つまり、五月の修学旅行!2ページ
「と言う訳で、修学旅行は京都だ」
担任の先生が勢いよくそう言うものの、クラスのテンションは下がっている。
清涼学園は私立の男子校である。しかも、そこらの高校よりは確実に敷地面積が広く、設備も無駄に豊富で、教師陣も意外と有名。そのために、学費やらなんやらが年900万前後掛かっている。
当然、生徒の実家は大概金持ちで、大型連休などが入れば家族旅行に行ってたりする。つまり、
京都ぐらいみんな行った事があるのだ。
つか、私立の学園なのに修学旅行が京都、奈良ってなんだよ。公立の中学でも行くぞ、京都ぐらい。
「なんで外国じゃねぇんだよ!」
「人の親から金取っておきながら新幹線かよ!」
「去年の先輩達はオーストラリアって言ってたぞ、何に金使ったらこうなるんだ!」
生徒からも次々と愚痴が飛ぶ。京都が悪い所と言う訳じゃないし、確かに何度行っても良い所だけど、去年のオーストラリアと比べると、ねぇ。
「うるっせぇ黙れ喋るな息すんな!」
ギャーギャー騒ぐ生徒達に向かって、田村先生が一喝。ビリビリと張り詰める大声に、みんな電池が切れたおもちゃみたいに大人しくなった。
「金がなくなった理由が知りたい? 教えてやるよ。ああ教えてやる。
今回の修学旅行の行き先を変える程金を使った物事……それは神鎌と山瀬の事だ!」
途端、クラス中の視線が、俺と燕に集まった。
「雌雄同体の面倒な生徒が現れて、急いで女子制服を作り上げた。その後生徒管理のブログやらなんやらから情報が漏れない様に規制したし、マスコミだって黙らせた。それで一息つけたと思ったら二人目の性転換者も出てくるわで、カリキュラムを変更しなければならなくなったし、去年は大変だったんだよ!」
田村先生が吠える。しかしその言葉に怯んだのは、教室の中の俺と燕だけである。他の生徒は、先生側に付いた。じ~っと視線をこちらに向けている。
俺は、清涼学園が金を使った理由。つまり、修学旅行のランクが下がった原因。
燕は、俺と違って完全な性転換者であるため、体育の授業やその他で色々と影響が出てしまった。更に学校に金を使わせた人。
……クラスの視線が痛い。うつむいて顔を上げられない。
ってかなんで転入して清涼学園にやって来たばかりの伊坂までじっとりとした視線を送ってくるんだよ!修学旅行楽しみだったのか?
「と言う訳で、行き先は京都だからな。部屋割りを今決めろ」
田村先生がぶっきら棒にそう言うと、クラスの視線がじっとりとしたものから鋭いものに変わった。みんなどれだけオーストラリア行きたかったんだよ……。
周りから感じる視線から逃れるように、俺は更に俯いた。ここで、再び田村先生が口を開く。
「部屋は六人部屋だからな。適当なやつと組んでくれ。ただし、神鎌と山瀬の二人は別の部屋な。あくまでも学校行事だから、間違いが起こっちゃ敵わない。
じゃ、六人班を作ったら報告してくれ」
田村先生がそう言うと、俺に集まってくる視線が減った。どうやら俺を睨み続ける事より、行き先が京都でも、全力で楽しもうとみんな考え始めたようだ。ああ、気分が楽になった。
「さっきの先生の話だと、私達は六人部屋を二人で使う事になるのかな?」
教室が、班決めの為に騒がしくなっていると、燕が話しかけて来た。その声でようやく、俺は顔を上げる事が出来た。
「みたいだな。間違いが起こっちゃ敵わないって言うけれど、個人的にはやっぱり気まずいなぁ」
「ああ、やっぱり?」
「うん。修学旅行のランクを下げた二人が、部屋割りvip待遇みたいなもんだろ?その他にも色々ありそうだし、やっぱり気まずいよ」
苦笑いを浮かべながらそう言って、教室を改めて見渡す。みんながみんな、馬鹿騒ぎをするようにハイテンションで班を決めている。平和だね。結局どこでもいいんだ。
「うーん、確かにそれはあるね……。でも、気後れしてドヨーンと過ごすよりは、わちゃちゃちゃちゃって楽しんだ方が良いよ」
「成る程ねえ。それは確かに一理あるけど……」
「それにね」
俺の言葉を遮って、燕はふーと長い息を吐き出した。視線は空中に伸び、表情は無い。
「それに、寮のセキュリティの甘さを知ってる男子達が、何度か私達の部屋に入って来てるじゃん?その度に鍵は付け替えているし、七個目になる今の鍵は開けにくいし、付け替えは絶対にお金かかってるし、……実害あるし……。
真面目な人達には悪いけど、楽しんでやるよ」
「……そう、だな」
燕の言い分に、俺は苦笑いで答えた。確かにその事は、事が起こるたびに悩まされた。
金は取られていないのでまだいいが、確実にタンスの中身を持っていかれる。今まで語る事は無かったが、一度はその場に遭遇した事もある。
その時は、その手に握られていた結構値の張った下着を見た途端に、燕と二人で物凄い叫び声を上げてしまった。
その男子は後々こっ酷く叱られたそうだが、まぁ確かに、実害はある。
「燕、お前の考えは分かったけどよ」
「ずるずる考えない。楽しまなきゃ損。クラスのみんなだって、もう修学旅行に何を持って行くか考えてるんだよ?」
ふんと鼻を鳴らして、燕は腕を組む。
「それでも気が引けるって言うのなら、バレンタインの時みたいにお菓子でも作ってあげなよ。みんな喜ぶよ」
しょうがないなぁ。燕の顔がそう言っている。少しだけ疲れた様な顔をして、でも表情は笑っている。
「……そうだな。そうだよな。楽しまないと損だよな」
俺は折れた。ここで食い下がっても意味無いし、燕が更に色々と言ってきそうだからだ。
クラスの皆は、修学旅行を楽しみにしてるし、楽しもうとしている。だったら、一人反発して空気を悪くしないで、素直に楽しもう。
そう考えた俺は、椅子の背もたれに体を預け、目の前にいる女子生徒を見上げながら、軽い調子で尋ねた。
「じゃあ燕、修学旅行から帰ってきたら、みんなに何を作る?」
「え? 本当に作ってあげるの? ……大変じゃない?」