つまり、五月の修学旅行!13ページ
去年の今頃、徹夜してしまうと強制的に性転換する事と、やろうと思えば自分の意思で性転換できる事を知った俺は、『徹夜さえしなければ、ずっと男のままでいられるのでは?』と考えた事がある。
朝起きて、男だったらそのまま生活して、女だったら男へと変化してそのまま生活。そうすれば、寝ている姿だけは女の子だが、それ以外は男のままで過ごしていけると思った事が。
それは一年位前の事だ。燕の事も落ち着いて、日常をいつも通りに過ごそうとしていた時に、そう考えたんだ。
実際にやってみたら、四日目で強制性転換して、それは無理だって分かったが。
どうして強制性転換が起こったのか、そう考えて、みんなで話し合って、きっとこれは男と女、両方バランス良く生活しなさいという事なのだろうと結論付いた。実際は違うかもしれないが、深く考えてもわからない。
で、どうして朝女で起きたことが、バランス云々のお話に繋がるのかと言えば、それは睡眠と言うものに関係する。
俺の睡眠は、脳を休めることと疲労を回復させる事以外に、今言ったバランスを保とうとする働きを持っているらしい。
女で居た時間が長ければ、少しでも男でいさせようとする。逆もまた同じだ。
では、例えば男の姿で寝ようとした時、そのバランスが女側に偏っていたらどうなるか。それは、少しでも身体が男で居続けようとし、性転換は起こらないのだ。
「昨日さ、お風呂入るまでずっと猛で居て、かかりだったのほんの二時間程度でしょ? そりゃ女の子で起きるはずだよ」
顔を洗ってしっかりと目を覚ました燕が、寝癖を直しながらケラケラ笑う。軽い調子なのは他人事だと思ってるからか、俺が深刻そうな顔をしていたからか。
「だのにかかりって、謎解きする前の探偵みたいな顔して、もー自分の事なのに」
「うっるっさいなぁ! 忘れてたんだよ。バランス云々の事なんか最近考えもしてなかったからな!」
あとそのたとえなんなんだよ。謎解きする前の探偵って自身に満ち溢れてそうじゃんか。さっきまで俺ちょっと不安だったんだよ。どっちかっていうと第二の被害者出ちゃった時の探偵の表情だろ。
……ダメだ。二人とも最近ちょっとハマってるドラマの影響受けてるや。探偵はちょっと置いておこう。
「ああ、改めて面倒臭いなぁ。この身体は」
髪をグシャグシャ掻き回しながらそうぼやく。
一応、今日は女の子でずっといる予定だったし、もし間違って徹夜なんかしても大丈夫な様に服もそれぞれ三日分用意してはいるが、こういう予想だにしない事があると結構動揺してしまう。
溜息を吐くとどっと気だるさが溢れ出てきて、せっかくの修学旅行も億劫になりそうだ。
「……顔洗おう」
そう呟いてから洗面所へと移動する。鏡には、眠たそうに半眼で睨みをきかせている自分の表情が見えた。とりあえずはこの顔から、眠気だけでも取り除いてやろう。
蛇口を捻って水を出す。流れ出る水に手を当ててみると、思っていたより水温が低かった。だけど、眠気覚ましにはこれくらいが丁度いいのかもしれない。
両手を使って水を掬う。そのままそれを、自分の顔面にぶち当てる。直ぐに手探りでタオルを探し、少し濡れてしまった前髪からも水を吸わせた。
「っはぁ」
で、ここで一息。しばらくそのままの姿勢で、昨日眺めていた栞の内容を思い出す。えっと、確かこの後七時起床だから、その前に、
「起きろぉっ!」
「のおおおおおいっ!」
びっくりしたー。今起床時間か。七時か。朝か。いやさっきから朝だ。
「七時だぞ!各自準備して七時半までに食堂に集まれよ。遅れたやつは食えねぇからな。昨日ホントに食えなかったやついたからな。分かったら起きろよ」
……多分これは先生の声だろう。一つ一つ部屋をまわるのを面倒に感じたのだろうか。修学旅行生以外の宿泊客もいるだろうに、大きな声で叫ぶなよ。後、俺の事を持ち出すな。
「かかり、今の声何?」
洗面所の前に立ったまま廊下へと続く扉を睨んでいると、後ろから声が掛かった。振り向くと、着替え終えた燕が覗き込むように俺を見ていた。寝癖を直しきれなかったのか、リンゴの形をした髪止めが頭の上で光る。
「何って、先生だろ? 七時半までに食堂にーとかなんとか言ってたし」
「あー、いや、そうじゃなくてね」
「ん?」
そうじゃない? てっきり馬鹿みたいに叫んだのが誰なのか気になったのかと思った。
でも、そうじゃないって事は、何で先生があんな声を出したのかって事か? そんなの解るわけ無いだろう。エスパーじゃねぇぞ。俺は。
そんな事を考えていたから、いつの間にか表情が固くなっていたのだろうか。燕がおずおずと続きを言った。
「そうじゃなくて、その、『のおおおおおいっ!』って言う、弱ったセミがいきなり動いたかのような声は一体……」
なんか嫌なたとえだな。じゃなくて。
「……かかり? どうしたの? 怖い顔して」
「……まさか、追及されるとは……」
つい顔を手で覆いながら呟いた。悪いけど、それただの悲鳴です。