事情2
「ねえねえ先刻さ、そこのヤマナカ通りで河島健を見ちゃった。」
奈緒が嬉しそうに言って、席にも座らず私の腕を取った。
「ね、見に行こう!ちょっとだけ!ドラマのロケっぽい。」
「え、ちょと・・・。」
「え、田中さん、俺達どうすんの?」
拓也がびっくりしたように言う。
「すぐ戻って来るから!いいでしょ、見たい!」
奈緒は強引に私を連れ出した。
ヤマナカ通りっていうのは、ヤマナカっていう大きなデパートの前の通りの事で。
「わあ、ほんとだ、交通規制してる。」
大勢の人だかりの向こう側で、歩道の上で何かのドラマを撮っているようだった。
美人女優さんと、その隣に河島健。切れ長の瞳ときりっとした眉のクールな二枚目なのにその中にどこかほわっとした雰囲気を醸し出した、そこが売りの、元祖草食系俳優。多分30歳前後の、結構いい年よね、もう。
有名人、見たわ。
「で、どうだった?」
奈緒が、興味津津、って感じで聞いてきた。
「うん。テレビで見たまんまだね。でも本物は・・。」
「じゃなくて、王子よ、王子。」
「王子?」
初めて、奈緒の方を振り返る。
「どんな感じ?いい感じ?」
「いい感じ?どんな感じ?」
「タダの繰り返しは突っ込みではない!」
何よ、突っ込んでないわよ。意味が分かんないのよ。いい感じって何よ?
「なんか彼ってさ、綾香に興味アリって感じだったからさあ。」
私達は、通りの向こうの有名人を無視して話し始めた。
そうか、これが話したくって私を呼びだしたのね?
「・・・ハンサムに興味を持たれる覚えは、ない。」
「いやー、持ってたね、あれは。あたし、人間観察に自信はあるの。鋭いから。」
自分で言うか。
「・・・まさか、それで私を置いて、一人家に帰っていたとか・・・?」
「まあ、ほんとに一度家に顔を出さなきゃなんなかったから、まるっきしの嘘じゃないけど?」
「だってあの時、滅茶苦茶焦っていたじゃない?!どんだけムダに演技が上手いのよっ。」
付き合いが長いけど、ヤラレたっ!
「だってここ半年の綾香って、『人生どん底』みたいなオーラを醸し出していたんだもの。なんかこう、活性剤みたいなものを打ってあげたくってさ。」
彼女はにこっと(ニヤッと?)笑うと、私を覗き込んだ。
「で?活性剤になった?刺激受けた?」
「-・・・・・。」
「惚れた?腫れた?ヤラレた?」
最後の言葉は品がありません。
「・・・。」
「黙秘権行使か。まあ、楽しかったんならよかったわ。」
何も言ってないけど?
「でも綾香の状態と性格じゃあ数時間が限度だろうと思って、後から助け出すつもりだったんだよ?ほら、こうやって来たしね?私やさしいでしょ、どこまでも。」
「・・・・なんで拓也を巻き込んだの?」
すると奈緒はふふ、と笑って言った。
「面白いから?」
「・・・あんた、刺す。」
「じゃなくって、男性の意見も聞きたくってね。王子がどんなタイプかって。吉川君てかなり、本質つく人でしょ。」
彼女は腰に手を当てて(得意のポーズ)続けた。
「あたしとどっかタイプが似てるのよね。だから信用できるし、警戒してるの。」
「警戒?」
「だって、腹の中で何考えてるかわかんなそうだから。」
「・・・つまり、あんたもそうだ、と。」
何を今更、と言って彼女はにっこりと笑う。
「王子、綾香の事を気にしてる、て感じだったわ。気に入ってる、と言うより、気にしてる。」
「?」
「でもさ、前浜東の殺人調べてる、ウィークリーマンションに泊ってる、エリート商社マン無駄に顔がいい、って、すっごく胡散臭くない?」
「・・・その胡散臭いのと、私を置き去りにした、と。」
「いいじゃーん、助けに来たしー。刺激的だったでしょー。」
彼女は私の首に腕をまわし、べたべたと絡んできた。
「で、あの人、なんで前浜東の事調べているの?」
「・・・えーっと、・・・さあ。まだ知らない。これから聞くとこ。」
すると彼女は絡んでいた腕をはずして、マジマジと私を見た。
「聞いてないの?3時間以上一緒にいて?綾香、妙なとこで自己主張するくせに、肝心な所でぬけているわね?信じらんない。」
ああ、もう嫌だ、その時間差ユニゾン。あんたたち血が繋がってるんじゃないの?