Lovesick
日がかなり傾いて寒くなってくる中、私は立ち続けた。奈緒と別れた後、私はここにいる。
沢山の学生達が出入りをしているけど、中には社会人風の人達や主婦?みたいな女性も見える。
みんな頑張っているんだなあ・・・と感心していると、向こうから拓也が走ってきた。
珍しい。
「ごめんっ綾。遅れたっ。待った?」
「・・・うん。」
驚いちゃった。その勢いと台詞に。なので返事がつい、『うん』。
「いっつも私が待たされてるのに。」
なんでよりにもよって今日、その台詞とその態度?
私の様子に拓也も少し首をかしげた。可愛い人懐っこい顔が、不思議そうな表情を見せる。
「・・・俺の方が待ってるよ?いつも。」
「嘘。私より早く来た事、殆んどない。」
すると彼はマジッと私を見つめ、それからあぁ、というように口を開けた。
「待ち合わせ場所にはね。」
「はあ?どう言う事?」
彼は軽く肩をすくめる。
「大抵、どっか近場にいたよ?」
「それで待ち合わせに遅れたら、意味ないじゃん。」
「・・・もういい。お前とは会話になんない。」
拓也は何故だか膨れて、プイっとそっぽを向いた。なんだなんだ?
「で、何?話なんて。珍しいね。」
まだ口を少し尖がらせてこっちを横目で見る。
「うん。あのね、」
私は、今日彼を呼びだした目的を話した。
拓也はビックリした様に立ちすくみ、黙って私の話を聞いていた。
呆れたり、バカにしたりするのかな、と思ってその反応を伺ったのだけれど、彼の言葉は意外なものだった。
「・・・そっかあ。」
しげしげと私を見つめ、彼は感嘆の声を出した。
「ついにやったか。やっぱすごいな、綾は。」
こんなに素直な言葉をかけてくれる拓也もやっぱり珍しいものだから、私はもう一回驚いてしまった。
ど、どうしたんだろう?勉強がそんなに辛いのかしら?
「拓也だってすごいじゃん。私、今からこの歳で受験勉強なんて出来ないよ。」
「俺は別に。親の脛かじってるだけだし。なるべく無難に人生送りたいだけで。」
拓也が苦笑しながら俯いて応える。
その時私は、キャンパスにいる一人の女の子を見つけた。
「あ、あの子。・・・ななちゃん。」
彼女が私達を少し驚いた目で見ている。ここは拓也の専門学校。そうかあの子、専門学校の子だったんだ。
隣で拓也がにっこり笑って、彼女に手を振った。彼女は急にムッとし顔になると、拓也を睨みつけてすぐにプイっと顔を反らし、怒りを表した歩き方で向こうに行ってしまった。
「・・・あーあ。怒らせちゃった。」
私がそう言うのに、拓也はニコニコしながら彼女の消えた方向を見ている。
私はその図々しさに呆れてしまった。まったく、カッコ可愛い笑顔っ。
「大学でも違う女の子連れてたでしょ?」
「そだっけ?」
「そういう事やってると、いつか刺されるよ?」
「俺、今まであんまり女の子を怒らせた事ないよ?嫌われた事もないし。うまくいってたんだけどね。」
そう言って楽しそうに肩をすくめる。
これだから、天然タラシは。
「でもあの子、現にメチャクチャ怒ってたじゃん。」
「そりゃあんな言い方すれば、ね。」
そう言って彼はポケットから煙草を取り出した。
専門学校の門に持たれて堂々と吸う。あれ?東京都って、道路でタバコ吸っちゃいけないんじゃなかったっけ?
「結構本命だったんだけどなあ。」
そう言って煙草を空にふーっと吐き出した。
「バカで、邪気だらけで、媚びてて、胸おっきくて可愛くて。あっちも申し分なくって楽しかったのに。」
あっちとは多分、そういう事よね?
