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つまり  作者: 石本公也
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つまり、五月の修学旅行!10ページ

文字盤を外し、ネジを取り、磨り減った歯車を取り除いて、錆を剥がし、油を差してフーと一息。正直、こんなにも細かい作業をするとは思わなかった。俺じゃなくて修理業者を呼べよ。ここは夢の中みたいだけど。

作業を始めてから一体何分経ったのか。マダムトラ猫が的確に指示を出してくれてるが、それでも緻密な造りをした機械が相手。思っているより時間がかかっていることだろう。

そんな事を考えながら、俺はマルチーズ君が足元から差し出してくれた新しい歯車をはめ直していく。ちゃんと噛み合う様に、歯車が外れない様に。

「後は一番大きな歯車を入れ直して、文字盤を戻しましょう」

「てことは、これでおしまいですか」

「はい。……やっぱり、器用なものですね」

「……そりゃあ、この中ではね」

正直、本当に直ったかどうなのかは分からない。指示してもらっていたとしても俺は素人。時計なんて今まで電池交換ぐらいしかした事が無いのだ。

だから、結構不安。

ネジを締め直してから、文字盤を戻す作業に取り掛かる。白と黒だけの、特に仕掛けも無いシンプルで大きな盤は結構重たくて、なんで一々取り外すのだろうかと考えた。

昔見たドラマか映画だったかでは、文字盤は取り外しではなく扉の様に開いていた気がする。そんで、絶対開く方が楽だ。俺としては。

「よっと……ふぅ、上手くいった」

十二と言うの数字が一番上になるように嵌め込むと、数字の位置がずれないように固定する。

後は動力源のネジ巻きをする。詳しくは知らないけど、振り子時計と言ったら、この作業は必須なんじゃないだろうか。

マルチーズ君から手渡された巻ネジは、持ち手の所が控え目に装飾されている。

なんだか、ちょっとワクワクして来た。これからただネジを巻くだけなのに、本のちょっとドキドキして来た。

「所で」

そんな俺に、突然、マダムトラ猫は話しかけて来た。

「所で、今聞く事ではないのですが……あなたは、犬派ですか? 猫派ですか?」

「……は?」

本当に今聞く事じゃ無かった。それ修理終わった後でいいだろ。さっきまでの昂ぶった感情が一気に冷めていく。犬派か猫派かって、話の脈絡も何もねぇよ。突然過ぎるわ。

そう思いながらマダムトラ猫を横目で見ると、このトラ猫は質問する前と全く変わらずに俺を見続けていた。

フーと息を吐き、時計に向き直ってから俺は言う。

「……まぁ、両方好きですけど、そうですね。どちらかと言われれば、猫派。かなぁ」

「そうですか。なんだか見た目通りですね。……っあその螺子、左巻きです」

「えっ? ああ、分かりました」

キリキリキリキリ、キリキリキリキリ。

文字盤の、ちょうど六と五の間にある小さな穴に巻ネジを差し込み、正面から見て左側に巻いていく。普段あまり聞かないのに、妙にしっくりくるキリキリ音を聞きながら巻いていく。

その感触が重くなるまで、巻いていく。

「……あ、動いた」

十分にネジを巻いた所で、俺は巻ネジを外してみた。振り子がゆっくりと動き出し、思い音を響かせる。

「直りましたね。本当にありがとうございます」

動き出した時計を見て、マダムトラ猫は頭を下げた。

「いや、そこまでじゃ無いですよ。指示があったから出来たんだし、それに……」

でも、マダムトラ猫は少し大袈裟な気がする。俺は指示通りに作業していただけだし、なによりこの時計、ネジを巻く前にやる事があった。

「時間、合わせて無いんですけど……」

動き出したばかりで、まだ十二時零分を指してる時計を目の前に、俺は苦笑いを浮かべた。今が何時何分かは知らないが、この時計が間違っているのは確かだろう。

夕日が差し込む時間に十二時を指す時計なんて、俺は使いこなせる自信が無い。

「ああ、そうですね。でも、問題無いですよ。むしろこれで良いんです」

それなのに、マダムトラ猫は微笑を浮かべてこう言ったのだ。彼女の周りでは、マルチーズ君を筆頭に犬猫達が撤収準備を始めている。牛車の向きを変え、部品を荷台に乗せて、後はトラ猫を待っているだけの状態だ。

「それじゃ、本当にありがとうございました。また、機会があったら会いましょう」

トラ猫はもう一度俺に頭を下げた。会釈を少し大袈裟にした様なお辞儀だった。

ただ、夢の中でまた会おうって約束はどうかと……いや、別にいいか。もう。

「はい。またいつか」

「それじゃあ。本当にありがとうございました」

その言葉を聞いた瞬間、途轍もない眠気が俺を襲った。ここは夢の中なのに、それでも眠い。抗おうとしても、まぶたが重たくて仕方が無い。そのまま意識を失う様に、俺は倒れてーーーー



ーーーーそして、旅館の布団で目が覚めた。

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