事情
「で、この街の探索ってなんすか?前浜東の生徒死亡事件って?なんでそんな事みどりちゃんが調べているの?」
ファミレスの席に着くなり、拓也が塚本さんを見上げて言った。
(こいつは真っ先に自分が、勝手に奥の席に座ってしまった。)
私はなんとなく拓也の隣の席に座るのが躊躇われ、向かいの席に腰かける。
結果、塚本さんは私達の顔を交互に見比べ、拓也の隣に座った。
(まあ、当然よね。)
「あ、田中さんから聞いたんだー。ヨッシー、詮索好き?」
塚本さんは、正直こっちがイラっと来るくらい、飄々と言う。
「全然。めんどくさいの、やだ。でも、面倒な事に巻き込まれるのはもっと、やだ。
だから防波堤を作ってんの。事情が分かんないと、一緒しづらいでしょ?」
拓也はテーブルにグダーっと突っ伏すように体を預け、右ひじをついて体ごと塚本さんを見て言った。
何というか、本当にだらしの無い姿勢するなー。
「お前、ほんと態度一変したなー。無礼な奴。」
相変わらず塚本さんは、台詞の割には怒った様子も無く、たいして呆れた様子も無く言う。
「世渡り上手って言って。みどりちゃんほど、顔と笑顔だけで世の中渡って行けないもんで。」
「ばかやろ。俺は頭も性格もいい。」
ニヤッと笑って返す塚本さん。
それを、はいはい、と言って興味なさそうに返す拓也。・・・素かも。
店員さんがやってきて、それぞれ適当に注文をした。
私はもりそばを頼んでしまい、拓也に「ここに来ての蕎麦だよ」と呆れられてしまった。
「・・・で、話を戻すけど。なんでそんなん、調べてるんすか?だって今日、平日よ?俺達学生は夏休みだけど、バリバリの社会人が貴重な休み使ってまで、何を知りたいの?」
拓也の突っ込みに、私は今まで気づかなかった事を気付いてしまった。
そうよ、この人、社会人よ。仕事休んでるじゃない。
塚本さんはやっぱり飄々と
「そうね。知れる事を、知りたい。」
なんて、背もたれに体を預けながら言う。
「何、それ。何で?・・・つーか、何で俺ばっか聞いてんだよ?お前、何も疑問に思わなかったの?」
いきなり私に話を振らないでよっ。
っていうか、私は状況について行くのに必死で、(極上のハンサム相手に軽く結構ムカついて)そこまで頭をまわしていなかったのっ。
これから問い詰める所だったのっ。
「・・・相変わらず、ポイントずれたとこで自己主張するくせに、肝心なとこで気が回らねえな。」
グサっ。
人を、さも「昔の女です」みたいな、あんたに所有権があるかのような、分かったような口のきき方をしないでくれるっ!?
・・・って、ここがポイント、ずれてるのかしら?
「うるさいっおしゃべり小僧。あんたは黙って、その背後にいるでっかい猫に餌をやり続けてればいいのよっ!」
私がドスをきかせて言うと、拓也が人懐っこい目をまん丸に見開いて、ぽかん・・・とした。
「・・・え?何、それ。全然わかんない。」
「お前がはげしい猫っかぶりだって言ってんじゃない?」
塚本さんはフツーの顔して、目の前のお水を飲む。
「・・・うっわ。わかりづれー。」
拓也が呆れた様に私を見たけど、私も、すましてお水を飲みながら言ってやった。
「自分の頭が回ってないだけ。」
珍しく、グッと詰まる拓也。やったね!
それを見た塚本さんは、ニヤリと一言。
「綾ちゃんに一本。次、頑張れ。」
すると拓也はついに机に突っ伏して、仰々しく頭を抱えた。
「もうっ。俺、何でここにいるのっ。」
あんたが自分の判断でついてきたんでしょ?
そして彼は顔をあげ、塚本さんを見て言った。
「で、みどりちゃんはどうしてその事件の事を知りたいの?」
すると彼はやっぱり、何でもない事のように言った。
「んー、実はね、関係者と知り合いなんだわ。知り合いとしてはさ、知りたい事もでてくるじゃない、色々と。」
え?関係者と知り合い?
途端に、私はかなり強張ってしまった。
その言葉に、今自分が関わっている事が、急に、現実味を帯びてきたから。
そうよ。15年前の事件を知りたがっている人。
その時点で、もっと警戒心を持つべきだった。
なるべくすぐに、離れるべきだった。
私にとってはあまりに昔の事過ぎて、随分時が経ってしまって、
塚本さんが、抜群のイケメンだけど態度があまりに自然だったので、
彼の話が、すごく、他人事のように響いてしまっていたのだ。
私は自分で自分が情けなくなる。
私ったら、流されやすいにも程があるっ。どうして途中で気付かなかったのよっ。
拓也の言うとおりだ。肝心な所で、ヌケている。
同時に、内心驚く。
私、そんなに、ほぼ完璧に、忘れる事が出来ていたんだ・・・・。
「関係者」と聞いて、拓也はそれ以上突っ込むのをやめたらしい。プライバシーの匂いを感じたのだと思う。
彼は、こういう所はすごくバランス感覚がいいから。
「ふーん。でもさ、それだったら俺たちじゃなくって、もっと年上の人とか、元同級生とかに直接訊いた方がいいんじゃないっすか?だって俺達、15年前っつったら、6、7歳だよ?小学1年生だもん。何も直接的な事は知らないっすよ?」
そう、小学1年生だった。
ふと視線を上げると、何故かこっちを見ている塚本さんと目が合って、
ドキッとするより、ビクッとなってしまった。
その切れ長の、ちょっぴりタレ目の綺麗な瞳が、まるで何かを知っているような色で私の事を見つめている・・・・
気がしたからだ。
塚本さんにつられたのだろう。拓也もなんとなく、私の方を見る格好になっていた。
一瞬、テーブルに沈黙。
その時、まさしくのタイミングで奈緒が飛び出てきた。
「はーい、遅れましたー!田中でーす。」
奈緒は、外の綺麗な空気とやってきたように、日本人形の様な顔と明るいピンクのシフォンスカートを身にまといテーブルに近づいてきた。
「ごめんねー、綾香、一人にしちゃって。もう、親が大変で・・・って、何かあったの?」
「え?何にもないよ?よく、こんな早くに家を脱出できたねー。正味何時間?」
私は奈緒に助けられた。