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リコレクションズ  作者: 戸理 葵
第一章 長い一日
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怪しい人

確かに怪しい、塚本(みどり)

一般人が、ウィークリーマンションに泊って、アレを調べてるなんて怪しい、って奈緒の言うとおりだし。

なんで事件の直接関係者じゃない、当時小学1年生の私達に案内頼むのかって、拓也の言うとおりだし。




・・・・直接関係者じゃ、ない。



・・・あの人、私の事、何か知っているんじゃ・・・・・。





急に寒気がしてきた。炎天下なのに。


でも、だって、だって、・・・・どうして?






でもその時頭に浮かんだ塚本さんの笑顔は、

・・・・・やっぱりなんだかどうしても、明るいものだったのが、不思議。


なんか、その、なんというか、・・・・悪意がある人に見えない感じ?


怪しくないか?って聞かれたら確かに怪しいし、

胡散臭くないか?って聞かれたら確かに胡散臭いし、

危険じゃないか?って聞かれたら確かに危険な気がするし(別の意味で・・・ね。)



でも、どうしてだか、悪い人には見えない。




・・・モデル張りの完璧ルックスで、それを武器にしたような屈託の無い、ときには色っぽい笑顔で、かなりムカついていたんだけど、


・・・嫌いでは、ないし。今の所。




でもああいうのは、二人きりの時に電車で見せたあの笑顔は、

表面上の優男、ってだけかもしれないし、気を付けよう、うん。








ファミレスに戻ると、席に座っているのは拓也だけだった。

目の前にはすでに注文した料理が並べられていて、拓也は自分の冷やし中華を、たいして興味もなさそうにかき込んでいる。

私が頼んだもり蕎麦は・・・あーあ、なんか表面が乾いちゃってるわ。


「あれ?王子塚本さんは?」


奈緒が聞くと、拓也は店内の隅の方を顔も向けずに指さして答えた。

「電話中ー。」


見ると、お客さんが座っていない席の方で、彼が携帯で話をしている。


「田中さーん。尋問不成功ー。」


拓也は口の中のものを咀嚼し終えると、私の隣に座った奈緒に顔を向けて言った。


「ダメ、あいつ。なーんにも答えない。」

「え?ダンマリ?」

「違う。へらへら笑ってかわしてんの。」


拓也は肘をついて、箸をお皿の上に置いた。


「この俺を持ってしても、ムリ。関わんの、やめたら?」


「え?何、尋問って?」


話の見えない私は、二人の会話に割って入った。


「さっき吉川君と電話した時、事情を話して、お願いしたの。怪しそうなの、王子塚本を暴いてよ、って。吉川君なら、さりげなーくうまーくやれるかなあ、と思ったのに。」


「な・・・なんでそんな事、拓也に・・・」

「だって綾香、『そんな事』出来そうにないじゃん。よしんば出来ても直球すぎて成功しなそう。」



グッ・・・。



反論しようとして、言葉につまったわ。全くその通りよっ弁解の余地なし。



「あーあ、もったいない。せっかくのいい男なのに。」

奈緒がつまんなさそうに口を尖らせた。


「・・・よく、そんな事引き受けたわね、あんた・・・。」


私は目の前の拓也を思わずしげしげと眺めてしまう。

だって自分に関係ない事や面倒くさそうな事には絶対首を突っ込まない、キングオブかったるい拓也なのに。


拓也は気のせいか、少し決まりが悪そうに私から視線をそらした。

その様子に私は思わず、


「なんかの、バーターでも提示されたの?奈緒に?」

「あっははー。そーんな飴は出しませーん。」


奈緒は嬉しそうに、っていうか勝ち誇ったように高らかに笑うと、拓也を見てにこっと(ニヤッと?)笑った。


「あ、今、『その手があったか』とかって思ったでしょ?うふふ。必要無いのよ、今の君には。」


何の事?


