つまり、五月の修学旅行!15ページ
「ふおお……おぅ」
ズンとのしかかる様な腹への衝撃に、つい呻き声を上げてしまう。幾つもの観光地を巡り、もう日もだいぶ傾いた頃。そろそろ宿泊先に戻らないと。と、公園のベンチで一休みがてら相談していた時のことだ。
「かかり、お前食あたりとかノロウイルスとかやめろよ? 強制送還みたくお前だけ学校に戻されんなら良いが、修学旅行中止は勘弁だ」
最初の頃はうずくまる俺を心配してくれていた飾だが、今の彼の表情は呆れ顔だ。
俺は腹を抱えたまま、顔を上げて飾を睨んだ。
「うるさいよ飾。修学旅行中止はもうあり得ないし、そう言う事はジャケットのタグを取ってから言ってくれ」
「え、タグ? ……なっ!なんで言ってくれねぇんだ!今日一日ずっとこのジャケット着てたんだぞ!」
むしろなんで気が付かなかったんだよ。今更赤面しながらタグを引きちぎる飾を見て、そう思う。昼ご飯を食べたお店の店員さんも、クスクス笑っていたじゃんか。で、ちょっと指摘するべきかどうか悩んでたのが可笑しかったな。
「ふぉおおおう……」
しまった。まだ腹壊したままだった。今度は針かなんかで刺された様な痛みに、俺はまた顔を伏せた。
下痢止めも今は持っていないし、なんか脂汗出て来たし、何かこう、ヤバイ。
「かかり、お前そんなんで宿まで帰れんのか? 」
痛む腹を摩っている俺にそう尋ねて来たのは、今日大吉を引いていた修だ。
「我慢出来ない程痛い訳じゃないから、帰れるよ。まあ、帰ったら部屋でゆっくりさせて貰うとするけど」
修に、と言うか班員達に向かってそう言うと、気合いを入れてベンチから立ち上がった。腹に力を込めすぎるとズキンと痛むので、集中して力加減を見極める。よし、痛くない。一旦落ち着いたか。
「ふぅ、悪いな。時間食って」
立ち上がった後、腹を摩りながらそう言った。腹痛なんかで結構な時間公園の中に居てしまったので、ちょっと申し訳ない。
「何言ってんだ。下痢の痛みは基本耐えられねぇだろ。気にすんな」
「下痢と食あたりは違うだろ、ウッチ。まぁ、本の三十分程度なんだし、神鎌も気しなくていいぜ」
「ありがとう。内竹、菊池。もし帰る途中で痛みが酷くなったら、お前らに寄りかかるよ」
「寄りかかるだけじゃなくてさ、抱きついてくれ。そしたら宿まで俺おんぶしちゃうからよ」
「……それは遠慮したいなぁ」
「なぁっ! なんでだよ?」
親切心からの提案なのか下心からの提案なのか分かりかねますので。
菊池にそう言った後、みんなで駅に向かって歩き出す。俺はまだフラついているので、燕に肩を貸してもらいながら歩く。肩を貸しているのが男連中でなくて燕なのは、身長が一番近いから。寄りかかるときに体勢が楽なんです。
「昨日はのぼせて、今日は食あたりかぁ。なんだか運無いね、かかり」
そういえば、のぼせた俺を部屋まで運んだのも彼女だったか。ここ最近、燕の世話になってる事が多い気がする。
「今日はともかく、昨日のは自業自得だからなぁ。何とも言えん」
それに昼間は快調だしな。今日だってあちこち駆けずり回った。
「えっ、じゃあもしかして、明日は寮に帰ってから不調になるの?」
きょとんとした顔でそう聞いてきた燕に、俺は口を開いたまま固まった。
どうしてそう考えられるんだよ。今たまたまそうなってるだけだから。俺光から生み出してるのビタミンDぐらいで、昼間しか動けない人じゃないから。ああ、心無しか腹痛に加え頭痛もしてきた気がするぞ。
俺が呆れ顔のままそう考えていても、燕は気にする様子が無い。それどころか「昨日はだるいだけで、今日はお腹壊してて、明日は吐くんじゃないかな?」とどこか楽しそうに予想していた。
寮に帰ってから吐くだなんて、泥酔した人みたいだ。俺は絶対にそんな事はしない。例えノロだったとしても吐くならトイレだ。意地でそうしてやる。
そうして痛みに耐えつつゆっくり歩いて、途中駅員さんやすれ違った親子から大丈夫ですかと声をかけられたりしながら、なんとかホテルまで帰ることが出来た。
ただ、ホテルに着いてから先生の話を聞く気力は残っていなかったから、一言断ってから先に部屋に戻ることになった。多分、布団に入ったら動けないくらいだるい。
腹痛が辛いので休みたいと先生に伝えに行く時、今回の旅行に同行していた武川は、
「痛そうな顔してるな。明日最終日だし、帰ったらちゃんと身体検査しとけよ?行きつけの病院あるんだし、ばら撒かれたら大変だからな。あ、あと、腹冷やすなよ」と、心配する気配の無い声でそう言ってきた。痛そうじゃなくて、痛いんだよ。我慢出来なくはないけど、無視は出来ないくらいに。
「ほら、直ぐ部屋戻るよ。私も疲れてきたから」
そして燕に一言二言何かを言った後、欠伸をしながら去って行く武川を軽く睨んでると、燕がそう言って来た。
「あ、ああ。……燕、階段どうしよう」
正直、この状況で登り切れる気がしない。いや、頑張れば登れるはずだ。そんなに酷くは無いはずだ。骨折とかしたとないが、それよりは楽、なはず。
そんな俺に、呆れた声再び。
「そんな心配しなくても、エレベーター使うから。ほら歩く」
俺達がエレベーターの前に辿り着いた頃、ホテルのロビーで集会と予定確認が始まった。これから修学旅行二日目は夜に入る。
「今ね。猛じゃなくてかかりで居てくれてよかったと思ってる。軽いんだもん、力抜かれてても」
「本当に、本当にごめん」
俺は腹痛に耐えながら、燕に担がれたままだった。