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つまり  作者: 石本公也
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つまり、五月の修学旅行!6ページ

「ふー」

シャワーの線を閉めて、一息ついた。鏡の中を覗いて見ると、長髪を頬へ貼り付けた自分が写っている。

成る程、どうりで変な感じがする訳だ。髪を剥がし、ゆっくりと頭の上に持って行く。この作業は結構時間を食うが、これは仕方が無い事。温泉でのマナー。

持ち上げた髪が落ちてこない様に、ハンドタオルで固定する。よし、これで良いか。

立ち上がって体を反転させ、浴槽の方へと歩きだす。まだ五月になったばかり、ゴールデンウィークすら始まってないこの季節は、やっぱりまだ肌寒い。まぁ、露天風呂だからしょうがないんだけど。

浴槽の前までくると、俺は直ぐに飛び込みたい衝動を抑えた。もしお湯が熱かったら大変だし、ぬるかったら気持ち悪い。

取り合えず。と、湯の中に片足を突っ込んでみる。うん、熱い訳でもぬるい訳でもない。温かくて良い感じだ。足を入れ、腰を沈め、肩まで浸かる。

ああ、気持ちいい。

「ふぃ~」

「何その気の抜け切った声は」

先に湯船に入っていた燕が呆れた様な声を出す。仕方ないだろう? 勝手に口から出るんだから。

「にしても、まさか露天風呂とは。金がないって言っても流石は私立だ」

そんな事を言いながら、俺は湯船から上げた左腕を右腕でなぞる。男状態と比べて白く、細い腕。指先も全然違う。

そんな見慣れた自分の腕を、ふと、斜め前へゆっくりと突き出した。

別に何かがある訳じゃ無い。星を捕まえようと考えていた訳でもなく、虫がいた訳でも無い。ただぼんやりと、空に浮かぶ月と一緒に、爪も綺麗なこの腕を見ていた。

「いや、私立どうのは関係無いでしょ。ただこの宿が良い所ってだけで」

隣に並んだ燕はそんな事を言う。俺は黙って腕を下ろした。

そっか。清涼学園はこの宿屋を使う事にしただけで、私立云々は関係無いか。他にも部屋の設備とか廊下の装飾とかエレベーターだとかも完備されているし、本当に良い旅館だよな。

「こんな大浴場に一人で入るだなんて、そりゃ気後れもするなぁ」

「ははは、かかりもわかってくれたか」

空を見上げ、体を仰向けに倒しながら燕が言った。乳白色のお湯に首だけが出ている様に見えるから、奇妙だ。それに、まとめ上げた髪をタオルで包んだ頭がターバンの様になっていて、更に奇妙である。

その事を指摘すると、

「自分だって似た様なものじゃん」

と返された。いや、ごもっとも。

だいぶ重量感を感じるターバンをのせた頭、いや量の多い髪を乗せた頭を動かして、自分の真後ろにそびえ立つ仕切りを見上げた。この木の板の向こうは、男湯か。

きっとあいつらは、飛び込んだり泳いだりと暴れてるんだろう。ギャーギャーギャーギャー、うるさい音が聞こえて……来て……ない?

「かかり、どうしたの?」

仕切りを見上げ、黙ったままの俺が気になったのか、燕が不思議そうにきいてくる。

一応念の為、と肩をも湯に沈め、俺は言った。

「いやさ、妙に静かだなぁと思って」

「そう?」

気のせいなんじゃないかな? そう言いつつも、彼女は目を瞑って聞き耳を立てる。俺はさっきから黙っているので、二人の声は聞こえない。

そして、そんな状況の中で聞こえてくる音は、お湯が流れる音だけだった。

「……し、静か過ぎるよね」

苦笑いを浮かべつつ、燕はグッと両手で胸を抑えた。サッと隠した訳ではない。グッと抑えつけたのだ。

いや、問題はそこじゃない。今ある問題は、この仕切りの向こう側、今修達が入っている筈の男湯の方から、一切の物音が聞こえないと言う事だ。

体を洗っているのなら、シャワーの音、大勢で入っているのだから、ちょっとした談笑が聞こえてくる筈だ。

それがなんにも聞こえないのだ。かポーンと言う効果音も聞こえないのだ。

それはどうしてなのだろうか。色々と考えてみても、どうもやらしい事にしか行き着かないのだが……。

「い、いやでも、みんなでサウナに篭ってるのかもしれないよ?」

顔を思いっきり引き攣らせて、燕は言った。お前も疑ってるじゃんか。……でもまぁ、確かにサウナに篭っているのなら静かになっててもおかしくはないか。何かを賭けていて、全員で入ってるのかもしれないしな。

「しかし、風呂入る前にあんな事言ってたから、てっきり聞き耳立ててるもんだと思った。あーもう、紛らわしい」

なんだか損した気分になった。折角の温泉なのにだ。

こうなったら少しでもこの露天風呂を満喫しないとな。そう思った俺は、今自分が居る場所の反対側、湯の噴出口のある方へ行く事にした。熱いかもしれないけど、あれに当たろう。

「かかり。念の為言っておくけれど、彼らがサウナに篭ってるって確証は無いからね?」

燕さんは心配そうにそう言ったそうだが、俺の耳には届かなかった。


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