「・・・その割には、神社で彼女が男の人連れでも平気っぽくなかった?」
私が横目で軽く睨むと、彼は目も合わさずにさらっと言った。
「そういう所もひっくるめて、よかったの。」
本命相手にその感性。歪んでいるなあ。
「まあ、しょうがないよね。お前の世話するって決めたの、俺だし。カタもついて、振られた甲斐があったってもんですよ。」
そう言って意味ありげに笑ってる。
拓也が私の世話をしてくれたのも。可愛い彼女に振られちゃったのも。
元はと言えば一連の騒動のせい。正しく言えば、私と奈緒のせい。ハッキリ言えば、私のせい。
「あーあ、今回はなんか切なかった。」
私も彼の隣に行き、同じように門にもたれて空を見上げた。
「碧さんの中野光治に対する思いも切ないし、藤田さんの河島に対する姿勢も切ないし、河島の人間に対する思いも切ないし。」
本当になんだか、思い返すと色々とキツかった。
「・・・俺だって充分、切ないんだけど。」
「わかる?だよねぇ。」
「そうじゃなくって。」
・・・わかってるけど。そんなこと。だからトボけているんじゃない。
私は上を向いたまま目蓋を閉じるけど、拓也を見る事は出来ない。
「俺、諦めないからね。」
拓也も相変わらず煙草をふかしたまま、多分私の方を見ずに言葉を続けた。
「やっと手に入れたと思ったモノを無くす気持ち、わかる?わかんないだろうな。結局、手に入ってもいなかったんだな、って気付いた時の哀しさ、まだ知らないよね、きっと。」
「・・・私を責めてる。」
「責めてるよ。ついでに傷ついてくれたら、もっと嬉しい。」
グッと詰まる。
思わず拓也の方を振り向くと、彼は可愛い瞳の奥から、射る様な強い視線を私に向けていた。
ドキっとなる。
「俺、しつこいからね。知ってると思うけど。」
有無を言わせない、強い言い方。
私は俯いてしまった。
「・・・大学を卒業して、新しい世界に行ったら、お互い色々変わるよ。」
「甘いわ。」
「拓也ぁ・・・。そういう性格、不幸になるよ?」
河島みたいに。
すると彼はフッと穏やかな表情を見せ、柔らかく笑った。
「そお?俺、結構幸せよ?」
「・・・その状態が?」
「・・・まあね。」
「・・・マゾ?」
「お前がそれ言うの?さすがに酷過ぎない?」
グッと顔が近付けられる。眉間にしわが寄って拗ねた口もと。至近距離で絡まれる私。近いって。
「ご、ごめんなさい。分をわきまえず言葉が過ぎました。撤回します。」
「あのね。一度言った言葉ってのは、取り消せないんだよ?回収できないの。俺の心に刺さっちゃったの。」
そんな大袈裟な。日頃あなた、人の心にバッシバッシ矢を刺しちゃってるじゃない。私なんか、バッサバッサ切られてるよ?いいじゃん、一矢報いるぐらい。
「なんか癒される事、して?」
企んでいる瞳が甘えてくる。口元が、ニヤッとしている。ああ、いつもの拓也だ。
「な、な、何を・・・」
「キス一回で、許してあげる。」
そう言って彼は、片手を私の上の門につき、唇ギリギリの所まで近づいてきた。
多分殆んど触れちゃって、っていうか触れてるよね?そこで止まる?煙草片手に、しかも勉学を行う神聖な場所の表玄関で、しかも誰もが見ている人前で。
何をやってるのよ、この男は。
調子に乗ってからかう様な瞳でニヤニヤ笑っている拓也を、私はしっかりと見た。
ごめんね、碧さん。これだけは許して。浮気じゃないから。今だけハードルあげて?