すると拓也はハア、と少し大袈裟に溜息をついて肩を落とし、食べかけの冷やし中華を放り出す形で立ちあがった。



「じゃあ、用済みって事で俺、帰るから。」

「あれ、帰っちゃうの?興味ないの?最後まで。」

「ねーよ、そんなもん。それに田中さんが来たなら、俺いらないでしょ?」


そう言って彼はさっさと出て行ってしまった。



「あーあ、行っちゃった。拗ねちゃった。」


奈緒は店員さんにアップルフロートなるデザートを頼み、あっけらかんと言った。


「なんで拗ねるの?拓也が。」

「フクザツな男心ってヤツじゃない?」


その時、向こうの方で塚本さんの大声が聞こえてきた。


「はあっ?嘘だろ?マジ勘弁しろよ!・・・えー、何だよ、それー・・・。」


まだ電話で何か話しているらしい。


「かっこいーよねー。観賞用だわ・・・。」

奈緒が肘をつきながら彼の方をみて呟く。

私はすっかり乾ききった(?)もり蕎麦をモソモソと食べた。美味しくない。


しばらくして電話を終えた塚本さんが席に戻ってきた。


「ごめんねー。ってヨッシーは?」

「帰っちゃいました。」

と奈緒。

「ありゃ。俺、からかい過ぎたかな?」

「えー。塚本さん、そんなにあの子の事をからかったんですか?」

奈緒が結構素で、少し驚いたように言う。

「うん、だって可愛いんだもん。思った事がすぐに顔にでてさ。」


その台詞に、私達二人は目を丸くした。

だって拓也は筋金入りのポーカーフェイスの筈。

あ、でも今日の拓也は、塚本さんの前では確かに猫を脱ぎかかっていたわね。


「さっきの電話、トラブルですか?」

奈緒が聞くと、彼は苦笑した。

「そう。信じられない事に会社の同期が、俺に明日の接待を入れちまったって。俺、明日のお昼には飛行機乗って東京帰らなきゃ。」


一人急な体調不良でさ、家族サービス中の先輩には穴埋め頼めないから代わりに俺が、って独身は振り回されるよな、とかなんとか。


そして彼は私のもり蕎麦を見ると、ちょっぴり目を丸くした。


「うわ。綾ちゃん、それとっても不味そう。固まってる。」

「・・・はい。実際、不味いです。」


すると彼はケラケラと面白そうに笑って、私に自分のお皿(とんかつ定食のとんかつ)を差し出した。


「じゃあ、これあげるよ。嫌いじゃなければ食っちゃって。」

「えええ??そんな、結構ですっ。」

「いいって、いいって。」


彼は勝手に私のお蕎麦の上にとんかつを3切れ、ひょいひょいひょいっと。


「腹減るよー。なんなら味噌汁もいる?」

「入りませんって、そんな。塚本さんこそお腹減りますよっ。」

「とんかつ3切れ減ったくらいで、腹減らないって、大丈夫。」

「いや、そうじゃなくって・・・」

「じゃあ、俺こっちもらう。」


彼はそう言うと、とんかつの乗っかった私のお蕎麦をひょいっと取って、かわりに自分の定食セットをこっちに滑らせてきた。


「どうぞ遠慮なく。余ったら、俺が貰うから。」


そう言って、あれ?田中さんはもう頼んだ?ええ、私はもうお昼を済ませてきましたからドリンクを(にこにこ)、そっか、今日は君も慌ただしいね、奈緒って呼んで下さい、


と二人で会話している。



「・・・いいんですか?」

半ば強引なその行為(好意?)に、抵抗するのを半分諦めて、私は形だけの再確認をした。

・・・・だってねー・・・。


すると彼はニコッと笑って言った。




「だって綾ちゃんって真面目そうだから、頼んだものは必ず残したくないタイプでしょ?そしたら俺のとんかつとその乾いたお蕎麦、選択肢ないじゃん。」

「なっ・・・・!」



・・・・確かに。そうかも。


私の貧乏性までバレてる。



「俺としては今から場所を変える事もちっともやぶさかではないんだけども?」





いいんです、いいんです、これを頂きます。

ほんとはとんかつ苦手なんですが、残すのもっと苦手なんです。

あなたこれ全部食べて。私は違う所に行きたいわ。

なんて、相手を振り回す度胸も愛嬌も無いんです。



隣で奈緒が、ホンットに面白そうに笑ってああムカつく。




それでもやっぱり、こんな人が、怪しくて危険で悪い人なのかな?って思ってしまう。


それとも色男っていうモノは、悪人だろうと善人だろうと

これぐらいの能力と気配りを持ち合わせているものなのかしら?



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