つまり、五月の修学旅行!5ページ
「駅を抜ければ、目前にある大通り、車の群れ、十階建てくらいのビル。大きな電光掲示板、やって来ました京都ー!」
「京都来たって言いたいなら、せめて京都タワーに触れておけよ」
無事京都に着き、京都駅の近くで点呼をとっていた時の事。旅行気分でハイになった生徒が、突然、両手を天に突き上げて叫んだ言葉である。
曇った空の下、学校外の人に凝視(学校内の人も凝視)する中、そいつは何故だか笑顔だった。
「なにやってんだあいつ」
「先生から叱られるんじゃないのか?」
周囲から、そんな呟きが聞こえる。確かに、今現在は点呼の最中だ。それなのに落ち着きが無いと言うか規律を守っていない彼は、修学旅行の最初の思い出を先生の説教で始める事になるだろう。
「おい、矢島」
ほら、早速先生から声がかかった。その途端にあちこちから、小さな溜息が聞こえてくる。
「お前はなんで黙って居られないんだ」
ああ、注意じゃなくてマジ説教ですか。俺はふぅと溜息を吐いた。
注意ならほんの五、六秒で終わるのだが、説教となると単位は秒ではなく分になる。
「お前一人で京都に来てんじゃねぇよ。学校の修学旅行として京都に来てんだよ」
そしてまだ点呼は終わっていない。点呼をしている時、基本生徒はは体育座りで静かに待つ。立ち上がるのも、移動するのもアウトな状況で。
さて、ここから先の五分間、俺は何をしていれば良いだろう。近くの奴らと指スマでもしていようか。いやしかし、あまりうるさくしていると説教の時間が伸びてしまう。
「それは無いんじゃないかな」
ふと、後ろから聞き慣れた声がした。首を動かして見てみれば、おとなしく座り込んでいる燕がいた。スカート姿での座り方に随分と慣れた彼女は、リュックから菓子を取り出そうとしている。
「一日目は自由行動って訳じゃないんだし、バスをいつまでも待たせる訳にはいかないよ。あのガミガミも、すぐ終わるんじゃないかな?」
成る程。考えてみれば確かにそうだな。じゃあ周りと喋っていても平気そうだな。
「そう楽観視するのはダメだと思うよ、私は。長々と怒られはしないだろうけど、目を付けられる事もあるし……」
うーん。そうか、目を付けられてしまうのか。旅館はどうせ燕と二人なのだから別に構わないが、二日目の自由行動に響く事もあるからなぁ。
「今は静かにしてるか」
「うん、そうするのが良いと思うよ」
俺の呟いた結論に燕が同調する。と
「そこ! うるさいぞ!」
怒鳴り声が飛んで来た。それはつい先ほどまで矢島君をお説教していた山田先生の声だ。
声のした方を見てみると、山田先生が腕組みをしてこちらを睨んでいる。流石体育科の教師、威厳たっぷりだ。
「す、すみません……」
俺と燕は、苦笑いを浮かべて言った。周りの生徒達がチラリと視線を投げかけて来た。
「周りだって喋ってるじゃん」
声を落とし、頬を膨らまして燕はぶっきらぼうに呟いた。毎日同じ部屋で見続けていたから思うのだが、最近こいつはコロコロと表情を変える。
「お前の声、高いから良く通るんだろ?」
「あそっかぁ」
ほら、一瞬で笑顔になった。むくれた顔をしていた時間は、きっと五秒にも満たないだろう。燕は、今度は頬杖をつきながら溜息を吐く。
体育座りが疲れて来たので、ここで一旦姿勢を崩そう。どっこらしょ。
「ところで燕、今日はバスで回るんだよな。どこを見るんだ?」
姿勢を崩して一息ついた俺は、そのまま燕に問い掛けた。
彼女はゆっくりと顔をもたげて、面倒臭そうに俺を見る。なんだ? その表情は。ただ質問しただけじゃないか。
「猛、私は修学旅行実行委員じゃ無いんだよ?」
「あ、そうか……悪い」
「今日はバスでメジャーな所を見るみたいだよ?清水寺とか、北野天満宮とか」
「……知ってたの?」
知っていたのならさっきの言葉は必要無かったんじゃないのか?
……いやまぁでも、こっちもポンポン質問していたからな。しょうがないか。
「本当にメジャーな所を見るんだな」
だから俺は呆れた様に呟いた。
「まぁ、みんな一度は行った事あるんじゃない?」
「そだな」
そろそろお説教も終わるらしい。先生が座ったままの生徒達に声をかけた。
空は相変わらず曇ってはいるが、それでもこの旅行が詰まらないと言う事では無いはずだ。
ようやく移動するのか。と言う呟きをあちこちから聞きながら、俺は肩掛けバッグを掛け直した。