Can't stop helping
最初は柔らかく、ふわっと。確かめる様に。そして次はしっとりと。味わう様に。その後はもう、欲望にただひたすら、任せるかの様に。
一回目の試す様なキスや、二回目の哀しいキスと違って、三回目のこのキスは、息も継げなくなるほど激しく、優しく、愛しく、とろける様なキスだった。
気付くと彼の唇は私の耳たぶを掠り、吐息とともに熱い舌で舐めあげられた。
「あっ・・。」
思わず声が出てしまって恥ずかしすぎるのに、彼の唇は私の首筋に下りていって優しく吸いつき、軽く舌でなぞるものだからそれだけでもう、恥ずかしいどころではなくなってしまった。
甘い電流が体を貫く。痺れるような感覚が、全身を粟立たせる。
「あ・・・んっ・・・。」
ヤバいヤバいヤバい、収拾つかない、つけられないっ。
彼の手が私の胸にまで伸びてきて、ダメっ、ここで本格的に触られたら、
私、抵抗できない自信があるっ!!
胸の上にある彼の手をガッと掴む。なのに彼はキスをやめてくれないものだから、頭はますます痺れてきて息は詰まり、でも腕の力は抜けて流されそうになるんだけど、
ここ、飲み屋だし!個室とはいえ!!まさかと思うけどっ!!!
口内に戻ってきた彼の甘い舌を、やっとの思いで引き離して、キスでクラクラ、多分弱冠潤んでいる目で彼の事を睨みつけた。
でも、精一杯睨んでいるつもりでも、かなり参っている自覚はあるから、媚びてるような目つきだったらどうしよう?自信ないっ。
彼はそんな私を、やっぱり熱っぽい瞳で見つめてきた。モデルやアイドル顔負けの綺麗な瞳と長い睫毛で、そんな惑わす様な眼で見られたら、誰でも落ちますって、私が男でも。
目が反らせないじゃないですか。
すると彼は私の肩に両手を置いた。そして急に顔を落とし、はあー・・・と長い溜息をついた。
しばらくして、一言。
「拒否権、無し。」
なっちょっなんですかっそれっ。
「だめっ。発動しますっ。」
「無理。無効。俺、これ以上我慢できない。もう二度と、絶対に手放したくない。」
私の肩を掴む手に、力が入る。
「無理だから。諦めて。ここにいて。」
「ここはダメっ。」
「よし。」
彼は立ち上がった。二人のダウンとか鞄とかを掴み始める。
「出るよ。」
「え?お会計は?」
「そんなもん、とっくに済ませちまってるよ。」
そういって個室の出口に立った。私を振り返って、真顔。
「行くよ。」
「どこに?」
「・・・・。」
私を見つめて、無言。色っぽい目。だからヤバいんですって。
彼は、立ち上がった私にゆっくり近づいてくる。そして、私を囲むように両手を壁についた。
からかう様な眼差しの奥に、惑わす光がある。皮肉っぽく一方の口角が上がった。
艶っぽくって危険な瞳が、私を捕らえて離さない。動けないでいると、ふいに彼が唇を私の耳元に寄せてきた。
低い声で、溶かす様に囁く。
「男と女がするところ。決まってんだろ?お決まりのセリフ。・・・今夜は帰さない。」
帰せない。そう呟くと、体ごと壁に押し付けられて、再び激しくて甘い口づけが降りてきた。
廊下の店員さんとか、多分お客さんまでに見られているのに、碧さんは一向にお構いなし。熱く、長く、私の全てを絡め取るよなキスをいつまでも続けてくる。
ああ、ダメだー・・・。私、やっぱり、流されるの卒業できてないー・・。
こんな恥ずかしいシチュエーション、耐えられないハズなのに、やめられない。
みんなが私達を見ている。碧さん目立ち過ぎ。その容姿風貌を自覚して?そんなに酔ってないのに、どうしたの?
ああこの人って、実はこんなに強引で、愛情表現のオープンな人だったんだ・・・。
しかもキス魔だし。
これは苦労するなぁ。
「ねえ、ちょっと。いつまでトリップしてるのよ?」
奈緒の不思議そうな顔と声。
え?トリップ、していましたか?ちょっと思い出していただけです。はい、ちょっと。
「ああ、ごめん。ボーっとしてただけ。」
「そう?・・・それにしても証拠のコインは、塚本さんのねつ造であったか。」
「ねつ造でなくて、ハッタリ。」
「おんなじでしょ?」
おんなじかな?そうかもな。そうかもね。・・・そうだよね。
「あの人も食えないのねぇ。一筋縄じゃいかないタイプなのね。祐介さんとつるんでいるだけの事はあるわよね。」
「その藤田さんを騙していたし。」
「彼が騙されていたのかどうかはわかんないけど。そこの所すら、二人の間では無言の了承なんでしょ?・・・油断ならない関係ねぇ。」
「もやっとするでしょ?」
「もやっと?」
思わず二人で笑ってしまう。
「でもそれで河島の自供を引き出せたんだから、大した人よね。目的を、半ば強引に達成した訳だ。私達、振り回されたわよね。特に綾香が。」
笑いながらも、しみじみと言う奈緒。優しい目をして、私を見ている。
そうですね。
人生どん底の大変な時期に出会って、散々振り回されて、
おかげで自分を見つめる事が出来て、前に歩きだす事が出来ました。
これが無ければ、今の私は何をしていたのだろう?
どういう人生を歩もうと、どんな選択をしていたのだろう?