「私、泣いたよ?」
落ち着いて、でも拓也を振り払わず、彼の唇をかすめながらそう言うと、彼は一瞬身を引き、目を見開いた。
「え?」
「拓也の事で。ちゃんと泣いたよ?」
拓也は驚いたように私を見つめる。私も拓也を見つめる。
しばらくして、彼はそっと呟いた。
「・・・そっか。」
そう言って体を離す。少し切なそうに微笑んで、私を見た。
泣いたよ、拓也。こんな台詞があなたを満足させられるかどうかは分からないけど、あなたは充分、私の歴史の一部だよ?あなた無しでは私の過去は語れないし、今の私は無いんだよ?
拓也は目を細めて、しばらく私を見つめていた。どこか、愛おしそうな眼差しを向けてくれている。
「ま、いいか。2年もあれば俺もペーペーの会計士だ。一人立ちも出来て、勝負を賭けるにも遅くない年齢だもんね。24?25か。」
そう言って彼は俯くと、携帯灰皿を出して、煙草を中で潰した。
25歳の拓也。・・・すごく、いい男になっていそう。
「綾もいい女になってんだろうな。」
拓也が私と同じ事を言う。
こういう所に、付き合いの長さを感じる。
「それまで泳がしといてやるよ。2年後、覚悟しな。」
・・・でも、私、責任持てないよ?
それは今言っても、彼には無意味。それも分かってる。
「みどりちゃんは何だって?」
「まだ話してない。」
「・・・俺が先?」
拓也が、心底ビックリした様にその丸っこい目を見開いた。
「うん。だって、それが筋だと思って。」
高校一年生以来7年間、離れた時期もあったけど一緒の時間を過ごしてきた拓也。
今回の件で私の支えになってくれた彼は、私にとって、奈緒と同じくらい人生に欠かせない人になっている。
彼の望む様な形を、今は取れなくても。
「何の筋だか分かんねえけど。」
そう言って彼は、私を見つめた。本当に優しそうな瞳。素直で珍しい。
私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「いつでも骨は拾ってやるよ。惨めな姿、見せに来いや。楽しみにしてっから。」
「見せませんっ。」
同い年のくせに。甘えたのくせに、何お兄さんぶってるのよ。
私は少し対抗心が出て、拓也を軽く睨んだ。
彼は楽しそうにクスッと笑った。
「あ、そうだ。はい、これ。」
私は鞄の中から、綺麗にラッピングされた箱を拓也に手渡した。
「・・・何?」
「チョコ。もうすぐでしょ、バレンタイン。」
拓也はポカン、とする。そして不満そうな表情をした。
「・・・色気ない渡し方ですね。義理チョコかよ。」
貰って文句をいいますか?
「義理じゃないよ。友チョコ。」
「あん?」
眉根を寄せて私を見上げる。私は構わずに言った。
「拓也は義理なんかじゃないよ。一生、義理チョコはあげれない。」
また、拓也のポカン、とした顔。
やがて私の言っている事が理解出来たらしく、少し戸惑うと、俯き、またまた拗ねてしまった。
「・・・甘いの、俺嫌い。」
「知ってる。」
私は内心、ニヤニヤしてしまう。こんな風に拓也をやり込められる事って、あんまりないから。味わっておかなきゃ。
「でもこれは貰っとく。来年は違うの頂戴。」
ちょっぴり甘えた言い方で、私を上目遣いで見てきた。きた、早速形勢逆転図られてる。この子の得意技だ。
「・・・郵送で良ければ。」
踏ん張ってそう答えると、彼はからかう様にニヤッと笑った。
「なんなら取りに行ってやるよ。」
嘘でしょ?
「ごめん、俺、次の講義始まるわ。」
拓也は急に腕時計を見てそう言った。サンキュ、と言ってチョコを軽く掲げてカッコよく微笑む。
私もにっこりと笑った。
「うん。じゃあね。また。」
拓也が走って、キャンパスに戻って行く。その後ろ姿を見送りながら思った。
みんな、頑張れ。
拓也、頑張れ。