外を出歩くだなんて出来ないだろう。
「……いやさ、今のかかりを見てるとさ。私ってまだそんな酷い方じゃ無かったんだなぁって思うよ。今まで比較出来る人も少なかったし。キツイもんだなぁと思っていたんだけどね…………にしても、ホント珍しいくらいにやられてるね。後で鎮痛剤武川先生から貰って来ようか? いや、買ってきた方が早いかな?」
しゃがみこんだ体勢から布団の上へと倒れ込み、燕が言った事を半分も理解できないで一番痛くない姿勢を探す。別に頑張れば我慢出来ない訳じゃ無い程度の痛みだが、なにしろもう二時間程続いてる訳で。ずっと気張っているのも疲れるし、我慢しても別に軽減されないし、あぁ、もう。
「痛いの痛いの飛んでけー……」
「そ、そこまで言うか」
もちろん、こんな事言っててもしょうがないのは分かってるんだけどな。でも、もうそろそろロビーで行っていた集会も終わるだろうし、その前に処置が終わったのはいい事だ。面倒事のある無いもそうだし、俺の気分的にも、きっとマシだろう。とりあえず、状況的にひと段落ついた今は
「燕。色々とその、本当にありがとう」
大変世話を焼いてくれた彼女に、素直にお礼を言おう。
「ちょっとかかり、別人格持ってたとかやめてよ? なんかそれくらいしおらしくなってるけど」
それが百パーセント伝わるかどうかは別として。と、その時、部屋の扉を数回ノックする音が響いた。
時計の方へと顔をやると、長身と短針は縦にまっすぐの一本の線を作っていたところで、今さっき自由時間と風呂時間が始まった事を示していた。
ともすれば、先生の誰かか、テンションの高い男子達か。燕が対応しに行った様子を見ながらどっちかなぁと考える。
「あれ? 修かぁ。どうしたの?」
「いや、さっき集会から外れてたろ? そん時の連絡と、後様子見てこいって先生が。んで他のやつらもそれなりに心配してたからな」
違った。連絡係を任せられた修だった。見舞いも兼ねて代表して一人で来たらしく、彼の他に低めの声はない。しばらくすると、様子を見に来たと言う言葉通りに修は部屋へと上がってきた。
「よう、気分はどうだいかかりさんよ」
背中側から声をかけられる。寝返りをうって修の方を向くと、彼は苦笑いをする。
「って、顔色すげえよろしくねぇな」
よろしく無いも糞もあるか。絶不調だぞ。人事みたいな顔しやがって、しばらく愚痴を吐き続けてやろうか? ……いや、そんな気力もわかねぇや。
「なんだよ、そんな睨むなよ。で、武川はなんて言ってたんだ?」
あのおっさんは腹冷やすなだの、帰ったら主治医とよく話せだの言っていたよ。……見抜いてたのか? いやいやいやいやいや、きっと奴は丸投げしただけだ。もし見抜けるのならばその前にあのボサボサの髪をなんとかしているはずだ。
そんな事を眉根を寄せながら考えていると、修がその場にあぐらをかきながら、お前って奴は腹に気を取られてなんも聞いてねぇのかよ。と笑いあげた。
ムカついたので睨む事で抗議の意を伝えると、微笑んで流された。癪だ。
「んで、お前夕飯はどうするんだ? 食えそうなのか? 酷い下痢って言うんじゃ無理しねぇ方が良いと思うが」
「……………」
修のその後ろで、燕が小さくあっと呟いた。そう言えば、まだ正確にこの事を知っているのは俺と燕だけだったか。
なんでよりにもよって修学旅行中。頭の中で、他人事の様に俺はぼやいた。