つまり、五月の修学旅行!14ページ
「んだって?」
朝食も食べ終わり、一旦ロビーに集まって点呼を取ろうというところ。乱雑に集まった生徒達に囲まれなながら、俺は呆れた声を出す。
誰に向かって言ったかというと、隣で大あくびかましている和樹くんにだ。
「昨日俺と燕が風呂入ってた時、男子はシャワーだけで済ませて部屋で人生ゲーム32人プレイしてたって事か?」
「ああ、つまりはそういう事だ」
「…………」
マジかよ。昨日風呂入ってた時静かだったのは、そもそも大浴場に居なかったからか。ふざけんなよ。変に考えて要らん心配してたわ。にしても、
「そうと知ってたら、昨日夕飯食べ忘れる事も無かったのになぁ」
「そういや、昨日お前いなかったな。体調悪いのか?」
俺の気だるそうな呟きを聞いた和樹が、頭上から顔色を伺う様に尋ねてきた。その声には若干の心配の色が見える。
俺はうなだれたまま答えた。
「ただのぼせただけだよ……」
逆にぐっすり眠って調子良いぐらいだ。と、俺は右手をひらひら振って見せながら。
そうして始まった京都見学二日目。この日は班別行動となり、申請した最低五人の班で動く。ホテルからの出発は朝の九時で、戻るのは最低で午後の五時。昼食は個人の自由で、問題を起こしたら夜先生の部屋でお説教。となっている。
「なんか、修学旅行って気がしないなぁ。」
移動する電車の中、座席にだらしなくもたれかかりながら、俺は気の抜け切った声で呟いた。電車の中はかなり空いていて、この車両の中だけでもシートはまばらにしか埋まっていない。
「は? そりゃどういう事だよ」
俺の呟きを聞いたのか、隣に座った修がこちらに顔を向けた。他の班員達も気になったのか、結構な視線を感じる。
「いやさ」
有名女優と名俳優の熱愛を報道している天井の中吊りを眺めながら、俺は考えていた事を言ってみた。
「修学旅行って言うか、ぶっちゃけただの観光だよなぁ。って」
朝九時から午後の五時まで完全自由時間。電車乗り継いで大阪行ってもいいし、バカみたいにずっと歩いててもいい。先生が待ち構えているチェックポイントのようなものも無いし、レポートみたいな課題も無い。体験学習も無い。
「本当に修学旅行って気がしないなぁ」
この旅行のどこに修学と言う言葉があるのか。学校の行事なら、時代戻って長期遠足と言うのが良さそうだ。
「別に観光ならいいじゃんかよ。つか、面倒な調べ物が無いだけそっちの方がマシだ」
こう気楽そうに言ったのは、斜め向かいに座ってる飾だ。
まぁ、面倒なものがないのは俺も嬉しいけどな。飾の言うことに適当に同意しながら、思う。けど、それをタグ付けたままの上着着て言うなよ。ちゃんと取れよ。指摘しにくいんだよ。そういうの。
じゃなくて。
「でもわざわざ学校主体でやる理由がわかんないんだ。『生徒達で共同生活云々』ってなら、『高修旅行』だってあるのにさ」
「うーん、かかり。言いたい事は分かったんだけど、 ちょっと思い返してみてよ。
そもそも今回の旅行が海外じゃないのは、学園が金欠になったからでしょ? もしかしたら、新幹線とホテルで精一杯だったんじゃない?」
「……なるほど、もしそうなら少し納得した。
あれ? おい燕、それならこの観光化現象は」
「私達がって事になるよ」
「…………」
うわぁ。……うわぁ。なんか悲しくなって来た。愚痴っていた原因が根本的には自分自身にあるとか。行き先が海外じゃ無かっただけでクラスの連中は落胆していたのに。俺が愚痴ってる場合じゃ無かったよ。
「…………」
「……おい、かかり? どうしたよ。急に俯いて」
でもさ、でもさ。無駄に金が掛かったのも仕方なくね? 燕の事は別として、俺がどうしてこの変な体質になったのか、誰にも分からないんだから。
気が付いたら一年。もう性転換なんて当たり前の様に過ごして来たけれど、そういや俺、どうしてこんな体質になっているのだろうか。今更なんだけど、この事に理由はあるのだろうか。
「……………」
どうせ考えてもわからないか。この不思議体質になった事に意味があるなら、きっと半年前には答えが出てるはずだ。そう考えながら、俺は首を左右に振って窓の外へ意識を向けた。
そろそろ駅に着くらしい。赤い柱に赤い柵。大きな駅ではないけれど、見逃す事は出来ない。
「お、目的地に着いたな。降りるぞ」
声からして、言ったのはきっと修だろう。適当に返事をしながら、俺も軽く準備する。
今日の自由観光。俺たちが最初に訪れる事にしたのは、伏見稲荷神社だ。