「吉川くん、相当怒っていたんでしょ?結局塚本さんを殴らずじまい?やっぱりうやむや?」
奈緒がからかい半分、面白そうに聞いてきた。
私はココアのあったかいおかわりを、息を吹きかけて冷ましながら言った。
「それがね。いつの間にかちゃんと殴っていたの。」
「ええ?塚本さんを??」
奈緒がビックリして少し大きな声を出す。
この子の大声で前回、お店の中で散々目立って店員さんに怒られた私は(拓也は逃げた)慌てて口に人差し指を立て、奈緒を黙らせた。
「うん。結構なアザが出来てたもん。碧さんは全然怒っていなかったけど。」
「ええー!あのハンサムな顔にー?もったいないっ!」
もったいない?
「ううん、顔じゃなかったよ。さすがに顔はマズイと思ったんじゃない?」
その顔で会社に出勤なんて出来ないものね。
「あ。じゃどこ殴ってたの?」
「ここ。」
そう言って私は、みぞおちちょっと下辺りを指差した。
「こんなところに痣ができるなんて、よっぽど力が強かったのかなぁ。頭に来てたんだねえ。痛そうだった。」
「・・・どのくらいの大きさ?」
「このくらい。それほどでもないけど。」
両手の指で輪っかを作って見せる。
奈緒は、何故だか目が据わった。
「・・・ほーお。ふーん。そーぉなんだー。」
「・・・何?」
「そぉんな所に、ねえ。あざが。見たんだ?」
「うん。み・・・。」
あ。
げ。
・・・うきゃ!
「・・・うまくまとまったようで?」
奈緒が白い目をした。目が据わった。半眼になった。
「あ、えと、その・・・。」
「楽しくやれているようで?」
「えっと・・・まあ。」
かなり、楽しいです。
「そう言う事は、どうして真っ先に報告しない?」
腕を組んでいる。睨んでる。私、怒られてる?
「だってー・・・別に誰にも言ってないし・・・特に言いふらす事でも・・・。」
「そりゃあ吉川くんが荒れるハズだわ。」
奈緒は急に拓也を持ち出して来て、さも納得、と言わんばかりに頷いた。
「・・・でも拓也だって、私と別れた後、色々な女の子達と付き合っていたよ?」
まるで言い訳みたいな台詞。ホント言い訳にしか聞こえない。
「色々、でしょ?綾香とは違うじゃない。」
「・・・向こうが一枚上、と?」
「バッカ。」
その優しい言い方に、奈緒も私の気持ちに気付いていると、わかる。私がキチンと、拓也に後ろめたい事を。
「・・・私、そんなにひどいかな?」
「うん、ひどい。」
彼女は真顔で言った。
「ひどいわね。」
「言い直さなくっても。」
容赦ない言い方に少し傷つく。でも親友が言う事はいつも正しいから、耳が痛くても反論できない。
私は少し拗ねながら、彼女の顔を横目で見た。
「奈緒はさあ、拓也の事が好きなの?」
「・・・あのね」
「いえ、あの、恋愛感情がない事は重々わかっております。先日、嫌という程教えて頂きました。」
あまりの睨みと迫力に、私は慌てて言葉を足した。
彼女はしょうがなく言いかけた台詞を飲み込み、さらに追加でジロッと私を睨みつける。
「学んだかね?」
「はい。・・・だけど、どうしてそんなに・・・拓也に構うのかなあ、というか、気にかけるのかなあ、と思って。」
すると奈緒は、パッチリとした意志の強い大きな黒目を少し細めて、柔らかいのか切ないのか懐かしむのか、何とも言えない表情をした。
「・・・前も言ったじゃない。似ているのよ、あの人。私と。」
「猫かぶっている所が?」
「口を慎む。・・・まあ、他にも。」
少し私に視線を投げた後、彼女は続けた。
奈緒が自分の気持ちを語る事は、実はあまり無い。いつも人の話ばかり。だからこれは珍しい。
「そんな人がさ、一途に片思いとかしちゃってると、まるで自分がそうなってるみたいで、ほっておけないの。助けたい訳じゃないんだけど、口を出したくなるの。」
それって・・・。
奈緒も、一途な片思いをしていた・・・いるって事?
私はやっぱり、少しショックだった。だって知らない。自分の事に手一杯で、彼女の事を気付かなかった。親友失格だわ。
「奈緒・・・好きな人、いるの?」
「いるよ。」
彼女はなんとあっさり認め、息を飲んだ私にあっさりと言った。
「言ったじゃん、あんたを嫁に貰いたいって。」
「・・・・。」
なんだ、レズオチか。そうきたか。人が真剣に心を痛めかかっていたのに(痛んでなかったけど)。
「じゃ、私、そろそろ。」
「うん、またね。」
寒い空気で席を立った。だってそろそろ約束の時間。
お昼から4時間、今日も話が尽きる事はなかったね。
「ねえ、あの事、あの人達には話したの?」
私がコートとマフラーを着ていると、奈緒が聞いてきた。
彼女は自分がコートを着る手を止めてまで、こっちを見ている。
私は、すこし苦笑した。
「ううん、まだ。」
「そっか。」
そして彼女は、柔らかに優しく微笑んだ。
「上手くいくと、いいね。」
いつもはキツイ印象の日本人形が、可愛い顔で綺麗に微笑む。本当は照れ屋で意地っ張りの奈緒の、優しい素顔。
気付いている?奈緒。裏の裏は表。あなた、表の顔も時々、みんなに見せれているんだよ?
自分で思ってるほど、猫っかぶりじゃないんだから。
「うん。ありがとう。」
私もにっこり微笑んだ。




