つまり、五月の修学旅行!10ページ
雄と雌、つまりは性別を間違えるなんて大変失礼な事をしでかした後、慌てて声を裏返しながら謝ろうとする俺を、トラ猫は優雅な笑みを浮かべて許してくれた。何と言うか、大人。
そんなマダムなトラ猫は、優雅な笑みを浮かべたまま口を開く。
「こうしてお話が出来るなんて、とても嬉しい事です」
「はぁ……」
一体何が嬉しいのだろうか。俺は別に有名人では無いし、新聞に取り上げられた事も無い。また、二本足で立ち人語を操る猫と交流を持った事も無い。話をしただけで嬉しいだなんて、この猫寂しがりやか?
そんな事を考えながら、俺は返事とは言い難い呟きを返した。
猫が人の動きをするのは、リアルだと結構気味が悪いんだなぁなんて失礼な事を考えながら。
「それで、その……少しいいですか?」
トラ猫は訊いてきた。少々ぎこちなく、遠慮がちに。
「えっあっ……あぁ、大丈夫ですよ」
一瞬、俺が考えている事が見透かされているのかと思った。でも、少し考えてから、トラ猫さんが話を切り出そうとしているのだと理解する。言葉はぎこちなくても、眼差しはとても真剣に思えたからだ。
でも一応、心の中で変な事を考えてしまってごめんなさい。と謝った。この心の声が聞こえたかどうかは知らないが、トラ猫さんは首を一回縦に降ると、前足を片方持ち上げて俺の後ろを指した。
首を回して、前足が差した方を見る。
「その古時計、止まってしまっているのが分かりますか?」
そこには、先程まで俺がずっと寄りかかっていた古時計がある。ホールクロックの、振り子と針の止まった時計だ。
「実は、私達はその時計を修理したいんですよ」
トラ猫さんがそう言うと、一列に並んでた犬猫達が、ブニャウワンワフと肯定する様に鳴いた。
「修理ですか」
相槌を打ちながら、俺は時計に近付いた。時刻を示す針は二つとも、十二の所から動かない。
「しかしですね」
俺が時計の真ん前にいると、トラ猫さんが横に並んできた。背丈に一㍍以上の差がある為、姿は全く見えない。
「しかし、この時計は大きいですし、何より私達のこの手では細かい修理作業が出来なくて……」
「……あー、肉球ですもんね」
物を持つよりもフニフニする方が向いてるもんね。
下を向くと、トラ猫さんが肉球を恨めしそうに見つめている。ここまでくれば、この動物達が一体なんと言いたいのかは分かる。トラ猫さんが溜息まで吐きだしたので、俺から話を進めよう。
「それで……俺にこの時計の修理を頼みたいと?」
「はい。出来るなら、細かい作業を頼みたいのです」
「でも、俺は手先が器用な方ではないですし、こんな大きな時計、触った事もないですよ」
「それは大丈夫ですよ。部品も用具も揃ってますし、構造も把握していますから。あなたには、実際に組み立ててもらいたいのです」
なるほどね。ロボットと言うわけじゃないけれど、肉球じゃどうしても出来ない部分を俺がやるのね。そう言う事なら、やってもいいか。
「わかりました。それで、部品はどこに?」
足下に立つトラ猫さんにそう尋ねると、猫は俺の後ろを指し示した。その方向には確か、他の犬猫達と、後牛車があったはずだ。
「部品は彼が運んでいる物です」
彼?人でもいるのか? 気になって振り返れば、真っ白な毛玉がゴチャゴチャたくさん物が入った木箱を抱えてこちらに歩いて来ていた。
ああ、あれが彼か。ってか、彼って事は雄なんだ。
犬種はきっとマルチーズだな。なんて、そんな確かめる気の無い予想を立てながら、俺はトラ猫に視線を戻した。
マダムトラ猫は微笑むだけで何も言おうとしない。マルチーズがえっちらおっちらと歩いているのを眺めてるだけだ。
「これが部品ですね。ご確認を」
運送業者みたいな言葉を吐きながら、マルチーズが木箱を足下に置いた。木箱の中には、それぞれ大きさと色の違う歯車と、ドライバーなどの工具が雑に入っていた。
「時計の修理って、部品ほとんど歯車か」
木箱から歯車を一つ持ち上げながら、俺は苦笑した。電池とか配線とか、そう言ったものもあると思ったんだけどなぁ。どうやらこの時計、本物の振り子時計のようだ。
木箱の中から、数種類のドライバーを取りだして時計に向き直る。まずは外側のカバーを外して、歯車を見つけないと。
「じゃあ、指示、お願いします」
マダムトラ猫に声をかける。トラ猫は小さく頷いて、その口を開いた。