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つまり  作者: 石本公也
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つまり、五月の修学旅行!12ページ

窓から入ってくる光は、薄暗く室内を照らしていた。多分、朝の、それも太陽が上がって来たばかりの時間だ。五月の半ばの朝は、意外と明るい。

早朝独特の雰囲気に包まれた六畳程の和室は静かなもので、耳に入るのは、近くを流れる川の音と、同室の子の寝息だけ。後は、近くを走ったのか時折聞こえてくるバイクの騒音ぐらいか。

この早朝の雰囲気、俺は結構好きだ。昼間より涼しくて、ちょっと肌寒くて、見慣れた街がいつもと違うように感じて、見知らぬ土地が、どうしてか見覚えがあるような気がして。

ここで、心の中に今したい事が二つ程出来た。一つは、身体を起こして窓を開け、この早朝の空気を味わいたいというもの。もう一つは、このままぬくぬくと布団をかぶったまま二度寝に突入することだ。

どちらも心地よく、早起きしたからこそ味わえるもの。早朝の二度寝は昼間の二度寝より気持ち良いし、早朝の深呼吸は本当に体の空気を入れ換えている気がする。

ううっ、どちらも負けず劣らず魅力的だ。どうしよう、どうすればいいだろうか。一度深呼吸してしまえば眠気なんて完全に吹っ飛んでしまう。二度寝をすれば早朝の雰囲気は終わる。二つに一つ。どっちを選ぶ?

悩んで、吟味して、それぞれを天秤にかけた末に、俺は布団から起き上がって朝の空気を楽しもう。と言う結論を出した。

布団からもぞもぞと這い出て、その場に座る。

二度寝か深呼吸かで悩んでいる間に、結構な時間が経っていたようだ。部屋の中がだいぶ明るくなっている。首を回して、俺はよく見えるようになった部屋を見渡した。

俺からみて右側には、光差し込む片開き窓がある。左側には、玄関、洗面所、押入れがあり、同室の燕が寝ている。正面には、布団を敷くためにどかされたテーブルと、付けても砂嵐しか映らないテレビ。背後は、壁だけ。

そんな一般的な旅館の一部屋の中で、俺は背筋を伸ばし、大きく息を吸い込んだ。肺に空気を溜め込んで、しばらくしてからフウッっと吐き出す。

「よし、起きよう」

あまり大きくない声で気合をいれて、立ち上がる。掛け布団が足元で崩れたが、直すのは後回しにする。

寝ている間に着崩れたっぽい浴衣を正してから、俺は部屋の東側にある窓を開けた。

途端、想像していたよりもやや肌寒いと感じる空気が、部屋の中に入り込んで来た。

「さぶっ」

予想外の寒さに体を抱きかかえる様にして身震いする。こりゃ何か上着が無いと駄目だな。後花粉が思ったよりひどい。二つが合わさってくしゃみが出そうだ。

こんなんじゃ、気持ち良く深呼吸なんて出来そうにない。俺は慌てて窓を閉めた。くそう。二度寝にすればよかった。

「クシュン!」

小さく控えめなくしゃみが一発。後ろから聞こえてきた。どうやら窓を開けた時に入り込んだ冷気と花粉が、それを起こしたようだ。

「……んあ、かかり?」

起床時間の五分前。六時五十五分。寝ぼけた声を上げ、寝癖のついた髪を揺らし、まだ眠たそうなまぶたを擦りながら、燕は布団からむくりと起き上がった。

「ああ、燕おはよう」

まだ頭が起きていないのか、ぼーっとしたままでいる燕に俺は声を掛けた。彼女はゆっくりと俺に視線を合わせて、

「あー、おはよう……んー。んぅ?」

唸った。寝癖で大きく膨らんだ頭が、ふわっと揺れる。

「えっ何? どうした?」

人のこと見ていきなり唸るって、俺に何が見えたんだよ。怖えよ。俺何かに憑かれてるの?

動揺する俺の事を全く気に掛けず、燕はジッと俺を見る。

「……昨日さ、かかりで寝たよね?」

「えっあっ、あぁ、風呂の事があったしね。女で寝た」

「……今、性転換した?」

「いや、してないけど……」

「猛じゃ無くてかかりだよねぇ。今」

「あ」

そう言えば、そうだ。燕に言われ、長く綺麗に流れる自分の黒髪を確認して、俺は今更、今自分が女の姿である事に気が付いた。

普段なら、女で寝たなら翌朝は男、男で寝たなら翌朝は女になっている。

徹夜した時を除いて、俺は毎日、交互に雌雄の身体を入れ換えて来たのだ。

「いや、でもさ……」

でも、他にも色々とめんどくさい制限がこの身体にはあった気がする。なんだっけ、ほら、毎日交互に、寝ている間に勝手に性転換する事と、自分の意識で性転換できる事と、女、あるいは男の体で一日中起き続けていると強制的に性転換し、そのまま二日後まで性転換出来ない事の他に、なんかあった気がする。

「でも?」

燕は立ち上がって聞いてくる。もう相部屋になって一年。そうだ、燕にも聞いてみよう。

「でも、さ。何かなかったっけ? 女で寝て、翌朝も女でいたこと。徹夜じゃなくて、そうなった事」

例えば、六月がくるか来ないかの頃。例えば、夏休みが残り少ない八月の暑かった頃。

「あー、自分で昔言ってたじゃん。ほら、バランス云々って」

そんな風に、俺が悩んでいると、思い出したかの様に彼女は言った。

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